魔王降臨(Aパート) 投稿者:ゆき
一方、残された柏木家。
     千鶴、梓の二人は縁側で警護をし、残りの三人は居間で耕一とルカの心配をしていた。
    「……あ…」
     三人はしばらく黙っていたのだが、メグが口を開けた。驚いた初音が、メグに訊く。
    「ど…どうしたのメグちゃん?まさか耕一お兄ちゃん達に何か…」
     するとメグは首を振って、
    「う、ううん…。そうじゃなくて…」
     と、応えたが、上手く口からでなかったようだ。それを見た楓が、気を利かせていった。
     「…二人は大丈夫よ…。どうやら今、相手と出会ったらしいわ…」
     だが、初音は思った。
    ──でも、それならこれから危なくなる可能性もあるんじゃ…。
     とはいえ、悪い方に考えても仕方がない。初音は、その考えを頭を振って否定した。
     ──と、そのときだった。外から、千鶴の切羽詰まった声が聞こえてきた。
    「あ──貴方達っ!どうして此処にっ!」
      驚いて立ち上がる三人。だが、次の混沌はすぐに来た。
          ばしゅぅぅぅぅん!!
           そんな音とともに、家が揺れた。メグの慌てた声が部屋に響く。
          「ああ!誰かが結界を破ろうとしているっ!」
          「だ…誰かって?」
           初音は、家の揺れに絶えながら訊ねた。そして、答えを待つより先に縁側に出る──そこに
          は…。
          「初音!出てきちゃだめっ!」
           柱に捕まって揺れに絶えている千鶴と、薄く光った「壁」に手をやっているメタオの姿があっ
          た。それも一匹や二匹で
          はない、四五十匹はくだらないだろう。初音は咽で悲鳴を上げた。
          「このままじゃ破られちゃうよぉっ!」
           後ろから出てきたメグも悲鳴を上げる。確かに、もう少しで結界は破壊されそうであった。
           千鶴は、悔しそうに顔を歪めて叫んだ。
          「三人とも!部屋に入っていて!此処は私たちで何とかするから!」
           だが、その叫びは三人には届かなかった。
          ずごぉーーーーーーーんっっっっ!!!!!
           ものすごい激音とともに、一部分結界が破られたのだ。何匹かの腕が、めり込んできている。
          激しくなる揺れ、そこに、
          梓が駆けつけてきた。だが、目に見えて狼狽していた。
          「千鶴姉っ!どうなっているんだ!?」
           梓の叫びは、確かに千鶴に届いたのだが、千鶴は応えなかった。──その必要が無く、梓も
          事態を飲み込んだのだ。
          ──大ピンチ。
           梓はそう呟いて歯ぎしりをすると、千鶴の許に駆け寄った。
          「どうする?なんかいい手はあるのかよ?」
           しかし、千鶴はそれにも応えられない。果たして策など無いに等しかった。
          ばすぅぅぅっっっっっ!!!!
           また衝撃。さながら地震のようであった。
          ──今度は穴が広がった…。
           その様を見ていたメグは、辛そうに思った。
          ──もうちょっと、もうちょっとメグが強ければ…。
           だが、彼女は気が付いていない。たとえこの結界がもう少し強くても、どのみち破壊されてし
          まうことに…。
           静かに、揺れにも動じずに出てきた楓が呟いた。
          「…戦うしかないわね…。せめて耕一さん達が戻るまでの時間稼ぎに」
           その意見は的を射ていたが、果たして彼女たちの実力がメタオ達を凌駕しているかどうかは
          疑問である。
          ずぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっっっ!!!!!!!!!!!
           千鶴と梓が、漸く臨戦態勢を取ったとき、結界は破られた。
           一際激しい揺れと、砕けた光が合図であった。

           わらわらとメタオ達が家に中にあがってくる。床が汚れることこそ無いものの、あまり気持ちの
          いい光景ではなかった。
          千鶴と梓は、取り敢えず後ろに下がった。
          「もう、逃げろと言っても意味がないかしら…」
           自嘲気味に、千鶴が呟いた。それに応えるように、言われていた三人が頷く。
           メタオが、じりじりと五人に近づいてきた。その数五十匹弱。
          「全く、これじゃあ掃除が大変そうだね」
           梓が余裕を見せたが、言葉とは裏腹に対した余裕はなかった。
           そして、メタオ達が飛びかかってくる。千鶴は精一杯に鬼の力を呼び起こすと、向かってくるメ
          タオ達にこちらも飛び
          込んでいった。続けて梓もそこになぐり込んでいく。
           メタオの一匹が、千鶴に殴りかかってくる。千鶴は間一髪でそれを避け、そしてカウンターを
          返したが、それは空を切
          っただけだった。
          ──速い!?
           だが、そんな嘆きをしている暇はなかった。続けて後ろにいたメタオが攻撃を仕掛けてくる。強
          烈なパンチだが、千鶴
          は何とかしゃがんでそれを回避した。とはいえ、彼女は耕一やルカとは違い、そこから反撃する
          ことは出来ない。
           千鶴は反撃するのを諦め、一時的に飛翔した。そして天井ぎりぎりまで飛び上がり、また急
          降下をする。その勢いを
          保ったまま、メタオの頭に攻撃をする。
          ごず!
           メタオは、避けるまもなくその攻撃をくらい、そのまま壊れた。
          ──くぅぅぅ…。
           だが、攻撃した千鶴もただでは済んでいない。メタオの、尋常ではない装甲故だ。その装甲
          は、先のメタオ達の比で
          はない。千鶴はたまらず、後ろに飛んだ。
          ──此処まで苦労して、やっと一匹…?
           千鶴はそう考えると、悔しくて泣きたくなった。こんな調子では、全滅させるより先に自分たち
          の躰が行かれてしまう。
          ──そういえば梓は?
           千鶴はそのことに思い当たると、再びメタオ達に飛びかかっていった。

