俺と初音ちゃんは、ゆっくりと柏木家の庭に着地した。すると、すぐに楓ちゃんがやってきて、気持ち微笑みながら俺 達に言った。 「…どうやら、全ての決着は付いたよう…ですね」 そしてくるりと振り返り、何だか嬉しそうな調子で続けた。 「……やはり…初音は連れていってもらって正解だったみたいですね。……だから初音、貴女は別にもっと自信を持っ ていて良いのよ。それがこういう「戦い」にしても、勿論「恋愛」にしてもね…」 そして俺達の返事を訊かないうちにすたすたと歩き出した。くすくすと楽しそうに、でも何だか寂しそうに笑いながら。 俺は、楓ちゃんには説明をする必要のないことを知った──。 俺──いや、俺達は無惨に汚れた柏木家の中にあがった。いつも綺麗に掃除をしてある柏木家の縁側や廊下、居 間が無惨にもぼろぼろになっている。メタオ達との戦いの痕だ。 そして、部屋の奥の方にみんなが手当をされ、寝ていた。──全部、楓ちゃんがやったものなのだろう。あらためて 楓ちゃんに感謝しながら、俺はみんな──特にルカとメグちゃん──を見た。そして──。 ──俺は驚愕した。何故なら………。 ルカはゆっくりと目を開いた。布団の中である。寝過ぎたのか、頭が朦朧としている。ルカは頭に手をやりながら、自 分がいったいどうなっているのかを考えた。 ──ええと、僕は今までどうしていたんだっけ…? まずは、ぼやけた視界で周りを確認する。ベッドでも野原でもない、布団の上だ。そして、この部屋は和室…それも どことなく懐かしい…。 そこまで見て、ルカは漸く思い出してきた。 ──ああ、此処は柏木家…お母さん達の家か…。 そして次に、何故自分が此処にいるのかを考える。 ──ええと確か…昨日の朝きゅうにきがついたら此処に…。いたんだよなあ。それからそれから、ああなってこうなっ てあいつが──。 ルカは、今度は本当に全てを思いだした。そしてわなわなと震えだし、目を見開く。 ──あああああああ。メグちゃんは、メグちゃんは………!!! そして罪悪感と憎悪の念に捕らわれ、叫びだしそうになったとき…。 ──すぅぅっと、戸が開いた。そして入ってくる人、ルカは、自分の目を疑った。 俺はそれを見ていて、しばらく動くことが出来なかった。何故ってそれは…。 「耕一さんも驚きましたか…。まあ、当然ですよね、あれほどぼろぼろになっていたメグさんの躰…それも、折れた手 足さえも、完全に治っているのですから…」 楓ちゃんの言うとおりだった。メグちゃんは、服をぼろぼろにされているという点を除いて、完全に五体満足な姿だっ たのだ。勿論、痣なんかひとつもなくなっている。これは、人間はおろか俺達鬼だって追いつけないであろう回復力で ある。──つまり…これがルカの言う、そして使う「魔法」の力なのだろう……。 それから俺は、千鶴さんと梓にも視線を動かした。こちらも大した傷は負っていない。 「…取り敢えず、みんなを部屋に運ぶよ。ルカは…俺の部屋で良いか」 俺は倒れているみんなを一通り確認してからそう言うと、ひとまずルカを抱き上げた。それから二人に指示を出す。 「ルカと俺の布団、それからメグちゃんの寝る場所を、適当に用意してくれない?」 だが、ルカとメグちゃんはともかくとして、俺が今晩眠れるかは甚だ疑問だった。いろいろと後始末──部屋の── が残っているからだ。事実、その夜は俺に休息はなかった。 ルカは入ってきた人を見て、自分の目を疑い呆然としていたが、入ってきた相手はそうではなかった。彼女は起きて いるルカを見ると、一瞬驚きと感動の入り交じった表情をしてから、思いっきりルカに抱きついてきた。 「お兄ちゃん!お兄ちゃん!起きたんだね、大丈夫なんだね!」 勿論その女の子は、元気になっているメグである。 ルカは、これが夢だと本気で思っていた。自分の作り出す願望なのだと。だが、それは間違いである、これは、紛れ もない現実なのだ。いくつもある選択肢の、どれを選んでもこうなるという絶対的な事実なのだ…。 ルカは、メグの声、香り、ぬくもり、優しさなどを感じて、漸くそのことを理解した。そして理解した瞬間、彼はメグの躰 を思いっきりきつく抱きしめ、泣いた。 