未完の調書 〜続き 投稿者:夕鶴
続きです。全部いっぺんにやりたかったんですが、何故かできなかったので分けました。


PM 11:49
確かにヤツは来た。風の音を聞き、耕一は庭へと飛び出した。
殺気こそ感じられなかったが、そこには一昨日の夜に闘った鬼がいた。
風が雲を流し、月明かりが鬼を照らした。
「・・・・・久しぶりだな、もう一人の俺・・・・。同族の狩猟者の男よ」
鬼の形をしたものは、静かに囁くように言葉を発した。
(狩猟者!?・・・・鬼のことなのか?・・・・・)
その前の『もう一人の俺』という言葉の意味を考えず、狩猟者の意味を耕一は考えていた。
「・・・・柳川なのか?それとも・・・・・」
「この前の鬼なのか、か?・・・・どちらでもない、ただの狩猟者だ。お前と同じな・・・・」
鬼を見ながら、耕一は自らの鬼のちからを解放させようとした。それでも、鬼は微動だにしなかった。
「お前を、・・・・・お前を倒さなくてはいけない。千鶴さんを守る為に!!」
「千鶴?・・・あの同族の女のことか。ふっ、もうあの女には興味はない・・・。
俺は俺の大事なものを取り戻したからな・・・・」
(・・・・殺戮を求めるだけの鬼にそんなものがあるのか!?何か守るべきものがっ・・・・)
「だったらなんでここに、柏木家に姿を現した!千鶴さんを殺す為だからじゃいのか!」
頭の中に生まれた疑問を振り払うように、耕一は叫んだ。
鬼はニヤリと笑い、耕一を見据えて話し始めた。
「・・・お前は狩猟から得る快楽を憶えているはずだ。あの美しい炎の輝きを忘れてはいないだろう。
炎は生き物に恐怖を感じさせる、そして俺たち狩猟者はその輝きの美しさに魅了される。
お前も感じたはずだ、生き物の生命が消える瞬間に見える炎の輝きを・・・・・・・・・。
そう、・・・・・・・俺を倒した瞬間になっ!」
違う!そんなことはないっ!と言おうとした瞬間、耕一の脳裏にあのとき感じた炎が浮かび上がり、
そして・・・・・消えた。
「あれが・・・・・炎なのか・・・・・」
掠れた声でつぶやいた耕一を後目に、鬼は話し始めた。
「お前の父親も叔父も、ちからを制御できなかったのではない。炎を見ることを、・・・・炎に魅了
されることを心の奥底で恐れ、拒んでいただけだ。」
「・・・・・俺は、俺は望んでいたのか?・・・・炎を見ることを、誰かを殺すことを・・・・」
呆然といている耕一に、鬼は「・・・・さあな?」としか答えなかった。
そのときーーーーーー
「耕一さん!!」
という言葉とともに、耕一の後ろから明らかな敵意が発せられた。柏木千鶴である。
千鶴はすでに鬼のちからを解放していた。そして、鬼を見据えて飛翔した。
肉の裂ける音がして、鮮血が飛び散る。だが、鬼は気にもとめずに、呟いた。
「・・・・やめておけ」
鬼が言葉を発した瞬間、千鶴の動きがとまった。言葉の裏にある恐怖を感じて、千鶴の足はすくんで
いた。重く、静かな呟きだったが、千鶴にははっきりと聞こえた。
(殺される!!)
死を直感した千鶴を前に、鬼は耕一の方を見て口を開いた。
「同族の男よ・・・・お前が炎を見ていないのなら、俺がいますぐにでも見せてやろう・・・・・
この・・・千鶴とかいう名の女を狩ってな」
「・・・・・・・・・・・・めろ」
鬼は一歩一歩近づいていき、千鶴の目の前まで来たとき己の右腕を夜空にかかげた。
その腕が振り下ろされる刹那、風が吹き千鶴の髪をなびかせた・・・・・。
風が去った後、鬼の右腕は肘から先がなくなっていた。
目の前の腕からほとばしる鮮血を千鶴はただ呆然と浴びていた。
「こ、こういち・・・・・さん?」
鬼の傍らにちからを解放した耕一が立っていた。
「・・・・炎を見るよりも俺には千鶴さんのほうが大事だ。たとえ炎に魅了されようとも、そのことは
絶対に変わらない!千鶴さんは俺が守る!!」
炎に魅了されるというのはわからなかったが、耕一が守ってくれるということを千鶴は嬉しく思った。
片腕を失っても鬼は、自らのちからを解放させようとはしなかった。
まるで自ら死ぬことを望んでいるかのように、鬼はその場に立ち尽くしていた。
「・・・・・・・・・・・・。何故ちからを解放しない?死にたいのか・・・・」
「ふふ、ふふっふふ・・・・」
鬼は耕一の言葉を聞き、笑い始めた。低く、重い笑い声が辺りを包み込んだ・・・・。
「・・・・・なにがおかしいんだ、ホントに殺されたいのか?」
「ふふっ、やはりお前は俺の同族だよ。炎に魅了された狩猟者さ・・・・・生き物を狩ることによって
発せられる炎を見たくてしょうがないんだろう」
風で流れきた雲が、耕一たちと鬼を照らしていた月を再び隠した。
鬼は耕一の目を見て言い放った。
「しょせん炎に魅了された狩猟者は、人を狩らずにはいられないのだよ。俺も・・・そしてお前もな」
そう言い残して鬼は風と共に姿を消し、あたりには耕一の慟哭が響きわたった。

