-Penumbra- Section1:Boy meets Girl. 投稿者:水方 投稿日:11月7日(火)00時32分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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★Prologue

「こうするしか――なかった、んだ」
 ほこりと落書きで埋めつくされたコンクリートの壁に寄りかかり、月島拓也はぶ
つぶつとつぶやいた。
「こうする、しか――」
 さ迷わせる視線の中に、かつて最も憎むべき対象であった長瀬祐介を捉えながら、
うわごとのように繰り返す。
 それが、彼の免罪符であるかのように。
「――違う」
 祐介が一歩近づくと、拓也は持ち上げていた腕をだらりと下げた。
 指の中から、幅広のナイフが滑り落ちる。

 からん、と済んだ音を立ててナイフが床を打った。
 刀身にまとわりつく鮮血が跳ね、祐介のズボンに飛んだ。
 ゆっくりと腰をかがめ、祐介はそのナイフを手に取る。
 そのまま、目線を落とす。
 ぬるく輝く血糊のきらめきが、祐介の意識を静かに落ち着かせた。

 そして、拓也の傍らで、もう動かなくなった瑠璃子の姿を目に焼きつかせる。
 ぺたんと床に座り込み、ぐったりとうなだれる、青い髪の少女。
 腕のブレスレットは壊れ、プラスチックの残骸を張りつかせている。
 月島瑠璃子。
 生きているだけの自分に、はじめて生きる意味を教えてくれた女性。
 長瀬祐介の灰色の世界に、色彩を与えてくれたひと。

 彼女の胸からは鮮血があふれ出ている。
 もう彼女は動かない。

「何が違う。部外者のお前にわかる話じゃない」
 拓也の声に弾かれたように、祐介は頭を持ち上げた。
 涙に濡れる眼差しの奥に、かすかな炎が宿っている。
「――お前なんかに、わかるものか」
 拓也は薄ら笑いを浮かべつつ、寄りかかっていた壁からゆらりと身体を起こす。

 祐介は一気に間合いを詰めた。
 その身体を肩で受け止めるように。
 そして――。

 ぐぅあああぁっ――!

 ――その身体にナイフを突き立てるために。

「いつまでもいっしょだよ」
 拓也は笑っていた。
 全身で笑っていた。
「るりこるりこるりこるりこるりこるりこ……」

 拓也の身体が堅い床に叩きつけられる。
 左腕にはめられたブレスレットが、鈍い音を立てて壊れた。
 瑠璃子とお揃いの腕輪が。


 そして、祐介は走った。
 小雨が粘つく闇の中を。
 心の中にあふれた虚無の中を。

 色あせた世界に、未練など無いのに。

 どれくらい走っただろうか。
 腰までの金網を超えると、祐介は旧国道に降り立った。
 ――もう走る気分じゃない。
 ウィンドブレーカに手を突っ込んだ祐介は、薄暗い街灯だけを頼りに、とぼとぼ
とアスファルトを横切った。
 ふいに、右手から強烈な光が差した。
 ――ああ。
 無気力な眼差しを光に向ける。

 キキィギギイイィー

 まさしく金切り声をあげ、蒼いトラックが巨体を揺らす。
 そして、ひとしきりぶるっと震えたのを最後に停まる。
 立ちつくす祐介との間は、10センチと離れてはいない。
「っぶないじゃねぇか!」
 甲高く上ずった声が、運転席から飛ぶ。
 間を置かずにその身体も地面に降り立ち、つかつかと祐介の前に出る。
「死ぬんだったら他の車相手にしてくれ」
 祐介は頭をもたげた。
 ヘッドライトが逆光となって、運転手の顔までは見えない。
 ただ、わりと背が高く、白っぽいブルゾンとオリーブ色のチノパンをはいている
のはわかった。
「どうした、その血は?」
 祐介は自分の胸元に視線を落とす。
 薄い色のシャツが、どす黒く汚れている。
「これは――」
 後の言葉は轟音で遮られた。
 トラックの向こうから、三つの光点がうなりを上げて近づいてくる。

 Bang!Bang!!

