裏切りの告白 投稿者:八塚四夜 投稿日:2月20日(火)12時34分
 英二さんとわかれたあと、俺はガレージからこっそりとスタジオにはいった。
 殴られた腹がまだ痛むが、気にしている場合でもない。
 あの日、俺と理奈ちゃんが結ばれた場所で、今、理奈ちゃんと理奈ちゃんと由綺が相対している。
 ステージ衣装のまま青白いライトを浴びる二人は、妖精のように幻想的だった。

 そんな光景を、俺は機材の影に隠れて見守った。それが、俺の役目のはずだったから。

 「どうしてそんなこと…」
 
 聞こえてきたのは由綺の声。

 「そんなこと、どうしていうの…?」
 「聞いて。真面目な話よ」

 深く落ち着いた声で理奈ちゃんが言う。

 「だ、だって冬弥君は…」
 「聞きなさい…!」

 重いその声は、由綺の声を圧倒する。

 「私の気持ちは本当なの。遊びだとか興味本位なんかじゃないって、それは自信を持って言えるわ。自信を持って、冬弥君を…。私、冬弥君が好きなの」

 空気が凍りついたようになり、ただ、由綺が息を飲む、微か音だけが聞こえてきた。
 
 そして、理奈ちゃんは続ける。

 「私、冬弥君と寝たの――」

  ――パアァ……ン……

 俺は目を疑った。由綺が、理奈ちゃんを平手で打つなんて……。


 「どうして、理奈ちゃん! 理奈ちゃん、私と冬弥君のこと知ってたのに、どうして…」

 由綺は瞳から涙を溢れさせて、理奈ちゃんを問いつめる。
 理奈ちゃんは頬をおさえて俯き、何も言わない。

 「私が…冬弥君のことを好きなの…愛してるのを知ってるのにどうして、どうしてそんなこと言うの・・・!?」
 「それは、私の夢を叶えるためだったんです…。私の夢は、由綺さん、あなたを、至高の座におしすすめることなのです」

 弥生さんは、天上を見据えながら、黄色いスポットライトの中でとうとうと語った。
 
 …………って、あれ?

 「それには、彼が邪魔でした。だから、彼――藤井さんに、身を慎むよう言いました。でも、若い彼には、それだけでは足らないと思ったのです。私は、それをおさえさせるために、自分の身体をささげました。最初は、その場限りのつもりでした。しかし、由綺さんから彼に注がれる視線への嫉妬であったものが、だんだんと彼自身への思いと変わっていったのです。それをおさえることは、私にはできませんでした。そして、私はあの日、藤井さんと車の中で――」
 
 いったん言葉を切り、

  ちら。

 と、あっけにとられている由綺たちのほうを見やって、

 「イタシました。それはもう何度も何度も」

 『何度も』を強調して、弥生さんは告白を終える。
 
 ……いや、ってゆーか、なんで弥生さんが……?
 スポットライトまで用意して……。

 「……え、えと、じゃあ、弥生さんも、私から冬弥君を取ったの……?」

 ようやく放心状態より復帰した由綺が、混乱した様子でオズオズと訊く。

 「いえ。私の本命はあくまでも由綺さんなので、藤井さんはいわばつまみ食いといったところです」

 ……オイ。

 「……そう、じゃあ、いいや」

 いいんかいっ!? 

 「えっと、それじゃ、続きね」
 「あ、う、うん……」

 続けるのか。こんなに盛り下がりまくってるのに。
 理奈ちゃんも素直に同意してるし。

 「ん、コホン。私が私が冬弥君のこと好きなの愛してるの知ってるのにどうしてどうしてそんなこというの」

 めっちゃ棒読みだった。まあ、無理もないが。

 「……。どうして…」

 理奈ちゃんが静かにつぶやく。こっちは臨場感に溢れている。流石、由綺とは役者がちがう。

 「どうしていつも…いつも人のものなの…? いつも、いつも…」
 
 涙の光る瞳をキッとあげ、いっきにまくしたてる。

 「私がんばった! がんばってきた! みんなに天才だって言われて、その期待を裏切らないようにしてきた! それなのに、どうしてみんな人のものなの!?」

  ――パアァ……ン……

 衝撃的に振り上げられた理奈ちゃんの平手が、由綺を捕える。 
 いまだに由綺の後にいる弥生さんが、痛そーってなかんじで頬をおさえているが、まあ、気にしないことにしよう。

 「どうしてみんなあなたのものなのよ!? 初めて、歩かに何も要らないって思ったのに、それなのに、兄さんも、冬弥君も…。どうして私のものじゃいけないのよ!?」
 「ん。だって冬弥、私で構わないっていったし」

 応じたのははるか。コイツにあたっているスポットライトは緑だった。だから何故? 

 「だ、誰よあなた。冬弥君とはどんな関係なの……?」
 「ん。お風呂入ったの」
 「誰が?」
 「私が」
 「何時?」
 「ん。昨日」
 「昨日…? 誰と?」
 「私だけ」
 「だからなんなのよ! ってゆーかあなた誰なのよ!」
 「あはは。怒ってる」
 「あなた、私をおちょくってるの…? いいかげんにしなさいよ」
 「ごめんね」
 「ああーっもう! 由綺! このヘンなのもどーせあんたの知り合いなんでしょ!? あんたが話しなさい!」

 理奈ちゃんついにキレた模様。 
 厄介なのは後輩まかせ、か…。
 アイドルだってしょせんは人間だよな。

 「ねえ、はるか。はるかは、冬弥君と、その、えっちしたの……?」

 子供に問い掛けるようにして言う由綺。
 目線を合わせるために背伸びしてるのがなんかマヌケ。
 にしても、もーちょい別の言いかたとかないもんか。

 「ん。オフロで」 
 「そ、そんなところで……!」

 問題はヤった場所なのか?