「・・・・こういち・・さん。・・・・・・・・・・」
泣き叫ぶ耕一の口を千鶴は自分の唇でふさいだ。数秒ほどの静寂が訪れる。
唇を離した後、千鶴は耕一の頭の後ろに手をまわし、そっと抱きしめた。
「・・・・・貴方はわたしを守ってくれました。たとえ炎に魅入られる宿命にあったとしても貴方なら
乗り越えられます。・・・・・わたしは、貴方を信じます。必ずできる、と・・・・・」
千鶴に抱きしめられながら、耕一は不思議に心が落ち着きを取り戻すのを感じていた。
あの夜、ーーー千鶴と初めて愛し合った夜のように・・・・。
「・・・・・・・そうだね、まだできるかどうかわからないけど・・・・俺には千鶴さんがいるんだ。
絶対に乗り越えなくっちゃいけない・・・・千鶴さんは俺が幸せにしてあげるんだ」
そう言って耕一は千鶴の背中に手をまわした。
「・・あっ」
不意に千鶴の目から涙がこぼれた。その涙を耕一は右手で拭って、千鶴と唇をかさねた。
さっきの口づけとは違い、長い長い口づけだった・・・・・。

片腕を失った鬼は、マンションの屋上にたたずんでいた。
鬼の傍らには首から上のない人間が、屋上に張られた金網に寄り掛かり眠っていた。
「・・・・貴之。やっと、・・・・やっとお前のところへ行ける」
鬼は、・・・柳川は貴之の顔を胸に抱いてそう呟いた。貴之の瞳はあのときからずっと曇ったままだ。
貴之の瞳を見て、柳川は微笑した。そして、残った左手の爪で自らの喉を切り裂いた。
肉が裂け、生暖かい血が柳川の左手と貴之の顔に降り注いだ。
(あの〜すみません・・・・・・)
貴之の声を聞いた、・・・・・・・いや柳川には確かに貴之の声が聞こえた。
あの日の、初めて会ったときと同じひとなっつこい笑顔をした貴之を柳川は見たのだ。
(ほら、ここの管理人っていつもいないでしょ。助かったっすよ、ホント・・・・)
「もうすぐだ・・・。もうすぐ貴之、・・・・お前のもとへ行ける。俺とお前しか存在しない、
二人っきりの場所へ・・・・・・・・」
そう呟きながら、柳川は喉を切り裂き続けた・・・・・・。

翌日、柏木家
梓たちが家を出ていって30分後、長瀬は柏木家の敷居をくぐった。
「ごめんくださいなっ・・・・」
長瀬の訪問に千鶴は、
「もうおじさまの事件は終わったのではなかったのですか?」
と、答えた。
今日の千鶴は青のスーツ姿だ。ようやっと会社に復帰するらしい。
「いえ、今日は別件です。・・・・もう一つの方ですよ」
僅かに怒気の含まれた千鶴の質問に、長瀬はひょうひょうと答えた。
別件の捜査という長瀬を、千鶴は客間に通した。

