遺言 投稿者:里茄野のわく


 ぐすっ、ぐすっ、おばぁちゃぁん……
 少女は泣いていた。
 こんな真っ暗な中で、たった独りで。
 私は気になって足を止めた。
 少女はそんな私には気づくこともなく、ただただ 泣き続けていた。
 その子は小学生だろうか。ここからは背中しか見えないけどきっと顔は涙でぐしゃぐしゃになっ
てるんだろうな。
 それなのにその子は言い続けるの。涙声で。
 おばぁちゃん……おばぁちゃん……
 時折むせてせき込んで。なんだか見ておけなくなって声をかけたわ。
 ……どうしたの? どうしてないてるの?
 ぐすっ。
 女の子はびくっと身体を震わせて一瞬、息を止めた。しかしすぐに我慢できなくなったようにま
ぐすぐすとやりだした。
 ……おばぁちゃん………
 少女は確かにそういった。おばあちゃん、と。
 ……おばあちゃんがどうかしたの?
 私はその子の隣にしゃがみ込んで そう、声をかけた。
 どれほどのあいだ泣き続けていたのだろうか、瞼は腫れぼったくなっていた。
 ……もう泣かないで。あなた、ひとりなの?
 ふるふる
 少女は首を左右に振った。肩まである髪が揺れた。
 ……おばぁちゃん…………
 そう、言った。
 ……おばあちゃんがいるのね? 迷子になっちゃったのね?
 ふるふる
 また首を左右に振る。そして再びえっぐ、えっぐとなりだした。
 ……あああ、泣かないで。大丈夫だから。
 じゃぁ、おばあちゃんどうしたの?
 少女は、涙を我慢して震える声で言った。
 ……おばぁちゃん……死んじゃったの。
 す、と心に冷気があたった気がした。
 ……あなたのおばあちゃん、死んじゃったの?
 私はとっさにそう聞き返した。
 少女が私を見上げていった。
 ……あなたのおばぁちゃん、死んじゃったの。
 少女は、
 私だった。

 何度も見た夢を、今日も見た。
 おばあちゃんが死んだ日の夢。
 小学3年生の時、父方のおばあちゃんが死んだ。
 それまで私は本当におばあちゃんっ子で、いつもおばあちゃんにべったりだった。
 おばあちゃんはとても優しい人で、笑顔がいつも素敵だった。
 子供の耳に届く大人の話では、おばあちゃんは若い頃、いろいろと苦労してきた人らしかった。
 だから逆にあんなに朗らかな性格になったのかもしれない。
 でも時折見せるどこか淋しげな眼差しは、
 突然、何かに疲れ果てた人を見ているような、そんな居心地悪いものを感じさせたりもした。
 それは多分……今までずっと背負い続けてきた何かを、いまも引きずりながら生きている証拠だっ
たのかもしれない。
 おばあちゃんは気が向くと時折、一族の話をしてくれた。
 長い年月、繰り返されてきた終わり無き物語。
 おばあちゃんはこの話をおばあちゃんのおばあちゃんから聞いたらしく、
 そのおばあちゃんは、またそのおばあちゃんから聞いたのだと云う。
 語られるもの、それは私達一族に代々伝わる呪われた幸せの血印……ひとつながりの絶対幸福、ワン・ピース。
 おばあちゃんは、幼い私の手をとり、目を閉じて物語を綴りはじめた。
 
 女は、いつも帝を遠くから眺めていた。
 彼女は帝に仕える身分。その壁は彼女にとってあまりに厚く、決してこの気持ちを想い人へ伝え
ることは出来なかった。
 それに、……帝には最愛なる妻が居た。
 その御方は器量もよく、御心優しい方でまさに帝の正妻と相応しかった。
 近国の中でも一番のおしどり夫婦。その幸せの中に割って入れる者など誰一人いなかった。
 だから女の幸せは、こうして帝に仕え、遠くから御姿を眺めることにあった。
 帝の幸せは、そのまま全て女の幸せだった。
 だが、帝は凶変した。
 戦で勝利を収め、国へ帰り一番に聞かされた。妻が死んだと聞かされたのだ。
 それからというもの、帝は日夜悲しみに明け暮れ、政治は滞り、それまで平和だった国は荒み始めた。
 人は脆いものか。あれほどまでに勇敢で秀でた人とうたわれた帝が、今はただただ荒れ、
 性欲に溺れていた。
 その心はもうすでに人のそれとは違っていた。愛を掻き集め、喰い物にする。
 それは……鬼、そのものだった。
 そして女も今日、その鬼に飲まれようとしていた。
 女はそれが帝では無いと気付きながらも、溢れる愛おしさに逆らうことは出来なかった。
 少しでも愛を見てしまえば、つながりが構築される呪われた幸せ、
 ひとつながりの絶対幸福、ワン・ピース。
 帝は魔族と契約を結んでしまったのだ。妻を失った悲しみを忘れることの代償として。
 結果、彼は永遠に妻の笑顔を思い出し、泣き伏す夜を過ごす必要は無くなった。
 女は……愛する者の背に、悪魔を見た。
 愛する者に……鬼を見た。
 力故に我を忘れた鬼は……泣いていた。
 だから女は契約を結んだ。愛する者の為。
 魔族の条件を、女は飲んだ。
『男の契約を破棄するみかえりとして、汝、絶対幸福の血印を受け、その血、永代に渡り有効する』
 女は帝との夜を最後に、人里離れた山にこもり、
 そこで晩年孤独を得たと云う。
 其れが、一族の呪われた物語のはじまりであった。
 
