== はじめに ============================================================== この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の改定ルールで ある"Shadowrun 3rd.EDITION"の世界観を使用しています。 ============================================================================ 事務所を出る琴音の動きを止めたのは、発信者番号非通知のコールだった。 腕時計のパネルを跳ね上げ、リストフォン(携帯電話)を取る。 「はい……」 『姫川さん?神岸と申します、お久しぶりです』 「か――あかりさんですか?」 『はい。実はお願いしたいことがあって……ちょっと付き合ってもらえません?』 二十分後、あかりと琴音の二人は浩之の住むマンションにやってきた。 「琴音ちゃん悪いね。無理言って」 トレーナー姿の浩之が声をかけた。 「お邪魔します〜」 浩之にすすめられるまま、二人ともソファーに腰かける。 「……で、『お願い』ってなんですか?」 「実はね、浩之ちゃんからいきなり聞かれたの」 あかりが切り出した。 「『アストラル世界でのあかりは、どんな姿なんだ』って」 「はぁ?」 琴音は妙に間の抜けた声を返した。 「口で説明しても、浩之ちゃんには今ひとつ伝わらないみたいで」 あかりは軽く頭を掻く。 「だから、姫川さんに描いてもらおうって思ったの」 言ってから、頭一つ琴音に近づいた。 「……いいかな?」 「なんだ、そんな事なんですか」 きょとんとしていた琴音の顔に、柔らかい微笑みが浮かんだ。 「それくらいなら、いいですよ」 「お、じゃぁ頼むよ琴音ちゃん」 浩之も、つられて微笑みを返す。 「知っといて損なことはないから」 ぼそり、と浩之はつぶやいた。 とはいえ、やる事は簡単である。 「じゃあ、お願いしますね」 一言残して、あかりはそのままソファーの背もたれにもたれた。 すぅ、と眼が閉じ、ほんの少し身体が深く沈む。 あかりの意識は、アストラル世界に潜った。 琴音はそれを確認するや、一回瞬きしてから視線を彼方にやる。 現実世界に折り重なるアストラル界をこじあけ垣間見た。 あかりの体のすぐ傍に、金色に輝く犬がいた。 おさげ髪を思わせる二つの房を後ろに流し、脚をぴんと伸ばして立っている。 大柄なアイリッシュ・セッター。 間違いなく、あかりのアストラル体だ。 その姿を隅々まで眺め覚えるや、琴音はちらり、と浩之のほうを見た。 浩之の体を薄く取り巻くように、色とりどりの輝きがちらちらときらめいている。 身体改造をしていない、生の人間の輝き。 そして、その色は好奇心に彩られている。 琴音は視覚をアストラル世界から現実世界に戻した。 そして両手を合わせ、琴音は呪文を紡ぐために集中する。 短いつぶやきの後、琴音の両手に光が宿った。 次いで琴音が両手を広げると、光の珠が広がり、中央に金色の犬の姿が現れた。 「どうです?」 呪文《見世物》(エンターテイメント)を維持しながら、浩之のほうを向く。 「へぇ、凄いもんだな。まるで本物だぜ」 浩之が手を伸ばすと、柔らかい手応えがある。 《見世物》によって形作られたその姿は、驚くほど威圧感があった。 「ううぅん……」 あかりの頭がかすかに振られた。きっとアストラル界から戻ってきたのだろう。 琴音は呪文の維持を解いた。 「あ、浩之ちゃん……どうだった?」 「ああ、さっき見せてもらった。意外に凄かったんだな」 「う?え、そうかな」 ぽんぽんと肩を叩く浩之に、とまどいつつもあかりは恥じらう。 「あんなに金ぴかで大きいとは思わなかった」 「あ、大きさまで再現してくれたんだ」 礼を言おうと琴音のほうを向いたその時、浩之の言葉がかぶった。 「しかし、いくら可愛いとはいえ、2メートル近いスコッチテリアってのは……」 「……姫川さん?」 