Penumbra 2059:2 Strange Confession 投稿者:水方 投稿日:3月2日(金)19時45分
===== はじめに =============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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☆Major Act.1:Decision of live.

 あれから、五時間。
 つかの間を共に過ごした女性は、とても強かった。
 格闘の技量だけでなく、その精神も。
 そして、まぶしく思えた。
 祐介が直視できないほど。
 それがうらやましかったのか、祐介は別れる直前まで彼女相手にいろいろと言葉を
費やした。
 とりとめもない内容。
 他愛のないやりとり。
 彼女は決して饒舌だったわけではないが、紡ぎだされた言葉には常に彼女自身の思
いがこめられていた。
 だから、祐介はこの世界に戻ることができた。
 虚無の洞でさまよっていた、祐介自身を取り戻して。
 ビルとビルとの間から、太陽が厚い雲を赤紫色に染め出した頃、祐介は伏し目がち
な顔を持ち上げ、鍔広のキャップを被った彼女のほうに向き直った。
「じゃ、ここで」
 そして祐介はおずおずと右手を差し出す。
 彼女は無言で祐介の手を取り、堅く握手をかわした。
 キャップの鍔から大きな眼がこぼれる。
「しっかり進んでいけよ」
 視線は祐介の顔を動かない。
「――ありがとう」
 彼女には到底及ばないものの、それでも精一杯の力をこめて、祐介は彼女の手を握
り、静かな波のように三度、腕を振った。
 そして、きっぱりと手を放して彼女と別れ、街灯が未だ消えぬ表通りを歩きだした。


 祐介の姿がビルのすき間に吸い込まれるまで、彼女――坂下好恵は眼を逸らすこと
はなかった。


 メイン・ストリートから一本離れたところにある、煉瓦色の頑丈そうな建物。
 KSD(来栖川警備保障)のロゴを見上げてから、祐介は建物の中に歩を進めた。
 そして窓口を通りすぎ、一番最初に出会った制服警官に声をかける。

「――人を、殺しました」

 そう言われて、栗毛の警官が動きを止めた。
 背は自分よりも少し高いぐらいの、小柄な男だった。おまけに童顔である。
 目を一、二度しばたかせながら、それでもその警官は祐介の腕を取った。
「とりあえず、奥で事情を聞こうか」
 かすかに固く、そして痛い。
 生身の腕では、なさそうだった。


■Penumbra - Leaf world in 2059 -□
Section 2:Strange Confession.


☆Major Act.2:In the 7th labo.

「あ〜あ、フレーム、がったがただねぇ」
 白衣姿の長瀬源五郎はそう言って、好恵から灰色の細い棒――スタン・ロッドを
受け取るや、ため息をついた。
「埠頭のコンクリに突き立てたから」
「よっぽど高く飛んだんですね」
「見ただけで、そこまでわかるのか?」
「先端がひしゃげているし、外装のひび割れも垂直方向への瞬圧を物語っています」
「壊して悪かった」
 好恵はそこで、ぺこり、と頭を下げた。
「SMGの銃弾を避けるのに、上しか逃げ場がなかったんだ」
「あ、気にしないでください」
 長瀬の顔は相変わらず柔らかい。
「実戦データの収集には、つきものです」
「データと言えば、あのドローン(無人機)はそっちに着いたか?」
「あなたが来る少し前に、下から報告がありました」
 スタン・ロッドを手近な台の上に置き、二歩ほど好恵との間を詰める。
「『スポッター』は、無事に『マザー』の元に帰ったそうです」
「そりゃ良かった」
「あなたが海に沈めた『ランチボックス』も、回収にあたっています――悪用される
前に取り戻せて、助かりました」


 好恵は長瀬からの依頼を受けて、来栖川の重工業部門から盗まれたトラックを探し
ていた。
 JISAM(日本帝国陸軍)から発注を受けテスト中だった、最新型ドローン展開
/運用システム『パンドラ』を積んだ大型トラック。
 極秘を要する依頼に、好恵はたった一人であたり、今からちょうど6時間前にあっ
さりとそのトラックを取り戻した。
 もっとも、逃げ出す途中で警報機に引っかかり、トラックを盗み出したゴーギャン
グの奴らから追われるはめとなったのだが。
 そして、その途中で出くわした、虚無からなる少年。
 長瀬祐介。
 奇しくも目の前にいる研究副部長と同じ姓を持つその少年に対し、放っておけない
気持ちになった好恵は、彼を連れて逃げた。
 手はずどおりトラックを海に叩き込み、追ってくるゴーギャングを撃退して、二人
は水上バイクで離れた岸壁に下りた。
 バイクを捨て、堤防沿いの路肩を歩きながら、祐介は淡々と語りだした。
 しばらくは祐介の語るに任せていた好恵だったが、そのうち妙な気分に囚われた。

 ――こいつは、自分から生きようとしていない。

「何故だ?」
 その言葉をきっかけに、好恵はその理由を知ることとなった。
 祐介には大事な女性がいたこと。
 生きる希望を与えてくれたその女性が、月島瑠璃子という名であること。
 彼女には兄がいて、妹を守るためには何でもしたこと。
 そして――

 「こうするしか――なかった、んだ」

 ――兄が、その妹をナイフで刺したこと。

 「――違う」

 祐介が、その兄をナイフで貫いたことを。

「死にたいか?」
 低いつぶやきが、夜の闇を打った。
 祐介は、かすかに首を動かす。
「……もう、怖くないですから」
 目線を道に据えたまま、祐介は抑揚のない調子で述べた。