 幼かった私には、全ての意味は理解できなかった。
 しかし、その『いちぞくのち』によりおばあちゃんが長い長い間、苦しんできたことだけは
 おばあちゃんの顔を見ればよく解った。
 そしてその日、私のおばあちゃんはやっと長かった苦しみから解放されたのだ。
 たったひとつ、苦しみをこの世に残して。
 朗らかなおばあちゃんが最期、死に際になって悲痛の表情をしていたのは、私の為。
『その血、永代に渡り有効する』
 おばあちゃんは最期、小学3年生の私に謝った。私が謝罪の理由を身をもって理解したのはまだ
まだ先のことだったが、そのとき私は、おばあちゃんが泣きながら死んでいったことが悲しくて
悲しくて、いつまでも泣き続けた。
 そして私が十三歳になった日の朝、『いちぞくのち』が私に継がれた。
 ワン・ピース。
 一歩間違えば自分も間違っていることに気づくことなく構築された永遠の幸せを紡ぐことになる。
 おばあちゃんも、先代のおばあちゃん達も……みんなこれを背負って生きてきたんだ。
 そして私は……おばあちゃんの遺言通り、
 今日も黒板を拭く。
 私も、おばあちゃんも、おばあちゃん達も、それがしてはいけないことだと解っていて、
 それでも孫を守る為、泣く泣くそういった遺言を残していったのだ。
 この血は子供心の愛のような小さなものからでさえも、永遠にヒトとの繋がりを創り続ける。
 そして己もソレを求めるようになる。
 だから……だから愛を全く受けないようにするのだ。存在価値を限りなく零に近づける。
 黒板を消していることによって、いつまでも、誰にとっても第三者であり続ける。
 そのようなおこないにより先代達は、血の効力から逃げてきたのだ。
 息を潜め、枯れた自分の生きる意味を模索しながら、それでも生きてきた。
 鬼になってしまえば、どれだけ楽だろう。どれだけ楽しいだろう。
 そしてどれだけ悲しくて、どれだけ空しくて……どれだけ多くの人々を巻き込んでしまうだろう。
 13歳の私は考えることが出来ず、ただおばあちゃんの遺言に従った。そして今は?
 私の考え抜いた結果? 答え?
 多くの人を犠牲にする代わりに、ひとりの人間を犠牲にするのが?
 自分の存在を消し、愛を受けることを無くせば、血は働かない。
 その代わり、力は血から漏れだし、近くの人間に影響を与えてしまう。
 つまり、
 つまり、
 つまり、自分が助かる代わりに、関係のない人を犠牲にしてるの。
 血の効果は薄まって、確かに偽りの幸せが構築されるだけかもしれないけど、
 その人はその構築された世界の中で、それがあたかも普通の世界であるかのように生きているの。
 だから……やっぱり酷いよ。でも本人はソレに気づくことはなく、いつまでも、永遠に幸せ。
 ひとつながりの、絶対幸福。
 なんども間違ってると思った。こうやって他人を犠牲にするなら、鬼と変わらないじゃない!!
 ……何度も何度もそう思って、
 ……何度も何度も黒板消しなんか止めようと思った。
 一日中こんなことしてるのと、性を求める鬼と、
 私にはふたつしかないのかな……って、思った。
 そのあいだにも、私の近くで誰かが創られた幸せの中にいて、永遠を紡ぎ続けてる。
 気付いたら、きょうも私は黒板消しを持って立っている。
 ……やっぱり、わたし、恐いよ。
 今日も黒板を消す私。存在価値は零のじぶん。
 でも一番胸を締めつけているのは……私が人を犠牲にして生きているって……コト。
 おばあちゃんは、この痛みを背負って……生きてきたんだね。
 この生き方がどれだけ苦しいか、自分が身をもって解ってて、
 それでも私を守る為、遺言を残してくれた。
 
 呪われた幸せの血印……ひとつながりの絶対幸福、ワン・ピース。
 私はこの血を受け、
 今日も黒板の前に立つ。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 のわくです。なんか最近、こういうの多いよな、自分。
 解っていただけましたでしょうか? THの教室のCGで黒板消してるあの子
 です(笑)
 いや、こんな理由とかついてたら18禁ゲーの主人公の不自然な周辺環境に
 理由付けが出来るかな〜と思ったんですけどコレ自体無茶苦茶でしたね(汗)
 はたして「黒板を消していろ」という遺言がシリアスとして通用するのか……はは(汗)

 ちなみにあの子がなんとなくパンツ見えてるように見えるのは血のせいではありません(爆)
 ワンピースは……海賊さんのアレのパクリです。

http://www.grn.mmtr.or.jp/~nowaku/attop.htm