TO-HEART SS小説マルチ編 投稿者: レス(本家)
第一章 機械の心 

 マルチが、俺の家に来てからもう6年の月日が流れようとしていた。彼女は
今でもはにかんだような笑みと少しあせったような面持ちで俺に接してくれて
いる。そう今でもマルチは俺の炊事洗濯をおっちょこちょいながらもしてくれ
るパートナーとして、俺の家にいた。そして俺はいつもでかける時は、彼女に
少ない言葉をかけてやっていた。それは見るものによっては、まるで新婚ほや
ほやの夫婦のようにも見えるかもしれない。今日も、そんな感じで俺は彼女に
声をかけた。
「マルチ、今晩は開発で遅くなるから先に寝ておいていいよ」
そうすると声をかけられた相手は、掃除道具を不器用な面もちでかたづけなが
ら、いつものように少しおいてそれに了承したのだった。

 俺は、今年から来栖川研究所に新任研究員として赴任した。これ
は、ロボットに手を出している危険な青年として世間に悪い印象を与えないた
めの俺なりの自衛策であったのかもしれない。だが、俺がこの道に進もうと決
定させたのには、それ以外にも大きな理由があった。
 2年前、マルチには到底及ばないが性能が躍進的に向上するロボットと人間
との間に大きな問題が生じた。これは、ロボットができる数十年も前から問題
視されていたことであったが、表層部分でロボットと人間との差異が小さくな
ったために現実化してきたものである。つまり簡単に言うと人間がロボットに
恋愛感情を持つことが、将来人間の生存を脅かす可能性が示唆できるまでにな
っていたのである。このことは、迅速に国会に閣議として提出され、大きな問
題として議論され、マスコミは連日連夜そのことを報道をした。その議論は一
般の社会にも波及し、学校やオフィス等でもこの問題においてロボットの地位
を擁護する立場と人間の道具であるとする立場に別れて争われた。
 結果、ロボットの人間への進化がいきすぎであったということが議会の決定
としてくだされ、ロボットは感情回路を取り外し、仕事のみをする道具として
生きることを決定づけられた。またその施行に関しては、3年後の1月1日を
もって施行され、その時に回路を外さない者に対する処罰規定も設けられた。

「あと一年か」
 俺はこれまでも何もしないで時間が流れるのを待っていた訳ではなかった。
今まで見向きもしなかった学生デモなどにも積極的に参加し、ロボットの感情
を持つことへの必要性や彼、彼女達からそれを奪うことへの人間の傲慢さを説
いてまわった。だが、動物を飼わないと動物を失う悲しさが分からないように
感情を持つロボットと接したことの無い人からは、変わった人程度で見られる
だけで、本当の大切さを分かることは少なかった。
 それでも少ないながらも除序に分かってくれる人の数が日増しに増えてきて
はいた。
 例えば悠里という少女のケースがその一つである。小学3年生になったばか
りの悠里は母親のロボット廃絶運動にいつも顔をだしていた。
 彼女は、母親にいつも付き添ってはいたが人見知りしやすいタイプで、母の
後ろで隠れるようにして、そのスカートの裾をしっかりと握りながら、いつも
一緒に行動していた。彼女は、少し茶色がかった髪の毛を三つ編みにし、泣き
そうな大きな瞳でじっとロボット擁護派の俺達を眺めていた。少し冷たい視線
というのが第一印象だっただろうか。
 だがある日、彼女の目に不思議な少女が映っていた。その少女は彼女と同じ
大きな瞳を持ち、丸顔で緑色の髪を肩まで伸ばしていた。そうマルチである。
 この日、俺は擁護派を説得するには実際見てもらうのが一番だと考え、今ま
では彼女の品評会のようになるのを恐れてださなかったマルチを連れていって
いた。少女はじっとマルチを見ていたが、しばらくすると、マルチの前まで歩
み寄って来た。少し不思議そうな瞳で向き合う目と目。
 しばらく時が止まったかのように辺りが静まりかえる。そして、悠里の口が
小さく開かれる。
「お姉ちゃんほんとにロボットなの?」
 マルチは少し当惑したようであった。周りの人々が口々に騒ぎだす。
「あれがロボットだって・・・うそだろ?」
「あれがロボット・・・ざますか」
「俺、あれ欲しいな」
 品定めをするかのような人々の好奇の声を浴びるマルチ。
 それを遮断するかのようなソプラノ系の声が、聴衆の目の前の緑色の髪の少
女から発せられた。
「ロボットじゃ駄目でしょうか」
「・・・・・・」
「皆さんはロボットから感情を無くせといいます」
「皆さんは耐えられますか?好きな人を感じれなくなることを、その人が悲し
むのにそれに応えられないことを・・・」
 そして彼女は真剣な顔をしてこう言い放った。
「私、死ぬのは怖くないです。ただ浩一さんを忘れるのはイヤです。浩之さん
が苦しんでいる時になにもできない、そんなの私イヤです」
 目の前の観衆達は、狼狽の色を隠せなかった。所詮機械、プログラムで出来
たおもちゃに毛の生えた程度のものとしか認識していなかったのであろう。そ
れは現在そういうものしか流出していない現実から言ってもしごく当然の反応
であったのかもしれない。
 周りがまるで誰もいないかのように静まり返る。
「おねえちゃん、いままでごめん」
 その中に小さな言葉がゆっくりと響きわたった。

つづく