「ごめん、ごめん…。僕、またメグちゃんのことを守れなかった。いつもいつもいつもいつも言っているのに、守れなかっ た。ごめん。ごめんよ…………………」 メグはそれを聴くと、本当は苦しいはずなのにこう答えた。 「…お兄ちゃん…。……良いよ、メグ怒っていないもの。それに、現にメグは此処に居るんだもん。だから、お兄ちゃん が自分を責めることはないよ。ううん──初音お母さんも耕一お父さんに言ったみたいだけど──お兄ちゃんは、メグ のことを守ってくれたよ…」 そして微笑み、ルカを見つめる。ルカはそれを聴いて、ゆっくりと顔を上げた。 「…………」 抱きつく力を緩め、暫しぽかんとするルカだが、それからまた顔を俯かせて、ぽつりと呟いた。 「…メグちゃん…いつもいつも…本当にご免。それと…ありがとう…」 それを聴いたメグは満足そうに微笑み、それから甘えん坊に戻った。ちょっとルカから躰を離して、それからすぐに勢 い良く抱きつく。それが狙ったものなのか偶然なのかは解らないが、ルカはその勢いに負け、またねっころがる感じに なってしまった。そして、ルカの上にのっかった体制のままでメグは言う。 「それよりもお兄ちゃん。お兄ちゃん約束破ったでしょ」 何だか小悪魔のような笑みだ。ルカは思わず首を振ったが、 「とぼけてもダメだよぉ。だって、お兄ちゃんの上着の裾がびりびりになってるもん」 メグは笑いながらそう言うだけだった。思わず確認するルカ、確かに裾は破けていた。 ──ああ!これは魔王になったときのやつだ! 腕捲りすればよかった……などと考えてしまうルカであった。 「お兄ちゃん。メグと約束したよね?もうずっと、魔王にはならないって。……それなのに、これは何?」 メグは、相変わらずのにやにや笑いを浮かべたままでそう言い、目を細めてルカの反論を待った。ルカは何だか慌て てしまい、混乱した感じで言った。 「で、でもこれは…メグちゃんを…助けるって言うか…なんて言うかの時のだから……。うう、ゆ、許してくれないの?」 するとメグは、してやったりと言った感じで笑うと、 「…それじゃあねぇ〜。メグにもひとつだけ、約束を破らせて」 と、言った。訳が分からず眉を顰めるルカ。メグは、ルカの鈍感ぶりに少し苛立ちながら続きを言った。 「うーん、もうっ。………あのときの…夜にしたお約束…」 メグが赤くなりながらそう言ったのを見て、ルカも漸くそれがなんなのか気が付いた。ルカはちょっと躊躇ったものの、 「エヘヘ…もうだめだよぉ〜」 メグがそう言いながらキスをしてきたために、仕方なく…というか喜んで…というか、そのまま最後までしてしまった。 因みにこのとき、メグの躰に痣ひとつないことを確認したルカは、更に安堵することになる…。 (ところで、ちょっとオヤジっぽいぞ、メグ。性格代わってるぞ、メグ) 事が済んで少し落ち着いたときに、ルカはそっとメグに訊ねた。 「…メグちゃん…僕、どのくらい寝ていたの…?」 ルカに抱かれてぼーっとしていたメグは、それを聴いて少ししゃきっとすると、 「え!えっとね、うんとね。二日間だよ。まる二日間寝ていたんだから」 と、安心しきったような口調で言った。 ──二日間ねえ…。 ルカは、そんなメグの頭を静かに撫でながら考えた。 ──どうやら、あれから何とかなったらしいけれど…。結局僕は役立たずだったなあ。 だが、その思考もすぐに停止された。メグが口を開けたのだ。 「ねえ、お兄ちゃん…」 ルカはメグの声を聞くと、はっとしたようにメグに視線を合わせた。 「ど…うしたの?メグちゃん」 するとメグは、ちょっとだけ視線をはずし、それから少し辛そうな顔をしながら言った。 「…メグ、ね。あのときメタオさん達に…その、慰み者にされそうになったの」 ルカは息をのんだ。そのときの嫌悪を、怒りを思い出し、それ以上にメグが可哀想に思えたからだ。 メグは少し沈んだが、気丈にもすぐに持ち直すと続きを話した。 「でも、メグできるだけ何も言わないようにしたんだ。…根拠はないんだけど、そうすれば飽きてくれるような気がしたん だ…。現に飽きてくれたし。でも、あんまり暴れないように出来たのはお兄ちゃんが…その、前にしてくれたおかげ… だよ。