「じつは、また無差別殺人事件の被害者がでました・・・・。別件というのはこのことなんですがね」
客間に千鶴と耕一がそろうと、長瀬は無表情に話し始めた。
「やはり・・・・柏木家のちからをもった鬼のしわざなのでしょうか・・・・」
「千鶴さん!?」
柏木家の秘密をつぶやく千鶴に耕一は驚きの声をあげた。それを見て長瀬は、
「あの、・・・もう昨日教えてもらっていますんで隠さなくっていいですから・・・・」
と言った。それを聞いて耕一は納得したらしい。
「でも、ホントにあの鬼なのかな?・・・・・昨日『自分は己自信の大切なものを手に入れた』って
言ってたけどなぁ・・・・・」
「それは、・・・・・わかりかねますね。私は普通の人なんで」
耕一の言葉を聞いて、長瀬は話し始めた。
「この話は、その鬼と無差別殺人の犯人、そして柳川君が同一人物だと仮定して話させてもらいますが
いいですかね・・・・・」
耕一たちは何も言わず、頷いた。
「まず柳川君ですが、彼は死にました。もうこの世にはいません。これは間違いありません」
昨日のことがあるからなのか、長瀬は柳川が死んだことを強調して言った。
「無差別殺人のあたらしい被害者ですが、阿部貴之を収容していた警察病院の警備員と看護婦です。
何故かわかりませんが、柳川君は阿部貴之を警察病院から連れ去ったようです」
ここで長瀬はいったん言葉を切って、耕一たちを見た。
「耕一くん、君たちが鬼を見たのは何時頃だかわかりますかね?」
「詳しくはわからないけど、・・・・・11時頃だと思いますよ」
突然質問を振られて、耕一は戸惑いながら答えた。
なにげない質問だったが、実際の刑事に聞かれると戸惑ってしまうのも無理はない。
「そうですか・・・・。えっと、柳川君なんですが、その阿部貴之の住んでいたマンションで
発見されてます。それと、柳川君もそのマンションの部屋を借りて住んでいて、阿部貴之とはどうやら
隣の部屋どおしだったみたいなんですよ・・・・。偶然にしちゃ出来すぎてますよね。
・・・・・それと、警察は今度の無差別殺人事件を、阿部貴之とそのまわりの仲間がおこしたものだと
報道に発表します。麻薬中毒者の集団が、おこした殺人事件だと・・・・」
長瀬はいきなり話を変えた。
「麻薬中毒って、・・・・犯人はあの鬼ーーー柳川って刑事でしょ!なんで阿部貴之って人が犯人に
されなくっちゃいけないんです?」
長瀬の言葉を聞いて、耕一はやや感情的に言った。
「どうやって、柳川君が犯人だと証明するんです?鬼ーーー柏木家の秘密を県警に行って話しますか?
もし柳川君が犯人だと証明できても、それが報道に公表されることはありませんよ」
「・・・・確かにそうですね。でも、柳川さんが犯人だとしても、公表されないって・・・・・・・
どうしてなんですか?」
と、千鶴。耕一は何も言わず、ただ長瀬たちを見ていた。
「警察ってとこはですねぇ、・・・・・いわゆる身内の起こした事件ってヤツが表沙汰になることを
嫌がるんですわ。今回の事件にもし柳川君が関わっていても、阿部貴之の名前しか公表されなかった
と思いますよ」
あまりにも理不尽な言いぐさだが、それもありえることを裏付けるかのように長瀬の瞳は憂いの色を
帯びていた。
「阿部貴之は・・・・身代わりってことですか?」
暫しの沈黙の後、耕一が吐き捨てるように言った。
「・・・・そうなりますかね。現に一昨日阿部貴之と被害者の女性が発見されたときに、阿部貴之が
犯行は不可能ではないかと疑問に思う警官は複数いましたが、上は聞き入れていませんでしたからね」
「そんなことが・・・・・・」
「あっていいわけがない、そう思われるのも無理じゃありませんよ。でもね、上のお偉いさんがたには
面子が一番大事なんですよ。警官の起こした事件の犯人なんてものは煙たがられるだけです。
たとえ真実をねじ曲げようとも、上はそういった不祥事が表沙汰にださないようにしますよ」
この事件に例えるのなら、柳川が殺人を犯していたとしても、麻薬中毒である阿部貴之が被害者である
女性たちと一緒の部屋から発見されているので、警察は犯人を『阿部貴之』であると報道関係には
公表する、ということになる。
これには阿部貴之が麻薬中毒で自分自信がわからない状態であるのと、被害者と同じ部屋で発見された
ということが犯人に仕立てられる要因である。
「・・・・おっと、話がずれましたね。その阿部貴之ですが、彼ももうすでにこの世にはいません。
今日、柳川君が発見されたときに彼の遺体も見つかりましたから」

