目の前に、ひとりの青年が立っていた。 月明かりが、彼の顔を深く描き出す。 彼は、少し虚ろな目をしながら、 「オマエハウツクシイナ」 と、呟いた。 私には、何を言っているのか分からなかった、ただ、彼の体から「愛情」に近い信号が発せられて いるのが分かった。 「エルクゥの信号…?貴方は…エルクゥ?」 通じないと分かっていながらも、私は言った。 正直、私はこの男に惹かれていた。 この星の人間でありながらエルクゥに近かったから興味をそそられた…と言うこともあるが、それ 以上に、この優しい信号に惹かれていた。 「オマエハ、ツキノシシャナノカ?」 やはり虚ろな目をしたまま、目の前の男は呟いた。 「…月?」 二人とも、互いの言葉が伝わらないことに、もどかしさを抱いていた。 「もう少し、貴方がエルクゥに近ければいいのに…」 思わずそう嘆いた。私はひどく切なかった。 「オマエハウツクシイナ…」 さっきと同じ言葉を、もう一度彼は呟いた。私は、さっきから彼の言っている「ウツクシイ」とい う単語が気になった。 「ウツ…ク…シイ?」 私がそういうと、彼は少し微笑みながら、 「アア、ウツクシイトモ。オマエハウツクシイヨ」 と、──今度は呟くのではなく──言った。 私は、彼に触れたくなった。彼も、おそらく私に触れたがっているだろう… しかし、私達は見つめ合うだけで──別れてしまった── 浅い微睡みから、私は抜け出した。 ──ここは、何処なのだろう…そう思い、寝起きで重い首を回した。 ある意味で殺風景なほど片づいた部屋…そう、ここは私──柏木楓──の部屋だ。 そして、先ほど見た光景が、いつも見る「エディフェル」の記憶であることを思い出した。 ──私、またあの夢を見たのね。 もう長い間見ているはずなのに、私は一向に馴れることも、割り切ることもできなかった。 ──いつまでも、切ないままなのね… 私は自嘲気味に嗤い、着替えて部屋から出た。 ──私は…私は誰? 授業中、私は自問してみた。 ──決まっている…柏木楓だ ──本当に貴女は、柏木楓なの? ──柏木楓でなかったら、何だというの? ──エディフェル…そう、貴女はエディフェルかもしれないでしょう? ──違う、私は楓よ。エディフェルじゃない ──そう、貴女は楓よ…でも、エディフェルでもあるわ。 ──違うッ、私はエディフェルじゃない ──でなければ両方?それとも… ──違う、違うッ!私は楓。それ以外の何でもないわ ──…それとも、どちらでもないのかしら? ──違う、少なくとも私が楓であることに間違いはない、だとすれば「どちらでもない」事など無い ──何故?何故そういいきれるの。 ──それは、私が… ──貴女が? ──私が、私が、私は… ──ほら、答えられない。じゃあ、私が教えてあげる。貴女は… ──私は…? 気が付くと、既に学校は終わっていた。 もう少し待てば、自分が誰なのか分かったかもしれない。 少し私は悔しかった。自分にからかわれているのが分かっていたから。 帰り道、私は再び自問してみた。 ──私は誰? だが、答えはなかった。少し甘かったか… 「私は楓」 今度は自分で答えてみた。 「私はエディフェル」 だが、やはりそれに対する答えはなかった。 結局、あれは自分でしかないのだ。だとすればキャパシティ外の答えが返ってくるはずはない。 ──が、私は呟き続けた。 「私は…?」 「私は…?」 ワタシハ…? ずっと、ずっと前から気付いていた。 私の前世がエディフェルだと言うこと。 ──耕一さんが次郎衛門であること。 でも言えなかった、そんなこと言っても、信じてもらえないだろうから。 だから、私は苦しかった、辛かった。 …柏木家の塀が、視野に入ったときだった。 「私は…誰?」 私はまだ呟き続けていた。 「私は誰…」 答えは、でな── 「君は、楓ちゃんだよ」 私はハッとして顔を上げた。 耕一さんが、微笑んでいた。 そして彼はもう一度、 「君はエディフェルじゃない、楓ちゃんだよ」 と、呟いた。 「耕一さん…」 私は、抱きつきたいという衝動を必死に押さえながら言った。 だが、私の心情を知ってか知らずか… 耕一さんは、黙って私を抱きしめた。 「こういちさん?」 私はびっくりして耕一さんの顔を見た、抱きしめられたことに驚いたのではない、信号が出ていた のだ、エルクゥの信号が。 「──不思議な夢を見たんだ」 耕一さんが、そっと呟いた。 私には分かった。耕一さんは次郎衛門の夢を見たのだ。 「その夢の中では、俺は君に何もできなかった」 私は複雑な気分になった、喜びと、驚きの入り交じった。 「…でも、今は違う。俺はこうやって君を抱きしめることができる」 目頭が、少しずつ熱くなっていった。 「君を、守ることができる──」 私の頬を、熱い雫が伝った。 「──何の気兼ねもなく、君を愛することができる」 私は、精一杯力を込めて、耕一さんに抱きついた。 こういちさん、こういちさん、こういちさん… 「私好きでした、ずっとずっと…耕一さんのこと、好きでしたっ」 「もう…絶対に離さないよ、楓ちゃんのこと…」 … 了 … ------------------------------------------------------------------------------------------ おっす。ゆきちゃん登場っす(でも、誰も待ってないですね)。 楓ちゃんシリアスPt.2でした。 いかがでしたかね、個人的には気に入っていて、出来があまり良くないお話ですが。 なにぶん、前に書こうと思って多やつとは全然ちがくなってますからね。 時間に余裕があったら、感想ください。 Runeさん メール、有り難うございました。 うひゃあっ、手厳しい。でも、確かにあそこで露骨に終わらすべきじゃなかったかもしれないですね。 もうそれは、文才云々の問題ではなく、僕に徹底さ、本気さが欠落していたからになるんでしょうね。 少し後悔しつつ、「僕が良ければいい」などと開き直っている今日この頃です(真面目)。 >ネクロファイル 『やっぱり。彼女は──』の所は、自分でも入れるか入れまいか悩みました。 原文とは完全に意味が違いますからね。 ただ、何かその後の展開を肯定するような引用が欲しかった──と言うのが正直な理由です。 略したのは、その後の科白が、シンクロしていないからです。 後、耕一君が初音ちゃんを食べようとした理由ですが── はっきり言って殆ど考えてませんでした。 ただ、性行為以外に一つになれる方法があるか──と考えて、出てきたのが「食」だったんです。 (ひょっとしたら、直前に綾辻行人氏の「殺人鬼」「殺人鬼2」を読んでいたからかも) ちなみに、我孫子武丸氏の小説は、「僕らの推理ノート」の2巻目と、短編以外全部読んでると思います。 >エントリー 技?勝手に作っちゃって良いんですか? ううん、よくわからんです。 すいません、もちっと詳しく伝えてくれませんか(図々しい/泣き)? 久々野さん おおっ!シリアスッ! まってたですぅ。カッコイイですぅ。 後、別に対抗した訳じゃないですよう。 感想よろしくです。 でわでわ・・・(次回予告はない。ネタがとうとうつきた/汗)