白頭巾 投稿者:八塚四夜 投稿日:1月30日(火)18時54分

 ふぅ、と一息。
  
 ルーズソックスを膝まであげている女子高生もいるこの冬の最中、額に滲んだ汗を拭っているヤツなんて俺しかいない。
 事実、真っ白な息を短い間隔で吐き出している俺は、今日の晩飯の買いだしにきていた主婦の注目の的だ。

 オイオイ、オバちゃんたち、そんなに見ないでくれよ。
 この藤田浩之、テリトリーは下は14上は24までだ。熟しすぎたマダムの期待にゃこたえられねーぜ?

   
   『んまあなんざましょ? 荒い息でこちらを見ていますわよ?』
   『イヤですわ。きっとわたくし達の熟れた肉体に欲情しているのですわ』
   『おおコワイ。女の敵ですわね。なにかされる前に早く行きましょ』


 …………。

 なんでだよ。

 ちげーだろ んなワケねーだろ ザケんなよっ!

 6時限目の体育で1時間持久走やらされて、次にホームルーム終わったそら行くぞとなった瞬間形成された<レッド・ハウンド> <ハム・サピエンス> <フレームアッパー>の3重の包囲網を突き破り、
校門前に陣取っていたクソ生意気な<ビンボー・オブ・ヒンコン>の弟を蹴散らしてこの商店街までダッシュできたんだ。
 息ぐらい切らしてて当然じゃねーか!

 それを、それをあの勘違いババァどもめっ。今度見かけたら生卵ぶつけてやるっ!

 群集の中へと消えゆくバーバリアンへ向かって中指おったてたところでふと気づく。

 こんなことしてる場合じゃねーじゃん、俺。

 これでチャンスを逃したら、なんのためにあかりを振り捨て志保をかわし、理緒ちゃんのフラグを捨て置いたのかがわかりゃしねー。雅史は、どーでもいいが。

 そう、俺がここまでダッシュできたのは来栖川芹香先輩との親交を深めるため!
 
 白磁の肌に黒絹の髪、慈愛に満ちた眼差しなど、身体のパーツの一つ一つが特注品。
 それでいてそのことを気取りもしない無菌室のような超潔白の心。
 一目見たなら嫌な気分もスッキリ爽快。
 近寄ってみれば理由もなくいい旅夢気分。
 触れちまったら幸福絶頂天まで届け、やっぱり地球は蒼かった。
 ってな感じにさせるあの雰囲気!
 そしてなにより、バックにはあの来栖川グループが控えているという財力!!

 見事センパイを射止め、来栖川を我が手中に収めた暁には、7研の予算大幅UP!
 んでもってセリオを大増産することを約束します!
 だから藤田浩之、藤田浩之に清き1票をお願い致します!

 は? マルチ? んなもんいらん。
 メイドロボと銘うちながらあの性能。
 古来より、メイドとは主人に奉仕(下のことではなく家事一般な)することのプロフェッショナルをいうのだ。
 それをミートせんべいだのなんだのと失敗ばかり!
 消費者なめてんのか? 
 JALに電話するぞコノヤロー!!

 ……あれ? 誇大広告に文句いうときのってJAROだっけ?
 
 まあ、今はんなことよりも、センパイ見つける方が先か。
 といっても居場所ならわかってる。
 センパイが商店街に来る目的は、あの古本屋で怪しげな本を買うためだけだ。
 そして、その目的以外のことを許されていないのだ。
 
 無目的に、ただブラブラすることもできないセンパイ。
 それは、巨大で絢爛豪華な、だが飛ぶことを許されない、来栖川という名の檻に捕らえられている小鳥のよう。

 それを今、この俺が解き放ってやる!
 それこそこの俺に与えられた使命でもあり義務!
 さあ、いざ行かん自由なる大空へ! 

 んでもって、後に残された豪華な檻は俺のモン。くぅっ ザッツイズパーフェクツゥ!
 

 ほんじゃま、古本屋へ向けて再度ダーッシュぅ!

