夜闇に映えるは気狂いの華 投稿者:ゆき 投稿日:4月3日(月)18時31分
 例えるならば、その闇は漆の碗である。

 他を寄せ付けない不思議な光沢と、幾重にも重ねられたかのような深い黒、

このような例えが通用するのであれば、その夜闇は漆の碗だった。

 だとすれば、その闇の中にただ一つ爛々としているそれは碗の内側である。

 視界を変えるように碗の中を覗くと閃くように現れてくる、朱、朱──


 ──桜だ。


 それは巨大な桜の樹だ。

 一瞬の命を狂おしいほど鮮やかに咲かさんと、沢山の花びらが勢いを競うよ

うに、まさに華々しく咲き乱れている。


 その下には。

 その下には、辺りの闇と見まごうばかりに美しい髪を持った女が、半ば倒れ

込むように背を幹にもたれかけていた。

 幹に寄りかかりながら、放心したようにぼんやりと口を開けて上を──咲い

ては散りゆく気狂いの華を──見つめているのである。

 奇妙な光景であった。

 そして、より奇妙なのが、

 彼女が──彼女を外側と例えるのであらば──漆の碗の内側を、桜の下でひ

っそりと咲く緋色の花を、そっと抱いていることである。



 桜も夜も何も知りはしないし、

 勿論知ろうともしないのだが、

 それは、

 その朱い碗の内側は、

 彼女の妹だった。

 そう、

 彼女が殺めた、

 彼女の妹だった。


 ・
 哀らしい──娘である。

 異人と恋に落ちたばかりに、

 異人達に荷担したあまりに、

 実の姉に屠られることになった哀しい娘である。



 女は桜を見上げ、

 風に吹かれゆらゆらとゆらゆらと降り落ちる花弁を見ながら思う。

 今際の際に煌めく生命という名の炎は美しいと。

 そしてそれだけは、どんな生物にも平等に美しいと。

 そう、信じていた──と。



 けれど、それはただのまやかしで。



 そう、

 だから、

 だから彼女の、

 彼女の妹の、生命の灯火は、

 まるで、まるで美しくなど無かったのだ。

 燃え上がる筈の己が血流は凍り付き、

 ただただ哀しく、ただただ痛く──

 全く、少しも、口先の否定もできないほどに、美しくなど、無かったのだ。



 信じていた物が欺瞞であったことに気が付かされて、

 彼女は何も考られなくなり、

 神楽を謳うことも出来ない。

 ただただ、呆けたように桜の木を見上げるばかりである。



 暫くして、

 腕に抱いた、散った桜が冷たくなった頃に漸く、

 つぅと頬を雫が伝った。



 矢張り。

 華も闇も何も知りはしないし。

 当然知ろうともしないのだが。

 その雫は、

 娘の身体から流れ出たそれと、

 宙より舞い落ちるそれとを映しだして、

 朱く朱く、

 朱く朱く────


                …了…

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/2013/