魔王降臨(Bパート) 投稿者: ゆき
 そう、まだ何も片づいていなかったのだ。戯けながら梓がメタオの躰に触れたときだった。
がしゃーんっ!
 氷が割れる音とともに、中からメタオが現れた。──まだ完全に凍っていたわけではなく、隙をねらっていただけだっ
たのだ。勿論現れたのは一匹だけではない、一部を除いて、殆どのメタオが再起を果たしていった。
「そっ…そんなっ!」
 メグが悲鳴を上げるのと同時に、梓がメタオに捕まった。そして、容赦のない一撃が梓の鳩尾にヒットする。…梓は、
悲鳴を上げるまもなく気絶した。
 次いで、千鶴もメタオ達に捕らえられる。そしてこちらも気絶させられ、床に転がされた。
「俺らの目標はこいつらじゃねえんでなぁ…」
 そして、にやにや笑いながらメタオの一人が呟く。三人は後ずさるが、その分だけやはりメタオ達は進んでくる。否、
その分しか進んでこない、焦らしているのだ。楓が静かに、しかしよく通る声で言った。
「私が何とかするわ…。どうやら殺す気はないようだし」
 だがそれは、狙われているのが楓ではないときだけである。しかし、楓は飛び込んでいく。そして、ちょうどメタオ達
の群の中に入ったとき、一筋の閃きが煌めいた。
バス!
 …それは異常な破壊力を持っていた…筈が…。メタオ達には通用していなかった。そして、楓は漸く気が付く。
──しまった──!もう私の腕の方が限界…。
 そしてそのまま力を使い果たし、メタオに殴られるまでもなく気絶した。
 残ったのは、力を使い果たしているメグと、あまりにも力の足りない初音だけとなった──。

ざしゅ!
 俺達は、漸くメタオの最後の一匹を始末した。勿論これで余韻になど浸って入られない。俺とルカは、無言のまま飛
翔した。──頼む、みんな無事でいてくれよ…。

 気が付くと、初音達は壁際まで追いつめられていた。もう逃げ場はない、初音は、半ば覚悟を決めていた。近寄って
くるメタオ達、──それが、あと一歩と言うところまで来たときだった。
 いきなり、ものすごい力を持ったものが降り立った。耕一やルカではない、──そう、オリジナルである。
 オリジナルが降り立つと同時に、メタオ達はわらわらと後ろに下がっていった。オリジナルに指示を仰ぐためである。
メグは、その隙を逃さなかった。
「ガーディング!」
 メグは、最後の魔力を振り絞って魔法を唱えた。それは、いわゆるバリアーという奴である。それをメグは、初音にか
けたのだ──。
 驚いたのは初音である。
「めっ、メグちゃんっ!?」
 初音は、慌てて外に出ようとしたがメグに止められた。
「初音さん──ううん、お母さん。ダメだよ、お母さんが死んじゃったら、メグいなくなっちゃうんだもの。お母さんがいれ
ば、まだメグが助かる道もあるし…だから、お母さんはそこにいてよ、ね?」
 そう言われては初音も頷かざるをえなかったし、勿論二人でこの結界の中にいることは無理だった。それには、あま
りに狭すぎるからだ。
 メグは、初音が躊躇いながらも頷くのを見ると、ゆっくりと前に歩き出した。

「ふん…こざかしい…」
 初音を結界の中に入れ、自分で時間を稼ごうと近づいてくるメグを見たオリジナルは、鼻で嗤った。そして周りにいる
メタオ達に指示を出していく。
「…アイツも殺すな。気絶する直前のところでダメージを与えて行け…。場合によっては、犯してもかまわん」
 かなり非常な令を出すオリジナル。それを聴いたメタオ達は、嬉しそうにメグに躍りかかった。
どん
 近づくと同時に、一匹がメグの腹を軽く──といっても、普通の人間でなら耐えられないだろうが──殴りつけた。激
痛に顔を歪ませるメグ。が、精一杯抵抗しようと、弱い魔法を唱える。
「ファイアぁ!」
 勿論そんな魔法が効くはずもなく、火の塊は虚しく破裂するだけだった。
「ざぁかしいんだよっ!」
 にやにや笑いながらメタオは叫び、面白そうにメグの服を破る。メグの腹が露わになった。
 勿論、そんなものでメタオ達は満足するはずもない、じわじわ、じわじわと服を破り、躰を痛めつける。メグは、羞恥よ
りも悔しさで顔を歪ませた。もはや、抵抗する力も残っていない。
 とうとう我慢の出来なくなった一匹が、メグのミニスカートをはぎ取った。含み笑いをしつつ、そこに触れる。メグは、ひ
っと咽をならした。ただそれも、羞恥心よりも悔しさの混じった感じだった。それに気が付いたメタオ達は、訝しげに首を
傾げてから、何となく白けて今度は殴りだした。勿論、中には諦めきれずに服を破っていく輩もいるが。
 メタオの一匹が、メグの右腕を掴み、思いっきり捻った。
ばき
 いやな音が聞こえた。そしてメグの悲鳴。
「いたいっ、いたいよぉぉっ!」
 服を破られることよりも、痛みの方に叫びをあげた。それを面白く思い、調子に乗って腕を折り始めるメタオ達。在る
者は指を、在る者は左腕を、在る者は足を…。悲鳴を上げさせる為だけに、彼等はメグを蹂躙した──。

