『揺らぎ』(「競作シリーズその参 水方 VS 犬丸 VS AIAUS」「お題:ネタふりは別の人」) 投稿者:水方 投稿日:6月2日(金)23時48分
(注:このSSは、導入部分をAIAUSさんが出し、それに対して水方がオチをつ
けるという形で書いたものです。
 表現に関しては原文を尊重しておりますので、多少の食い違いはご容赦ください)

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 揺らぎ
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(導入:AIAUS)

 その日の先輩は、何か変だった。

 昼休憩。いつもの中庭のベンチで、先輩は俺を待っていた。
「よっ、先輩! 一緒に昼飯を食べようぜ」
「・・・・・・」
 先輩は嬉しそうな顔をして、コクンとうなずく。
「?? なんか、今日の先輩って、表情が豊かだよな」
 フルフルと先輩は首を横に振る。なんか、焦っているみたいだ。
「そんなことないって? いや、いつもより笑顔がかわいいぜ」
 顔を赤らめて、軽く俺の肩を押しやる先輩。
 ははは、かわい・・・。

「げふーっ!」

 外国人力士の突っ張りのような衝撃を肩に受けた俺は、カタパルトで打ち出される
戦闘機のような勢いで、ベンチからふっとんだ。
 びっくりした顔で、俺を見ている先輩。
「・・・先輩。また、何か新しい薬を試したの?」
 先輩はフルフルと首を横に振る。
 俺は服についた砂を払い落とすと、再び先輩の隣りに座った。
「まあ、いいや。さて、メシにしますか」
 寛容は美徳だしな。俺は気にしないで、奮発して買ったコンビニ弁当を開けること
にした。

パカ。

 俺に合わせるようにして、先輩も同時に蓋を開く。
 ・・・しまった。
 580円のコンビニ弁当と来栖川のシェフが作る弁当が並んじまうじゃねえか。
 いくら、俺の普段の昼飯の三倍の値段がするといっても、そんなもんが横にあった
ら霞んじまうもんなあ・・・。
 身分相応に、焼きそばサンドぐらいにしておけばよかった・・・。

「・・・・・・」
 先輩は興味深そうに、俺のコンビニ弁当を見ている。
「なに? 珍しいの?」
 先輩はうなずく。まあ、そうだよな。セバスの爺さんも結構いい暮らしをしてそう
だし、あの家にいる限りはコンビニ弁当を食べることなんてないか。

 ヒョイ。

 俺がそんなことを考えていると、先輩はいきなりメインディッシュであるハンバー
グを口に入れてしまった。
「あああ・・・それ取られたら、後はゴムみたいなパスタとサラダしか残んねえよぉ
ー」
 声も内容も情けない俺の悲鳴。
 先輩はしばらく考えた後、自分の弁当の中に入っている肉料理を俺の弁当の中に置
いた。
「交換ってこと?」
 コクリと先輩はうなずく。
「それならOK。いや、俺の方が大分、得かな」
 先輩は嬉しそうに笑って、俺の言葉に答えた。
 そんな風にして、俺と先輩はちょっと変わった昼食を楽しんだのだった。


 放課後。
 先輩はクラスの会議があるとかで、俺はそれが終わるのを待っているところ。
「・・・藤田様」
 背中で、声が聞こえる。
「はあ? 誰だよ」
「私でございますぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
 いきなり、耳元で大音声。俺は座っていた机から滑り落ちた。

「フォ、フォ、フォ。まだまだ修行が足りんな、小僧」

 俺を見下ろすようにして笑っているのは、セバスの爺さん。
「なんだよ。また、俺と先輩の邪魔をしにきたのか?」
 不満そうな俺の声に、セバスの爺さんは軽く首を横に振る。
「今日は藤田様に相談したいことがあり、参上したのです」
 小僧と言ったり、「さま」と言ったり、いそがしい爺さんだ。
「実は綾香様のご様子が・・・」

 セバスの爺さんの話を要約すると・・・。

 綾香は昨日の朝から様子がおかしい。
 話しかけると反応はするが、自分から話すことはない。
 試しに悪口を言ってみた若い執事は、殴られて星になった。

 なんか、態度はいつもの先輩みたいだよな。
「また、この前みたいに入れ替わってんじゃねえか?」
「芹香様が大の男を殴り倒すことができるとでも?」
 そう言えば・・・先輩の様子もおかしかったよな。
 なんか、いつもより活発というか・・・。

「なるほど。言われてみれば、思い当たることがございます」
 さすがに執事だけあって、セバスのおっさんも先輩の様子がおかしいと思っていた
ようだ。

「・・・調べてみた方がよろしいでしょうな」
「ああ。また魔術関連だったら、やばいことになるからな」
 セバスのおっさんと俺はうなずき合うと、様子のおかしくなった先輩と綾香の調査
を始めることにした。


(解答:水方)

 オレがしたことは、具体的に言えば三つ。
 図書館のいいんちょに、調べものを一件。
 教室に行き、琴音ちゃんからちょっとした事情聴取。
 そして、神社そばの葵ちゃんに、実戦の型を教えてもらう。

