ある日シリーズ2「初音」編 投稿者:スピード
 目が覚めた。
 私は、重い頭を降りながら上半身をあげる。カーテンから、眩しい朝日が漏れている。けれど、私の「心」は薄暗く曇
っていた。いつもと同じ、けれど一向に慣れない朝。
──何でこんなに辛いんだろう…。
 私は、やっぱりいつもと同じように自分に問いかけてみる。
 そして、いつもこう答える。
──前世の記憶の所為。
 いやだ…。私はそう考えてから、自己嫌悪に陥った。
 何でこう考えちゃうんだろう。どうして、誰かに責任を押し付けるんだろう。
 悪者を作ったって、その人が傷つくだけなのに。何でだろう。
 目頭が熱くなって、目に見える物がぼやけてきた。私は思いっきり目を擦ると、ベッドから抜け出た。
──いつもいつも、いやな朝。
 そして、嫌な自分。

 お台所に行くと、もう梓お姉ちゃんが朝御飯の支度をしていた。ちょうど、今はお味噌汁を作っている。
 私は、あまり気を散らせないように声を掛けた。
「おはよう。梓お姉ちゃん」
 すると梓お姉ちゃんは、勢いよく振り返って、
「遅いぞ、初音」
 と、ジト目で見ながら言った。
 私はぺこっと頭を下げて謝ると、食器棚からお茶碗とお椀を出してきた。こう言うのは、いつも私の仕事なのだ。
 私がお茶碗とお椀を抱えて梓お姉ちゃんの所に戻ってくると、梓お姉ちゃんはまだこっちを向いていて、
「悪いな。…ったく、千鶴姉もこのくらい出来ればいいのに…まあ、無理な話だけどさ」
 と、いいながら苦笑していた。
 …私は、そんな梓お姉ちゃんの言葉を聴いてぎこちなく微笑むと、
「…梓お姉ちゃん。余所見していると失敗するよ」
 と、呟いた。でも、梓お姉ちゃんが失敗する所って言うのは、あまり見たことがない。
──でも。
「解ってるって、大丈夫大じょう──あ…!!」
 梓お姉ちゃんは、私の目から見ても解るほどに、お味噌の加減を間違えていた。余所見をしていて、お玉に取った分
があまり解らなかったのだ(私と話しもしていたし)。その上、梓お姉ちゃんは絶望的なことを続けた。
「…味噌の加減を間違えた上…出汁を取るのを忘れていた…」
 いつもの朝とは違う出来事だった。笑えないけれど。