 俺とルカは、漸く柏木家の庭に着地した。そして驚愕する…。
「メグちゃんっっっっっっ!!!!」
 …居間の中で、メグちゃんがメタオ達に蹂躙されていた。ルカが叫び、オリジナルが振り返った。
「遅かったじゃないか──」
 だがその声は、少なくともルカには届いていなかった。
「いやぁぁぁっ!!!いたいよぉぉっ!」
 メグちゃんの痛々しい悲鳴が聞こえる。俺の躰を、電撃とも寒気とも着かないものが這い回った。──惨い、惨すぎ
る…。俺は助けるよりも先に、思わず顔を背けた。…そのとき、ルカが吼えた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!!」
 そして、吼えながらメグちゃんの許へ…。

 ルカは、ものすごいスピードでメグの許へと向かった。それに気が付いたメタオ達の一部が振り向くが、そんなものに
はめもくれなかった。メグの許へと来て、メグの腕を折っていたメタオ達をふりほどく。普段滅多に使うことのない拳を血
で汚しながら、ルカはメタオ達を払った。そして、多少無理矢理に、メグを抱きしめた。
 メグは、まさに見るも無惨な姿だった。服はぼろぼろにされ、下着が見えている。露わになった肌には殴られた痣が
残り、──折られた四肢は、不自然に折れ曲がっていた。幸いにも顔は殴られていないが、涙でぼろぼろになり、い
つもの可愛らしい顔が台無しであった。そしてそれ以上に、激痛に歪めている…。
「ああ、ご免、ご免よ…メグちゃん…僕が、僕が守るってずっといっていたのに…」
 ルカはそう言いながら、形振り構わずに癒しの魔法を唱えた。眩しいほどの光が二人を包み、メグの傷を少しずつい
やしていく。──が、メグは、
「る…お…にい…ちゃ…」
 そうやっと呟くと、力無く首を倒した。
「ああああああああ、めぐちゃん、めぐちゃん!」
 ルカは叫んだ。涙で目がにじみ、視界がいかれる。だが、それでも癒しの魔法をかけ続けた。まるで、自分の生命を
削るように…否、まさにそうなのかもしれない。
「ああ、ああああああ、あああああああああああああああああああ」
 ルカは、頭を掻きむしりながら吼えた。吼えて、吼えて、吼えまくった。
「畜生っ!畜生っ!僕がもっとちゃんとしていれば、僕がぁぁぁっっっっ!!!!」
 そんなルカをにやにやと笑いながら、メタオ達は近づいてくる。ルカも、それに気が付いた。
「…お前らかっ!お前らがメグちゃんを…。よくも、よくもよくもよくもよくもっっ!!!!!」
 そう叫びながら立ち上がり、そしてルカは誰にも聞こえないように一言、呟いた。
──メグちゃん…僕、もう一つの約束も…守れないみたいだ………。
 そして、思いっきり叫んだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーんっっっっっっ!!!!!!!!!!!」
 するとルカの体に変調が現れた。両腕が、爆発的なスピードで膨れ上がっていく。そしてそのうちに皮が破け、中か
ら筋肉の塊のような腕──鬼の腕が現れた。それの重さも尋常ではないらしく、それを支えきれずにルカは猫背にな
った。耕一は、後悔とも畏怖とも言えぬ気分に見回れた。
──滑稽?…そんなものじゃない。これは…なんて…不気味なんだ…。
 細い躰が猫背になり、奇妙に膨れ上がった腕がだらんと下がっている。その上締まりのなくなった顔に、ぎらぎらと
赤い目が輝いているものだから、とてつもなく不気味であった。──まさに、鬼だった。
 ルカは、獣の声で吼えた。
「殺してやる。お前らみんな、皆殺しにしてやる…!!」
 その声は、メタオだけならず、耕一や初音までもを震わせた。
 飛びかかってくるメタオ達。だがそいつらは、ルカが刀を鞘から引き抜くと同時に斬り裂かれた。
 それを見たオリジナルは、嬉しそうに嗤った。
──ほう!居合いの剣圧だけであのメタオ達を斬り裂くとは──!
 ルカは、残りのメタオ達にも斬りつけていった。抵抗するまもなく斬り裂かれていくメタオ達。メタオとルカの勝負は、
わずかに数十秒で終わった…。