 それで、求める答えと、対処法が見つかった。


「で?」
「おっしゃる通り、お二方が入れ代わっているわけではなさそうです」
 セバスチャンはオレの側で、肩を落とした。
「邸内の全使用人にあたりました。すり変わっているとすれば、必ずどこかでほころ
びが出ます……おかげで、訳がわからなくなりましたわい」
「じゃ、オレの考えで当たりかもな」
「わかったのですか!?」
「ああ」
 そこでセバスチャンの顔を見あげ、オレの思いついたことを話した。
「……ふむ、なるほど。うかつでしたわい」
「それで、約束してくれないか」
「何をですか?」
「これからオレがすることに、いっさい口も手も出さないでもらいたい」
 無言のままオレの目を射貫き、ゆっくりと10数え、セバスは静かにうなずいた。


 放課後、先輩はいつものように、中庭でベンチに座っている。
「いいかな?」
 先輩がオレのほうを向き、コクン、とうなずく。
 オレはそのまま先輩の隣に座った。
「……最近、辛くねぇか?」
 オレのその言葉に、先輩の眼差しが、ほんの少しだけ変わった。
 とまどいと、怒りをない混ぜにして。
「オレの推測だけならいいんだけど……先輩、自分の身に何が起きているのか、もう
感づいてるんだろ?」
 先輩はオレの目をじっと見る。
 たっぷり、30秒ほど。
「・・・・・・」
「そりゃ、わかるよ……」
 ここで数瞬、間を置く。
「オレも先輩のこと、ずっと見てたから」
 先輩の頬が、ほんのりと赤く染まる。
「だから、安心してくれ」
 オレはそのまま先輩にゆっくりと顔を近づける。
 反射的に先輩が拳を突き出した。
 その拳を左脇と身体でがっき、と押え込む。
 葵ちゃん直伝の、腕ひしぎ脇固め。
 驚く先輩の耳元に、すかさず口を寄せた。
「…………」
 そして、オレはベンチを立った。
 オレの呪文が通じたのか、先輩はオレの顔を見あげて、
 コクン。
 大きく一度、うなずいた。
 いつもの、先輩の顔で。


「藤田様が望外に紳士であられて、うれしく思います」
「わかったからおっさん、その堅い拳をちらつかせるのはよせって」
 片隅に隠れていたセバスチャンを尻目に、オレは早足で校門に向かった。
「……次は綾香のほうか」
「すぐ、車を回します」


 寺女近くの河原べりに、綾香は座っていた。
 視線は空中をさまよい、ときおり通る自転車や通行人にも気をはらっていない。
 そこに、オレは近づいた。
「いいか?」
「・・・・・・」
 綾香の奴、予想外に先輩に影響受けてたんだな。
 オレは黙って近づき、綾香と並ぶように座った。
「……最近、辛くねぇか?」
「ふ、藤田!いつの間に……」
「さっきからずっと……やっと気づいたのか」
「あ、そういえばさっき『いいか?』って聞かれたような……」
「オレだ」
「あらそう、それは失礼……で、今日は何?あたしにデートの申し込み?」
「それでお前の調子が戻るのなら、喜んで」
「あら、あなたに『お前』よばわりされる気は……な」
 直後、綾香の左がまっすぐオレの顔に向かう。
 オレはそれを両手ではさみ込んだ。
 葵ちゃん直伝の、拳版真剣白刃取り。
「いっ……!」
 綾香のほうがびっくりしている。
 その気を逃さず、オレはすっと立って綾香の後ろに回った。
「自分に自信を持て、自分らしくあれ」
 そして、綾香の耳元に口を寄せる。
「…………」
 オレの呪文が通じたのか、綾香はオレの顔を見あげて、
「余計な、お世話よ!」
 そのまま身体をひねって右ストレートをみぞおちに叩き込んだ。
「ぐぅはうぅ……!」
 かろうじて受け身を取ったが、それでも河原べりをごろごろ転がる羽目になった。
「ふんっ」
 悠然とその場を去る綾香の目に、いつもの調子が戻っていた。
 ……が、やっぱり痛い。


「大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな」
 セバスチャンに起こされ、ようやくオレは大地に立てた。
「……手加減、してくれたんだろうよ」
「骨、折れてませんし」
 セバスチャンはそう言って、オレを家まで送ってくれた。


 その夜。
 あかりの手料理を食べながら、オレは今日あった出来事を話していた。
「それじゃ、芹香さんや綾香さんが……その、調子がおかしかったのって……」
「そ、二人とも魔術に《覚醒》しつつあるからだ」
「よく、わかったね」
「いいんちょにデータベースを漁ってもらった結果を持って、琴音ちゃんに聞いたん
だ……《覚醒》直前は不安定で、しばしば魔力の方向性が揺らぐんだと」

 それで、先輩の拳がつかの間強力になったり、綾香が異世界----アストラル空間を
垣間見たり出来たんだ。

「そうか、姫川さん、もう《目覚め》ていたね……それで『自分に自信を持て』って、
言ってあげたんだ」
「自分さえ見失わなければ、あの二人のことだ。じきに落ち着くさ」
 オレはお椀と箸を置いた。
「……ごちそうさま」
「はい」
 後片づけをするあかりの背中を見て、オレは少しだけやましい気持ちになる。
 一つだけ、嘘をついていたから。
 あの時、二人の耳元では、『自信を持て』の他に、言ったセリフがあることを。


『たとえその結果、どのような事になろうとも、オレは芹香(綾香)と共に歩む』


 もっとも、あかりの奴、そんな事とっくに気づいているのかもしれないけどな。
 そう思いつつ、オレはゆっくりとあかりに近づいた。


 2051年6月の話である。
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 よもや自分のお題が『ティーンズ・東鳩ラン』のネタに使われるとは夢にも思って
いなかっただろう(笑)>AIAUSさん


http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm