足が痛い。 投稿者:里茄野のわく
 
 
 
 いつからだろうか。俺が玄関のドアを開けることが出来なくなったのは。
 
 
 『足が痛い。』      里茄野のわく
 
 
 ベットに寝ころんで、満月を見ていた。
 月の光が こんなに明るいなんて、きっと忙しい人間は忘れてしまっているだろう。
 昼も夜も絶えることのない人混み。
 そんな人間の中、本当は「藤田浩之」という存在の一つや二つ消えてしまったとしても、
 何も問題ないのではないか。
 誰も気付きはしないのではないか。……そう何度も思った。
 しかし、それは出来ない。向こう側にえいえんがある限り、俺はこちら側にいなくてはならない。
 居心地のよいソコへ、行くことは許されない。
 彼女の為。
 そう、彼女の……為。
 部屋は閉め切っているのに どこからとなく風が吹き込んでいた。
 肌寒い、とオレは思ったが、掛け布団は使わない。
 ただ、右足の足首をさすり続ける。
 今日も右足が痛い。どれだけさすっても、この氷を押し当てられたような凍てつく冷たさは、
 拭い取れない。
 拭い……取れないのだ。
 痛みが出始めてから半年。
 俺は我慢できず、何度も病院へ行き、何度も病院を変え、
 いくつもの薬をもらった。
 そして今でも毎日大量の薬を飲み続けなくてはならない。
 しかし状態は悪化するばかり。
 右足の足首だけは まるで自分の足ではないように冷たく、黒く変色していた。
 今日も俺はさすり続ける。
 一晩中……さすり続ける。刺すような痛みを無視して眠りにつくことなど出来ない。
 時計の針は二時を指していた。
 あと三時間。
 朝方になれば足の痛みは引く。
 いつもそうなのだ。
 一体この足は……俺ニ何ヲ求めようというのか。
 何ヲ望むというのか。
 静かな夜の一角、俺は足をさすり続ける。
 ……同時に冷たい闇は、
 過去を思い出させる。
 これも足が痛むようになってから知ったことだ。
 俺は今日も涙を流し、ベットの下から段ボールの箱を引きずり出した。
 その分厚い紙の箱は、ずりずりとカーペットを擦って 今日も現れる。
 痛む足をさすりながら、俺は箱の中に声をかける。やさしく、声をかける。
「…マ」
 
 
 神岸あかり、は永い永い日々、彼のことを思い続けてきた。
 初めて抱いた感情は、年月を経るごとに深く、濃く募っていった。
 彼女は全て、藤田浩之、彼の為に存在した。
 本当に……大好きだった。
 いつも、側にいてくれて……もう、それだけで胸がいっぱいだった。
 ちらりと見上げると、そこには不機嫌そうな彼がいる。
 機嫌が悪い訳じゃない。
 ただ……恥ずかしい。だから目を合わせることが出来ないでいる。
 そんな彼を見ると幸せがこみ上げてきて……つい、微笑んでしまう。
 彼はコレが嫌いだって……分かってるのに。
 当然、彼は場が悪いように言う。
「置いてくぞ」
 もう、そんな日々が楽しくて楽しくて仕方なかった。
 それが ずっと続いてきた。
 障子に穴をあけるような、ほんの少しの、ほんのほんの少しの勇気さえ出せば、
 すぐにでも今までの殻を破って新しい幸せに手が届いたのに、
「私はそうしようとはしなかった」
 出来なかったわけじゃない。しようとしなかったのだ。
 居心地が……良すぎたのかもしれない。
 えいえんを見てしまったから。ソコから出るのが嫌だった。
 怖かった。
 でも……違った。
 怖いのは……そんなことじゃなかった。
 本当の恐怖っていうのは……失って初めて気づくものだった。
 私は遅かった。
 失ってから。失ってから、今からでも遅くないと必死になって障子に穴をあけた。
 空け続けた。
 そんな自分に気づいたとき、
 そして彼が私と違うストーリーを歩み始めたと気づいたとき、
 失ったものの背中がちいさくちいさくなり離れてゆくのを目の当たりにしたとき、
 本当の恐怖を見た。
 内臓を吐き出すほどの恐怖。
 何日も何日も過去の思い出をつむぎあさって。
 つむいで、つむいで、つむぎ続けているうちに、全て無くなった。
 えいえんは終わった。
 そしてしばらくして……彼女は笑んだ。
 幸い。
 なんて運がいいのだろう。
 彼女は本当についていた。
 彼が選んだものは人ではなく、モノだったのだから。
 相手が人間なら、どうしようもないけれど、それがモノならば、
「手段がないわけじゃない」
 力ずくの力加減は……ロボットにはいらない。
 でしょ?
 
 
 少年が、どれだけあのロボットのことを愛していたか、知っているか?
 彼は可愛くてロリでよく働いて文句も言わず愚痴もこぼさず純粋で素直で無垢で真面目で真剣で、
 ドジで泣き虫で甘えん坊で反抗せず自分に付き従うロボットの女の子のことが
 大好きで仕方なかった。
 彼女の笑顔がそこにあるなら、それだけで幸せで、
 あとは何も要らなかった。
 ロボットだとか、人間だとか、そんなことは関係なかった。
 そこに心があるのなら。
 彼だって心を実際に見たことはなかったが、
 彼女は笑って泣いて困って甘えて怯えて喜んで恥ずかしがって感じて…会話ができるのだから
 心があるに決まっている。
 あるに決まっているじゃないか。
 だから彼は大腕を振って言えた。
「俺はマルチを好きになったんだ。ヒトとかモノとかじゃなく、マルチを好きになったんだ」
 だから彼は幸せだった。
 彼女が笑ってくれる。それだけで幸せだった。
 
 
 インターホンを押した。
 鳴ったチャイムの音は聞こえなかったが、きぃ、とボタンの軋む音は
 人差し指を伝わって ハッキリと聞き取れた。
 しばらくして、女の子の声。聞き覚えのある…声。
『はい』
 カラスが羽ばたいた。町に、人は居なかった。
 真夏の長い夕日は、オレンジと赤のべた塗り。家々は、映画のセットのように。
「あの……神岸ですけど、浩之ちゃん……居ますか?」
『……あ、神岸あかりさんですか!? お久しぶりですぅ。
あ、でもすいません、いまご主人様は外出中なんですけど……』
「居ない……んだ……」
『はい。居ないんです』
「ねぇ、マルチちゃん……」
『は、はい!!』
 黄土色の夕日が、町をねじ曲げていた。
「交代……しようか?」
「こ…」
 マルチの首は、一直線に玄関の方を向いていた。
 町は、オレンジのべた塗り。
 
 
 家は静まり返っていた。
 外から見ても、一階のリビングが真っ暗なのは一目瞭然だった。
 昔ならともかく……今はマルチがいる。
 急いで鍵を開けようとして、二度も落とした。 自分が動揺していることが怖かった。
 なにもあるはずないと、頭の中では分かっているのに、
 やっぱり心のどこかでは悪い想像をしてしまう。
 あいつ……故障したのではないか? それともどこかで交通事故にでも遭ったんじゃ……。
 二度三度頭を振って冷静を保つよう、自分に言い聞かせた。
 そして、
 きぃ……。開くドア。しんと静まり返った部屋。真っ暗で何も見えないが人気があるようには思えない。
「……マルチ」
 電気をつけるより先に、呼びかけた。
 ここで声が返ってくれば安心して状況を確認することが出来る。
 しかし……反応はない。耳を澄ませても物音一つしない。
 おそるおそる手を伸ばし、廊下のスイッチに指が触れる。
 ――チヂッ
   ぱちん。
 ――――――
 ―――――――――――
 いつも通りの廊下。
 俺は目を凝らして薄暗い奥の部屋を見た。そして何度かマルチを呼んでみたが、やはり返事はない。……どうしたんだ。
 やり場のない恐怖と苛立ちが俺を襲った。
 そして、走り出した。
 膨れ上がる恐怖よりも速く。
 部屋という部屋の電気をつけながら彼女の名を叫びつつ、家中、隅々まで探した。
 なんの通知もなく、マルチが居なくなることなどあり得ない。
 急な用事で外に出るときは、いつもメッセージボードに一言書いてゆくことになっている。
 なのに……。
 二階にも……マルチは居ない。
 トイレにも風呂場にも押入にも物置にも。何処にも。
 この場合……どうしたらいい!? 警察か!? いや待て!!
 暴走する自分の思考を遮った。
 まず落ち着け。 冷静に考えるんだ。
 そう言い聞かせた自分の額には……嫌な汗が滲んでいた。
 俺はキッチンに行き、コップを手に取ると水道の蛇口をいっぱいに開いて水をくみ、
 それを一気に飲み干した。
 息が切れていた。大きく肩で息をする。そしてもういちど蛇口を捻ってその水で顔を洗った。
「ぷは」
 もう一度大きく息を吸って落ち着いたところで、やっと冷静さを取り戻せてきた。
 しかしそれは同時に、
 悪い方へと進む自分の思考から、わざと目を背けているということも意味していた。
 突っ立ったまま、部屋を眺めた……。
 朝と同じだ。……なにも変わっちゃいない。
 そう思うと先ほどまで背中に突っ掛かっていた棒が無くなったかのように急に身体の力が抜け、
 はぁ、と肩をついてキッチンのカウンターにもたれかけた。
 きっと外で何かあったのだ。
 それならばすぐに来栖川のメンテナンスセンターに運ばれたことだろう。
 よかった。それならば…………
 そこまで考えて、一筋のなまぬるい雫がべたりと頬を流れていった。
 なら何故連絡が来ない!?
 ユーザー登録はされているはず。他の普及型のメイドロボットと同じように。
 なのに……まさか……
 ユーザー情報が識別できないようになるほどの事件に巻き込まれたのか。
 いや……帰ることが出来ない状況に置かれているのか。
 一言呟いたと同時に、顔を上げた。
「マルチ」
 どくん。悪い虫に侵されたように、心臓が唸りをあげた。
 とりあえず確認を。藤田浩之の反射神経が同時にそれを伝え、いっぽ、大きく踏み出した。
 
