魔王降臨(Cパート) 投稿者: ゆき
 俺は、今日三回目となる飛翔をしていた。初音ちゃんを背中に乗せて。──例えば、例えばこれがこんな状況では
なくてもっと平和なことだたら、どんなに良いことだろうか。こうやって初音ちゃんと散歩をしていられたら…。
 …俺はそう考えていて首を振った。今はそんなことを考えている場合ではない、今はただ、オリジナルを倒すことと初
音ちゃんを守ることを考えなければ。
──しかし、俺に出来るのか?
 (精神的にダメージを喰っていたとはいえ)ルカでも敵わなかった相手である──そんな奴を、俺に倒すことが出来る
のだろうか?
 …俺は、また首を振った。何を弱気になっているのだ?
──俺の背中には初音ちゃんがいるのだ。
 俺はふと、そんなことを思った。すると不思議に気分が楽になった。
 何だか、初音ちゃんがすごく支えになっている気がした。

ざしゅ!
 俺は、出来るだけ慎重に着地をした。そしてすぐに辺りを確認する──いない。俺は息を付き、それから初音ちゃん
を背からおろした。俺は、初音ちゃんに言った。
「……危ないから、俺から離れちゃダメだよ。…でも、あいつが来たらすぐに離れるんだ」
 我ながらよく解らない科白だが、初音ちゃんはゆっくりと頷いた。
 俺は顔を上げ、初音ちゃんを手で抱き寄せながら辺りを再び確認した。暗い、さっきはまだ多少の明るさがあったが、
今はまさに漆黒であった。それに、木々も多く茂っているし、視界は最悪だった。
──では気配は?
 どうやら、先と同じように完全に消しているようだ。さすがに、待っていてくれるほど甘くはないらしい。──こうなった
ら、自らおびき寄せるか?
 探すのよりは、その方が手っ取り早く安全なような気がした。…俺は、そのことを初音ちゃんに伝えた。
「…うん、わかったよ…。でも、どうするの…?」
 初音ちゃんは、心配そうな顔をしながら言った。
「…アイツに、俺の居場所を教えるんだ。…鬼の力を強くすれば、正確な位置ぐらい判断できる」
 勿論、これで出てこないことだってあるだろう。だが、そんな「可能性」ばかりを考えていても始まらないのだ──俺は
そう考え、辺りに気を配りながら鬼の力を解放させていった。だが、切り札として姿を鬼に変えるようなことはしない。
 俺が力を解放していくと、足が地面にめり込み、木々が震えた。それほどまでに強い力を、今俺は出そうとしている
…おそらく、これが人間の姿の限界近くなのだろう…。
──解放し終わった。あいつはまだ来ていな──いや!
 俺は気が付いた。正面から、恐ろしい力を持ったもの──オリジナルが来ていることに!俺は半ば慌てて、初音ちゃ
んに言った。
「初音ちゃん!俺から離れるんだ!」
 初音ちゃんはそれを聴くと一瞬驚いて立ち竦んだが、すぐに状況を理解して木の陰に逃げ込んだ。俺はそれを確認
すると、いわゆる臨戦態勢を作った。
びゅっ!
 ──と、いきなり刃のような風が俺の横をすり抜けた。そしてその風は、俺の後方にある木を破壊する──これはな
んだ?まさか──。
 そのまさかだった。オリジナルが、走りながらしきりに拳を振り、俺に拳圧波を当ててきているのだ。それも、木なん
かだったら壊れてしまうほどの強さ──。俺は慌てて、空に待避した。
 だが、オリジナルも同じように飛んでくる。気が付くと、あいつは俺の目の前まで来ていた。俺は空中にいるまま、オ
リジナルに蹴りを入れようとする、が、軽く払われた。逆にあいつ、も空中にいるまま殴りかかってくる。さすがに俺達
は空を「飛ぶ」事は出来ないので、大した攻撃にはならないのだが、俺は必死になって避けた。ここで戦況を悪くする
のは、まったく得策ではない。
 俺達は、同時に着地した。俺は、後ろに飛びながらオリジナルに問う。
「一応訊かせろっ!お前の目的はなんなんだっ!」
 だがオリジナルは、
「そんなものは無いっ!あるとすればお前に対する復讐だけだ!」
 そう叫びながら俺に突っ込んできた。そしてそのスピードをのせたままの右ストレートが飛んでくる。俺は、それを躰
を捻る形で避けると、更に後ろに飛んだ。どうにか隙を見つけなければいけない。だが、オリジナルは隙を見せるよう
なことをせずに、容赦なく俺に近づいてきた。拳圧波をとばしながら、俺に近寄ってくる。俺はその拳圧を避けるのが
精一杯で、相手に攻撃することもままならなかった。
──仕方がない…玉砕覚悟で行くか…。
 勿論、死ぬつもりなどさらさらないが。
 俺は、拳圧を避けつつ急に前に出だした。それには多少オリジナルも驚いたようで、一瞬だけ隙が生じた。勿論そこ
を責めない手はない、俺は雪崩れ込むように拳を繰り出した。
ずご!ずごごごごごっ!