 朝御飯。私は、依然程じゃないけれどこの時間が嫌い。──耕一お兄ちゃんがいないだけで、こんなに暗いんだもん。
 …それは良いとして、今朝はいつもよりも千鶴お姉ちゃんが嬉しそうだった。梓お姉ちゃんが言うには、お味噌汁が
失敗したので、それの揚げ足が取れるから…だって。私にはよく解らない。
「へぇぇぇ。梓ぁ…。今日のお味噌汁、不思議な味ねぇ」
 千鶴お姉ちゃんは、梓お姉ちゃんを横目で見ながらそう言った。…でも、その後お湯で薄めたり、出汁を入れたりした
からあんまり「不味く」はないと思うんだけど。
 千鶴お姉ちゃんにそう言われて、梓お姉ちゃんは、
「うっ、うっさいなぁー。あんまり変わらないだろっ!」
 と、出来るだけ強がって言ったけど、千鶴お姉ちゃんは聞こえないみたいに、
「梓。貴女、いつも私に『味音痴』とか『亀』とか『料理下手』とか言うけれど、貴女も大したことないじゃないの。全く、自
分を棚に上げてよくいうものねぇー」
 と、何だか嫌味を言うように言った。
 梓お姉ちゃんは顔を真っ赤にして、
「ふん!私はたまたまだろ。千鶴姉はいつもじゃないか」
 と、怒鳴った。
「あーら。そう?」
 千鶴お姉ちゃんは、さっきまでの嫌味さを消して、何だかいい人になって言った。
「でも、私だって『たまたま』かもしれないわよぉ?」
 何だかいやな予感がして、私はおろおろと二人を見比べた。千鶴お姉ちゃんはにっこり笑っていて、梓お姉ちゃんは
真っ赤になっている。今度は、助けを求める気分で楓お姉ちゃんを見た。けど、楓お姉ちゃんは関心がないみたいにご
飯を食べている。…あ、でも、お味噌汁は全部飲んでるや…。
「…いや、それはないね」
 梓お姉ちゃんがいきなりそう言ったので、私は驚いてそっちを向いた。
──ああ、どうしよう。
 私が困っていると、梓お姉ちゃんは、言ってはならないことを口走ってしまった。
「成長途中のミスと、『年増』のミスと。どっちが絶望視されると思──」
 その言葉は、予想通り途中で止まった。
 私は慌てて千鶴お姉ちゃんの方を見る。さっきと同じ笑顔の中に、何か黒くて冷たい物が蠢いている気がした。
 そして、千鶴お姉ちゃんは『死刑執行』と同意の科白を吐いた。
「あ ー ずー さ ー ちゃ ー ー ん 。 も う 一 回 言 っ て み る ぅ ー ?(にっこり)」
 そして素早く立ち上がると、梓お姉ちゃんの頭を掴んで、廊下に引っぱり出そうとする。梓お姉ちゃんは慌てて、
「わっ、千鶴姉!じょ、冗談だよっ。わっ、止めろぉーっ。はなせよぉーっ…」
 と、言ったけれど、千鶴お姉ちゃんは無視をして、
「さ、今日の晩御飯は盛大に焼き肉パーティね」
 と、何だか凄いことを言った。
「わーっ!!やめぇーっ!共食いかいいいいいいいっ!!」
「さ、血の雨を降らせましょうっ!」
「うぎゃぁぁぁぁっっ!たすけてぇぇぇぇぇっっっっ」
 …私は、そんな光景を呆然と見ていた。
 やがて、二人の姿が見えなくなってから、
──晩御飯。私が作ることになるのかな。
 と、思っていた。

 二人がいなくなってから、少し経った。
 私は、落ち着きなく楓お姉ちゃんの方を見る。何でだろう、楓お姉ちゃんと二人でいると、何だか苦しかった。
──何でだろうも何もない、かな。
 解っている。私は、楓お姉ちゃんとエディフェルにヤキモチを妬いているんだ。
 …でも。私なんかより、楓お姉ちゃんの方がずっと、耕一お兄ちゃんには相応しい気がする。
 だって、楓お姉ちゃんはずっと待っていたんだもの。ずっと、ずっと昔から…。
 そして、私は楓お姉ちゃん──エディフェルから、次郎右衛門さんを奪っていたんだから。だから、楓お姉ちゃんの方
がいいに決まっている…。──でも、でも。
──私、どうすればいいの…。
 私が、重い頭でそんなことを考えていると、楓お姉ちゃんはすっと立ち上がった。
 思わずそっちに顔を向ける。いつもは優しく映るはずの楓お姉ちゃんの目が、今──最近は、冷たく映る。そして、そ
の瞳のまま、楓お姉ちゃんは言った。静かに。
「初音……もっと自分に素直になりなさい。他人のことばかり気にしていると、そのうち潰れてしまう…」
 そしてくるっと振り返ると、食器を流しにもっていった。
──そんなこと…解ってるよ。
 私は、心の中で言い返した。
 解ってる。解っているんだけど…。
 どうしても、素直に考えられなかった。考える分だけ、苦しくなった。

 学校は、殆ど集中できていなかった。
 一日中、楓お姉ちゃんの言った科白が頭に張り付いていて、離れなかった。
──自分に素直に──。
 無理だよ、そんなの。

 気が付くと、私は家に帰ってきていた。
 勉強なんか、全然頭に入っていない、そもそも、今日誰と話したかすら…。私は、誰も帰ってこないうちに部屋に行き、
ベッドの上に転がった。
 楓お姉ちゃんの科白と耕一お兄ちゃんの笑顔が、心を覆った。

 私は、ご飯を食べ終わると急いでお風呂に入った。
 ご飯を食べている間も、殆ど楓お姉ちゃんの科白のことを考えていた。そして今も。
 熱いお湯の張ってある湯船につかる。私は、天井を見て溜息をついた。
──一人ではいるお風呂って、やっぱり嫌なことを考えることの方が多いな…。
 (シンジくんじゃないけれど)私はそんなことを考えて、今度は目線をしたに移した。
 自分の、たいして魅力のない躰が目にはいる。私は思った。
──耕一お兄ちゃんだって、楓お姉ちゃんみたいな綺麗な躰の方が良いって思うに、決まってるよね…。
 それに、私の胸は小さいし。こんなのじゃ、絶対にダメだよ…。
──確かに、「あのとき」お兄ちゃんは綺麗だ──って言ってくれたけど…。
 そう考えたとき、私は「あのとき」のことを思い出してしまって、顔を真っ赤にした。
 私、何を考えているんだろう。でも──私は、思い出し序でに「あのとき」のことを考えた。視線を、おなかの方にもっていく。
──「あのとき」、本当にこの中にお兄ちゃんが入ったのかなぁ…。
 あのときはちゃんと解ったけど、今になって思うとあまり実感が湧いていなかった──。
ざばんっ!
 私は、そこまで考えて更に恥ずかしくなり、誰もいないのにお湯の中に潜った。
 実感はなくても、恥ずかしいものは恥ずかしいのかもしれない。
 …私は、お湯の中にいるにも関わらず、頬が熱くなるのを感じていた。

 よる。真夜中。
 私は、眠れずにいた。いつもとは違う夜。
──耕一お兄ちゃんの声が聴きたい。
 そんな考えが、私を落ち着きなくしていた。
──耕一お兄ちゃんの声が聴きたい。
 その考えは、私の小さい胸を突き刺しているような気がした。
──耕一お兄ちゃんの声が聴きたい。
 私は、何かを押さえつけるように目を瞑った。けど──。
──耕一お兄ちゃんの声が聴きたい。
 ──我慢が出来なかった。私はベッドから出ると、誰にも気付かれないように、そっと部屋から出た。