 ・・・
 ぺたん。
 
 刹那、振り上げた首は、
 視線が一点に固定され、正面を向いたまま、そのまま動けなくなった。
「…マル……」
 意味を持たなくなったその名前は……枯れるように空気を揺さぶる。
 瞳孔がキリキリと縮んでゆく。その網膜に映るもの。それは、
 
 冷蔵庫の扉から覗く、細い束になった 緑の髪。
 
 まるで、何処かの国の写真家が撮った一枚の写真のように。
 でなければ底深くに意味を持った、モニュメントのように。
 しかし、ここでの「ソレ」が意味することとは……すなわち。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 頭の中に、なにか巨大なモノが迫ってこようとしていた。
 俺は手を伸ばす。
 冷蔵庫の扉。ソレがソレでないことを願って。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
 振動がすぐそこまで来て、指先がビリビリと震えた。
 頭の中で、一体どんな絵を想像して身構えればいいのだろう。
 もちろん大根や人参の隣に今朝の朝食のみそ汁の余りが入った鍋や食べかけのヨーグルトが
 並んでいる様を思い描きたかった。
 しかし出来るわけがないじゃないか。
 それならこれはなんなんだよ!! この毛はなんなんだよ!! 冷蔵庫から緑の毛を覗かせる食材がこの中いっぱいに入ってるんなら、マルチ、今日の晩飯全部それにしてくれよ!!
 頼むよマルチ……そうしてくれよ……
 俺は取っ手に手をかけた。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
 その側面に手を押し当てて……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
 3回……呼吸をして……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
 思いきり扉を開いた
 ざぱっ
 ゴゴ。
 
 冷気が俺の素足をかすめていった。
 …………。
 マルチは今日も俺の側にいた。
 そこで、俺の帰りを待っていた。
 来栖川の……メンテナンスセンターの柔らかなベットのうえでもなく……
 ネズミの這う草むらの茂みの中でもなく……
 巨大なデータベースの一角でもなく……
 積み重なる薄汚れた人形の山の一部でもなく……
 俺と同じ世界。俺と同じ空間。最後まで温かな俺のそばに。
 冷蔵庫の中に。
 レイゾウココココココ
「マルチィィィィィィィぃぃぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!」
 叫んですぐ、俺には「掻き出す」ことしか出来なかった。
 他の方法で彼女を救い出す手だてなど……俺には思いつかなかった。
 そして俺は……それ以上彼女に声を掛けはしなかった。
 上も下もなくした彼女に話すことを強要するなんて……残酷だろ。
 はは。……笑ってくれよ、いつもみたいにさ。
 