 
  ――たったったったった……


 右手、エステサロンの前に志保確認! 気づかれないうちに通りぬけろ!


  ――たたたたたっ


 すぐ前方に子どもっ 回避ぃっ!


  ――ダダダダダーっ


 目的地視認! 付近に障害ナシ! セバスチャン確認できず!

 っしゃあ! そのまま突入!

 
 ――っバン!


 「セーンパーイ!」
 「……」
 「……」
 「……ん?」
 「……」
 「……」 
 「……お?
 「……」
 「……」
 「……なんだ、いねーのか。ちぇっ」

 舌打ちしながら古本屋からフェードアウト。
 あっけにとられてた店の親父や他の客は、とりあえず無視して。

 あーあ、どーりでベンツもないしセバスの妨害もないと思ったら、今日は来てなかったのか。
 ちぇっ、しゃーねーな、そのへんぶらついてけーんべか。
 っと、お? あそこにある金色のしっぽは……

 
 「わーん、おがあざーんっ」
 「オゥ、ボーイ、cry out 泣き止んでくだサーイ」

 
 レミィだった。どーやらまた迷子の相手をしているらしい。
 ちょこんとしゃがみこみ、目線を子供の位置に合わせているあたり、子供の扱いには慣れた感じ。


 「ううっ ひっく、ひぃっく」
 「どーしたノ? 迷子なんですカ?」
 「うっく、う、うん」
 「そーなんですカ……。OK! なら、お姉ちゃんがいっしょに探してあげマース!」
 「……?」
 「さあ、お母さん探しにいきまショー。Let’s Go!」
 「……うんっ」

 レミィは男の子の手を取り、笑顔でアレコレ話しかけながらその親を探す。
 男の子の方も、レミィの朗らかな態度にだんだんと打ち解けて、今ではさっきまでの涙の跡は微塵もなくなっていた。
 そんな2人の後を遠巻きについて行く俺。
 声をかけようと思わなかったわけではないが、2人が楽しそうに話しているのをみて、それに水を差すようなマネはしたくなかったのだ。
 だから、とりあえず見守ることにした。
 べつに、将来のために恩を売っておこーにも男じゃなーとか思ったわけではない。ホントだぞ。……8割ぐらいは。

 ふと、男の子が立ち止まり、不思議そうな面持ちでレミィを見上げていた。
 レミィもそれに気がつき、にぱっと笑いながら男の子と視線を合わす。

 「What? どーしたノ?」
 「……お姉ちゃん、なんで髪の毛が金色なの?」
 
 男の子の顔に、軽い既視感を覚える。前にもあったな、こんなこと。
 その時は、レミィは自分が天使だからだーなんて言ってたなあ。また、そーいうのかな?
 
 理由もなく楽しげな気分になって、俺は続きを聞こうとする。
 するとレミィは、ニコニコ笑ったままで、

 「それはですネ、ワタシが、白人だからデース」

 と言った。
 なんだか期待を裏切られた気分だが、ま、いいか。
 無垢な子供に対しサンタクロースはいると言うかいないと言うかの違いだよな。べつにどっちが正しいとゆーわけでもない。

 「……はくじん? ねえ、はくじんって、なに?」

 男の子はまだ人種の違いを知らなかったらしい。ま、あの年じゃしょうがねえかな。

 「ウーン、白人はですネエ……」
 「はくじんは?」

 レミィのやつ、白人の説明をしよーとしてるみたいだな。
 ちゃんと説明できんのか?

