−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私が全てを話し終えると、彼女は酷すぎると訴えた。 「しかし、それくらいの想いがなければいけない。或いはこれは非常にデリケートなことなんだ。そして、 私の話した今のことは、ある種試練なんだ」 理不尽かも知れない。しかし、私だって不安なのだ。 この行為で、今目の前で訴えている少女が傷ついてしまうかも知れないから。 彼女は、まだ渋っていた。当然だろう。 「……では、君は彼を信じられないか? 信じることが出来ないから──」 私が意地悪くそう言うと、彼女は激しくそれを否定した。そうだ、それでいい。信じられていないのは私 なのだ。本当は、もっと信じても構わないはずなのに。 「──ならば、良いだろう?」 素直な彼女は、仕方なさそうに頷いた。 ────────────────────────────────────────────────── 綺麗だ。オレは素直にそう感じた。 今日、十二月二十四日がための街景色。 踊るネオンと誘う鈴の音、そして微笑むサンタ達。 手がかじかむほどに寒いはずなのに、しかし不思議とあたたかい。 それが、人々の幸せであることをオレは知っている。 そして、愛すべき人が消えること、そのあまりの恐怖も。 しかし、オレは歩かなければならないし、生き続けなければならない。 何故ならば、今日が十二月の二十四日だからだ。 そして、オレは彼女を愛している。 恥ずかしい話。本当にそうだ。オレは、時々思ってしまう。まるで、オレは巨大な野薔薇をかいくぐって 眠れる姫を助けに行く王子のようだと。 これを聴いたら、誰もが嘲笑うだろうと思う。でも、それでもいい。 オレは本気だ、切実なくらいに。 オレは本気だ、狂うくらいに。 でも、それは信じているからだ。 もう一度、マルチがこの街よりもあたたかくオレを包んでくれることを。 だから、俺はがむしゃらに野薔薇を斬り裂いてきたのだ。 オレは、閉店間際まで粘ってプレゼントを買った。どうにかマルチが微笑んでくれるようなものをと。で も、本当は知っている。中身がなんであっても良いことを。そう、別に機織りの紡錘(つむ)でも良いのだ。 オレが、心底から心を込めて、愛情も込めて、全部込めて送ったものならば。 家に帰ると、マルチは夕食を作っていた。可哀想なくらいに虚ろな瞳で、可哀想なくらいに完璧な動きで、 可哀想なくらいにあたたかい食事を。 オレは、そんなマルチを見ていて泣きたくなった。彼女の言うお帰りなさいも、彼女から香る体臭も、全 部が全部薄暈けていて、なのにリアルで、そして彼女が哀れで──オレは涙したくなった。 だが雫を頬に落としてはいけない。それは彼女が目を覚ましてからで良いのだから。オレはぐっと何もな い何かを飲み込み、それから照れくさくて赤面するほどに微笑んで見せて、 「ほら、見ろよマルチ。プレゼントだっ」 そして、後ろ手に隠しておいた大きなプレゼントの箱を前に出す。赤と緑のチェック柄で、黄色のリボン が巻いてある。 彼女ははたと動きを止め、オレとプレゼントを交互に見つめた。そして、 「──有り難う御座います。ご主人様」 と、相変わらずの瞳と淡々とした声で言う。──結局のところ。 結局のところ、何も変わらなかった。 町に溢れていた幸せの温もりも、サンタ達の笑顔と鈴の音も、彼等の持っている奇跡の白い袋も、結局の ところ彼女の瞳に光を与えることは出来なかったのだ。 だが、オレは諦められなかった、否、【諦め】が心の全てを占めてしまうのが恐かった。だからじわじわ と緩んでいく涙腺を強く押さえつけて言う。 「散々悩んで選んだんだぜ…、もう少し喜べよ。ほら、こっちは、初めて女の子と手をつないだ純情少年み たいに照れてんだからよぉ…──」 咽の奥から顔中が熱くなるのを感じる。苦しかった。 しかし、彼女は──少し困惑したように顔を歪めた意外は──さっきと同じく言うのだ。 「──有り難う御座います。ご主人様」 そして、オレからプレゼントを受け取ると部屋の方へ引っ込んでいった。 「…………………」 オレは、深く苦く溜息を吐いた。そして、──ぞんざいに──倒れ込むように椅子に座る。頭が痛かった、 抱え込んで、俯いて、涙を呑むように咽を鳴らす。 涙も出なかった。 ──畜生。 畜生。畜生畜生畜生畜生畜生──! なんてオレは無力なんだろうか? もう少し、もっと何かマルチに出来なかったのか── 押し寄せるのは悔しさ。自分への無力感。 「ああ────ちっくしょぉ……」 目頭が熱くなってきた。流してはいけないのに、涙は勝手に零れてきやがる。溢れるのなら俺の目じゃな くマルチの目にしてくれればいい、本当に。 「でもよぉ…──」 オレは、零れてきそうな涙を拭いながら、マルチの行った部屋の方に顔を向いて呟いた。 「──オレだって一応、頑張ったんだぜ…?」 いろんなことをよ…。 小さいかも知れないけど…。 いろいろ──── ・・・・・ ──と、部屋の中からマルチが駆けだしてきた。泣いている。