猫口綾香  投稿者:山岡


 猫口とは。
 ただの、猫の如く歪曲させた口の呼称ではなく。
 武道家にとっての「戦い」。
 芸術家にとっての「作品」。
 マルチにとっての「耳カバー」。
 そう。
 猫口は自己を表現する為の手段のみならず。
 現世に具現した猫口を構成する者の「たましいそのもの」なのである。


 そして。

 彼女は猫口だった。



 
「こんばんにゃー好恵っ!」
 元気な猫口。
 ぴくぴくっ! 坂下のこめかみに青筋が浮く。
「…あ…あんたねえ…」
「ん? 何かにゃ何かにゃ?」
 突き出される猫口。
 ぶちぃぃ!!
「ムカつくからやめなさいよぉその猫口ぃぃぃぃぃっ!」 
 坂下、爆発。


「っていきなり怒るのよぉ。酷いと思わない、浩之ぃ」
「猫口でぶーたれんな猫口で」
「もお! 浩之までそんな風にいうかにゃあ!」
 ぷうとふくれる猫口。ちょっと、坂下の気持ちがわかる。(含殺意)
「・・・しかし、何でまたいきなり猫口なんて使いだしたんだ?」 
 と問うと、何故だか嬉しそうにする猫口。
「知りたい?」
「お・・・おう」
 すると猫口、満面に笑みをたたえて、
「・・・おしえにゃーい(嬉)」
 ぺしっ。
「うにゃっ!」  


「・・・って綾香さんから一本取ったんですか!」
「主題が違う」
 猫口に辟易したオレは、対処の相談にあいつのことをよく知る葵ちゃんを選
んだんだが。
「それにしても綾香さんも形意拳に目をつけたんですかぁ… 猫拳…かあ」
「だから違う」
 人選ミスだった。
「わたしも、猫拳、挑戦してみようかなぁ」
「やめなさい」
 だが、葵ちゃんはオレの制止も聞かず、
「こ・・・こんな感じでしょうか先輩!」
 猫口った。
 精一杯の、猫口。
「う・・・うにゃぁ!(赤面)」
 そしてサンドバッグに向かって、ねこぱんち。
「どうですか、先輩・・・?(赤面)」
「いやもうなんていうか…」
 恥ずかしいからやめてくれ。そうオレが続けようとしたその時。
「ムカつくからやめれその猫口ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 オレの気持ちを一部代弁してくれたその声の主は。
 
 
 猫口だった。

 
 おいこら元凶。


 というわけで。
 それでも終わらない猫口。
 綾香に気に入られるほどの「真の猫口」へと近づくため。
 オレの制止を振りほどき。
 ついには諦めの境地へ達したオレの目の前で、今日も葵ちゃんは猫口の特訓。
 猫口でサンドバッグにぽこぽこねこぱんちを繰り出すのが特訓といえれば、
だが。
 もうどうでもいいが。
 エクストリームはどうした。


「どしたの? 元気ないじゃん」
「…うるせーな、猫口」 
 いつのまにか綾香が後ろにいた。
「どうしたのかにゃ、浩之くんはぁ?」
 猫口を傾ける。
「…ったく…」
 めんどくさいんで、顔を背けた。つき合ってられん。 
「浩之…もしかして、猫口…嫌いなの?」
 と、急に声のトーンを変え、綾香が言う。
「おう。ムカつくからな」
 振り返り断言する。
「そうなんだ…」
 それでも猫口。
 でも、すごく寂しそうな猫口。
 雨の中、一匹であてもなく彷徨う子猫の猫口。
 …ったく、しょうがねえなあ…
「ま、でもな…」
「?」
「お前の猫口だけは悪くねえと思うけどな。いかにも綾香らしくて」
 猫口、ちょっとびっくり。
 すぐにすごく嬉しそうな猫口に。
「もちろん葵ちゃんの猫口も良いと思うから!」
 後方からの殺気にフォローも入れとく。
 嬉しそうな猫口ふたつ。…悪くない。
 猫口のことちょっとは見直してもいいのかもな…

「そうです! 先輩も一緒に猫口、やってみませんかぁ?」
「そうね…浩之なら、才能あるかも…」

 それだけは、絶対に嫌だけどな!!