欲望の続き 投稿者:ゆき



 『不思議な感じだった。彼女がもし生きていたら、この精液がまた新たな生命を生んだかもしれな
    いのだ。しかし彼は彼女を殺し、今その全ての生命の源を持ち帰ろうとしている』
  (我孫子武丸 著 「殺戮にいたる病」より)

「とどいた」
 鬼の亡霊に体を奪われて初音ちゃんを犯し始めてからどのくらいかたったとき、俺の耳に冷たい声
が響いてきた。
 ──とどいた?ああそうか…
 終わったんだ、何もかも。そして始まりだ、復讐と欲望の。
 俺の体から、いくつもの黒い塊が抜け出てきた。そしてそれは──初音ちゃんの体の中に入ってい
った。
 暫くして、急に初音ちゃんの下腹部が蟲のように蠢き始めた。
 ぐばぁっ
 とびちる黒い血液、肉片(初音ちゃんが、初音ちゃんが…)、そして黒い塊。
 亡霊達の歓喜の叫びが聞こえる。日本語を喋っているはずだが、俺の耳は既にそれをとらえようと
はしなかった。
 俺はただ…下腹部から性器までをえぐり取られ、ちらちらと内臓を窺わせている初音ちゃんを虚ろ
な目で見つめていた(初音ちゃん、初音ちゃん…)。

 『原始時代にひとりの族長が全てを支配している社会があって、そこに息子達による<父殺し>が
    起こった。この<父殺し>とは、父を食うこと、すなわち父の一部を体内に取り入れることによ
    って、彼と同一化を確証することだった』(法月綸太郎 著 「カニバリズム小論」より)

 その後、亡霊達は歓喜の叫びをあげたままどこかに消え去った。おそらく地上に向かったのだろう
…俺には既に関係のないことだが。
 俺は自由になった躰でよろよろと立ち上り、初音ちゃんの骸に近づいた(初音ちゃん…)。
 初音ちゃんの骸を傷つけないように気をつけながら拘束具をはずし、優しく床に寝かせた。初音ち
ゃんの骸はとても冷たかった、ひょっとしたら、俺に犯されている間にこときれたのかもしれない…
(俺が殺したのかもしれない)
 立ったまま初音ちゃんの無垢な躰──いや、骸──を見つめる…が、俺の脳が情報としてとらえた
のは、濁った瞳と剔られた下腹部だけだった。
 その骸を見つめているうち、俺の頭の中は一つのことでいっぱいになっていった。
『初音ちゃんと、一つになりたい』
 俺はゆっくりとしゃがみ、冷たい初音ちゃんを抱きしめ、そして──

 『今ようやく分かった。セックスとは、殺人の寓意にすぎない。犯される性はすなわち殺される性
    であった。男は愛するが故に女の身体を愛撫し、舐め、噛み、時には乱暴に痛めつけ、そして内
    蔵深くおのれの槍を突き立てる──。
  男はすべて、女を殺し、貪るために生まれてきたのだ』
   (我孫子武丸 著 「殺戮にいたる病」より)

 ──その細い首筋に、かみついた(初音ちゃんと、一つに──)。
 歯茎や舌に伝わる冷たさ──そんなもの、どうでも良くなっていた。俺は、初音ちゃんの首筋を、
噛み──いや違う、食いちぎった(──なりたい)。
 ゆっくりと初音ちゃんを噛み締め、喉に、胃に送り込む。が、俺の意思とは裏腹に胃は拒絶反応を
示した。
 急に襲ってきた吐き気に耐えきれず、俺は嘔吐した。初音ちゃんが、俺の躰から抜け出ていった
(何故?)。
 俺は自分の躰から出た初音ちゃんを、再び体内に入れ始めた。そして全部体内に入れ終わると、今
度は初音ちゃんから流れ出た血液をすすり始めた。
 再び襲い来る拒否反応。またしても俺の躰から初音ちゃんが抜け出てきた(一つに──)。
 また吐瀉物を体の中に押し込み、今度は初音ちゃんの顔にかみついた。綺麗な顔に傷が付いたため、
俺は少しだけ悲しくなった、が、それも初音ちゃんと一つになることに比べれば──些細なことだ。
 三度目の嘔吐、だが俺は諦めなかった(──なってくれないの?)。
 俺は延々と嘔吐と一体化を繰り返した。

 『この俺は、愛に目覚めてしまったがゆえにこんな苦しみを味わわなければいけない(中略)
    いつまでもいつまでも永遠に愛を失わなければならないのだろうか』
  (我孫子武丸著 「殺戮にいたる病」より)

 俺は長い時間をかけ、初音ちゃんの躰を、髪を、血液を──服さえも──自分の中に取り込んだ。
 俺は、初音ちゃんと一つになったという満足感を長い間噛み締め、そして──
 ──涙を流した(ひとりに、なった)。

 『やっぱり。彼女は、生き返ったのだ。また彼に愛されるために(略)』
  (我孫子武丸 著 「殺戮にいたる病」より)

 夢を見ていた。
 俺の髪に、何か温かいものが触れていた。
 それはとても柔らかで…俺は思わず、涙を流した──
 
 俺は目を開けた。
 そしてまた、俺は涙を流した。
 そこには、初音ちゃんがいた。
 いつものように優しく微笑んで。そして、俺が起きたのに気付くと、
「おはよう、耕一お兄ちゃん。何だかとっても──寂しそうだったよ。こんなに丸くなっちゃって」
 と、静かに言った。
 確かに俺は丸くなっていた、何かに脅える子供のように。初音ちゃんはそんな俺を慰めるように、
頭を撫でていてくれたのだ。俺が今まで何をしていたのかも知らず。
 俺はいきなり上半身をあげ、初音ちゃんに抱きついた。
「きゃっ」
 初音ちゃんの声、温もり、優しい鼓動…そして俺はようやく知った。
 これが夢でないことを。
 あの狂気こそが──夢だったことを。
 俺は、初音ちゃんの服を涙で濡らしながら、
「怖い夢を見たんだ」
 と、呟いた。
「怖い夢──?」
「そう、とっても怖くて、辛くて──悲しい夢」
 初音ちゃんは何も言わずに、俺の頭を撫で始めた。
「ねえ初音ちゃん、お願いがあるんだ」
「なに?耕一お兄ちゃん」
「初音ちゃんが遅刻しそうになったら、俺が抱きかかえてでも送るから…」
「……」
「もう少し、このままでいてくれないかな…」
 俺がそう言うと、初音ちゃんは優しく微笑んで、
「お兄ちゃん…今日はね、学校おやすみだよ──」 
 と、やはり優しく囁いた。
「じゃあ──」
「──だからずぅっと…このままでいてあげるよ…」
 その言葉を聞き、俺は子供のように泣きじゃくった。
                             … 了 …
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 …予告通り、初音ちゃんのバッド後のお話です。
 すごく辛かった。体中の筋肉が硬直してる感じ。
 本当なら「──涙を流した」の時点で終わらせる方が書く側の気持ちとしては「美しい」んでしょ
うけど、どうやら僕は読む側の人間のようで、そこまで徹底できませんでした。
 と言うか、初音ちゃんをぼろぼろにしたままじゃ、罪悪感で自分が潰れてしまう…

 引用した本について
 「殺戮にいたる病」…個人的には、我孫子武丸氏の最高峰の作品だと思ってます。
              叙述トリック作品としても、折原一氏の作品を越えてると思うし。
              ただ、我孫子武丸氏の本質は「ユーモア推理小説」ですんで誤解の無きよう…
 「カニバリズム小論」…「何故犯人は、殺した人間の肉を食ったか?」について、カニバリズムと
                          いう言葉の原点から語っています。
               これも推理小説です(「法月綸太郎の冒険」に編集されてます)。
 
 無口な人さん
 メール、有り難うございます。
 そうですね、瑠璃子さんて透明かつ鏡みたいな存在ですよね。
 では、瑠璃子さんの科白の書き方はあれで良かったんですね?
 って聞いてどうする。
 題名の由来…ですか。
 (嫉妬という)ほろ苦い恋愛が書けたらな…というのと、キスの味をかけて…です。

 久々野さん
 感想有り難うございました。
 何を御期待されてたのかは分からないですけど、たぶん御期待には応えられてないと思います。
 ちなみに祐君とさおりんを登場させた理由は、「あの」シチュエーションを合理的(じゃないって)
  に表すためです。
 ところで、シリアスは…?(デンパマンも楽しいけど) 
 (判決の内容がロリネタ二百本なら、間違いなく僕が裁判官ですね)

 アルルさん
 質問に答えてもらって有り難うございましたです。
 僕にはそう言う奇跡は書けないので、少し羨ましいです。

 Foolさん
 メールどうもです。
 ネタが多いのは、一日中お話を考えてるからだと…(笑)
 ルカ・メグと耕一・初音の関係ですか。
 そのうちネタがつきたら書くつもりですが、ちょっとこの辺で。
 ええと、御察しの通り耕一君達の子孫です。
 それでいてルカは魔王なんです(ただ、それは「この間の」魔王の誤解なんです。急きょ作ったネタ)。
 年号は2596ねんで、宇宙から来た魔王は「宇宙船に乗ってやってきた鬼たち」と言う設定です。
 あ、すると異世界じゃないか。
 あと、書いたかもしれないけど、ルカは16歳で、メグは14歳です。
 P・Sさおりんは「新城」でしたね。すいません。そして有り難うです。   

 次回予告
 次は…楓ちゃんのお話です。
 二つあるので、どっち先に書くか迷ってます。

でわでわ・・・