 初めの一発が奴の腹にクリーンヒットした。そのおかげか、後は気持ちがいいほど決まっていく。俺の重い拳がオリ
ジナルのメタリックボディを砕く。表面に浮き出てくる体内の配線。俺はその配線を引きちぎろうと、それに手を伸ばし
た…が、
「調子に乗るなぁぁぁぁっっっっっっ!!!」
 かなり強引にオリジナルは手を動かし、俺の腕を掴んだ。
ぶち!ぶち!
 折れたのは俺の腕を掴んでいるオリジナルの左腕だ。俺の猛攻を阻止するために、左腕を犠牲にしたのだ。そして
逆に、オリジナルの右腕が俺の腹にめり込む。
「ぐほぉっ」
 俺は呻き声をあげながら仰向けに地面に倒れた。そして間髪入れずにオリジナルが俺にのしかかってくる。
──ぐぅっ、重いっ!
 機械なだけに、重量はかなりのものだった。俺は思わず身を捩らせる、が、逃げられるはずが無く、オリジナルは容
赦のない攻撃を仕掛けてきた。俺の上に馬乗りになり、俺の顔面向けて拳を振り下ろす。
「お兄ちゃんっ!」
 すぐ横で、初音ちゃんの悲鳴が聞こえたような気がした。すると俺の躰は、自然とオリジナルの攻撃を避けていた。
ばす!
 はずれた拳が地面にめり込む、だがすぐに引き抜くと、また俺の顔めがけて殴ってくる。
どかっ!
 今度は見事に俺の頬を直撃する。鈍くて痺れる感覚と、それから来る激痛。
「いやっ!やめてよぉっ!」
 また、初音ちゃんが悲鳴を上げた。…くそっ!どうにかしなければ、どうにか…。
──仕方がない、切り札を使うか…。
 俺はそう決心を付けると、歯を食いしばりながら「鬼」を呼び起こした。意識の中で、檻から出てくる鬼がイメージされ
る。その鬼はゆっくりと俺のところに来、そして俺と一つになる──。
 ──刹那。俺は鬼と化した。
 そしてそれとほぼ同じに、初音ちゃんが叫んだ。
「お兄ちゃん!出来るだけ地について、目を瞑ってっ!」
 俺はそれを聴いて少し混乱したが、すぐに目を瞑ってからだの位置を低くした。そして、俺が何事かを思案し始めた
頃──。
ばすぅぅぅぅぅぅぅっっっっっっ!!!!!!!!!!
 ものすごい大音響と目を眩ませる光、そして途轍もない熱が俺のすぐ上──すなわちオリジナルのいるところを通
過した──これは…。
 「ヨークにお願い」…か。
 俺はその答えに行き当たると、目を開けて立ち上がった。すると前に、炎に包まれて身もだえしているオリジナルが
いる。俺はそいつを一瞥してから離れると、初音ちゃんの許へ駆け寄った。
「大丈夫っ!?お兄ちゃんっ!」
 初音ちゃんは、今にも泣きそうな声でいった。俺は慣れない鬼の躰のままぎこちなく笑むと、
「ああ、何とか…ね。初音ちゃんのおかげだよ」
 と、応えた。どうやら言葉はしゃべれるらしいな、鬼でも。
 俺にそう言われた初音ちゃんは、何故か俯いた。
「…どうしたの?」
 俺は訝しげに訊ねた。
「ううん…何でもないよ…」
 初音ちゃんはそう応えたが、目に見えて何かありそうである──俺は、少し考えてから気が付いた。
──そうか…この娘は、自分を責めているのか。
 きっと、メタオ達に悪いことをしたと思っているのだ…あのとき…鬼の亡霊達に謝ったように。この娘はそんな娘なの
だ。俺は、出来るだけ力強く言った(しかし、鬼のままだと優しく見えないかも…いや、初音ちゃんに限ってそんなこと
はないか…。いや、無い!断言しよう)。
「初音ちゃん、自分を責めていちゃダメだよ…だってさ、初音ちゃんは俺のためにしてくれたんだろ?それは悪いことな
のかい…?」
 どことなく…というかかなり無理矢理な言い分ではあるが、俺は自信を持っていった。初音ちゃんもそう言われて、少
しだけ──本当に少しだけ──微笑み、
「ううん。お兄ちゃんのためにすること…悪いことだとは思っていないよ」
 と、応えた。そしてポッ…と頬を染める。俺はそんな初音ちゃんを見て、鬼の姿のまま照れた。
──だが。惚気は長くは続かなかった。
 急に、初音ちゃんがひっと咽を鳴らした。そして、震えながら俺の後ろを指さす。俺も、訝しげに後ろを振り向いた──。
「なっ!!」
 俺は、思わず声をあげた。そこには──。
「まだだ!まだ終わってはいない!」
 ──焼け焦げてこそいるものの、しっかりと立っているオリジナルがいた……。
                      … Dパートに続く …