 俺は、ルカの戦いぶりを呆然と眺めていたが、全滅したところで我に返った。
──初音ちゃんを!
 俺はそう思うと、千鶴さん達やルカ、メグちゃんよりも先に初音ちゃんのところへととんだ。幸いにも、初音ちゃんは無
傷だった。…どうやら、メグちゃんが結界を張ってくれていたらしい。初音ちゃんは、俺が近くに来るとそこから出てき
て俺に抱きついてきた。俺も、暫し今までのことを忘れて初音ちゃんを抱きしめる。
「大丈夫かい?怪我はしていない?」
 俺は、ゆっくりとそう言った。あとから思えば、かなり自分勝手な科白だと思う。…初音ちゃんは、自分のことよりも先に、
「それよりも、お姉ちゃん達とメグちゃんが…」
 と、言ってきた。初音ちゃんに言われては仕方が無く、俺はみんなを出来るだけ安全な場所に移動させることにした。
とはいえ、ただ居間の奥の方に移しただけだが。…俺がメグちゃんのところまで来たときだった。
「耕一さん…メグちゃんを…よろしく…」
 ルカは、内心の怒りを必死に押さえながら俺に言った。俺は、半ば怯えながら頷くと、メグちゃんを抱きかかえた。ル
カは俺がメグちゃんを連れていくのを確認した後、吼えながらオリジナルに向かって言った。
「このーーーーーーーーぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっ!!!!!!!!」
 刀を振りかざしながらオリジナルに飛び込んでいくルカ。だが、その剣は軽々と避けられた。
「遅いな…怒りにまかせてその程度か…?」
 オリジナルはそう言うと、ルカを侮蔑の目で見つめた。更に斬りかかっていくルカ。だが、息も尽かせないその連檄
も、全てオリジナルは防いでいた。抵抗することなく、ただガードをするだけ。
「ちくしょうっ!ちくしょうっ!ちくしょうっ!」
 ルカはそれを連発しながら斬りつけていく、が──。
がくっ
 いきなり、ルカの体制が崩れた。前のめりに床に伏すルカ。オリジナルは、未だに侮蔑の表情でそれを見つめていた。
──どうしたんだ?
 俺は驚きを隠せずにいた。何故、ルカは倒れたのだ?…そして、すぐ答えに行き着いた。
──魔力の使いすぎ。
 癒しの魔法は、魔法力を多大に消費するとさっき言っていたことを思いだした。そして、魔法許容量が足りないときに
は、気力や体力で代用するとも。
 俺は、何だかやりきれない気持ちになり、それから危機感を感じた。
──次は俺か。
 いざとなれば、自分を犠牲にするしかない…か。俺はそう考え、身構えた。が、オリジナルは言った。
「耕一よ…。俺の目標はお前だけだ。しかし、此処で戦うには狭すぎる…そこで、だ。俺はさっきの山で待っていること
にしよう…早く来るのだな、出なければ──全てが終わることになる」
 そしてオリジナルは振り向くと、再び山に向かって飛んでいった。俺は、安堵と緊張が解けたのとで、その場にへな
へなと座り込んでしまった。

 一分弱、俺はそうしていたが、あることに気が付いて慌てて立ち上がった。ルカ達である、一応息はあるようだが、
しっかりと確認したわけではない。
 俺はルカに近づいた。…寝ているだけのようだ。もう、鬼となっていた腕も元に戻っている。取り敢えず俺は安堵した。
ルカを抱えて初音ちゃんの許へと来ると、楓ちゃんが目を覚ましていた。
「楓ちゃん…大丈夫?」
 俺はルカを床におろしながら、そう訊いた。
 楓ちゃんは首を縦に振ると、周りを見回して、
「それより、これからどうする気ですか…?」
 と、逆に聞き返してきた。
「行くよ。あいつを野放しにしておく訳にはいかない…そうだろ?」
 俺がそう応えると、楓ちゃんはこくんと頷いた。俺はふうっと溜息をつくと、
「…だからさ、二人ともみんなを頼むよ。あいつは俺が何とかするから──」
 と、言おうとしたが、初音ちゃんに遮られた。
「──お兄ちゃん、お願いがあるの」
 何だかかなり真剣な表情だった。俺は少し驚いてから、なんだい?と訊ねた。
「私も連れていって」
「え?」
 俺は、思わず聞き返した。初音ちゃん、君、今なんて…。
「…私も、お兄ちゃんについて行かせて」
 俺は驚いて首を振った。
「だっ!ダメだよっ。危ないって」
「私が足手まといなのは解ってるよ、でも、でも私…」
 初音ちゃんは、少し泣きそうになっていた。俺がおろおろしていると、楓ちゃんが言った。
「…耕一さん、初音を連れていってやって下さい…」
 更に驚く俺。そして、やはり問い返す。
「なっ…本当に?でも、絶対に危ないって…」
 けれど、二人とも折れなかった。結局、俺は初音ちゃんを連れていくことにした。

「本当に行くの?」
 飛び立つとき、俺は背中に負ぶさっている初音ちゃんに最終忠告をした。勿論、初音ちゃんは躊躇うことなく頷く。
 俺はそんな初音ちゃんに、うれしさと心配と疑問を感じていた。…しかし、俺が守ればいいことだ。俺は、後ろにいる
楓ちゃんに言った。
「それじゃあ楓ちゃん、みんなをよろしく」
 すると楓ちゃんはちょっと頷き、そして言った。
「耕一さん、初音…気を付けて…」
 それを聴くか聴かないかのところで、俺は空にジャンプした──。
                        … Cパートに続く …