──絶対に、迷惑だよ。
 いざ電話の前まで来て、私はそんな不安に駆られた。時間はもう二時、絶対に迷惑だ。
──それに、ひょっとしたら居ないかもしれないじゃない。
 でも、手は動く。受話器を取った。そして、頭の中で耕一お兄ちゃんの家の電話番号が浮かぶ。
 私は、もう片方の手を、番号の上にのせた。そして、押さないようにその番号のうえを、指で滑らせる。
──やっぱり止めた方が良いよ…。
 お兄ちゃん、きっと迷惑するよ…。私の頭で、それは響いた。
──でも、待っていてくれるかもしれないじゃない。
 私は、必死に自分に言い聞かせた。
──もっと、自分に素直になろうよ…。
 何度となく反芻してきた科白を、私は力強く言った。その途端、指が、耕一お兄ちゃんの家の電話番号を押していた。
 コールがなる。お兄ちゃんは取ってくれるだろうか。迷惑がらないだろうか…。だが、その思考は一瞬で終わった。
 一コール目の途中で、受話器が取られた。そして流れてくる、耕一お兄ちゃんの優しい声。それも、
「初音ちゃんかい?」
 耕一お兄ちゃんはそう言ったのだ。取ってすぐに、何はともあれ、それを一番最初に!
 私は、感動と驚きで震える声を出した。
「こ…耕一お兄ちゃんっ!」
 すると耕一お兄ちゃんは、
「ああ、やっぱりそうだった。…ゴメンね、俺も何度となく掛けようと思っていたんだけど、そのたびに決心が付かなくて
…。本当なら、俺の方から掛けなきゃいけないのに」
 それでも、私は嬉しくて泣き出しそうだった。
 耕一お兄ちゃんは、ずっと私のことを考えてくれていたんだ!
 お兄ちゃんは続けていった。
「そうだ。お詫び…と言っては何だけどさ、一つだけ、初音ちゃんのお願いを聴いてあげるよ」
 私はびっくりして聞き返した。
「私の…お願い!?」
「そう。何でも良いよ、俺の出来る範囲なら、何だってしてあげる、聴いてあげるよ」
 私は、自己嫌悪に陥った。だって、私は酷いことを考えてしまったんだもの。
──楓お姉ちゃんのことを、好きにならないで…と。
 …なんて嫌な人間なんだろう。私は、何でこんな事を考えちゃうんだろう。
 それでも、私は訊きたくて仕方がなかった。泣きたくなったけど──でも、私は…。
「…本当に良いの」
 私は、呟くように言った。
「ああ、勿論。何だって良いよ」
 お兄ちゃんは、そう言うと受話器越しに笑い掛けてきた。
 …私は、自己嫌悪と躊躇いに引き止められながら言った。
「お兄ちゃんの好きな人、誰」
 よく、学校で友達と交わす会話の筈だった。でも、でも、今回の科白は、何故だかものすごく重みがあったような気
がした。そして、ものすごい後悔の念。
──何でこんな事を訊いているの?
 凄く、自分が嫌な人間に思えた。
 お兄ちゃんは、私の科白を聞いたあと、暫くの間だ待っていたが、やがて話し出した。
「…良いかい、俺は次郎右衛門じゃないし、楓ちゃんはエディフェルじゃない。そして、初音ちゃんはリネットじゃない。
これは解るね」
 私は、まるでお兄ちゃんが目の前にいるような錯覚に捕らわれて、その場で頷いてしまった。
「…だったらさ、初音ちゃんが縛られることはないんだよ。だってそうだろ?人のことを好きになることに、制約なんて要
らないんだから。…そしてそれは、俺も同じだよ」
 私は、何だか複雑な気分になった。自分は、何を聴きたいのだろう?
「………私は、お兄ちゃんのことが──」
 ぼーっとした頭で、私は言おうとしたが、お兄ちゃんはそれを遮った。
「そのことは、お互い本当に会っているときにしようよ」
「え?」
 私は、また驚いて聞き返した。
「それってどういう──」
 するとお兄ちゃんは、優しく、力強く言った。
「明日さ、そっちに行くよ。初音ちゃんに会いに、初音ちゃんの為だけに」

 翌日──本当は今日なのだけど──の学校の帰り、私は昨日とはうって変わって、明るい感じで歩いていた。
 今日も学校の授業には集中できなかったけれど、昨日とは違い、耕一お兄ちゃんのことばかり考えていたせいだか
ら、私は幸せな気分だった。
 家に着いた。うきうきした気分で、そしてちょっぴり不安な感じで、私は引き戸を開けた。
 そして、いつもとは違う言葉を発するのだ。
「ただいまっ!耕一お兄ちゃんっ!」
 そして、中からもいつもとは違う声が帰ってくるのだ。
「お帰り、初音ちゃんっ!」
 今日は、昨日までとは違う、幸せな一日になりそう…。ううん、幸せな一日だよ…。
                          … 了 …
                                                           (原案 ゆき 原作 ゆきorM・K 文 ゆき)
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(M・K=え ゆき=ゆき)
ゆき:何とか終わりました。ある日の二回目。つまりは改稿です。お楽しみ戴けたでしょうか?
え:実は、今回私はノータッチです。いや、改稿に当たっては一応口を挟んだのですけど(笑)。
ゆき:どーも、僕だけで書くと暗くなりがちなんだよね。
え:性格の問題かしら?
ゆき:先入観の問題と言ってくれ。
え:因みに、「ある日シリーズ」のコンセプトは「いつもと違う日」です。
ゆき:それでは、またいつか会う日まで!(明日か?)

でわでわ・・・