迷風奏(六) 百鬼夜行の狂騒(下)  投稿者:遊真


             迷風奏(六)  ―― 百鬼夜行の狂騒(下)――



  ぽつ、ぽつ、ぽつと。 
  本降りの気配が足音を響かせて迫ってくる。
  呼応するかのように、頭上にかぶさる街路樹の枝葉が、忙しなく動く。
  パトカーの紅い点滅だけが、不変的、連続的に光りを闇にばらまいて、俺を、長瀬
を、交互に照らしていた。
  いつのまにか厚い雲の層が、空を支配し、激しい風の流れが、うぞうぞと闇を蠢かす。
  月光は尽きた。
  手探りの闇の中、二人の間で街は確かに死んでいた。
  背景は意味をなさない。
「夢を見ているみたいだな、柳川」
  一ミリも震えない声音に、びたりと据えられた銃口に、俺は舌打ちをする。
  今、長瀬が優位に立っているとはいえ、相手は、人を腕一本でた易く殺せる鬼なのだ。
  先程の立ち回りを見ていたこの男にそれが解らない筈が無い。
  何故、恐怖に縛られない。
「なんで、俺はお前に銃を向けなきゃならん」  
  同じ抑揚で、長瀬は云う。
  感情を差し挟む余地がないようで、僅かに潜んでいるのは、疲労だ。
  密やかな苦笑をはりつかせて、俺は顎を引いた。
  堅いアスファルトに跳ね返されて、雨の滴が飛沫を上げているのが目の端に映る。
「簡単でしょう? 僕が犯人で、あなたは警察だ」
「認めるのか?」
「………ええ」
  強く握り締めたグリップのラバーがぎゅっと音を立て、後頭部の圧力が増した。
  それがこの男の、ほんのかすかな内面の露出…。
「………見つからないんですよ…」
  だから俺も見せてやる。
  胸の奥の風鳴りを僅かばかりでも摘出してみせてやる。
「俺が見つからない…」
  堅く握り締められた右手を顔の前までもっていき、ぎこちなく開く。
  開いた掌にのった雨の滴はすぐに溜まって、やがて端から腕をつたい肘から滴った。
  擦り抜けていく……。
「俺が掴まらない、今が掴まらない。何かがしたい……、それが俺の証しになるのな
らば、それで何かが残るのなら…」
  風が止まるかもしれない。
  人を殺す事に快楽を感じ、人を殺した後に懺悔する。
  生っ粋の狩猟者でもなければ、柳川裕也という人間でもない。
  そんな中途半端なまま、明日が消えてしまうのが怖いのだ。
  はっきりと、白黒を……つける。
  
  俺は、俺が何者であるかを知りたい。

「……だから殺すのか?」
「俺らしいでしょう、長瀬さん」
  俺は顔を手で覆った。
  自責し自嘲し、それでも尚願うのは、結局、汚い俺のためなのだ。
  引きつった笑い声は、やがて滑らかになる。
  ここまでだ。
  時だけが過ぎていく無用な会話は終わりだ。
「風鳴りが止まないのさっ、どこの穴から漏れているのかも解らない。手当たり次第
に埋めるしかないんだよ。人間の累々とした屍でなっ!!」
「そんな事は俺が許さない」
「許さなければどうするっ!」
「解っている筈だ」
「はっはっはっ!!殺すのか!」     
「もう、止めろっ!」 
「止められるか、人を殺すこの快楽を!」
  息を呑む音が聞こえた。 
  僅かな間が、ひどく長く感じた。
  そして…。

「柳川ぁっ!!」

  長瀬が吠えた。
  哀しみが怒りに転じ、そして殺意が生まれる、感情の連鎖が黒光りする銃口の一点
に凝縮された。
  そこから排出される弾丸は、無機質な死をもたらす。
  だが、遅いのだ。
  視界がぶれるほどの加速で、俺は右足を蹴って横へ飛ぶ。
  アスファルトに虚しく突き刺さる二発の銃弾。
  銃声が曇天を貫くビルの壁に反響し、空間を駆け巡る。
  それが八方の闇へ溶け込むよりも早く、俺はトリガーを引いたまま硬直する長瀬の
死角から接近した。
  空気とはこれほど重いものであったのか、そう思えるほどの加速をする俺を、常人
は視認することさえ不可能だろう。
  生死の境はその瞬間に区切られたのだ。
  俺と、長瀬との間に顕然と、残酷なまでに…。
  拳が振り上げられる。
「終わりだよ…」
  独白がそのまま、長瀬への死別の言葉だ。
  鋼よりも硬い拳が雨の滴を弾き返しながら、こめかみへと吸い込まれて…。

  刹那、風が鳴った。

「!?」
  巨大な鬼気が頭上より迫る。
  圧倒的なプレッシャーに背筋が硬直した、連動するように拳が静止する、否、止め
られた。
  長瀬の前に突如立ちはだかった男が、俺の腕を掴んで離さない。
  闇に光るのは、紅い爛と光る瞳だ。
  同族の証し。
「やっと……」
  男は静かに、言葉を噛み締める。
「やっと、見つけたぜ…」
  誰をだ?
  鬼をか?
  柳川裕也をか?
  お前の瞳に映っている、この醜い男は誰だ。
  教えろよ。
  柏木耕一っ!!
  




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長瀬刑事の活躍(反乱?)はこのぐらいにして…。
つ、次こそは柏木四姉妹を登場させなければ!!
高アベレージの男率を下げないとね、やはし。


おーえす さん   『鬼龍業魔録』
柳川感謝デー(何の?)が続きますねぇ。改心したらしたで、やはり悩み続ける柳川
の活躍に期待します。

夜蘭 さん
毎度、丁寧な感想ありがとうございます。柳川をしっかり描こうとすると、どうして
も同じ比率で長瀬刑事を描かないと、バランスが悪くなってしまって、結果、長瀬刑
事が要所要所で決めまくりました。

日々野英次 さん    『Cryptic Writings』
相当な長編の予感。柳川が出会った異常殺人事件、ドラッグ、これらがどう結びつい
ていくのでしょうか。サスペンスな香りがほのかに漂っています。


ギャラ さん    『芹香と免許』
この手の適性検査って本当に引っかかる奴がいるのかな? といつも首捻ります。
でも、リーフキャラだと大多数がひっかかりそうだ(笑)。


久々野 彰  さん    『びいどろの瞳』
何気ない仕種や行動の連続で、じわじわとイメージが浸透してくる手際はさすがです。
で、今月は柳川月間ということにして、柳川を思う存分愛でましょう(笑)。