十二月二十四日 街は、湧いている。 活気とネオンが溢れ、ジングルベルが鳴り響いている。 しゃんしゃんしゃん…と、鈴の音。 行き交う恋人達は微笑みあい、言葉無い愛を確かめあう。 俺…柏木耕一…は、その光景をガラス越しに見つめていた。 俺は今、クリスマスイヴだと言うのに、ファーストフード店のカウンターに突っ立っている。 理由は簡単、店長に休ませてもらえなかったからだ。 格好いい奴はこんな日は必ず休む、じゃあ、彼女がいないブ男を確保しよう…という理由らしい。そして、その枠の 中に俺も入れられたというわけだ。 ──確かに、去年までは何にもなかったけどよ…。 俺は、客がいないのを見計らって呟いた。 ──…けどよ、今年は違うんだよ…。 今年は、会いたい人が居る。 どうしても、譲れない人が居るのだ。今の俺には。 ──でも、店長に言われて断れない俺も俺だよな〜。 それが、ある意味で一番情け無かった。 そのとき、ガラス戸が開いて客が入ってきた。 ──ちぃぃっ。カップルって来るかよぉ〜。 これもまた情け無い。俺は、激しい自己嫌悪に駆られた。 数時間後。 バイトから解放された俺は、大急ぎで家路についていた。 時間は既に八時を回っている。 下手をしたら、日付が変わってしまうかもしれない。…そう、俺は今から、柏木家に向かおうとしているのだ…。 家につく、家を出る前から置いておいたバッグを取り、また家を出る。 バイトにもっていけばよかった…。などという後悔は、すぐ後に来た。 ──ああもう!俺の大馬鹿者がっ! 悪態ついてももう遅い。仕方無しに、俺は走った。全く、メロスを彷彿してしまう。 俺は走る。クリスマスプレゼントの入った袋を握りしめながら。 ──雪。 俺は、走りながら上を向いた。 ──雪が降ってきた…のか? ホワイトクリスマス。街の恋人達は、更に燃える。 だが、俺は恐怖に冷めていた。 ──隆山は、大丈夫だろうか…。 電車が途中で止まるようなことにならないだろうか。 行き着くのが遅れないだろうか。 それでも、俺は走っていた。 電車は、思いの外空いていた。 外を見ると、一駅ごとに雪が多く積もっているのが解る。 ──やばいか? 俺は、窓を壊して外に飛び出したい衝動に駆られながら、車両中を歩き回った。 時間は、九時を示していた。 …幸いなことに、俺の不安は杞憂だった。 隆山には、多少遅れながらも無事についた。俺は、プレゼントを抱きかかえながら再び走り出す。 雪は、まだ降り続いていて、そして八センチほど積もっていた。 数分ほど走ると、柏木家の塀が見えてくる。 俺は更に加速させ、門の前まで来た。 ポケットに手を入れて、今年の夏に貰った鍵を取る。 ──そう言えば、これを渡されるとき、夜中に勝手には言ってくるなよ。とか、梓に言われたっけ…。 因みに、俺が来ることはみんなには話していない。おどかしたかったのだ。 ──みんな、どんな顔をするかな…。 俺はそう考え一人苦笑すると、鍵を開けた。 ──れ? いざ門を開けようと言うところで、俺は難問にぶち当たった。 ──しまった!雪が詰まってるんだ。 さてどうしようか…。俺はしばらく思案した。そして、 ──やっぱり、此処は鬼になるしかねえよなぁ…。 そう呟いて、鬼の力を少し解放する。こう言うときだけ、この血にも感謝したくなる。 ──でも、楓ちゃんには見つかるかなぁ…。 門を開け、そして閉めると、俺はうきうきしながら三和土を渡った。 引き戸の鍵を開けて、そして音もなく開ける。 …思わず、笑いがこみ上げた。 中にはいると、居間から明かりが漏れていた。 引き戸を閉め、靴を脱いで家の中にあがる。小さく「御邪魔しまーす」を忘れない。 そして居間の前まできて、息を思いっきり吸い込む。 「メリークリスマスっ!」 俺は、居間に飛び込みながらそう叫んだ。 「え!?」 「な!?」 「………」 千鶴さんと梓が驚いて振り向く。楓ちゃんは、やはりバレてしまったのかあまり驚いていない。 それにしても、気持ちがいいほど驚いてくれたな、二人。 「メリークリスマス」 俺は、二人を落ち着かせる意味でも、そう言った。 「こ…耕一さん」 おどかさないで下さい…。そんな表情で、千鶴さんがいった。 俺は笑って、 「ご免ご免。おどかしたかったから」 と、捉え方によってはかなり図々しいことを言った。 「…来るなら来るって言えよな…。何にも用意していないよ」 梓が、まだ目を丸く開けたまま言った。 俺は、軽く笑いながら、 「だから、おどかしたかったんだよっ」 と、さっきと大体同じことを言う。それから楓ちゃんを見て、 「やっぱり気がついた?」 と、訊いた。 「…はい」 楓ちゃんは、顔に少し笑みを浮かべて答えた。 「え?え?え?どういうことなんです?」 千鶴さんの混乱した口調。俺は、敢えて「秘密〜」と言った。 「それよか…」 俺は、そう言いながらバッグをまさぐった。 「ん?どうしたのカニ?」 面白そうにそれをのぞき込む梓、俺はまた含み笑いしながら、それを取り出した。 「…ほらっ、プレゼント!」 またしても驚く千鶴さんと梓。ちょっと大袈裟だぞ。 「だからー。クリスマスじゃない」 「でも…。私たちは何も…」 千鶴さんが、申し訳なさそうに言う。 「別に良いって。俺が何も言わなかったのがいけないんだから」 俺は、苦笑気味に答え、千鶴さんにプレゼントを渡す。 それから、梓、楓ちゃんに順番にプレゼントを渡す…って、ええ? 「あれ?初音ちゃんは?」 俺は思わずそう言っていた。 答えたのは、楓ちゃんだった。 「…初音は、確か友達の所に言ったと思います…」 俺は、絶句し、それから時計を見た。 九時四十分。 「そう言えば、初音遅いわねぇ」 千鶴さんが、思い出したように呟き、そして、 「耕一さん…。あの、悪いのですが、迎えに行っていただけませんか?まあ、怪我の心配はないのですけど…」 申し訳なさそうに俺に言った。勿論俺は、二つ返事だ。 「うん、言ってくるよ。ええと、その人の家の方向は…」 そして吹く冷たい風。…誰も、その人の家を知らなかったのだ。 仕方無しに、俺は言った。 「…偶然ねらいでいってきます」 相変わらず、白い雪が降っている。 灰色の空から降ってくる雪を見ていると、何だか引き込まれそうになってくるのを感じた。 注意を下に向ける。ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。雪が踏まれる音がしている。 また上を向いた。そして、俺は酷く簡単なことを思った。 ──そうか、降っているんじゃなくて、舞っているんだな…。 そして、視線を正面に戻す。そして俺は、歩く足を止めた。 少し離れたところに、やはり同じように止まっている初音ちゃんがいた。 ──白い・聖夜か…。 人が神を崇拝する気持ちが、俺にも少しだけ分かった。 「初音ちゃん…」 俺は、微笑みながら言った。 初音ちゃんは困惑しながら、 「え…?お兄ちゃん…?あれ、わたし夢…見てるのかな…?」 と、呟いた。 「夢なんかじゃないって。俺は本物だよ」 少し力強く、俺は言った。 「本当?」 まだ少し懐疑的だが、それでも表情は嬉しそうだった。 俺は、ゆっくりと初音ちゃんに近づき、そして初音ちゃんの頭に手を置く。 「本当だって…。俺が嘘ついたって仕方がないだろ?」 「そっか…。そうだよね…。でも、どうして?」 「…今日はクリスマスでしょうに」 俺がそう言うと、初音ちゃんはにっこりと笑って頷いた。 俺達は、のんびりと家路につく。さっき自宅に向かっていたときとは大違いだ。 …それに、俺達は意図してゆっくりと歩いていた。 互いに、言いたいことがあるのだ…。少なくとも、俺はそうなのだ。 人前では抵抗のある一言…。 そのうちに、柏木家の門が見えてきた。 俺は自問する。 ──どうするんだ?言わないのか? だが、決心が付かない。 もどかしい、酷くもどかしかった。 俺は、立ち止まった。 「どうしたの?」 それに気がついた初音ちゃんは、振り返ると心配そうな顔で言った。 俺は、静かに言った。 「いや…。プレゼント忘れてて」 本当は、もっと違うことを言うつもりだったのに、俺はそう言っていた。 ええい!小学生じゃあるまいし。 「ええと…ほら」 俺は、心の葛藤を押さえながらプレゼントを出した。 小さな小箱に納められた、それは──。 「いいの?」 「良いの良いの。遠慮しないで」 「じゃあ、開けても良い?」 「うん、いいよ」 「──あ…」 ──それは、クマの細工のしてある、イヤリングだった。 俺は、恐る恐る訊いた。 「きに──いった?」 すると初音ちゃんは嬉しそうに微笑んで、 「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」 と、元気よく答えた。 …果たして、俺はまだ迷っていた。 ──言うべきか、言わないべきか。 …俺は、首を振ってから溜息をついた。 そして、言った。 「初音ちゃん…。寒く、無い?」 それを訊いた初音ちゃんは、キョトンとして、 「え?別に──」 と、言ったが、俺はそれを遮ってもう一度言った。 「──寒いだろ?」 すると初音ちゃんは、頬を赤らめて頷いた。 俺はそんな初音ちゃんを、黙って抱きしめた。 「本当はさ──」 そして、少ししてから口を開く。 「──プレゼント、もう一つあるんだ」 初音ちゃんは、え?といいながら俺の方を向く。 「…大体…解るだろ?」 俺は、少し気恥ずかしくなりながら言った。 初音ちゃんもさっきより赤くなって、 「うん」 と、返事をする。 俺は、微笑みを絶やさないようにしながら初音ちゃんに顔を近づけ、 そっと、キスをした。 初音ちゃんの唇は──リップの所為だろうか?──少し苦かった。 人はよく、愛情に言葉や行為なんて不必要だという。 だけど、俺はそれが間違っているように感じる。 なぜなら、何らかの形で愛を表現しなければ、人は不安になってしまうのだ。 自分も相手も、本当にこれが愛なのか、解らなくなってしまうのだ。 俺は、初音ちゃんからゆっくり、名残惜しそうに唇を話した。 「ふぁ…」 「ふぅ」 ふっと、二人の吐息が漏れて、互いの顔にかかる。 俺は、照れくさいのを必死に我慢して、初音ちゃんを抱き上げた。そして──。 「メリークリスマス!初音ちゃん!」 … 了 … ------------------------------------------------------------------------------------------ 今回は、僕のデビュー作です。 初書きは四五時間かかり、今回も三時間ほどかかりました。 今のところ、三番目に愛着のあるお話です。 可愛い初音ちゃんを描けていれば、幸いです。 でわでわ・・・