「復権への道」 投稿者:もりた とおる 投稿日:8月23日(土)01時44分
「ヘイ、ソーイチ!」エディがコーヒーを運んできた。
「この店には美人のウエイトレスがいると聞いて、楽しみにして来てみたんだが、どうやらガセだったらしい」吐き捨てるように言う。エディの眼を見ながら。
いや、本当はいる。美人のウエイトレスが。リサ=ヴィクセンと言う名のとびっきりの金髪美女が。
これはエディの嫌がらせだ、畜生。きっと俺が美女三人と同居しているのが気に入らないんだろう。僻むとはみっともない。
「ヘッ!ちょっと前は目茶目茶コーハだったナスティボーイが少し女っ気ある中に身を投じたらすっかり色ボケかよ、みっともねえ」だが、エディの切り返しは痛烈だった。実際その通りだと思うから否定できねえ。
「悪かったな」置かれたコーヒーをそのまま何も入れずに一気に煽る。ほどよい苦味が口中に広がる………くそ、やってくれる。エディ特製の煮詰めたブラックだ。俺がだれた時に必ず飲まされる文字通りエディ特製の「薬」だ。口中が苦味に占拠された。
「お代わりはいかがしますか?お客さん」悪戯小僧の微笑み、くそ。
「もらおうかな。シュガーポットも持ってきてくれ」口の中が気持ちわりい。
「かしこまりました、どうぞ」言うなり目の前にシュガーポットと湯気を立てたコーヒーが置かれた。何のことはない、今この店にいる客は俺だけで、エディはコーヒーカップを二つ持っていた。その事実に気付いていれば、最初の一杯がどんなものなのか、容易に想像出来たはずだ。確かに今の俺、たるんでいる。
「マスター、悪いけどもう一杯頼む。ついでにこいつ、下げちゃってくれ」シュガーポットを取り上げる。
「OK!とびっきりを飲ませてやるぜナスティボーイ!」エディの極上の笑み、くそ、これがリサだったらって、こういう考えがいかん。水で少し味覚を安定させてからコーヒーを煽る。今度は味わいながら。
美味い。さすがに「本物がわかる」皐月お気に入りの店の出すコーヒーだ。
「お待たせしましたお客様。コーヒーお持ちいたしました」
二度目の空になったコーヒーカップの横に、三杯目のコーヒーが置かれた。置いたその手は、さっきまでの黒くてごっつい、その癖繊細な動きを可能にする手じゃない。あくまでも優雅でしなやかな、美味しそうな手だった。
「……いるなら最初から君が持って来てくれればよかったのに」呟く俺にリサは艶然と微笑んだ。
「私もそうしたかったんだけどね、エディが目を剥いて「俺が運ぶ!」って言うものだから。彼は彼なりにあなたに喝を入れようとしたのよ。理解してあげて」
と、いうことは……目が自然と細まった。
「仕事よ、ナスティボーイ」唇を軽く吊り上げ、相棒が言う。
「了解。屋根裏で話を聞こうか」立ち上がる。




「それで、わたしたちにも任務があると?」
「あって当然でしょ!宗一!」
…………やる気満々だな。二人とも。
リサとエディにミッションの話を聞いた後、俺はその話を家に持って帰った。そう、俺を支えてくれる大切なパートナーの下に。エディとの打ち合わせが残っているんで、リサはまだ戻っていない。
「とりあえず手助けは必要だと思う。俺だけじゃ、どうにもならないことだからな」素直に本音を言う。冗談抜きで今回のミッションは俺の手に余る。ゆかりや皐月の力はどうしても借りたいところだ。勿論今ここにいないリサも含めて。
「よっしゃ!この皐月様に任せなさい!完璧にあんたの希望通りにこなしてみせるから!」
「わ、わたしだって頑張るよ!わたしが出来ることならなんでもするから!」
「負けないからね!」「わたしだって!」

ばちばちばち、弾ける火花。
すごいぜ恋する乙女たち。
そして、その火花の大元が俺であることの、この優越感、くうううっっ、もてる男は辛いねえ。
「と、とにかく頼りにしてるよ、二人とも」

「「お任せあれ!」」

気合い十分情報不十分。大丈夫だろうか。気合いだけはかなりなものではあるのだが。
「期待してる」
「あら?私には期待してくれないの?」
ぴたりとへばりつき、背後から声をかけられた。俺すら気付かない恐ろしさ。
「一番期待してる」火花散らす二人に聞こえないように伝えた言葉は紛れもない本音。が、そのままいい雰囲気に持っていけるほど世の中甘くない。
「「そこ!愛情独占供給は条例により禁じられていることを忘れないように!」」
二人の同時攻撃が俺とリサを襲う。
しどろもどろになりそうな俺をやんわりとリサは二人に見えないところで支えてくれつつ、
「あらあら、私のいないところで火花を散らしていて、そういうことを言うのはフェアじゃないと思うけど?」と、冷静に切り返した。
「うっっ………」口篭るゆかり、この辺りは素直で可愛い。
「そっ!そんなのその場にいないアンタが悪い!」この辺りは………これはこれで。
「はいはい」リサはお手上げポーズ。うむ、大人だ。
「とにかく段取りを決めておきましょう…………宗一の指示の下に、ね」
大人の余裕か、リサがそう言うとゆかりも皐月すらもあっさりと折れた。
「うん、そうだね」「宗一の指示なら問題ないわ。ちゃんとフェアにやってくれるから」
「ああ、そこいらは信用してくれ」人望が厚いって素晴らしい。
「「「…………あまり信用出来ないけど」」」
くそ、こいつらみんな意地悪だ。でも言い返せない自分にも問題ありまくり。





「とりあえず俺は外せないから、一つの調べ先ごとにパートナーを代えて調べていこうと思う」
重々しく三人が頷く。
「で?まずは誰が?」ゆかりが聞く。
「あたしでしょ?」皐月が身を乗り出す。
「それとも私?」リサが余裕の表情で。
正直誰でもいいのだが、ここはジャンケン辺りで決めてもらった方が良さそうだ。
リサは調査内容を知っているから文句も出ないだろう。残り二人はフェア好きだからむしろ好都合のはずだ。
「んじゃ、ここは公平にジャンケンで決めてもらうっつーことで」
ゆかりの目が、皐月の目がきらりと輝いた。
リサはやはり余裕を崩さない。
「じゃ、いくわよ」皐月が拳にぐっと力を込める。ゆかりがごくりと生唾を飲み込む。
リサは苦笑している。誰が勝つか、明らかだ。
「せ――――――――――――――――の!じゃ―――――――――――――んけ―――――――――――――ん、ぽ――――――――――――――――――――――――んっ!」

予想通りの結果が目の前に。
「くっっ!」力んだままの勢いで、そのまま拳を突き出した皐月。
「あううう」その皐月の勢いに吊られ、同様に拳を突き出すゆかり。
そんな2人をよく観察しているリサは、微笑みながら俺に広げた手を俺に振っていた。
「ではリサに決定」
「おまかせあれ」大人の笑顔。魅力的ですこの人は。
「意義あり!」「同じく!」
子供2人組が揃って避難の声をあげた。ったく、勝負は勝負だろうに。
まあ、どうしてもというのなら頼んでも構わないのだが、間違いなく嫌がるだろう。
「リサ、譲ってやってもいい?」
「勿論」やっぱり大人だ。笑っている、多分この後の二人の反応を予想しての笑み。
「お!今リサさんは試合放棄をしましたよ?」「よっしゃ!後は一対一だ!」
「いきり立つ2人に今回の任務を説明しよう」俺も笑いを堪えるのに必死。リサと同じ想像をしているから。きっと2人は真っ赤になる。絶対に。そしておろおろする。
「「聞きましょう!」」では言おう。
「今回のミッションは、俺と2人でパソコンショップに赴いて、リストアップした18歳未満プレイ禁止のゲームを買い集めてくることだ。一つの店になければ数軒はしごしてでも全て入手する。そして全てのエンディングを見終えるまでプレイ、全ての作品終了後にレポート作成。以上だ」











時間にして三分。俺の予想通りだった。リサも納得顔、やはり同じ予想だったらしい。となると当然次の予想もつく。二人揃って「なんだそりゃああああああああああ!」それも約二分後。







「「なんだそりゃあああああああああ!」」

あ、俺の予想よりも「あ」が一個少なかった。くそ。




結局一緒に買いに来てくれたのはリサだけだった。涼しい顔でソフトをひょいひょいとかき集めている。これってむしろ同行している俺の方が恥ずかしいかも。


「つまりだな、今回のミッションは、データ収拾と分析だ」
積み上げられたソフトの山、そして置かれたパソコンを前にして言う。
脇にあるノートPCにリサはへばりつき、皐月とゆかりは俺の話を聞いていた。何ともやりきれない表情で。
「具体的には何を?」愚問だゆかり。説明の必要もないだろう。
「それをプレイしまくればいいんでしょ」吐き捨てるように皐月が言う。
「その通りだ。ここにあるソフトを全てプレイして分析を行い、その結果を報告する。それが今回のミッションだ」
リサは真剣な表情でモニタをチェックしている。既に新たなデータ収拾に入ってもらっているからだ。売れ線ソフトと注目タイトルの洗い出し。
「一応聞いておきますが」ゆかりがおずおずと手をあげる。
「どうぞ」
「血湧き肉踊る大活劇は?スリルとサスペンス漂う深夜の探索は?」
「皆無」きっぱり。
「あう…………」ゆかりがへなへなとへたりこむ。
「で、もっと細かく聞きたいんだけど、あたしたちはゲームをやればいいだけ?」それでもやる気に燃えているのもいる。皐月だ。
リサが淡々と俺の手伝いをしているのに対抗心を燃やしているんだろう。
「ああ、プレイして感想を書く。それだけでいい」
「………………本当にそれだけ?」他に何かありそうな言い方をするやつだな。
「それだけだ。それとも何か他に自分の役に立つ可能性がある任務があるとでも?」
こくりと頷く。いや豪快に頷いた。ツインテールが豪快にばさっと跳ねる。
「何だよその任務ってのは」
「だって、これを宗一と一緒にプレイするんでしょ?」
「ああ」
「全部えっちなゲームでしょ?」
「ああ」
「宗一の欲求不満の相手をするという、大事な任務があるじゃないの」
「ああ…………………て待てこら!」
言うに事欠いてなんつーことをのたまうんだこいつわ。
「あっ!確かにそれは重要任務!」へたりこんでいた狸さんまでいきり立つ。いや、立つのは俺、いやそれは漢字が違う、じゃなくて、あーいかん!落ち着け敏腕エージェント!これぐらいでパニクってどうする!
「そんなことを気にする必要は全然ない!」
「あら?てっきり私もそうだと思っていたんだけど?」
背後からこちらを見てにこっと微笑む女狐さん。くそ、ここにも敵がいた、いや、敵じゃない敵じゃない。だから落ち着け那須宗一。
「と、とにかくそういうことは気にしなくてよろしい」
「よろしくない!」「よろしくありません!」「よろしくはないんじゃない?」
三者三様にして同一の返事が速攻で返って来た。
急激に押し寄せてくる文字。頭にどでかく浮かび上がる「選択ミス」という名の固まり。
今更気付いても後の祭り。なるようになるしかない。後は野となれ山となれ。
よくよく考えてみれば俺にとっちゃハーレム状態ではないか。ここは開き直るしかあるまい。
後は女性三人衆におまかせすることにしよう。
「では「陵辱系」をやりたい人挙手!はい!」俺が逡巡している隙をつき、いきなりとんでもないことを言い出す皐月。いーのか最初からそれで。
「はい!」「はい!」
ちと待てい。
「何故陵辱系にそんなに人気が集中?」
「「「だって、宗一が一番興奮するだろうから」」」
はいはいどーせそーですよちくしょー。




結果、見事に割り振られた。感動系、陵辱系、電波系、鬼畜系、等々。三人に満遍なく。
見方も三者三様、冷静を装いつつ、もぞもぞと身体を摺り寄せてくるやつもいれば、冷静に淡々と画面を眺めながら徐々にくっついてくるやつ。
身を乗り出しながら、勢いで押し倒してくるやつ。体力の限界に挑戦して、俺のレポートは最後にまとめることにした。

総プレイタイトル数30。
女の子一人頭プレイノルマ10。
俺が女の子一人頭相手にさせられた回数、40。
生きているのが不思議なぐらいだ。俺は種馬か。
そして三人のレポートを読ませてもらう。申し訳ないがベッドで横になりながら。正直もう動くのも嫌だし。

リサのレポートは的確にまとめられていた。さすがだ。色事に走ってもやることはきっちりとこなしている。

ゆかりのレポートも意外なほどに丁寧にまとめられていた。あんなにきゃーきゃー言っていたのが芝居だったんじゃないかと感じるほどに、女の子らしい視点でレポートが書かれてある。

予想通りというか何というか、酷いのは皐月のレポートだった。さすがに画面そっちのけで俺を押し倒すだけのことはある。俺のことしか書いてないじゃないか。しかも事細かに。顔から火が出ないのが我ながら信じられん。こりゃ使い物にならんなあ。書き直しを命じておくか。


「宗一」そこに皐月がやって来る。ちょうどいい、今言ってしまおう。
「皐月、このレポートなんだけどな」
「あたし、あのレポート失敗だと思う」
へ?
「な、何だよ。自分でもわかってたのか?」
「う、ううん。今気付いたんだけど、あれって肝心のゲームそっちのけで宗一のことしか書いてないこと思い出したのよ」ふむ。
「で?どうしたいと?書き直したいとでも言うつもりか?」
こくん
む、偉い!
「では早速」


「内容を忘れているところがあるから、改めてプレイし直したいの。宗一、もう一度全部付き合ってくれない?」



はい?
「い、今、何て?」
「だからね、もう一度最初の一本目から一緒にプレイして欲しいの。ちゃんとしたものを書きたいから。ね、いいでしょ?」
目が真剣だ。本気だというのはわかる。それが狙いから生まれたことではないということも。
しかし、しかしだ。
もしそれを認めてしまったらその後どうなるのか、ものすごくわかってしまうのだが。


「宗一君!わたし、あのレポートにちょっと不満があるの。もう一度やり直したいから最初から付き合ってくれる?」


「宗一。皐月とゆかりに手直しの許可を与えておいて私には許可を出せないというの?それはフェアじゃないと思うわ」



…………エディにスペシャルスタミナ強化コーヒーでも作ってもらわないと俺、腹上死するかもしれん…………




「で、どうにかレポートは完成したというわけか。ご苦労さん」
「ああ」まるで干物のようになってはいるが、どうにか生きている俺。気を使ってくれた皐月が精のつく料理たらふく食わせてくれたから、なんとかなっているという感じだが。
「頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」
「オーケイ。大丈夫だよ。これがアドレスだ。直接行ってきな。向こうさんもソーイチの意見、直接聞いておきたいだろうしな」
さすがエディだ。俺の言いたいことをよくわかっている。
俺はクライアントに会いたい。
こんなしょうもねえ依頼をしたクライアントに。この年にして赤い珠出るんじゃねーかってぐらいの危機に陥れやがったクライアントに!
「熱くなるなよ、ソーイチ」エディは俺の肩をぽんと叩いた。
「そうそう、熱くなってもいい結果は得られないわよ」リサがつやつやの肌を輝かせながらコーヒーを淹れてくれた。幸せオーラを全身から発散させて。つか、俺の精気をかなり吸い取ってくれたから当然なんだけど。
「リサも来るかい?」一応誘う。
「遠慮しておくわ。また2人に「抜け駆けだ」って怒られるから」
ありそうだ、いや絶対ある。
「よし、んじゃ俺一人で行ってくるわ」立ち上がる。
「その前にコーヒー飲んで、私のスペシャルブレンドなのよ」
ああ、まったくもう…………その笑顔で頼まれたら断れる男はいないっての。
「これ飲んでからにするわ」座り直す。リサが嬉しそうに微笑んだ。
「ケッ、色ボケ小僧が」エディの愚痴は聞こえない。




「そんなわけで、これが報告書。報酬は指定の口座に振り込んどいてください」
「毎度おーきにご苦労さん」
大阪商人の見本みたいな挨拶をされ、俺は喫茶店から出た。
が、ここからが本番。さりげなく隠れ、クライアントが店を出るのを待つ。
そして後をつけ、探るのだ。何のためにこんなミッションを押し付けたのかを。
別にどうこうしようとは思わないが、ただ純粋に知りたかった。こんなに気持ちの良い……もとい過酷な付加のついたミッションを行った顛末を。
まあ、少しぐらいはこういう動きもしないと、身体が訛るというのもあるんだけど。
危機感まるでないからあまり役には立たんか。まあとにかく後をつけよう。

男が入っていったのはビル。ここは……ゲーム会社。
なるほど、わかった。一応確認するために中に潜り込む。俺たちのやってきたことが役に立ったかも含めて、どんなことをするのか気になるからだ。




クライアントが入ったのは緊張感漂う部屋だった。
大きなテーブルとホワイトボードがある、会議室といった感じの部屋。そこに数名の男がいる。
スーツ姿は一人もいない。どいつもこいつもくたびれたシャツを着ていて、眼は半分死んでいた。
教科書に出て来るような「典型的会社寝泊り型プログラマー」だ。気の毒な……
一人上座に座っている男、あれは多分プロデューサーか社長といったところか。一人だけ比較的まともな格好をしている。ちなみにこれなら普通に潜入しても何の問題もないと踏み、俺は掃除のあんちゃんの格好で邪魔にならないように片隅で掃除をしている。文句も出ないし叩き出されもしない。ありがたいんだか面白みがなくてつまらないんだか。
「ほな、見せてみ」
社長っぽい男がクライアントに手を出す。
「急がないと今期中に出来上がらんのやで」
「は、はい。こ、これですわ」
おずおずと俺が渡した封筒を手渡す。僅かに手が震えている。
このクライアント、実はここに来るまでに一度自分の机らしきところで俺たちのレポートに目を通していて、その時えらい深いため息をついていたんだが、それに関係あるんだろうか。
「………………………」
社長風の男は無言で睨みつけるかのような勢いでレポートを読む。その脇で竦み上がっているクライアント。他の連中はその様子を…………黙って見ていないで寝ていた。ああ、寝てないんだろうなこの人たち。眠気が限界に達すると静かな場所ではどうにもならないからなあ。同情します。
最後まで目を通し、静かにレポートを封筒に戻し、それを豪快にクライアントに叩き付けた。
「なんじゃこりゃああああああああ!」怒号。
転寝していた連中がそれでものんびりと目を覚ます。怒鳴り声程度じゃ即座に反応できないところにまで追い込まれているんだねえ。
「す、すんまへん!」クライアントが深々と頭を下げた。
俺としてはまあこんなもんだと思っている。確かにあんな思いまでして作ったレポートを叩きつけられたんだからむかつきもするが、こればっかりはしょうがない。ずれってのは確実にある。ましてや俺にチョクじゃなくエディを通してだ。修正も出来なかったわけだから。
「低予算で上げろ言う命令を果たしたのは誉めたってもええけど、これなんやねん!」
低予算、まあ低予算には違いないか。危険手当が含まれていなかったし。実際使ったのはゲーム代と俺のスタミナドリンクぐらいだったし。
「2ちゃんの注目スレと売れ線のソフトをやりこんでの報告とこれのどこが違うねん?そんなもんこないだ全社員でやったことと同じやんけこのタコ!」
「す、すんまへんすんまへん!」
なるほど。さっきの溜息はそれが原因か。でも俺たちはそんなこと知ったこっちゃない。与えられた条件の中でベストは尽した。赤い珠出そうになるぐらいに。
というか、腹が立つ部分も間違いなくあるんだが、あのプログラマー連中を見ていると気の毒でとても怒れない。ましてや俺たちがやったことをやったわけだろ?さすがに俺の死ぬ思いまでは絶対していないとはいえ。
「役に立つかもしれんことは「ボーイズゲー」も必要かもしれない、程度やないかい!それかて女衆が言うとったやないか!」
俺以外にプレイしたのって女三人だし。それは仕方ないんじゃないか?
「と、いうわけで…………わかっとるわな?」その言葉と同時に、ゆっくりと他の連中も立ち上がる。
そして社長風の男は部屋に鍵をかけた。
「え。ええ……そ、そんな…しゃあないやないですか!予算にも限度あったし」
「予算の限度は考慮したうえで「任せてください!絶対に大丈夫です」言うたのは君ちゃうん?」
クライアントは包囲されていた。徐々にその輪も狭められていく。
「で、でも……これ僕の責任やないやないですか!だって予算にも限度あったし!」
そればっかりだな。人間追い込まれると一番気にしていることを連呼するらしいけど。確かにもう少しくれれば他にもやりようがあったけどな。人気あるところに潜り込んで企画書拝見とか。だがあの予算じゃそこまではなあ………
その時、社長風の男の目がすーっと細められた。
「お前、俺が何にも知らんとでも思っとんのか?」
ぎくり。そんな擬音を嵌めたくなるようなぐらいにわかりやすく、クライアントの背が伸びた。
「ななななななんのことです?」
目茶目茶怪しい。汗が滝のように流れている。包囲の輪は着実に狭められている。
「知っているんだよ?」今まで関西弁だったのが急に東京弁になった。口調も優しくなっている。
それが恐さを倍増させる、クライアントは竦みあがった。
「我々が必死になって企画を練っている間、そしてレポートの製作者が必死になってゲームをプレイしまくっている間、君は予算の大半を使って豪遊していたってことを、ね。僕の行きつけの店のお姉ちゃんが教えてくれたんだ」
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!」
…………同情の余地なし、だな。
「ほな、そういうわけで、覚悟は出来たいうことで」
ぱきり。ぱきり。骨を鳴らす各人。まるで演奏会のように。
「そ、そんな……僕は単に皆さんが苦労しているから、その分僕が代わりに休んであげようと思っただけやのに……」




「「「「「「「「「「「「「エイジ!」」」」」」」」」」」」」」




集団タコ殴り。こりゃどさくさに紛れて加わっても誰も気付かんだろ。





俺は少しだけ痛む拳に息を吹きかけながら、廃人の集うゲーム会社を後にした。




その後で発売された新作は、それなりに結果を出したようだがブームを起こすまでには至らなかった。
復権への道はまだ遠そうだな。





おしまい



=====================================


でも市場価格が落ち着いているのが証明するように、良作ではありました。
もう少し広がっていって欲しいんですけどねえ。

「天使12月」と「TH2」の間に新作は入るんでしょうかしら。