 「OH! 白人とは」
 「はくじんとは?」
 「白人とは、この世でイチバン優れた人種のことをいうのデース!」

 ……自信満々に言い切りやがった。
 時代遅れも甚だしいヤツだなオイ。

 「そ、そうなの?」
 「そうなのデース。白人がイチバン、その次にアナタたち黄色人種。そして、最低なのがネグロ、黒人ナノデース。ホワイト以外の人間は、ホワイトに出会ったら道を譲るのデース。それが神が決めた自然の摂理なのデース」
 「で、でも、お母さんが、さべつはいけないことだって、言ってたよ……?」

 男の子、ちょっと引き気味。まあ、無理もないか。

 「OH Jesus! そんなコトはウソッパチなのデース。
 アナタもそんなコトいってると、名前だけは王様きどりのあの牧師のようにしてしまいますヨ?
 われら <クー・クラックス・クラン> の行動を阻むモノは死、あるのみなのデース」

 なっ お、おい、レミィって、あのKKKの団員だったのか? 初耳だぜ。
 ……ところで、キング牧師の暗殺犯って、KKKとはなんの関係もなかったような……?

 「フッフッフ、KKKのパワーをもってすればキチ○イ一人洗脳するなんてわけないのデース」

 …………ご親切に解説ドーモ。って違う! マジなのかよ?

 「HAHA! ホワイトに逆らうモノは殺されても文句いえないのデース!」
 「ぼ、ボクも殺されちゃうの!?」

 男の子半泣きだし。
 レミィはハンターモードはいりかけてるし。
 ああなにがなにやら。

 「安心するのデス。ニッポンジンは“名誉白人”となってますから、ワタシたちのナカマなのデース
 OH! Hit upon a good idea! 閃きマシタ。アナタも今日からコレをかぶって、ホワイトを賛美しながら夜の町を歩くのデース」

 といってカバンからとりだしたのは、アレだ。あの白い、眼の部分に穴のあいた三角頭巾。

 「サア、後に続いて言うのデース。White is best!」
 「ほ、ほわいといずべすと」
 「モット大きな声デ! Destroy the Negro!」
 「で、ででですとろいざね、ねぐろ!」

 ガタガタと震えながら唱和する男の子を置いて、俺は逃げることにした。
 すまん男の子。俺にはレミィを止める自信はない。

 がんばれ男の子。まだ先は長い。そのうちイイコトあるさ。
 
 絶対。いやきっと…………やっぱりたぶん。
 















――その翌日

 

 チクショウ。またダメだったか。あの2回以来、センパイにぶつかれねーなー。
 せっかく家まで起こしにきたあかりを置いてダッシュで来てるのに。
 おかげで、最近の俺は無遅刻無欠席だ。えっへん。

 なんて自己満足していると、聞き覚えのありすぎる声が脳内に響く。

 「志保ちゃんニュース!」

 ……またか。俺様もうウンザリ。
 どーせいつもどおりくだらいないデマを――おおう。

 「んっふっふー。驚いた?」
 「お、おう。少しな」 

 だって、

 「そう、今日の志保ちゃんニュース!
 なんとっ みんなのアイドル長岡志保ちゃんが、エステサロンへ行ってコンガリ小麦色に焼けてきましたー!」
 
 ってんだから。
 いや、小麦色じゃねーだろ、それ。
 どーみたって、所謂『ガングロ』ってやつだ。
 なんとなく、シドニーオリンピックにいたアボロジニーを彷彿とさせてくれるものがあるぞ。それは。  

 「へへー。似合うー? 昨日、商店街のサロンで安くやってたのよねー。
 ヒロも誘ってあげようと思ったのに、もういないんだもんねー。
 あ、後悔したってダメ――


  ひゅかっ!

  びぃぃぃぃんん


 鯉みたく口をパクパクさせる志保の横には、矢。
 いまだ振動する白羽の矢が、志保のすぐ横にあった木に突き立っていた。
 そして、その反対側には、

 「……ネグロ」
 
 ハンターモードと化した袴姿のレミィ。
 朝練かなにかだろう。その手には弓と、木に突き立っている矢と同じものが数本。

 「ネグロは抹殺するのデース!」
 「い、いやぁぁー!」

 逃げる黒志保追うレミィ。
 そんな平和な朝の1コマだった。
 あ、チャイム。
 行かなきゃ。

 「ち、ちょっとぉっ、助けなさいよーっ!」

 いや、ガングロは滅ぶべし。

 「いやぁぁ――たぁーすけーてーっ!」 






 終わり。