 足元のアスファルトが弾け、熱い塊が二人をかすめる。

「ちっ!」
 短く罵るや、運転手は祐介を抱え、三歩と一飛びで車内へと戻った。
 祐介が驚いたのは、流れるような動作で助手席に放り出されたからではない。
 頭に感じた意外なほど柔らかい塊と、軽く、辛く、控えめな香りのせいだ。
「お……女?」
「女で悪いか」
 言いつつトラックのアクセルを踏み、シフトレバーをトップまで持って行く。
 そこで祐介は初めて運転手の顔を見た。
 鍔広のキャップをかぶった青い髪の女性。
 その視線は堅く、厳しい。
「港まで飛ばす」
 祐介のほうは、ちらとも見ない。
「しっかり捕まっていな」
 祐介がシートベルトを締める間に、ジェット機を連想させるタービン音がうなり
を上げて、中型トラックが常識はずれの加速を出す。
「あなた……リガー?」
 愛車と自分を結線し、自らの身体と化した車を操る、第六世界のカウボーイの姿
が祐介の頭をよぎる。
「違う」
 なるほど彼女からはワイヤー一本たりとも伸びていない。
「それに『あなた』はよせ」
「じゃ、何て呼ぶ?」
 その口調に、どこかしら親しみを覚えて、祐介は再度尋ねた。
「好恵でいい」
 そう言って、運転手――坂下好恵はちら、と祐介の顔を見た。
「坂下好恵」
 厳しい視線に貫かれながらも、祐介はほんの少しだけ口の端を歪めた。
「長瀬祐介です」
 "Kill Trog!!"と派手な塗装をしたヴァンと、大型のバイクが銃火を放ちながら
追いかける中を、トラックはタイヤを軋ませて、街灯に照らされた国道を突っ走る。
 一路、港を目指して。

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 -Penumbra- "Leaf world" in 2059
  Section 1: Boy meets Girl
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 入り口に積まれた木箱を蹴散らし、好恵の運転するトラックは貨物港の埠頭まで
進んだ。
「そろそろ、かな」
 中央のLCDパネルに触れると、赤いサインが点滅した。
"Spotter...ready to run."
 次いで、揺さぶるような振動が後ろから響いた。
 ――何だろう。
 その点滅が終わるのと同時に、好恵はハンドルを右に切った。
 祐介の身体がドアに叩きつけられそうになるほど荒っぽい。
 目の前の埠頭は、海へと一直線に伸びていた。
 大型船でも着床できるような、長く暗い灰色の道。
 しかし、どちらのサイドにもタグボート一つ停まっていない。
 その灰色の道を、トラックは轟然と突き進む。
 あと、50メートル。
「――海に飛び込む気?」
 たまらず、祐介は好恵の顔を覗き込む。
「さあ?」
 相変わらず、好恵の視線は堅い。
 あと、30メートル。
 LCDの赤いサインが、緑に変わった。
"Spotter SHOWTIME!!"
 すかさず好恵がパネルをタップする。
「Action!」
 直後、揺さぶるような振動が甲高いタービン音に変わる。
 そこで好恵はブレーキを踏んだ。
 タイヤのそこかしこから白煙が上がる。
 先ほどまで猛スピードを上げていた巨体が、停まりたくないとだだをこねる。
 ハンドルを必死に押さえこみ、それでも好恵の眼は――。

「行っけ〜!!」
 笑っていた。

 そして、トラックが持ちこたえられず、海へと突っ込み始めたその刹那。

 PashBuuuummmmm------!!