「ちょっとした悪戯心です」 くすり、と息が漏れてから、琴音は口元に手を当てる。 「え、あの姿じゃないのか?」 浩之はあかりの頭を追いかける。 「姫川さん!」 やられた、と思いつつもあかりが睨むと、 「てへ、ごめんなさい」 琴音はそう言って、ぺろ、と舌先を出した。 「今度はちゃんとしますから、許してくださいね」 そして間を置かずにもう一度《見世物》を唱え、大柄なアイリッシュ・セッター の姿を浮かび出した。 今度こそ、あかりのアストラルでの姿、そのままであった。</P> 「ただいま」 「お帰り、浩之ちゃん……姫川さんは?」 「ちゃんと家まで送り届けてきた」 浩之はそう言って、あかりの横にどすん、と腰を落とす。 「そっちこそ、ちゃんと見たんだろうな?」 「大丈夫、浩之ちゃん」 あかりがそばに近づく。 「姫川さんのアストラル指紋(アストラル・シグネッチャ)、きちんと覚えたよ」 2060年に入って、シムセンス女優・姫川琴音は出演作『闘神伝説エリスン』 で一部のコアなマニアを中心にブレイクを果たした。 大手とは言いがたいプロダクションにこそ所属しているが、マトリクスでの彼女 の人気は目を見張るものがある。 彼女の商品価値が上がったこういう時にこそ、いろいろとつけ狙われやすい。 そこで先手を打って、彼女のアストラル指紋を覚えておき、万一何かあった場合 の手助けとなるようにしたのだ。 もちろん、これは彼女の所属プロであるアローヴィジョンの正式な依頼だ。 もっとも浩之たちに振ったのは、同社マネージャーの一人、日高由希子の個人的 な好意という面がいささか強いが。 「正直助かったぜ」 浩之はそう言って背もたれに深く身体を沈めた。 「あの仕事受けなきゃ、ここの家賃もままならないからな」 「うちに来たら、ご飯ぐらい食べさせてあげるのに」 「ばか」 頭を軽くはたいてから、浩之はあかりの髪の毛を優しくなでた。 『知っといて損なことはないからね』 その言葉の間だけ、浩之の眼差しに影が宿っていた。 それを見逃す、姫川琴音ではない。 「ま、いいか……あかりさんになら」 うんうんと二度うなずき、琴音はトリデオ(3Dテレビ)のスイッチを入れた。 【終】 ------------------------------------------------------------------------- 「とうはとらん Tea Time Tips」では、『東鳩ラン』のキャラクターを使い、 『シャドウラン』世界について不定期に書いて行こうと思います。 済みません、前の作品では嘘書いてしまいました(爆) アストラル指紋が現れるのは、魔法的なテストを行った際(魔法をかけるとか、 アストラル投射をするとか)とか、術者がこめたフォーカスや魔法陣に対してでし た。 つまり、アストラル指紋を見たからといってその対象を探知できるわけではあり ません。(呪文を儀式魔法でかけるのは誘導素材が必要。またウォッチャーは術者 が覚えたイメージで探すためにアストラル指紋は不用) まぁ、覚えといて損な事はない(応用例はまたいつか)ので、手直ししたうえで 再投稿した次第です。 第1回めは「現実世界とアストラル世界の姿の違い」のお話です。 琴音がやった『アストラル知覚』を使えば、現実世界の人間(ここでは浩之)の 身体改造の有無や感情を、アストラルをきらめくオーラを読むことでわかります。 対象のオーラを読む『アセンシング・テスト』で大成功すれば、そのオーラで個 体識別が出来るというわけです。 もちろん、『アストラル投射』をしたあかりにも、琴音や浩之のオーラは見えて います。 琴音が悪戯心を起こしたのは、自身のトーテムであるアライグマ(好奇心の象徴、 盗賊のトーテム)のせいだとお思いください(笑)。 では、感想文句その他、minakami@ky.xaxon.ne.jpまで、お待ちしています。http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm