優雅な夜の過ごし方  投稿者:遊真


  
  客間の広い座敷。
  贅沢にも、ふかふかの布団を真ん中に引いて、ごろりと転がる。
  梓の料理に舌鼓を打って、でっかい風呂でのんびりくつろいで、初音ちゃんと楽し
くトランプで遊んで…。
  柏木家の面々、眠りに就いたのは十時過ぎなのだ。
  早い。
  で、俺は退屈なわけ。
  なまじ列車の中で熟睡したのが不味かった。
「不味いといえば……」
  梓の料理の中に、ひっそりと混入された千鶴さんの料理。
「あれは不味かったよなぁ」 
  千鶴さん、料理の特訓を積めば積むほど味が反比例するらしい。
  っと……。
  きょろきょろ辺りを見回す。
  いない…よな。
  気配まで読んでみたが、千鶴さん以下、四人共自分の部屋にいる。
「止そう…。命は大事にすもんだよ、うん」
  自戒して、この話題から遠ざかる。
  とりあえず、最初の議題へ立ち戻ろう。
「暇を潰したい」
  それだ。
  友人に電話を掛けるわけにはいかないし、街に出ると言ってもここは田舎の温泉街、
みんなが寝ているからテレビをつけるのも気が引ける。
  選択肢は限りなく少ない。
「あ〜あ」
  欠伸しながら両手を頭の上に投げ出すと。
  手に何か当たった。
  手繰り寄せると、毎週購読している雑誌。
  そういやあ、まだ最初の方ぐらいしか眺めてなかったっけ。
  何気なく雑誌を広げた。
『必聴、催眠学習の実用性と、その効果』
  この雑誌って、時々こういうくだらない場繋ぎ特集組むんだよ………しかし…。
  首を傾げて、俺は開いた雑誌を閉じた。
  そして、再び開ける…。
『必聴、催眠学習の実用性と、その効果』
  同じページの、同じ題目が目に飛び込んでくる。
「なんで、癖がついてるんだ?」
  この特集を何度も開いた跡が、はっきりと残ってた。
「……まさか」
  嫌な予感がよぎる。
「まさか、ね」
  そのまさかが、九分九厘現実になる異界が柏木家である。
  いつのまにか俺は立ちあがっていた。
  障子戸をそろりと開け、長い廊下を音も立てずに進む。
  やがて、通り過ぎた一つ目のドアから、かすかに漏れてきたのは……。

『胸がもっと豊かに、もっと豊かに、完璧なプロポー…………』

  誰だ、とは言えない。
  プライバシーに反するし、俺にも身の安全を守るための黙秘権はある。
  やり過ごそう、次。

『千鶴姉を這いつくばらせろ、這いつばらせろ、足蹴に………血反吐を…』

  姉妹の絆に入った罅割れの音を聴いた気がしたが…。
  彼女等の問題に首を突っ込むのは野暮だろう。
  無視だ、次。

『私はエディフェル、私はエディフェル、次郎衛……たし…伴侶……』

  そりゃあ、夢にも見るよ、楓ちゃん………。
  俺、ちょっと逃げ腰。
  ………。
  最後の一部屋は、聴きたくない気がする。
  俺の描いた理想像が、ガタガタと崩れるような…。
  でも、見たいし。
  なんつうか、好奇心旺盛なんだよ、許してね、初音ちゃん。
  ドアに耳をつけて。
  ごくりと喉を鳴らす音まで、大きく聞こえて。
  そして……。

『ワン』

  耳を離す。
  目を瞬いて、首をこてんこてんと左右に傾けてから。
  懲りずに盗聴。

『ワン、ワン、クゥーン…………』
  
  …………。
  ………えっと…。
  とりあえずは。
  オッケー、という事で……。
  …………。
  寝よう。



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そういえば四姉妹の部屋配置ってどうでしたっけ?
たしか年齢順だったと思ったけど。