釈然としないままで、隆山で起こった無差別殺人事件は本当の終焉を迎えた。
犯人は阿部貴之という学生で、普段から麻薬を常用していた痕跡があり、この隆山の無差別殺人は
阿部貴之とその麻薬仲間が起こしたカルト的犯行であった。
と世間に公表されるでしょうと、長瀬は耕一たちに話した。
「それじゃ、私はこの辺で・・・・・」
と言って長瀬は、長くなった話を終えようと腰を上げた。
「・・・・・あ、あの・・」
長瀬が客間を出ようとしたとき、千鶴が小声で呼び止めた。
「なんですか?・・・・・どうぞ、おっしゃってください」
長瀬は振り返ってそう言った。
「なんで長瀬さんは・・・・・その、事件のことをお話になったんですか?何もわたしたちに・・・」
「話す必要はないんじゃないか、そう言いたいんですか?」
千鶴は無言で頷いた。
「そうですね・・・別に話す必要はなかったと思います。ただ、・・・・」
この事件の本当の当事者である貴方がたには、知っておいて欲しかっただけですよ。
そう長瀬は言った。

同日、県警署長室
長瀬は署長の机の上に、有給休暇を貰う旨をしるした手紙を出した。
署長の村木は机の上に置かれた有給願いを見て、長瀬に目をやった。
刑事になって20年近くになる長瀬が、初めて自分から有給休暇をもらうことにしたのだ。
村木が驚くのも無理はない。暫く長瀬を見た後、有給願いを読み始めた。
理由は一身上の都合の為と記されていたが、署長は二つの事件が未解決のまま片付けられたことが
原因だと感じて、長瀬に有給の許可を出した。
「・・・・・長瀬くん、これから君はどうするのかね?」
署長室から出ていく長瀬を、村木は呼び止めた。
村木の質問に振り返った長瀬は暫く考えた後、
「・・・・・隆山で起きた事件の被害者の遺族にあって、亡くなわれた被害者にお線香でも供えようと
思ってます。・・・・・それからのことは、終わってから考えます」
と答えた。
「・・・・・終わった事件の被害者とその遺族に対する償いなのかね?刑事になってから、きみが
続けているきみなりの被害者たちへのケジメなのかね?」
署長の問いに長瀬は無言だった。
「言っておくが被害者の中には、この隆山からかなり離れている所に遺族が住んでいる者もいるんだぞ
・・・・・それでも、行く気なのかね?」
「ええ、・・・・やはりこれをしないと、私自身の気が済まないんですよ」
そう言って長瀬は、署長室を後にした。

県警から外に出ると夕暮れ時にも関わらず衰えを知らない9月の太陽が行き交う人々を照らしていた。
明日も明後日も暑い日々は続くだろう・・・・・。
「とりあえず、・・・・・はじめは北に行きましょうかね」
長瀬はそう言って、県警を後にした・・・・・。
                                         〜Fin

終わりです。
長瀬刑事を主人公にして、書いてたのですが・・・・・いま読み返すと耕一と柳川の話になってる気がします(汗)。

これを書いてるときに、「痕」のデータが消えました。
よって貴之のセリフはうろ覚えのまま書いてます。・・・間違ってるだろうなぁ(汗)。