           一方梓。
           千鶴に遅れて飛び込んだ梓は、メタオ達の堅い装甲に悪戦苦闘していた。
          ──くそ!何度殴ってもやられやしない!
           事実、梓の攻撃は以外と当たっていたが、まだ一匹も片づいてはいなかった。
           正面のメタオが、まるで梓の真似をするように拳を震ってくる。その拳は、梓の顔面をねらって
          いた。
          ──この美少女の顔を、砕かせてたまるものか!
           そう減らず口をたたくのも、自分を見失わないためだ──梓は、それを首を倒す形で避け、そ
          れからメタオの腹に向
          かってパンチを、それから顎にアッパーを叩き込む、が、相手は落ちない。梓は苛立った。
          ──くそう!手は痺れるし戦局は変化しないし!どうにかなれよなぁ!
           そう思いながら、今度は後ろから来るメタオに裏拳を入れる。すっ飛ぶメタオ、だが、ダメージ
          は少ないはずだ。
          「ちくしょぉっ!」
           梓はそう叫びながら移動し、さっき殴ったメタオに連続でパンチを叩き込んだ。再起不能にな
          るまで殴りつけ、これで
          漸くメタオは沈黙する。梓は、潰れたメタオを眺めながら、荒い息を吐いた。だが休んでいる暇
          はない、次から次へと、
          メタオ達は襲いかかってきていた。

          「あの、お願いがあるの」
           メグは、小さな声で初音と楓に言った。二人は、無言という形で先を促した。
          「これからメグが魔法を使うから…それまで、時間を稼いで欲しいのだけど…」
           初音はそれを聴いて少し驚いたが、楓は動じずに頷くと、
          「…解ったわ。何とか…してみましょう」
           そう言って、静かに「風」を集め、そしてメタオ達に近づいていった。

           楓が、犇めいているメタオ達に近づくと、メタオ達は一斉に振り向いた。少し驚いてしまう楓だ
          が、すぐに平静を取り
          戻すとゆっくりと鬼の力を呼び起こした。
          「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!」
           ものすごい叫び声をあげて近寄ってくるメタオ達。だが、楓は表情を変えることなく爪を振っ
          た。一番手前の奴が斬り
          裂かれる。いとも容易く斬り裂かれた同士を見たメタオ達は、畏れと怒りのない交ぜになったよ
          うな表情を作った。
          「…あと、九回…」
           楓は静かに呟いた。それは自分の腕と力の限界のことを言っている。そのとき、いきなり後ろ
          から殴りかかってきて
          いるメタオがいた。それに気が付いていないのか、楓は振り向こうとも、避けようともしない。─
          ─当たる!
           だが、そのメタオの拳は楓に触れる前に斬り裂かれた。──楓の周りを、風の刃が包み込ん
          でいたのだ。
          「うぎゃぁぁぁぁっっ!」
           情け無い声をあげるメタオ。楓は漸くそこで振り向き、そのメタオを斬り裂いた。そして楓はま
          た呟く。
          「あと、八回」
           
           楓にはまだ、呟く余裕があったのだが、千鶴にはとうにそんな余裕が無くなっていた。もは
          や、避けるのに精一杯の
          状態だ。スタミナ的にも、ダメージ的にも、もはや限界であった。
           そんなとき、千鶴の耳に澄んだ幼い声──メグの声が響いた。
          「天使の囁き──!」
           そうメグが叫んだ途端、千鶴達の周りを光る壁──結界が包んだ。そしてすぐに、辺りを氷の
          粒が包む。
          ──ダイヤモンドダストね──。
           千鶴は、半ば感心しながらその光景を見つめた。
           光る氷の粒が、メタオ達を凍り付かせていく。千鶴達は、結界が覆っているので寒さすら感じ
          なかった。
           氷の粒達は、やがてメタオ達を氷の彫像にしていった。そして、結界が消えた頃には、メタオ
          達は皆凍り付いていた。

          「や…やったぁ」
           ダイヤモンドダストの効果が全て消えたあと、メグはそう言って床にへたり込んだ。精神に、か
          なりの負担がかかっ
          ている。…初音は、メグに駆け寄った。
          「やったね…!」
           そしてそう言う。メグも、苦笑いを浮かべながら頷き返した。
           千鶴達三人も、事が済んだことを理解すると、メグのところに集まってきた。
          「スゴイじゃない!」
           何はともあれ、ホッとした感じで千鶴が言う。
          「まったくー。そんな秘密兵器があるのなら最初からやってくれればいいのに」
           これは梓だ。確かにもっともな意見ではある。
          「…取り敢えず、私も多少の役には立ったみたいね…」
           楓が優しげにそう言うと、メグは恐縮しきって頷いた。
          「…取り敢えず、一件落着…だね」
           初音が、四人を見回しながら言った。

          ──だが、彼女たちは気が付いていない。まだ何も片づいていないことに…。
                                  … Bパートに続く …