「じゃ、死んでしまえ」
 われ知らず、好恵は強い口調で言った。
 祐介がはっ、と顔を持ち上げる。
「だけどな、私の見ていないところで死んでくれ」
「僕が、弱虫だから?」
「違う」
 そこで好恵は歩みを止め、祐介の肩に手を置いた。
「自分の弱さに立ち向かわずに、自分の道を進んでないからだ」
 その手に力がこもる。
「逃げるなとは言わない。弱虫は悪いことじゃないが――弱いのを理由にして、ただ
生きているヤツ、私は嫌いだ」


 ふいに、肩に手が置かれる。
「お疲れですか?」
 目の前には長瀬がいる。
 ただし、眼鏡をかけた来栖川の研究副部長のほうだが。
「あ、いや……今日は昼から本業なんだ」
「それは引き止めてしまって申し訳ない――では、これを」
 長瀬は白いプラスティック棒――クレッドスティックを差し出した。
 ジャンパーの胸ポケットにしまい込んだ自分のクレッドスティックに、ちくわ状の
エクスチェンジャーを差し、長瀬のクレッドをもう一方に刺して右にひねる。
 それだけの操作で、好恵のアカウント(与信口座)の値が数千新円増える。
 金額を使いきったらそれっきりの支払い保証済みクレッドスティックでは、こんな
ことは出来ない。このへんはSINer(市民)ならではだ。
「ありがたい。これで千紗ちーに『お返し』ができる」
 そこで初めて、好恵の顔から白い歯がこぼれた。


★Minor Act.1:Affair of a dark night.

「それで?」
 琴音は小首を傾げて、運転席のほうを見やる。
「おかしな話だけどね、彼が言うその場所に、死体は無かった」
 ウエストウインドの深いバケットに収まる雅史は、真剣な眼差しを琴音に向けた。
「死体はおろか、血糊も何も」
「……それで、私を?」
 琴音は少しむくれて、雅史からぷい、と視線を外した。
「物証が無い以上拘束もできない。今のところは任意で事情聴取だし、まだしばらく
外に出せないけど……いま、うちの魔術師、みんな出払っていてね」
「知っています」
 そっぽを向いたまま、言葉だけウィンドウにぶつける。
「最近、原因不明の失踪事件が多いんですってね」
「仕事で疲れている中、こんな深夜に無理言ってごめんね」
 雅史は琴音の手を取った。
 それだけで、琴音の視線は雅史に引き戻される。
「……『ローマン・ティーク』のイチゴミストジェラート」
「?」
「最近流行のアイス屋さんです」
 琴音の瞳が少しだけ柔らかくなる。
「――それで、手を打ちましょう」
「了解」
 雅史は、ほっと一息つく。
 ウエストウインドは表通りをひた走った。


 車を降りると、途端に寒さに取り囲まれる。
 薄手の合皮コートの前を合わせ、琴音はしばし、身をすくめた。
 雅史がそばに寄り、琴音の肩に手を回す。
 それだけで、琴音の震えが止まった。
 明かり一つ無い廃ビルの中を、雅史が左肩に構えたマグライトを頼りに歩を進める。
 やがて、開けた部屋にたどり着いた。
 雅史から少し離れ、琴音は自分の意識を集中した。
 つかの間だけ意識を身体から離し、アストラル界を覗き込む。
 精神を集中し、周りの気を読もうと試みる。

 …………

「どう?」
「何もありません」
 琴音は首を振った。
「じゃ、何もおかしいことはないのか――」
「いいえ」
 意外なほどきっぱりと、琴音は断言した。
「ネズミ一匹すら、反応ありませんもの。何かおかしいです」
 琴音は雅史のほうを見た。
 二人を浮かび上がらせる明かりも周りにはなく、雅史のアストラルの輝きすら薄い
のにもかかわらず、琴音には雅史の顔がちゃんと目に入っていた。
「……何かこう、自分が壁に取り囲まれているような、そんな感じ」
「そうか――おや?」
 マグライトのスポットで一点が輝いたのに気づき、雅史は足早にそこに近づいた。
 そして屈み込み、注意深く拾い上げる。
「何か、見つけました?」
 琴音が後ろから近づく。
 瞬間、雅史は拳を固めて琴音目がけて素早く振り上げた。
 コートに触れるか触れないか、ギリギリのところで無理やり動きを止める。
 事情を察した琴音は、のけぞろうともしない。
「……ごめんなさい、また、やっちゃいましたね」
 琴音は申し分けなさそうに頭を下げた。
「君のせいじゃない」
 奥底から絞り出すように言うや、雅史は琴音のほうを向いた。
 神経加速反応衝。――強化反射神経(Wired Reflex)等により常人では決して出せ
ない反応速度を叩き出す者があわせて持ってしまう、神経パルスの爆発的な流れによ
る不随意運動。
 それが、雅史のように命を賭けた場に身を置いている場合、さらに悲劇となる。
 後ろに立つ者を、反射的に倒そうとするからだ。
「それよりも、これを見てくれ」
 いつもの調子に声を戻し、雅史は握った拳を広げた。
 手袋で白い掌の中に、赤黒く彩られた半透明のプラスティックがあった。
「この色――血、ですね」
 雅史は静かにうなずいた。


【第2話・終】


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