魔術師の饗宴 投稿者:水方 投稿日:6月1日(木)00時19分

「魔術の手伝いをして欲しい?」
 こくん、とうなずく先輩といっしょにオレは部室に入った。
 相変わらず暗い通路を進み、部屋の真ん中を見る。
 白いシーツを掛けたソファー・ベッドが、でんと鎮座していた。
 そして大きめの白い紙袋が、そのベッドにもたれかけてある。
 カチリ。
 振り返ると、かたわらに手をかけた先輩が悠然と立っている。
 入り口の鍵を掛けたのだと気づくまでに、数瞬の間があった。
 その間に、先輩はオレの横を通りぬけ、ベッドに腰かける。
 先輩はベッドそばの紙袋から、茶色い塊を取り出した。
「…………」
「え!これで縛ってくれって!?」
 こくん。
 ウソ!ほんと?ほんとにホント?信じて……
「……いいの?」
 こくん。
 なんとぉー!


 オレの頭の中が真っ白になる。抑制と理性を彼岸に押しやり、
 ヒロユキ・リビドー・フェノメノン突入!


 先輩から渡された塊を受け取ると、いっそう冴えた頭がその物体を分析する。
 柿色に近い渋い茶色のその紐は、一定の距離を置いて規則正しく結束されている。
この仕上げは……!
「う〜ん、いい仕事してますね〜」
 とどっかの馬面鑑定士が拡大鏡片手に唸ること間違いなしの、極上の一品。
 いわゆる「団○六スペシャル」
 ッ!
 どこから手に入れたか聞くのが怖いくらいの逸品だ。
「…………」
「え、服の上から?ああ、そりゃいいけどよ」
 しかし、こいつを使うのには重大な問題が控えている。その特異な構造上、対象が
ある状態であることを強制する。
 つまり、
「先輩、その……スカート、外してくれないかな」
「…………」
 先輩はオレの顔をつかの間見やると、さして抵抗も無くスカートのホックを外した。
 スルッ。
 スカートの下には、ぬめるように光る黒いスパッツ。
 むぅ、少しは期待したんだが。
 それでも、六角形の網のようになっている紐、いや縄を服の上からとはいえ、先輩
に被せ、締めるのは少なからずドキドキする。
 ほら、先輩ってかなり胸、大きいし。
 縄で締めることによって豊かな隆起と細い腰が否応なく際だたされて、オレの心の
回転計はレッドゾーンへと突入する。
「こ、こんなもんでいいかな……」
 先輩はそのまま白いシーツの上にごろん、と転がる。
「…………」
「おぅ、このマントを被せるんだなっ」
 オレの語尾も心なしか震えている。
 紙袋に入っていた黒く大きなマントを先輩にすっぽり被せると、先輩はその中でも
ぞもぞと動き出した。
 ゴダールの映画の中に、こういうベッドシーンがあったよなぁ。
 毛布の中で何かしら蠢くだけの映像だったけど、妙にエロチックでどきどきした。
「…………」
「わかった、三つ数えるんだな」
 ひとーつ。
 マントの裾を持つオレの手が、じんわりと汗をふき出した。
 ふたーつ。
 オレの両腕が、小刻みに震え出した。
 みっつ!
「せんぱ〜い!」
 勢いよくマントを取り除けるオレ。
 そのオレの目の前にあったのは。
 先輩の制服と、スパッツにからみついたさっきの縄。
 ふいに強い光を浴び、思わず目を背ける。
 その光に照らされた壁の真ん中に。
 黒いレオタードに身を包んだ、先輩が誇らしげに立っていた。


「…………」
 魔術(マジック)です、か……。


 確かに、これはマジックだけどよ。
 あいにくその白く優美な足と、大胆に切れ込んだ胸の谷間を見たからには、オレの
理性など因果地平の彼方に消え去ってしまったぜ!
「せんぱ〜い!」
 飛びつつ着衣を空中に残す、いわゆる「ルパン飛び」を0.8秒で行い、先輩目が
けて一直線。
 獣を超え、人を超え、神の領域にまでイカしてみせるぜ!

 しかし、
 オレの身体は直前で目に見えぬ壁に激突し、もう少し手を伸ばせば届く距離を保っ
たまま、ずるずると床に崩れ落ちることとなった。


「…………」
 魔術(マジック)です、か……。
 確かにな。

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