心の…なんて言うか、準備がしやすかったというか……」 ルカは、そこでメグの科白を遮るように抱きしめ、メグの顔を自らの胸に埋めさせた。それから言う。 「今、僕がメグちゃんのことを抱いたのだから…もう忘れなよ。それよりもさ、今度は出来ると良いよね」 ルカはそこで言葉を切り、少し間をおいてメグの耳元で囁いた。 「子供…」 それを聴いたメグは、耳まで真っ赤にしながら、ルカの胸の中で何度も何度も頷いた。 二日間掛けて、漸く柏木家はもとの落ち着きを取り戻していた。千鶴さんや梓、それにメグちゃんも目を覚ましたし、 大体の片づけも済んでいた。それに、メグちゃんの話だと、ルカもそろそろ目を覚ますのだそうな。 その日、俺は初音ちゃんの部屋で目を覚ましていた。ルカを俺の部屋に寝かせているためだが、勿論このことは千 鶴さん達にはないしょだ。 午前中いっぱいを初音ちゃんと部屋で過ごした後(いや、別に変なことやっていたわけじゃなくて、このところ寝不足 だったためだ)、俺達は居間の方にでてきた。すると──。 「ああ、目え冷めたのか」 ──そこに、ルカと赤い顔をしているメグちゃんが居た。何で赤い顔をしているのかを問うのは、さすがに野暮だろう。 俺はそれよりも、いろいろと聴きたいことがあったので聴いた。 「おい、いろいろ訊いて良いか?」 するとルカは、例にもよって笑いながら頷いた。俺はそれを見て、訊いた。 「お前が眠っている間…俺はドラッグスとか言う奴にあったんだ…」 すると、ルカはとんでもなく驚いた。 「なっ!!!ドラッグスが!?それで、あいつなんて!?」 「それが…」 俺は、そのときの話を初音ちゃんのフォローを交えてルカに説明した。するとルカは、急にげらげらと笑いだした。 「あっはっはっは!そうですか!あいつがあんなことを!それは大きな誤解ですよ!」 「どういうことだ?」 「つまりですね。まず、僕は裏切り者ではないと言うことです。僕は別に人間の味方をしてるわけじゃないんです。あく までメグちゃんのために行動しているだけですよ。それと、僕がこの世界から変える術がないのは事実ですが、それと 彼等が僕の世界を好きに出きるのとは違います。何故なら、彼等が世界に帰ったときには既に僕が居るんです。空間 を移動すると、戻ったときには移動した時間より微妙に進んだ程度でしかないのです(ロマンスワールド外伝(仮題) 参照)。そう言うわけで、僕らが居間しばらく此処にいても全く問題はないのですよ」 そして、メグちゃんに向かってにこりと微笑んだ。俺はというと、ルカの余裕ぶりに呆れるばかりである。 「これからどうするんだ?」 俺は、未だおかしそうに笑っているルカに向かって言った。 「どうする…って?」 ルカは、目に溜まった涙を拭いつつ答えた。俺は続ける。 「だから…。此処の世界にいるのなら、どうするつもりだって訊いて居るんだよ」 「そうですね。僕は…この辺のアパートか何かでも借りて住もうかと思っています。学校にも通って」 俺はそれを聴いて、また呆れた。 「おいおい、それは無理だろ?金とかどうするんだよ」 するとルカは、おもむろにポケットに手を突っ込み、中から…何と、宝石を取り出した。 「これがあります。これは…魔物──ジュエルビースト──が落としたものです。まだたくさんもってますから、金銭的 な問題はオッケーですよ」 またしても、俺は呆れた。俺は手を振り、 「はあ、お前って奴は…」 と、敗北…というか何というかを伝えた。ルカは、今度は嬉しそうに笑った。 俺が何故笑うかを訊くと、 「親の近くにいたい年頃なんですよ」 しれっとした感じで、そう答えた。 「ねえ、メグちゃん」 初音はその日、メグとルカの家に遊びに来ていた。彼等はさっさと家を買ってしまったのだ。 初音に呼ばれ、メグは大袈裟に振り返りながら聞き返してきた。 「え?なあに?初音さん…お母さん」 お母さんと呼ばれた初音は、満足げに笑うと言った。 「ううん。何でもないの。ご免ね」 本当は、お母さんと呼んで欲しかったのだ。 メグはそんな初音を不思議そうに笑い、初音は嬉しそうに笑った。 … 了 …