在りし日の幸福に  投稿者:山浦


 私はとても幸福だと思う。
「はい、ご主人様。ご飯が出来ました」
 私の面倒は全てこの娘が看てくれる。
「お加減はいかがですかぁ」
 HM−12「マルチ」。私が若かった時には夢物語でしかなかったロボット。
私の世話をし、私の為に働いてくれるロボットだ。
「ご主人様が元気だと私も嬉しいです」
 それに、この娘には心があるという。
 私には難しいことは分からない。しかし、それは素晴らしいことだと思う。
 彼女は、私の体を拭いてくれる。
「はい、きれいになりました」
 彼女は、私の垂れ流す汚物を綺麗にしてくれる。
「私、お掃除大好きなんです」
 彼女は、私のどんな我が儘にも全力で応えてくれる。
「ご主人様のために働くことが私の幸せなんです」

…………心から、嬉しそうに…………

 私はとても幸せだと思う。
「ご主人様。お孫さんが参られましたよぉ!」
 子も、嫁も、孫も、心から私を愛してくれる。

 かつては、そうでなかったように思う。
 あの時、息子は、息子の妻は、そして孫は、私の世話に疲れていた。
 私を疎ましく思っていた。
 だが、それ以上にそう思ってしまう自らに苦痛を覚えていた。
 私の存在が息子達を苦しめる棘となっていた。それが、私には辛かった。

 自暴自棄になったこともある。
 死のうと思った事もある。
 しかし、それすら息子達を苦しめる事になるのだ。
 だから、あの時は辛かった。

 私は、とても幸せだと思う。
 マルチは、私を世話してくれる。心から、喜びを持って。
 私はそれが嬉しい。
 私は、遠慮する事もなく、誰を傷つけることなく、生きることが出来るのだ。
 そして、死ぬことが出来るのだ。
 これほど嬉しいことが他にあるだろうか?
「……マルチ……」
 彼女は、私に微笑みかけてくれる。いつもと変わらぬ優しい微笑みを。
「何ですか、ご主人様」
 息子達は、何の憂いもなく私を愛してくれている。
 私は、皆の愛の中で死ぬことが出来るのだ。
「私は、とても幸せだ」