狂いの境界 投稿者:遊真
 
  単調な靴音を響かせながら、男は湿った夜気の中を歩いていた。
  中流家庭がひしめき合う住宅街の、ちょうど真っ只中、周りを民家に囲まれた狭い
舗装道路……。
  人の気配は無いに等しい。
  誰もが、内界たる我が家で、安眠を貪っているのだろう……。

  真夜中の外界は、異界だ。

  魑魅魍魎が跋扈する刻限。
  人などという矮小な生物が幅を利かせていられるのは、日の中空に在る時呑み。
  迷って入り込んだが最後、死の空気を孕んだ、狂気の渦へ引きずり込まれる。
  では……。

  己自身から、望んで入り込んだのならどうだろう……?

  自らを魑魅魍魎と化すのだろうか……。
  そう考え、男は口の端だけを僅かに上げて、笑みを象った……声はない。
  無音の笑い…。
  穏やかでもなければ、怜悧でもない……。
  有り体に言えば、その中間。
  曖昧すぎるほど、曖昧な笑みを浮べたのだ……男は…。
(まったくもって、曖昧だな…俺は…)
  男は思う。
  狂気、とは一体何なのだろうか…と。


  我を失い、常軌を逸した行動に身をやつす…事か……。
  …なるほど、それは解り易い定義だ。
  自分と言う意識を無くして、己でない意識が身体を掌握する。
  そして掌握した意識とは、人の倫理から脱却した存在……例えば人間とは種を別に
する異邦人……。
  …………。
  そこまで思考を滑らせて、男は眉を僅かにしかめた。
(つまらない……、あまりにも不毛すぎるな…これは)
  だいたい……。

  正常、とは何だ?
  人というものを平均化する事、それ事態に間違いがあるのではないか。
  人は個人であり、いつでも孤独なのだ。

  律する、とはどういう事だ?
  堪えられる事物は、誰でも堪えられるのだ。
  堪えられない事物が訪れた時、人は堪えられない……崩壊するのだ。
  ならば、律するという言葉自体が、あまりにも荒唐無稽な事後承諾、つまりは
結果論に転じはしないか?
  誰かが崩壊した時、人はこう言うのだ。
『あの人は、己を律する事ができなかった』……と。


「くっくっくっく……」
  男は顔を俯け、突と笑い出した。
  ……今度の笑みは、曖昧ではない……怜悧だ。
「良いよ……、この考えは実に良い…」
  ぞっとする程、さめきった声。
  まるで深淵から吹き出た闇そのものだ。
  夜闇などとは、比べ物にならないほど……、濃い。
「こんなに、簡単に、俺は、俺を正当化できるのかっ。それほどこの世の常は脆い
のかっ」


  自分は、正常だ。
  どれだけ殺戮、性欲に餓えていようが、正常なのだ。
  なぜなら……それは…。
(俺が望んで、そうなっているのだからなっ)
  例え、周囲の人間共が異常だ、狂っていると、ほざこうが……。

(俺は、俺を異常だと思ってはいない)

  それが己の確固とした理念なのだ。
  殺人淫楽症などと下卑た言葉で、枠に嵌めたいのならば、そうすれば良い。
  理解されようとも思わない。
  だいたい、自分でさえ、己の内の小宇宙を見切ったわけではないのだ。
  他人からは狂気と呼ばれるこれらの感情も、この奇怪な力も、その小宇宙に隠匿
されて、在った。
  無から有は産み出せない…。
  その道理から言えば、異質に見えるこの感情も、……やはり、元々在ったのだ。
  数十年を経た、……やや遅れた自己の発露でしかない。


(まだ俺は、俺を知らないのだ……)


  眼鏡を指でついっと押し上げながら、男は俯けていた顔を仰いだ。
  切れ長の瞳を逸そう細める……。
  頭上には、幾重にも重なった暗雲の層が垂れ込めていた。
  夜空の光彩は全て奪われている。
  ただ、一定間隔で連なる、煤けた電柱に備え付けられた常夜灯だけが、周囲をおぼ
つかなく照らしていた。
「今宵の獲物は、誰にしよう…」
  鬼は囁やいた……。
  一瞬、細い道を渡った…風。
  それが、路傍の塵芥と伴に、鬼の囁きを吹き流す……。
  風が逝き過ぎた後、男の姿は消えていた。


  狂気の跡だけがそこに残る…。

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  いやぁ…わけのわからん物を書いてしまいしましたぁ。
  一応、話しの主旨を説明しますと、柳川裕也の、あの危ない性格は、エルクゥの本
能で画一的に齎らされる生理現象でなくて、元来備わっているものとしたかったんで
すよね。
  あのアウトサイダーなのりが好きなものですから。
  でも、解らんですよね…これじゃあ……。



takataka さん『To Heart』PC版>PS版差分8(マルチ篇)

  適度にずれた世界観が良いです、特にマゾ気味の浩之。
  面白く読ませて貰いました。


vlad さん『鬼狼伝』

  1から読ませて貰ってます。格闘時の細かい動作を描く技量、凄いです。