 「私はこのスタジオだったけどね」
 「私は、先ほども申した通り車のなかですわ」
 「み、みんなそんなところで!? そんな、そんな・……」

 相当なショックを受けたらしく、両手で挟んだ頭を小刻みに振る。
 ただでさえ、『アイドル』とい重いプレッシャーを受ける日々。
 その上に度重なるショックにより由綺の心は崩壊寸前。
 
 ここにいる誰もが、森川由綺の最後を覚悟したそのとき……。
 二条の光がステージに降り立った!!

 「安心してお姉ちゃん! 私はちゃんとベッドししたわ!」(ドン!)
 「あ、あの、私も…そ、その、藤井君のベットで……」(ドドン!)
 
 紫のスポットライトの元で昂然と立つのはマナちゃん。
 その隣、ピンクの光の下で自信なさげにもじもじしている美咲さん。
 登場時の演出として放たれた銀色の紙ふぶきの中、そんな二人が現れたのだった!

 ……って、だから、どーしてあんたらがここに?
 ってゆーか、そのスポットライト誰が当ててんの?

 疑問に思って上を見ると…………長いヒゲ面……。
 
 見なかったことにしよう。

 視線をもとに戻すと、由綺が胸に手をおいてホッと一息。

 「……あ、よ、よかった……。私のときは公園とかでしなきゃいけないんだと思っちゃった……」

 オマエが悩んでたのは結局ヤル場所だったっんかい。

 「逆ピラミッドの屋上という選択肢もございますが」
 「学校の教室とかもあるわよね。夕日の差すなかならなおいいけど」
 「ふん、クラブの部室なんかいいんじゃない」
 「じ、神社の境内の前とかもいいかな……」
 「ん。体育倉庫とかも」

 みんなしてヤりたい場所あげてどーする。ってーか、誰がヤったんだ。そんな場所で。

 「あ、でも、やっぱりはじめてはお布団の上がいいかな。うん、今度、冬弥君の家にいって……」
 「ちょっと、冗談じゃないわ。彼は私のものよ。もうしちゃったのはしょうがないとしても、もうこれ以上は誰にもさせないわよ」

 理奈ちゃん、けっこう独占欲強いんだ。いや、こっちのほうが普通なのか?

 「え、だ、だって、冬弥君はもともと私の恋人なのに……理奈ちゃん、なんでそんなこというの?」

 あ、なんかもとの会話にもどったかんじ。

 「私、冬弥君と寝たもの。だから、もう冬弥君は私のものよ」
 「まちなさいよー。藤井さんは私の召使なんだからね! だから当然私のものなのよ!」
 「冬弥、私でいいって言った」
 「藤井君は、私を選んでくれたのに……」

 みんないつのまにか理奈ちゃんたちのまわりに集まって俺の所有権争いをはじめた。
 それぞれのスポットライトまでいっしょにあつまったもんだから場はかなりカラフルなかんじ。

 喧々囂々やいのやいの。
 永遠に続くかと思われた言い争いは、弥生さんの提案によって収束された。

 「こういったことは藤井さん本人に訊くべきではないですか?」
 「うん、それなら……」
 「文句ないわ」
 「私もそれで……」
 「ん」
 「しかたないわね。それで、冬弥君どこにいるの?」
 「おそらく、まだこの局内にいるはずです」
 「よし、ふふ、ふふふ、冬弥君、探し出してきっちり告白してもらうわよ!」
 『おーっ!』
 
 理奈ちゃんの決意に唱和して、みんなが拳を高くあげる。
 まずい。いまでていこうものならどんなメにあうかわかりゃしない。
 ここはみんながこのスタジオからでるまで身を潜めて動かないほうがよさそう――

   カァンッ! カカカカァァァーンっ!

 ――っな、なんだ!?

 「そこ! 誰かいるの!?」

 俺の背後で起きた音で、みなの視線がこっちへ集中。

 後をみると、空き缶がころがっていた。さらにその後には――扉の隙間からニヤリと笑う英二さん。親指を下に向けてゴーツーヘル。

 や、やっぱりネにもってやがった!

 「……冬弥君? ずっとそこにいたの?」
 「あ、その、こ、これは……」
 「藤井さん、説明してよね」
 「冬弥君、これってどういうことなの……?」
 「冬弥」
 「藤井君」
 「無様ですね」
 「あ、ああっあああああああ、はふん」

 怒りのオーラに身を包む6人の女性に包囲され、俺は意識を失ったのだった。








 目を覚ますと、そこは歪んだ紅い太陽の支配する砂浜だった。
 俺が起きたことに気づいたのだろうか、彼女は夕日を背にしてふりかえった。

 理奈ちゃん……。 
 
 あれ? あのあと、俺、どうなったんだ?
 記憶が、ない。

 混乱する俺をよそに、白い水着を紅く染めている彼女は、リラックスした笑みを浮かべる。

 「もう、安心よ」

 彼女は天使のようま笑みを浮かべ、

 「第1回、藤井冬弥争奪戦、私が優勝したから、他の娘たちはあらかた片付けたから、もう安心していいわよ」
 
 …………。

 「そう」

 とりあえず、頷く。

 ……第1回藤井冬弥争奪戦、ね。…………第2回も、あるんだろうか。

 「帰りたくないわね。帰ったら、またはじまっちゃうから……」

 あるみたいだった。
 もう、カンベンして。 

 
   (終わり) 





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タイトル:裏切りの告白
ジャンル:ギャグ/WA
コメント:由綺を裏切った者の告白。

久々野様、感想とご指摘ありがとうございましたー♪