迷風奏(四) 百鬼夜行の狂騒(上)  投稿者:遊真


  一報が走る。
  畏怖と憎悪と、そして大きな落胆の色をひそめて一報が拡散する。
  まずは殺人課内に…。
  愛すべき後輩の死に猛るもの、嘆くもの、ただぼおっと放心するもの。
  俺は冷えた瞳で、それらを観察していた。
  そして署内全体。
  建物全体が震える。
  猛火は、外界にも飛び火する。
  二度、隆山が揺れた。
  不安が渦巻き、分厚い灰色の層が頭上を覆い始める。
  なんだ。
  なんだ、まだ終わっていないのか?
  犯人はまだ捕まっていないのか?
「そうだよ」
  俺は一人囁く。

  狂気の無差別殺人は始まったばかりだ。




   迷風奏(四)  ―― 百鬼夜行の狂騒(上) ――

  
  
「誤認逮捕でした」
  大勢の記者団に取り囲まれて、幾度も立て続けにフラッシュをたかれ、珍獣と化し
た刑事局長は陳謝に徹する。
  誤捜査をこうも簡単に認めてしまう。
  普段ならありえぬ事も、事態の深刻さをかんがみればいたしかたないのだ。
  あっさりと病院に侵入し、三人の人間を得体の知れない凶器で葬り去る。
  そして時を同じくして、別の病院に収容された相田響子という女も殺された。
  文字通り、警察機構は一周されたのである。
  後はカメラのレンズに向けて警告を呼びかける他、手が無い。
  ぬっと節くれだった手が伸びた。
  手は、今時ボタン式のテレビのスイッチを探ると、カチリ、押す。
  画像は、モニターの中心に吸い込まれる様にして消えた。
  俺は顔を仰ぐ。
  長瀬の尖った顎が見えた。
  幾分、髭が濃い。
「こんなものを見ても、面白くないだろう?」
「会議、ご苦労様です」
  長瀬は近く椅子を引寄せると、どかりと腰を下ろした。
「まったく無駄な事このうえないね。足らない頭を鶏の餌食いみたいにつき合わせた
ところで何も進展はしないというのにな。地どり捜査でもしていた方がどれだけ増し
な事か」
  この男は周囲にどれだけ鉄壁な壁を作っているのだろうか…。
  まったく表情に変化がない。
  皮肉たっぷりの笑みをトレードマークにして足を組んだ。
「会議室の椅子、あれ、よくないねぇ。老体には少し答えるよ。あ〜あ、腰痛ぇ…」
  右手で腰を揉んでいる。
  俺は、話しの展開上、笑ってみせた。
「その歳で、老体なんていっていたら、堪りませんよ、これから」
「だろうね、定年までもつかなこりゃ」
「もってくれないと困ります」
「おせいじでも嬉しいなぁ、その言葉」
  本当に、嬉しそうに云った。
  ………。
  解らない男だ。
  俺は居心地の悪いものを感じて、話しを変えてみることにする、そしてそれが本題
でもあるだろう。
「今後の捜査方針はどうなるんです?」
  長瀬はポケットからいつも通りに煙草を取り出そうとして、くしゃくしゃの箱に何
も入っていないと解ると、それを丸めて、ごみ箱へ放った。
  シガレットケースから、煙草を一本手渡す。
「なんだ、君、吸うのか?」
「人前では吸いません。マナーでしょう」
「勘弁してくれ」
「押し付ける気はありませんから、おかまいなく」
  どちらにしろ、この男は咥えるだけで吸おうとはしない。
「阿部貴之は容疑者の対象から完全に外された」
  貴之の名前が突然、長瀬の口から発せられると、俺の心臓は計ったかのように強く
胸を打つ。
「精神鑑定の結果。誘拐、拉致、監禁、殺人。どれをとってもあの常態じゃあ無理な
んだそうだ。それでもこちら側は、ごり押しで阿部を送検しようとしてね、それで今
回の事件さ。やはり犯人は他にいた事になる」
  思惑通りに事は運ぶ。
  実際、貴之は何もしていないのだから…。
  ただ少し気になった。
「長瀬さんは、最初から……」
  そこで質問を切った。
  当たりまえだろ、と云わんばかりに俺を見る。
「無理無理、絶対にね。あいつの眼はもう何も映しちゃいないよ。俺はもう何百人と
薬中の野郎を見てきたからね、殺る奴と殺らない奴の差ぐらい、眼の濁り具合で分か
る」
  では、目の前にいる俺の瞳を、長瀬はどう見ているのだろうか?
  俺は平静を装って、席を立つ。
「コーヒー、飲みますか?」
「お願いする」
  長瀬に背を向けて、紙コップを二つ取る。
  ポットに入れられた、安上がりのブレンドコーヒーを注いでいく。
  立ち上る湯気に眼鏡が曇った。
「なあ、柳川」
「なんです?」
  眼鏡を外しながら俺は話しを促す。
  コポコポと注ぐ音だけが、休憩室を支配する。
  長い沈黙、そして。
  漂うのは紫煙。
  煙草の臭い。

「まだ、人は殺されていくのかな…」

  禁煙を止めた刑事は問い掛けた。
  その表情は分からない。
  だけど背中が痛い。
  視線が痕を貫く。
  風が吹き荒れる。
  俺は振り向くことができず、ついには溢れたコーヒーの熱湯が俺の手を飲み込んだ。
  熱い、よりも苦しい。
  俺は、紅い血の海で溺れていた。
  

  


削除キー消えちゃった、すいませんが、迷風奏(四)はこちらでお願いします、管理人様。


ええっと、数字の件、すいませんでした。
これから気をつけますんで。

NTTさん
  『鳴風荘』の事ですね。綾辻氏の作風に似ているという事ですが、彼の作品好きで
すし、必然的に似ます、どうしても。

夜蘭さん
  感想どうも。殺戮に到る理由ですか?夜蘭さんが上げた三つの理由が交錯している
と思って結構です。後は、もう後戻りできないってやつですかね、俺はこういう人間
なんだから、こういうふうに生きなければならないという(いわゆる開き直りともい
う)。本編柳川の性格からしてLFみたいに己の悪を認め、罪悪を背負う強さはない
のでは、と。

日比野英次
  うわっ、だぶっちゃいましたか。柳川、最高っすもんね(本当か?)。