幸せ 投稿者: 結城 光
・・・『人間にとって一番の幸せは何か・・・?』・・・
もしそんな質問をされてもそれが何なのかは、俺にはわからない。
人にはそれぞれの価値観があり、求める物も必要とする物も様々だからだ。
けど『貴方にとって一番のしあわせは何ですか?』と聞かれたならば
俺は間違いなく、こう答えるだろう・・・。



夕焼けにいろどられた町並み・・・。
俺達は買い物を済ませ、公園のベンチで一休みしていた・・・。
心地よい秋の風が吹き抜ける・・・。
何気ないひととき・・・。
けどこんな平凡な日々の中でこそ、人はやすらぎを感じる事が出来るのかもしれない・・・。
・・・やけに哲学的な事を考えている俺。
「・・・っと・・・ちょっと・・・耕一・・・。」
俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
・・・まったく・・・せっかく、人がやすらぎを感じているというのに・・・。
だんだんと声が大きくなっていく・・・。
「ちょっと・・・耕一・・・もう帰ろうよ・・・?」
ゆさゆさ・・・
「早く帰んないと、ご飯遅れちゃうってば・・・。」
ゆさゆさ・・・!
・・・そうだった・・・。今日は連れがいるんだった・・・。
起きてやるかな・・・今はあんまり無理させるわけにはいかないからな・・・。
「ねえってば・・・。」
ゆさゆさ・・・!!
「ん・・・そうだな。もう帰るか・・・。」
「うん・・・。」
俺はゆっくりと起き上がって、大きく背伸びをする。
「ふふ・・・耕一ってばいつまで経っても子供っぽいんだから・・・。」
梓はかすかに微笑みながら笑う。
「・・・悪かったな・・・子供っぽくて・・・。」
梓のしぐさが大人っぽくて、俺は複雑な気分になった。


「・・・あれからもう2年が経ったんだね・・・。」
「・・・そうだな・・・。」
もう梓も20歳・・・もう立派な大人なんだよな・・・。
みんなも・・・そういや千鶴さん『もう歳は聞かないで!!』って言ってたっけ・・・。
「・・・どうしたの?耕一。」
梓がにやにやしていた俺を怪訝そうな目で見る。
「ん〜、梓もあいかわらず子供っぽいな〜って思ってただけ。」
俺は梓をからかいたくなって嘘をつく・・・。
「なによ〜。自分じゃかなり大人っぽくなったと思ってるのに〜!!」
ほんと、梓は俺にはもったいないくらい奇麗になったよ・・・。
「いやいや・・・体だけ大人で、心はまだまだ子供だなぁ・・・。」
「もうっ!!耕一っ!!・・・あっ・・・。」
俺に食って掛かろうとした梓だったが、ふいにぐらついて倒れそうになる・・・。
俺は慌てて梓を腕で支える。
「まったく・・・、身重だっていうのにそんなに暴れるんじゃない・・・。」
「・・・そう仕向けたのは耕一だろ・・・。」
「・・・悪かったな・・・。」
「ううん・・・いいよ・・・。」
梓は俺の腕の中で微笑む・・・。
茶色のマタニティドレスがよく似合っている・・・。
「・・・けど、マタニティドレスを着るのはまだ早くないか・・・?」
「千鶴姉が『善は急げ』って言ってどうしてもアタシに着せるんだ・・・。」
「・・・一体何が『善』なんだろう・・・?」
「けど、この子が生まれると千鶴姉はともかく、楓も初音もオバサンになっちゃうんだよね・・・。」
俺達は顔を見合わせて笑う。


ほんと、可愛いい奴だよ・・・お前は・・・。


だが、不意に梓の顔が曇る。
「けど・・・もし男の子が生まれて・・・。」
そうだった。梓も沢山の大切な人を失って傷ついてきているんだ・・・。
「もし・・・暴走したら・・・アタシは・・・自分の子を・・・。」
梓は思いつめた顔で俺に話し掛けてくる・・・。
・・・ばかだな・・・。
俺は梓の頭に手を置き、頭を強くなぜて髪の毛をくしゃくしゃにする。
「ちょっ、ちょっと!!何するの!!」
梓は驚いたような、困ったような顔をする。
「・・・ばかだな・・・梓・・・そんな事、考えていても何にもなんないぞ・・・。」
「けど・・・耕一・・・。」
「いつも前向きでお転婆なのが梓の取り柄だろ・・・?俺がいるから大丈夫だよ。」
「もう・・・一言多い・・・。でも・・・ありがとう・・・。」
ようやく梓が微笑む。
そうやって笑ってる梓が一番可愛いぞ・・・。
「第一、それじゃあ愛し合う事も出来ないだろ・・・。」
「ちょっと・・・耕一・・・。」
「何だ・・・恥ずかしいのか?いつもやってい・・・。」
「そうじゃなくて・・・周り・・・。」
「ん・・・?」
ふと視線を上げると俺達の周りに観客が集まってきていた。
『お2人さん熱いねぇ・・・。』やら『幸せになぁー!!』など
いろいろな声援が飛び交っていた・・・。
俺と梓は顔を真っ赤にして公園から逃げるように立ち去った・・・。



帰り道、梓が話し掛けてくる。
「ねえ・・・耕一・・・アンタを信用していいんだよね・・・?」
「当然だろ。何なら今から婚姻届、出しに行くか・・・?」
「ばか・・・もう、閉まってるよ・・・。」
「なら、明日。」
「ううん・・・そんなに急がなくていいから・・・。」


夕日がだんだん落ちていく・・・。
「ねえ・・・耕一・・・今、幸せ・・・?」
「当然だろ・・・。お前はどうなんだよ・・・?」
「ふふ・・・聞かないでも解ってるんでしょう・・・?」
「・・・ま〜な・・・けどお前の口から直接聞きたいな・・・。」
「はは・・また今度ね・・・。」


2人とも真っ赤に染まっている・・・。
もうすぐ家に着く・・・。
「さてと・・・今日の晩飯はなんなんだ・・・?」
「・・・肉じゃが・・・もっと豪勢な方がよかった・・・?」
「いや・・・梓の肉じゃがは愛情料理だからな・・・。」
「もう・・・変な事、言わないで・・・。」


玄関の扉を開ける・・・。
「あっ!!・・・お帰り!!どうしたの梓お姉ちゃん?顔真っ赤だよ・・・?」
「えへへ・・・秘密。」
「あ〜!!ずる〜い!!」
いつも元気で優しい初音ちゃん・・・。

「お帰り、梓姉さん・・・。子供、いつ生まれるって・・・?」
「う〜んと・・・まだもうちょっとかなぁ・・・。」
「元気な子が生まれるといいですね・・・。」
最近、明るさを取り戻してきた楓ちゃん・・・。

「梓・・・大丈夫?・・・ここはやっぱり私が夕食・・・」
「結構です!!」
「ひどい・・・親切で言ったのに・・・。」
あいかわらずお茶目で子供っぽい千鶴さん・・・。
俺にとって今、一番大切な者達・・・。

『貴方にとって一番のしあわせは何ですか?』
・・・周りのみんながいつまでも笑っていられる事・・・。
・・・それは間違いなく今ここにあるごく普通の生活の事・・・。