──泣いている。 口元が叫びたそうに歪み、豊かな瞳には涙が溢れていた。 オレは我が目をまず疑った。 嬉しさとかそう言うのじゃない。…ていうか………とうとうオレは狂っちまったのか? マルチは駆けてくると、そのあたたかい身体でオレに抱きついてきた。気持ちいいほどにあたたかい。で も、取り敢えずオレは困惑しながら、 「あーー、マルチ?」 「あぅあぅあぅあぅ……浩之さん、ごめんなさぁぁぁい…」 と訊いたのだが、どうも話にならない。 オレは一息ついた。そして、マルチの頭を撫でながら言う。 「なあ、マルチ? 取り敢えずオレのほっぺたをつねってくれねえか?」 マルチは泣いたり照れたりしながら、ほえ? みたいな顔をした。それから躊躇いがちに手を伸ばしてオ レのほっぺたを掴むと、むにぃと引っ張る。全然痛くねえ── 「──オイ、それじゃダメなんだよ、もっと強く」 オレは苦笑しながら言った。そう、オレの見せてる幻想とか、夢といかじゃいけねえ。 オレは、ほれほれ、とマルチの手を掴む。マルチは、えぐえぐと涙を拭いながら、強くオレのほっぺたを ──今度は掴むだけじゃなく──つねった。………。…………。いてえ。 「いっっっっっっっっっってーーーー」 俺は──今度こそ本気で泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いて泣いた。涙が濁流のように流れてくる、それ がでも心地よかった。嬉しかった。微笑みたかった。泣いていた。 俺は、マルチの頭をくしゃくしゃにしながら叫ぶみたいに言った。 「いってぇぞマルチぃ!」 「はぅっ、ごめんなさいぃぃ」 「ざけんなこらぁ!!」 「ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 頭をぐしゃぐしゃにして、ぐぅっと強く抱き締めて、わき上がる感情と涙を垂れ流しにして、俺達はじゃ れ合った。 「何でもっと早く抱きついてこねえんだよ、本当に」 少し落ち着いて、漸く涙も引いてから、オレは──抱き締めたまま訊いた。すると──マルチは相変わら ずぐすぐすとしゃくりをあげながら──ぽつぽつと答える。 「えぐっ、えぐっ、しゅ、…主任がぁ…今日まで……ぅぅっ……我慢しろって………ぇぐぅ…」 オレは苦笑した。 まったく、じゃあオレが今までしてきたことって何なんだよなぁ。 「そ…したら、浩之さんのこと……えぐっ、……絶対…うぐぅ……信じられるからって…」 「……ああ──」 なんだよ。まったく。 「──安心しろよ、オレは大丈夫だから。ていうかよー、普通、こんなに待ってちゃくれねえぜ?」 最後の方は独り言になりかけていた。 「はいですぅ…、で、でもぉ…、結局……がまんできませんでしたぁ…、本当は…もうちょっと待ってから だったのにぃ……」 「まぁーったく、結局それかよぉ…」 でも、言葉に出来ないほどに嬉しかった。これで良かったんだ。 マルチは、またオレの胸に抱きついて──鼻すするな、おい──泣いている。オレは思わず微笑んだ。苦 くない、まるで甘い微笑みだ。そうだ、マルチとの会話はこうでなくちゃいけない。 オレは、その微笑みのまま優しく言った。 「……なあ、じゃあ…。取り敢えずって言うか…キスしてくれ…」 「……はいぃ……」 マルチは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を必死に拭ってから、オレの唇に自分の唇をそっと重ねた。その 時、マルチとの甘いキスに隠れてふと臭いを感じる。…これは…。 ──あーあ…。 マルチが、唇を離した。ぽわぽわしてまっ赤になっている。オレは楽しくなって、意地悪げに言った。 「幸せだけどよ…晩飯は焦げてるぜ?」 「ふ、ふぇぇぇぇぇ?」 これじゃ、きっとディナーは焦げた鶏肉と煮すぎたスープなんだろうな。 でも── 「スッゲー幸せー」 ────────────────────────────────────────────────── 私の前を、彼が嬉しそうに通り過ぎていった。本当に幸せそうな顔で。 私は微苦笑しながら白い息を目一杯吐き、ゆっくりと立ち上がる。 「そぉはっぴぃくりすます──なんて」 あたたかい十二月の夜、沢山の幸せの中の一つ。 ゆっくりと輝けばいいと思った。 FIN... −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− クリスマスSS、ここまでお付き合いいただき有り難う御座いました。 実際、内容的には似たようなもの(或いはほとんど同じ?/汗)ものもあるかとは思うのですが、自分的 に(完成度はともかくとしてです)結構好きなのです。 許して下さい(笑)。 で。 今日で、即興小説コーナーに投稿を初めて一周年になります。 激動の一年を、このお話で閉められることをのんびりと幸せに思いながら。 出羽出羽・・・http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/2013/