 天板を二つに割ったトラックの荷台から、二枚の垂直尾翼を付けた、小型の飛翔
体が星空へと撃ち出された。
 一秒の間を置かず、二枚の後退翼が飛翔体の腹から迫り出され、さらに加速する。


 ぶるん、とその巨躯を震わせ、トラックは真っ黒い海面に投げ出された。
 後を追いかけたヴァンと、大型のバイクが、相次いで埠頭の端に停まる。
「間抜けなヤツだ」
 パンク姿の太っちょが、ウージーIIIを片手にバイクから降りる。
「死んでるゥ?」
 オレンジと黄色で頭を彩るひょろ長い娘が、ヴァンの中から出てくる。
「たぶんな」
 太っちょは娘のほうを向き、ニッと顔を歪める。
 唇から突き出たクロームの牙が、ヴァンのライトにきらめく。
「さっき、荷台から何か飛び出した」
 ヴァンのエンジンを切り、小柄な男がレーザーサイト付きのイングラムを構えて
ゆっくりと埠頭に足をつける。
「あれに乗っていたとしたら、三秒で五体バラバラだぜ」
 太っちょが小柄男に向かって軽口を叩く。
「ねーねー、アレって何ぁにい?」
 ろれつの回らない調子で、娘は小柄男に肩を置く。
 ぶよぶよの左胸が背中に押しつけられる。
「たぶん――」
 言うが早いか、小柄男はイングラムを海に向かって乱射した。
「!」
「?」
 気でも違ったかといぶかしむ間もなく、黒い影が三人の間に割り込む。
 少し長めの棒を持った、坂下好恵が下から飛び出した。
 一動作でイングラムを跳ね上げられ、棒の端が小柄男のみぞおちに叩き込まれる。
 瞬時に電撃が走り、小柄男は声一つ無く濡れた埠頭に膝を突いた。
「スタン・ロッド!」
 太っちょがヴァンの影に走り込む間に、好恵はチェーンを振り下ろした娘のふと
ころに入り、左の掌底を顎目がけて叩き上げた。
 優に数十センチは身体を飛ばし、娘はそのまま地面に転がる。
 遮蔽を確保し、太っちょがウージーの引き金を引く。

 Ba!Ba!!Ba!!!

 JHP(対人弾)の三点バーストが好恵の身体を穿つ。
 が、その姿はもう太っちょの視界から消えていた。
「上……!」
 満月をバックに、好恵は空から舞い降りた。
 そして、ロッドを地面に突き立てる。
 ――ぐはっ!
 ロッドを支点に強烈な回し蹴りを延髄に食らい、太っちょは銃弾を地面にばらま
きながら意識を失った。


 娘が気がつくころには、好恵とおぼしき影が水上バイクを駆って沖へと出て行っ
ていた。
 距離にして約400メートル。
 ライフルでもない限り届かぬ距離だが、幸いにも月明かりと海の反射のおかげで
目標はたやすく視認できる。
 そう、魔法ならLOS(視線)さえ通っていればいいのだから。
 娘はゆっくりと指を合わせると、柔らかいボールを握りこむかのようにゆらゆら
と指を動かした。
 ――いける!
 精神集中が完成し、娘はありったけの力をこめて右腕を突き出した。
 必殺の《魔力破》(マナボルト)が、好恵めがけてアストラル界を突き進む。
 しかしその呪文は、好恵に命中しなかった。
 ――すり抜けた!?バカな!!
 強烈な反動――呪文をかけた後で襲われる精神疲労(Drain)に意志の力が勝てず、
二撃目を撃つ間もなく、娘は埠頭に崩れ落ちた。


「さっきのアレ、何なの?」
「後で教えてやるさ」
 カワサキ・ストリームスライダーを小器用に操り、祐介を後ろに乗せながら、好
恵はにっこりと微笑んだ。
 自信に満ち、そしてどこか安らぐ、そんな微笑みだった。

【第1話・終】
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 『Penumbra』をお送りします。
 今回の主役は、坂下好恵と長瀬祐介、共にSINner(市民)です。
 そして、『雫』キャラを中心に、2059年の第六世界、ダークな面を描くつもり
です。
 例によって未訳(絶版)サプリメント全開で(爆)書こうと思っていますので、
お楽しみに。

http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm