マーマレード・キス(改稿版) 投稿者:ゆき
 チャイムが鳴り、委員長が起立と呟き、生徒がウダウダと立ち上がる。
 全員が立ち上がるのを確認した委員長は、説得力に欠ける声で礼という。全員が、やはり面倒そうに続く。
 そして、生徒が顔を上げ始めたところで教師が礼をし、きびきびとした調子で教室から出ていった。
──今日という学校での一日が、これで終了したわけである。

 僕は、気怠い調子で再び席に着いた。
 世界に色が戻った今でさえ、学校生活はくだらないままだ。
 ただ、前と違うのは、結局自分の反抗でしかないということを理解しているところだろうか。
 そして、想うことができる女性を見つけたことだろうか…。
 僕は、そう思いながら窓から外を覗いた。
 たくさんの同じ格好をした生徒が、帰路に着こうとしている。
 気持ちが良いほど晴れ渡った空のもと、同じように歩いている。
 …昔なら、ここでゴミのようだとか思ったのだろうが…。今なら分かる、一人一人に、確かな生命があるのが。

 僕は、自然と「二人」の姿を探していた。
 月島さんと瑠璃子さんだ。
──いつも、僕はこうやって二人を捜し、仲睦まじい二人を見てから帰路に着く。
 わざわざ心に凝りを作ってから帰ろうとする。
 それは、自分の気持ちを抑える為なのだろうか…?
 
 そんなことを考えつつも、僕は二人を捜していた。
 少し見回して、月島さんを見つける。…そこで、僕は少し驚いた。
 月島さんは、一人で家路についていた。
 誰かを待っているという様子もなく、かといって急いでいるわけでもない。
 至極普通に、──強いて言えば少し寂しそうに──歩いていた。
 僕は、何だか釈然としない思いで席から立ち上がった。
──何なんだろう…?
 僕は俯いて歩きながらそう考える。
 休んだにしては月島さんが落ち着いているし…。
 喧嘩をするわけがないし…。
 約束でもあったのだろ──!?
 そのときだった。
 前を確認していなかった所為だろう、僕は、ちょうどドアのところで人とぶつかった。
「ごっ、ゴメンっ、だいじょう──」
 僕は、慌てて謝ってからおそるおそる顔を上げた──!
 なんと、そこにいたのは──。
「…だめだよ長瀬ちゃん。前はちゃんと見てないと」
──すぐにでもあたりにとけ込めそうな透明な人(しかしそれは、存在感がないのとは違う)──瑠璃子さんだった。
 僕は驚いていった。
「え?ど、どうしてここに…?」
 すると、瑠璃子さんは気持ち微笑みながら、
「長瀬ちゃんに会いたいな…と思ったの」
 そんなことを言った。
「僕に…?」
 僕は少し嬉しく、少し心配な気持ちになってそう呟いたが、瑠璃子さんはそれを無視するように、
「長瀬ちゃんも、会いたいな…と思ったでしょう?」
 と、やはり気持ち楽しそうに言った。
「そうか…晴れた日は、よく届くんだったね…」
 僕の科白を聴いた瑠璃子さんは、そうだよ…と静かに言った。
「…良いの──?」
 僕は、何だかうしろめたい気分になりながらそう言った。
 …果たして、僕のこの困惑は、瑠璃子さんに伝わっているのだろうか…。瑠璃子さんはこう答えた。
「…長瀬ちゃん。一緒に帰ろう」
 全てを答えないことによって肯定したのだろうか。
 僕には分からない、でも、少なくとも一つの事実がある。
──今日は、瑠璃子さんと帰ることが、彼女の近くにいることができるのだ。

 僕らが学校を出る頃には、もうあまり人がいなくなっていた。
 ゆっくりと歩く僕ら。二人ともあまり話さないけれど、互いの心が伝わってくるから、寂しくはならない。
 こういうときだけは、この能力にも感謝ができる…僕はそう思って、瑠璃子さんに微笑んだ。
 彼女もまた、無表情な中に笑みを作った。

 商店街のアーケードが見えてきたときだった。
 急に、雨が降り出した。それも、かなりの勢いだ。
 僕は、瑠璃子さんの冷たいながらも精神的な温もりのある手をしっかりと握ると、思いっきり駆け出した。

 …が、それでもかなり濡れてしまった。
 さっきまではあんなに…。自然と電波が伝わるほどに晴れ渡っていたというのに…。僕はそう思うと、唇をかんだ。
「…雨、楽しいね」
 横で、瑠璃子さんが楽しそうに呟いた。僕は苦笑しながら、
「でも、電波は届かない」
 と呟く。それが聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないただ、
「…近くにいれば、平気だよ」
 彼女はそう囁くように言った。
「しかし──」
 僕は身体を見回して言った。
「──結構濡れちゃったね」
「…そうだね。でも、洗濯機の中で濡れちゃうから、同じだよ」
 彼女は無垢な笑みを浮かべてそう言うと、濡れた髪をかき上げた。
 僕には、その仕草がとても──綺麗に…違う、可愛く?それも違う、そうかセクシー…いや──SEXYに見えた。
 そう思ったとたん、僕の中に喩えようのない感情がわき上がった。
 そして、人目も憚らずに彼女を抱きしめる。
 すれ違う人たちが笑いながら僕らを見ていたが、僕の感情は、そんなことでは止まらなかった。
「ゴメン、瑠璃子さん──」
 僕は、謝りながら更にきつく抱きしめた。
 彼女が苦しいのは予想が付く、でも、でも僕は──。
「…長瀬ちゃん、哀しそうだよ」
 瑠璃子さんが、静かにそんなことを言った。
 僕は、首を振った。
──違うんだよ瑠璃子さん、僕──。
「──辛いんだ、嫉妬しているのが」
 月島さんに嫉妬しているのが。
 …嫉妬、そんな言葉は、瑠璃子さんに似合わない気がした。
 そんな言葉を瑠璃子さんに押しつけて、どうするのだ。
 それでも僕は、何も言わずに彼女を抱きしめていた。
 抱きしめ、抱きしめ、抱きしめ…。
「…助けてあげるよ」
 瑠璃子さんが、急にそんなことを呟いた。
 僕が驚いて顔を上げると、彼女は僕から少し身体を離し、そして──。
 そっと、僕に唇を重ねてきた。
 瑠璃子さんの唇は、甘く、そして少しにがかった。それはまるで──。
 ──マーマレード・キス。

 その口づけを味わいながら、僕は感じていた。
 僕の中の「嫉妬心」が、静かに溶けていくのを──。
                            <終>
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 僕の一番気に入っているお話です。
 取り敢えずなんか書きたかったので、「改稿版」にしてみました。
 かなり迷惑なゆきでしたぁ…。

でわでわ・・・(後ろで暴力団…もとい、親が睨んでるよぉー)