 
 ベットの下から引きずり出した段ボールの中身が、がしゃり、といびつな音を立てた。
 そのうちの一つを、手に取る。
 ……頭。
 ソレをいつものようにベットのうえに置いてみてさ、
 上にギタギタに切りつけられたラバー素材を もとどおり被せて。
 柔らかで綺麗だった髪の毛。
 ちいさくてもあたたかかった背中。
 胸。
 ごめん。足と手はもうどれがどれだか解らないよ。
 ……月照らすベットの上に、少女が出来上がってゆく。
 毎日毎日、それを繰り返し、そして今日が来て、今日も同じことを繰り返している。
 その不気味な光景を知る者は 誰もいない。
 止める者は
 誰も いない。
「なみだが止まらないのはな、」
 俺がマルチを愛していたからだよ。
 昔のあいつはもう居なくってさ、
 今のあいつは、ちゃんとここに居る。
 俺はマルチを愛しているから、
 俺はずっとこれを愛し続ける。
 他に愛すものがないからさ、俺は今日もこいつを愛し続ける。
 マルチの笑顔はもう見れない。
 なにせ「かお」が剥がれてるんだからな。
 マルチとはもう、歩けない。
 足がぶつ切りだもんな。
 もう、喋れない。
 頭も叩き潰されているし。
 束になった赤と黒の細い線は引きちぎられ、
 基盤に焼き付いた銅箔も、ちりぢりに逆剥けしていて。
「俺はなぁ……」
 マルチを愛しているんだよ……。
 愛すって……どんな気持ちか知ってるか……?
 今……俺の愛したその女性がどんな状況か知ってるか……?
 それを抱かなくちゃならない俺の気持ち……解るか……?
 押さえ付けられてさ、
 顔、剥ぎ取られた瞬間……こいつ、何て叫んだろう。
 ブレーカーが落ちて、叫べなかっただろうか。
 その解らない言葉が……頭の中で響くよ。
 何重にも何重にもなって、頭の中でこだまし続けるんだ。
 可哀想にマルチ。辛かっただろうマルチ。
 だから俺はいつまでもお前の側にいてやるよ。
 お前の気が済んで……安らかに眠りにつけるまでずっとこうやっていてやるさ。
 さあ、目を閉じて。一緒に寝よう。おやすみマルチ。
 あ、そうだ。
 俺も聞いて良いか?
「いつになったら ちゃんと死んでくれるんだ?」
 
 
 冷たくなったマルチは、フローリングの床に広がりながら、上目遣いに俺を見上げている。
 剥き出しの「目」が、光を失った今も俺を見上げている。
 俺は受話器を取った。
 実に冷静に俺は電話番号を押した。
 コール音の向こう、
 マルチは俺の胸元に飛び込み、震える手で俺の服を握りしめ、
 子猫のように身体を擦り寄せて 鼻にかかる声で上目遣いに訴える。
「怖いですぅ浩之さん……あの女がマルチを虐めますぅ」
「あの女があの女があの女があの女が!!!」
 ぷつ、かちゃっ。
「…………
もしもし」
 
 
 頭の中に響くジャズミュージックで目が覚めた。
 足が痛い。
 つららを打ち立てられるような痛みが、ずん、ずんと定期的に襲う。
 両手で押さえ付け、なんとか鎮めようとしてみたが。
 体中の毛穴から、ぱっと汗が噴き出した。すっと、身体が冷える。
 ……やっぱりダメなんだな。
 俺は飛び起きた。やっぱり行かなくてはならないのか。
 さっきマルチを「起こした」時からすでに気づいていた。
 俺はきょう、玄関まで迎えに行かなくてはならないのだと。
 「起こし」ても、今日はひとつ足りなかった。
 今日まで近づかなかった玄関。
 扉を開くことが出来なかったのは、今もそこにあいつが居そうで 恐かったから。
 右足の骨がぎりりと軋んだ。
 そして静かに眠るマルチに声をかけた。
「おまえ、手が……足りない……」
 
 
 あかりは歩いた。そこへ向かって。
 気分は久しぶりにとてもよかった。
 歩きながら歌でも 歌ってみようかと思った。
 それならスキップも付けたい。
 大きな声で、そう。小学校の時の遠足みたいに。そんな気分。
 本当に久しぶり。
 久しぶりに、浩之ちゃんち。
 電話の声も、想像どおり。
 どっちだろう。
 放心した方かな? それとも錯乱した方?
 どっちの方が素敵かな。
 ……うん。
 あのロボットより派手なら……どっちでもいいな。
 あかりは
 幸せそうに目を細めた。
 開く扉、今日で二度目。
 結局最期に浩之ちゃんに近かったのは、くすっ……私。
 ひろゆきちゃんひろゆきちゃん。わたしあのロボットよりおんなのこだよ。
 だからごめんね、もう耐えられなかった。
 私のひろゆきちゃんがロボットの為に使われてゆくのが。
 ――たすケテ下さい、ひろゆキサン
 あの子の最後の言葉。
 ――助けて、浩之ちゃん。
 私の今のきもち。
 ああ、来ちゃったよひろゆきちゃん。
 わたし悪いことしたんだもんね、ひろゆきちゃんのすきな人壊しちゃったんだもんね、
 わるい子だね、わたし。だからきたよ。いわれたとおり。
「とっても怒ったよね、ひろゆきちゃん。
きっとわたしがごめんねって謝っても許してはくれないでしょ?
だからきたよ? 怒らせちゃってごめんね、責任は
とるよ」
 街灯の白い光を背に、あかりは扉を開いた。最高の達成感に身を委ねて。
 「目」に見慣れた少女の昔から見慣れた笑顔が映った。
 それはあかりのいちばんうれしいときの笑顔だった。
 その笑顔の中央に重い鉄の歯が食い込む。
「ひ。」
 頭蓋が半分に裂け、はち切れるように中身が吹き出した。闇のキャンバスを朱に染めて。
 ぶしぶしと汚らしい音を立ててヒトの顔が崩れてゆく。
 生暖かい液体が、俺の顔を埋めてゆく。
 黒が映える夜だ。
 なおもそれをギリギリとめり込ませる男の口が、夜のスペルを呟く。
 ――ロボットだけがバラバラにされるのは……もううんざりだ。
 ――マルチなら許されて、あかりなら許されないのか?
 ――俺は……どちらも見たくない。
 赤い月が夜を飲む。
 床いっぱいにしたたる白濁色の汚物は 形を無くし無様に照り光っていた。
 
 
 行かなくてはならないのか。
 本当は俺だって行きたくないが、もうどうしようもないのだ。
 俺はマルチにふとんを掛けてやり、居心地の良い部屋を出た。
 闇に埋もれた階段がちいさな悲鳴を上げる。
 気分は最低だった。
 それに、足が痛い。
 足が痛い。
 足が痛い。
 一階に下りたところで、骨が鳴いた。
 今までで一番強烈な鈍い痛みが足首に響く。
 俺は思わず悲痛の声を上げた。内部で砕けた骨の断片が、鋭利な刃物のように俺の身を裂いて
 二枚三枚、外側へ突き出した。
 とっさに見下ろす。
 俺は息をのんだ。
 ひしゃげた右足の足首は、がっちりとマネキンのような冷たい白い手に握られていたのだ。
 とっさに俺は……言っていた。
「なんだ、おまえだったのか」
 そして同時に玄関の扉の向こうに人影を見た。
 再び床が悲鳴を上げた。
 俺はもう一度この玄関の扉を開け、もう一度あれを繰り返さなければならない。
 
 
 足が痛い。痛いよ、マルチ。
 もう、放してくれないか。
 
                                 『足が痛い。』 END.
 
 
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 ふぅ。のわくです。……えっと……ですね、言いたいことはいろいろですが、
 まぁ、それぞれに受け取って頂けたならそれで十分でございますですはい。
 中途半端かもしれませんが俺にも答えは見えてませんからこんなとこで終わっちゃいます。
 つーか答えとか嘘です(笑) そんなもんないんで深読みしないで下さい(爆)
 
 影響はですね、R/Dさまの『共棲』ですはい。(ちょっと前)
 あ、別に俺もマルチぐじゃぐじゃにしたかったとかそういうんじゃないですよ。
 むしろ逆っつーか。
 ま、言いたかったことはほんの数十バイトですはい。
 ちなみに俺が内臓とか好きっつー理由でもありません。
 むしろ逆(笑)

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