『不思議な感じだった。彼女がもし生きていたら、この精液がまた新たな生命を生んだかもしれな いのだ。しかし彼は彼女を殺し、今その全ての生命の源を持ち帰ろうとしている』 (我孫子武丸 著 「殺戮にいたる病」より) 「とどいた」 鬼の亡霊に体を奪われて初音ちゃんを犯し始めてからどのくらいかたったとき、俺の耳に冷たい声 が響いてきた。 ──とどいた?ああそうか…。 終わったのか…『俺の存在理由と、俺の物語』は。 俺の体から、いくつもの黒い塊が抜け出てきた。そしてそれは──初音ちゃんの体の中に入っていった。 暫くして、急に初音ちゃんの下腹部が蟲のように蠢き始めた。 ぐばぁっ とびちる黒い血液、肉片(初音ちゃんが、初音ちゃんが…)、そして黒い塊。 亡霊達の歓喜の叫びが聞こえる。日本語を喋っているはずだが、俺の耳は既にそれをとらえようと はしなかった。 俺はただ…下腹部から性器までをえぐり取られ、ちらちらと内臓を窺わせている初音ちゃんを虚ろ な目で見つめていた(初音ちゃん、初音ちゃん…)。 『ああ…腹減っダなァ…』 (山岸涼子 作 「鬼」より) 『『食べる』とはつまり究極の『愛』の表現である』 (綾辻行人 著 「特別料理」より) 『自己欺瞞だね』 (「新世紀エヴァンゲリオン」第十六話 碇シンジの科白より) その後、亡霊達は歓喜の叫びをあげたままどこかに消え去った。どこへ行ったかはわからないが……で もそれは、俺にはもはや関わりないことだ。 暫し、俺は初音ちゃんの躰の中を、虚ろな頭で漂っていた。そのうちに、腹部にとてつもない激痛が走り出 した。──報い…なんだろうか…。 俺はそんなことを考えると、ゆっくりと彼女の躰から自分を引き抜き、そしてよろよろと立ち上がった。…… 久しぶりに、自分で動いたという気がした。 俺は初音ちゃんに近づくと、初音ちゃんの骸を傷つけないように気をつけながら拘束具をはずし、優しく床に寝かせ た。初音ちゃんの骸はとても冷たかった、ひょっとしたら、俺に犯されている間にこときれたのかもしれない… (俺が殺したのかもしれない)。 立ったまま初音ちゃんの無垢な躰──いや、骸──を見つめる…が、俺の脳が情報としてとらえた のは、濁った瞳と剔られた下腹部だけだった。 その骸を見つめているうち、俺の頭の中は一つのことでいっぱいになっていった。 『初音ちゃんと、一つになりたい』 俺はゆっくりとしゃがみ、冷たい初音ちゃんを抱きしめ、そして── 『今ようやく分かった。セックスとは、殺人の寓意にすぎない。犯される性はすなわち殺される性 であった。男は愛するが故に女の身体を愛撫し、舐め、噛み、時には乱暴に痛めつけ、そして内 蔵深くおのれの槍を突き立てる──。 男はすべて、女を殺し、貪るために生まれてきたのだ』 (我孫子武丸 著 「殺戮にいたる病」より) ──その細い首筋に、かみついた(初音ちゃんと、一つに──)。 歯茎や舌に伝わる冷たさ──そんなもの、どうでも良くなっていた。俺は、初音ちゃんの首筋を、 噛み──いや違う、食いちぎった(──なりたい)。 ゆっくりと初音ちゃんを噛み締め、喉に、胃に送り込む。が、俺の意思とは裏腹に胃は拒絶反応を示した。 急に襲ってきた吐き気に耐えきれず、俺は嘔吐した。初音ちゃんが、俺の躰から抜け出ていった(何故?)。 俺は自分の躰から出た初音ちゃんを、再び体内に入れ始めた。そして全部体内に入れ終わると、今 度は初音ちゃんから流れ出た血液をすすり始めた。 再び襲い来る拒否反応。またしても俺の躰から初音ちゃんが抜け出てきた(一つに──)。 また吐瀉物を体の中に押し込み、今度は初音ちゃんの顔にかみついた。綺麗な顔に傷が付いたため、俺は少し だけ悲しくなった、が、それも初音ちゃんと一つになることに比べれば──些細なことだ。 三度目の嘔吐、だが俺は諦めなかった(──なってくれないの?)。 三度、躰の中に彼女を押し込んでいく。ゆっくりと、無限に続くような時間の中──(いや──これは──) ──俺は延々と嘔吐と一体化を繰り返した。 『この俺は、愛に目覚めてしまったがゆえにこんな苦しみを味わわなければいけない(中略) いつまでもいつまでも永遠に愛を失わなければならないのだろうか』 (我孫子武丸著 「殺戮にいたる病」より) 俺は長い時間をかけ、初音ちゃんの躰を、髪を、血液を──服さえも──自分の中に取り込んだ。 