山吹色の戦乙女  投稿者:山浦


【山吹色の戦乙女】

「ふー。どうしたもんかしらねー」
 来栖川綾香は悩んでいた。彼女が出場するエクストリームは回を重ねるごとに
レベルが上がってきている。特に、組み技系選手の増加はめざましく、それの対策
は急務となっている。綾香は空手出身にしては珍しく組み技は出来る。かなりの
実力がある、と自負している。しかしもちろん、それだけをやってきたエキスパー
トに対抗出来うるものではなかった。
「んー、なんかこーアクセントと言うか……葵の崩拳みたいな…………」
 彼女の後輩にして目下のライバル、松原葵の回答は『至近距離の打撃』だった。
つまり、組みの間合いで威力のある打撃を持つことで、相手を迂闊に近寄らせない
ようにし、打撃戦に持ち込む、というものだ。
「好恵みたいに開き直る気にもなれないし……」
 もう一人のライバル、坂下好恵の回答は「空手を行う」ただ、それだけだった。
つまり、相手が至近距離だろうが、組み付こうが、構わず拳を打ち、蹴りを放つ。
そのための特訓もしているらしい。
 トータルファイターとして実力を上げるのもまた良いのかも知れないが、特徴の
ない選手はここぞと言うときに脆い。どうすべきか、綾香は無限ループする二律背
反に苛まれていた。
「――綾香様」
 その時、セリオが目に入った。
「そうだ! セリオ、格闘技関係のデータダウンロードしてくれない? 出来れば
みんな知らないような奴で至近距離の攻撃が出来るやつ」
「――そう仰られると思い、既にダウンロードしておきました。では、綾香様後ろ
を失礼いたします」
 と、セリオは言うと、綾香の背後に回る。そして、綾香の長い髪を編み始める。
「? 何か関係有るわけ? これ」
「――はい、辮締旋風大車輪(べんていせんぷうだいしゃりん)と申しまして、
中国清代初期に興った拳法とのことです。辮髪の習慣を活用した幻の拳法で、修行
には重さ100貫20寸角の雫鋼鉄(だこうてつ)を吊るし、頭髪と首を鍛えたという
話です。会得するためには最低3個の雫鋼鉄を持ち上げ、自在に振り回すだけの技量
が要求されたようですが、今回は雫鋼鉄製の重りが用意出来ませんでしたので、五s
鉄アレイで代用します。
 ちなみに現代で言う 「借金で首が回らなくなる」という表現は、当時雫鋼鉄が
非常に高価なため途中で買えなくなり、修行を断念した者がいたということに由来
するとのことです。これは綾香様には当てはまらない事と思いますが」
「…………セリオ、どこから持ってきたデータ?」
 綾香の声は低い、地獄の底から響いてくるように低い。が、セリオは表情一つ変
えずに答えた。このへんが心のないメイドロボと言われるゆえんかもしれない。
「――出典は民明書房「中国拳法大武鑑」ですが」
 それがなにか? と、綾香に問う。無表情ゆえからかいで言ったことか否かの
判断が付きにくい。僅かでもその兆候があったら殴っているところなのに、と憎々
しげに思いつつ綾香は拳を引いた。
「……それはもういいわ」
「――そうですか、残念です。ところで、芹香様がお帰りになられました」
 先程、綾香を呼んだのはこのためらしい。
「ふーん、修行の旅に出るとか言っていきなりチベットとか行っちゃうんだから
……あ、お帰りねえさん」
「…………」
「え、顔色が悪い? やだな、そんなことないわよ。え、でも悩みがあるだろうっ
て? はは、ねえさんには隠し事できないなー。実はね……」
 綾香の話を芹香は熱心に聞いていた。本来、格闘技に興味のない芹香である。
いかに綾香の話とは言え、こんなに熱心に聞いたりはしない。綾香も、不審に感じ
た。
「ねえ、ねえさんこそ旅先でなんかあった? 格闘技に興味なかったよね? ねえ
さん」
「…………」
「え、なんとかする? ねえさんが? あ、呪いとかそーゆーのは……え、そう
じゃない? 純粋に体の力を使うだけ? ヨギ? ヨガ? チャクラ? せふぃ
らー? ちょ、ごめん。全然分からない」
「…………」
「え? じゃあやって見せるから構えろ? ねえさん、私これでもエクストリーム
のチャンピオン…………」
 綾香の言葉は最後まで続かなかった。芹香を中心に今まで感じたことのない強烈
なプレッシャーが巻き起こってきたのだ。
(すごい。これって、館長に匹敵する…………)
 一度だけ会ったことのある、綾香が学んだ空手の創始者。今は亡き『神の手』と
称された男に匹敵するオーラを、芹香は発していた。綾香の緊張が極限に達する。
 ゆらり。
 芹香が、動いた。ゆったりとした、遅いような速いような動き。それでいて自然
体はこれほどにも崩れてはいなかった。
 そして、芹香は小さい声であったが、はっきりと言った。

――震えるぞハート。燃え尽きるほどにヒート…………です。


 数ヶ月後、来栖川芹香の名は格闘技界に震撼を巻き起こすこととなる。 

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 書いてる途中で手元にJOJOと男塾があったためにこんな・・・・。