とまどい 投稿者:ゆき
灯火に出会うと、僕は戸惑う。
それが、明らかに優しいものだから。
闇の中にいた自分が、酷く穢れて見えるから。

涙を流されると、僕は戸惑う。
相手の辛さ、直接感じてしまうから。
自分のしたことの重さ、自分では解らないから。

波の音が聞こえると、僕は戸惑う。
溜水は流水に、憧れるから。
憧れと嫉妬は、同じ次元に存在するから。

小さい子供に出会うと、僕は戸惑う。
無垢で美しいその笑みに。
僕の心を剔られてしまいそうだから。

笑顔を見せられると、僕は戸惑う。
それが当然だったから?
それとも、それが当然でない人がまだ、僕の近くにいるから?

──僕は、何を誤魔化しているんだ。
 僕は、背を曲げ頭を抱えた体制のままそう呟き、それから気怠く椅子に座り込んだ。背もたれに体重をかけ、天井を
仰ぐ。脱力感が僕の躰を包んだ。
──そうだ。早く彼女の──太田さんのところに向かわなければ行けないのに。
 それなのに、何でこうして自分を誤魔化して、予定を先延ばししているんだ?
──怖いからか。
 そう…そうなんだ。彼女が目を覚ましたとき、僕は何を言えばいいんだ。
 いや…彼女が黙っていればまだ悩む暇もある。だが、だが彼女がもし僕のことを見て憤ったり、ましてや脅えたりし
たら……。
──僕はどうしたらいいんだ?
 戸惑いと後悔と慚愧に包まれて、そのまま潰れてしまうのか?
 それらを全て放棄して、逃げ出してしまうのか?
 どちらにせよそれは厭だ。
──ならば…彼女をこのまま、廃人にしておいていいのか?
──長瀬くんは僕のことを、そして瑠璃子のことを救ったのに?
──なのに僕だけ何もせず、ただ逃げろと……?
 それは厭だ。ゴメンだ。でも──
──だが悩んだところで。
──それでも、彼女はひょっとしたら──
 ──ひょっとしたら?
──笑んでくれるかもしれない。もしも、彼女が僕を本当に愛してくれているのならば。
・
・
・
 そう…そうも上手くことが運ぶものか……。
──だけど…。
 それでも僕は立ち上がる。
 気怠い、気怠いが。
 そして、自分に気持ちのけじめを付けさせるために、僕は叫んだ。

「おーい、瑠璃子ぉー。──僕、出かけてくるから──」
                           <終>