俺は、初音ちゃんと一つになったという満足感を長い間噛み締め、そして── ──涙を流した。自分の欲望に、気が付いたから(──違う………!)。 『彼女が彼女でいるために、彼女の脳はどうしてもこの非常識な現実を認める訳にはいかなかったのだ。 (略)でも、それを認めてしまったら、彼女は彼女でなくなってしまうじゃないか』 (京極夏彦著 「姑獲鳥の夏」より、一部改竄) ちがかったちがかったちがかった!全ては俺の、俺のエゴだった! こんなのは愛情じゃない、俺は初音ちゃんと一つになりたかったんじゃない、嘘だっ、まやかしだ! 俺は、俺はただ──!! 、 、 、 、 、 、、 ──ただ、空腹だっただけだ──! 俺は果てしない欲望の時間で、空腹を感じてしまったのだ。そして、俺の前には、少なくともそのときまで は愛おしく感じられていた少女の哀れな骸があり、周りにその行為を咎める物はいなかった。 だから喰った。たったそれだけ、たったそれだけのため、俺は彼女を最後の最後まで犯した。 俺は激しく床を打った。乾いた指の皮が裂け、血が滲んでも、俺は床を打ち続けた。 ──何が一つになりたいだ、それは、余りにも背徳的な行為を誤魔化すための言い訳じゃないか!認めた くなかっただけじゃないか!何が彼女と一つになった満足感だ、そんなのはただの満腹感だ!愛情なんて 物とは遠くかけ離れた感情じゃないか! 俺は更に激しく床を打ち据える。自分を虐めずには、蔑まずにはいられなかった。勿論そんなのはただ誤 魔化しているのと一緒だ、それくらいは解る、解るが──俺はそれでも、自虐し続けた。 ──俺という人間は、なんて弱い存在だ! 、 、 『──狂いだよ』 (京極夏彦著 「姑獲鳥の夏」より) 涙なんてものは枯れ果て、血液は凝固し瘡蓋となる。──そして人は痕を必死で隠そうと、忘れようとす る。ある者は消すことで、あるものは清算することで──。だが、俺は、俺はどうしたらいい? 俺は、知らず知らずに嘆いていた。 、 、 、、 、、 、 、、 、 「ねえ初音ちゃん。俺は、俺はどうしたらいいの?どうしたら──君に許してもらえるの?」 だが、答えなんて物は帰ってこない。ただこのくらい空間で、その問いは脆く砕けるだけだった。──自分 の中に初音ちゃんがいるのだから……。そんな、甘く儚い希望もこの空間では意を為さないのか。こんな空 間だからこそ、願いは叶うと思ったのに。 俺は、涙の代わりに嗤いを漏らし、我が狂いし心を自嘲した。 ──と……。唐突に、俺の半ば空っぽの頭の中へ、怒濤の勢いで流れ込んでくる物があった。それは救 いであり、そして──おそらくは初音ちゃんのリネットとしての記憶。 狂った頭の麻薬が見せた幻覚なのかもしれない。 都合の良いまやかしなのかもしれない。 だけど、それでも、 弱いと自分で知りつつも、 俺はそれにすがった。 奴らは、自分たちを維持するために初音ちゃんの子供を欲していた。 それは、連中を維持させるための物に「捧」そして成就する。 いや、そうでなければ俺のこの先の行為は成立しない。 ──だからこそこれは事実だ。 あれからどのくらい経っているかは知れない。 だけど、ひょっとしたらまだ── ──その、初音ちゃんの子はまだ、生きているかもしれない。 儚い願い、有り得ない願い。 だけど、俺はそれにすがる。 その子に、許しを請わなくてはいけない。 せめて自分の罪悪を吐き出さなければならない。 それに── ──初音ちゃんは、やはり確実に俺の中に、俺と一緒にいるのだから。 だからこそ俺はその願いを信じ、 そして立ち上がる── ── 欲望は続く ── 四ヶ月ぶりの登場、改稿版『欲望の続き』です。 ラストの部分をフルに書き換えました。 当初の予定では三月末でしたが、二ヶ月も延びて今日となってしまいましたが、偶然にも今日という日になり、今で は少し運命すら感じています。 もしも『あなた』がこれを読んだら、お願いですから僕に感想を下さい。 「いい」「悪い」でも結構です。感想を下さい。厚かましいですが。 P・S 僕に初音ちゃんを更に愛させる要因となったこのお話を、Runeさんと健やかさんに捧げます。 1998年5月31日。 この世で初めて産声を上げた日から十数回目の誕生日に──