東鳩 Crew to clue:『九万円は高すぎる』 投稿者:水方 投稿日:5月23日(火)00時30分
#===== はじめに ===========================================================#
 この物語で出てくる屋号や名称などの固有名詞は全て架空であり、実在の名称その
他、同一のものがあったとしても何ら関係ない事を先にお断りします。
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 東鳩 Crew to clue『九万円は高すぎる』
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「ごめんなさーい……待った?」
「うーん、ほんの少し」
 目の前で両手を合わせる圭子に対し、雅史はごく穏やかに答えた。
「行こうか」
 そして、手を差し伸べる。
 ほんの少し視線を虚空に漂わせたあと、圭子はその左手をおずおずとつかんだ。
 楽しい週末が、始まる。


「うわぁ……」
 デパートでウインドウの奥を、顔をくっつけんばかりに覗き込む。
「やっぱりいいなぁ。ブランド物って」
 そのセリフで、雅史がくすっと笑った。
「あこがれる?」
「もっちろん!」
 圭子の目が、きらきらと輝いている。
「寺女の娘、やっぱりみんな持ってるの?」
「うーんと……」口元に人差し指を持っていき、圭子はしばし考えた。
「クラスの半分、くらいかなぁ。持ってる娘はいくつも持ってるし」
「へえ、そうなんだ」
「わ、これもいいなぁ……あれ?」
 ウインドウの手前から奥に視点を移した圭子は、その向こうに和服姿のメイドロボ
を見つけた。
「セリオタイプだ。……小紋も似合うんだ。やっぱ違うなぁ」
「何が?」
「うん、あのセリオの着物、渋くてよく似合うなぁって……」
 圭子の指差す先に、藤色に白い華を散らした小袖を着た、HM−13『セリオ』が
ゆっくりと歩いていた。
 片手で和装用のバッグを抱えており、その物腰をいっそう優雅にしている。
「スタイルいいと、何を着てもよく似合うよねぇ。いいなぁ」
 雅史の顔をちらと見て、圭子は頭を上に投げ出した。
「……そのわりには、動きが少しぎこちないけど?」
「え?」
 雅史に言われて、圭子はもう一度、和装のセリオを目で追う。
「ああ、なんだ」
「わかったの?」
「草履のサイズが少し小さいのよ。それで歩きづらそうにしているの……あれ?」
「どうかした?」
「あのセリオ……着物を直に着ているなぁ……まぁロボットだから襦袢の必要はない
かもしれないけど……」
「下着を着ていない、ってこと?」
「ええそう……って、やだぁ!佐藤さんのえっちィ〜」
 圭子の軽口にも雅史は応じず、何事か考えている。
「田沢さん」
 ふいに雅史は圭子の目をじっと見つめた。
「え……はい、はい!」
 その眼差しの奥に、何かがよぎったのが見えた。
「あのセリオを追いかけて」
「佐藤さんは?」
「数分したら、後を追う。何かあったらメールして」
 雅史はそう言って、自分の携帯を取り出し、ボタンを二、三度押した。
 数瞬後、圭子の携帯からメヌエットが流れる。
「うん、この中でも大丈夫そうだ」
 その雅史の姿は、あの時を思い起こさせる。
 かつて自分を助けてくれた時の、あの姿を。
「……わかった」
 そう言って、圭子はHM−12の後をついて行った。


 三十分後、圭子からのメールにより、雅史は婦人服売り場のフロアにやってきた。
 自動販売機からジュースを二つ買い、休憩コーナーの圭子の対面に座る。
「はい、これ」
「ありがとう」
 差し出された紙コップに口をつけ、圭子は文字どおり一息ついた。
「セリオは?」
「あそこ」
「……トイレ?どうしてまた」
「おかしな事ばかりよ。最初から話すね」
 もう一度ジュースを飲み、圭子は雅史の目を見た。
「あのセリオ、さっきからここで服を買っていたの。上下一揃い」
「てことは、洋服だね?」
「シャツとパンツ、それにジャケットのワンセット。……ブランド物で、全部足して
九万円のセール品」
「き、九万円でセール品なの?……高いんだねぇ」
「それが今年の定番で……って話がそれちゃうな。とにかくその服を買って、代金を
払おうとしたの。カードで」
「使えたの?」
「使えるわけないじゃない。本人のサインが必要なんだから」
「そうか、まだメイドロボ対象じゃカードは出来ないしね」
「代理人を示す委任状もないようで、仕方なくセリオは現金で支払ったわ」
「現金で?」
「そう、あのバッグから、これまたブランドものの財布を出してね。……よっぽどお
金持ちなんだろうな、セリオの御主人様」
「靴は?」
「靴も買ったわ。こっちは普通のパンプスだけど。ブランド物じゃない、ありふれた
やつ」
「ふーん。……それで、何でトイレと関係あるの?」
「それなんだけどね、買い物を済ませたセリオがここを通ったときに、子供が飲んで
いたジュースを引っかけて、着物を汚してしまったの……両手に紙バッグ抱えてたか
ら、ついそうなったんだね」
「セリオの着物?」
「そう。泣きわめく子供をあやして、代わりのジュースを買ってあげる姿は、まるで
人間みたいだったなぁ。……それから、トイレに入ったの」
 圭子はそう言って、ジュースを最後まで飲み干した。
「シミ抜きしてるんじゃないかなぁ、って思ってね、佐藤さんにメール入れたわけ」
「ああ、それでか……まだ時間かかりそう?」
「ついさっき入ったばかりだし、けっこう時間食うものだけど?」
「……わかった」
 雅史はそれだけ聞くと、辺りをざっと見回してから席を立った。
「ちょっと買い物。すぐ戻るけど……もしセリオが出てきたらどっちに行ったかだけ
見ておいて」
「後、つけなくていいの?」
「多分、つけないほうがいい」


 三分後、大きなスポーツ・バッグを携えて雅史が戻ってきた。
「九百円のセール品だったよ」
 ナイロン製で紺色のバッグをぽん、と叩いた。
「はい、これ」
「これ、って……私に?」
 言われるままに、圭子は大振りなスポーツ・バッグを抱える。
「プレゼントじゃなくて、ごめんね」
「いったい何が何やら……あ、セリオだ」
 掛け合いをしている間に、セリオがトイレから出てきた。
「……え!?」
 圭子の注視するほうを見ると、芥子色のジャケットに同色のパンツを着たセリオが、
デパートの紙袋を片手に下げて出てきた。
「あれが、セリオの買った服?」
「……ええ、そう」
 そして、そのまま人の賑わいの中に消える。
「田沢さん、お願いがあるんだけど」
「何?」
「あのトイレ、調べてくれないかな」
「!」
 驚く圭子に、雅史は言葉を重ねた。
「あの紙バッグと同じものがあると思う。そのスポーツ・バッグに入れて戻って来て
ほしい」
 圭子の肩をがっしりとつかみ、雅史の顔が真剣味を帯びる。
「何かあぶないことがあったら、大声を出すんだよ」
「ん、わかった」


 それからさらに十分後。
 圭子と雅史は、そのデパートから離れ、とある公園までやってきた。
 その公園のベンチには、すでに浩之とあかりが並んで座っている。
「お久しぶりです」
「こちらこそ」
 ぺこり、と頭を下げる圭子に、あかりが立っておじぎをする。
「で、どうだった?」
「当たり、かな」
 圭子が差し出したスポーツ・バッグを開けると、デパートの紙袋に収まった藤色の
小袖と帯に草履。そしてトイレットペーパーにくるまれた和装用のバッグが出てきた。
「このトイレットペーパーは?」
「最初から包んでありました」
「あかり、どう見る?」
「うん……着物一枚だけっての、おかしいよ。襦袢も何もないなんて」
 浩之は手袋をはめ、バッグの外側を包むペーパーをはがした。
 そして、バッグの中を開ける。
「どう?浩之ちゃん」
「土くれと……七角形のネジが、一本きりだ」
「何でまたそんなものが?」
「あ、この香り……」
「そう言えば、かすかに匂うね」
「お茶、抹茶の香りだよ」
「……浩之、多分名前は、『春山秀花』だと思う」
「さ、最近人気の××流茶道継承者じゃないの!」
 突然出た名前に、圭子がびっくりする。
「どうやら、雅史の勘が当たったようだぜ……長瀬のおっさんに電話しなきゃな」
 浩之はそう言って、携帯を取り出した。


「ああ、長瀬警部?藤田です。今から行くから、待っててくれないかな」
 そこで数拍、間を取る。
「忙しい?……そりゃ忙しいだろうよ。茶道の若先生が行方不明じゃあな」
『どうしてそれを知っているー!!』
 浩之が携帯を耳から話すと同時に、あの大きな声が四方に響いた。
「犯人に繋がる手がかりがあるんだ……おそらく男性ばかり複数犯で、この近くに工
場を持っている者……あとはそっちの分析しだい」
 さらに一拍置いて、浩之は目線を下げた。
「雅史と、圭子さんのおかげだぜ、感謝しなよ」





 翌日。
「しかし、びっくりしたなぁ」
 浩之、雅史、あかりに圭子が、そろって歩く帰り道。
「……まさか、あの人が誘拐されていたなんて」
「メイドロボ配達にかこつけて、三人組が侵入したんだと」
 浩之が、長瀬警部からの言を三人に言う。
「秀花さんを薬で眠らせて、そのままメイドロボ輸送パッケージに押し込んだらしい
……白昼堂々で、お手伝いさんすら気づかなかったってさ」
「盲点、だね」
「オレ達が電話を掛けたその直前に、家元のほうから誘拐があったと知らされたそう
でね……おっさん、電話の向こうで驚愕してたってよ」
「それはそれは」
 顎を外し、さらに顔が長い長瀬警部を想像し、一同は皆くすくすと笑う。
「で、犯人は?」
「来栖川系列の下請け工場の社長と、その従業員二人……ギャンブルで借金抱えた挙
句の犯行だそうだ」
「浩之ちゃん、当たったね」
「よくわかりましたね」
「雅史お得意の連鎖推理のおかげだ……な」
「うん、あのセリオ見たとき、『下着を着ていない』って田沢さんに言われて、それ
で思いついたんだ」
「秀花さんの着物を、着ていたんですね」
「その通り、田沢さん」
「グラビアで見たことがあるよ。秀花さんも同じくらいの背格好だったな」
「そんなとこだろうと思ったぜ。……ただ、足のサイズだけは違った」
「それで、無理して草履はいて、ぎこちなかったんだ……でも、なぜ?」
「服がなかったのさ」
「でも、セリオタイプは注文の時に複数のパターンから選べるけど?」
「それが選べなかったんじゃない?浩之」
「そう、エンジニアリング・サンプルだった……工場での試験・試用・デモを兼ねた
お試し用のロボットさ。その工場、下請けの関係で一台持ってたんだ」
「そんなのあるんだ」
「サテライトリンクが繋がってない代わり、犯罪防止用の各種装備も入っていない、
言わば『素』のメイドロボ」
「……犯罪に使われてしまうのは、悲しいね」
「しかし、ロボット三原則は基本理念として入れてあった」
「『第1条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危機を看過する
ことによって、人間に危害を及ぼしてはならない』」
「雅史の言うとおり、秀花さんの命を盾に取られ、セリオは犯人の言うことに従った
……ただ、そのまま従ったら、秀花さんの命がどのみち取られるかも知れない」
「恐いよ。きっと……むりやり連れてこられて、下着姿にされて……そんなの、堪え
られないよ……おびえていたと、思うよ」
「お前まで、こわがることはない」
 浩之はさり気なくあかりを引き寄せた。
 その姿に、圭子はほんの少し、どきりとする。
「だから、セリオはセリオなりに考えて……犯人へと近づく証拠を残したんだ」
「それが、あのバッグの土くれと、ネジだったんだ」
「土は草履裏についたもの、ネジはメイドロボの関節用に使う特殊なものらしい……
その二つから絞りこんで、踏み込むまで四時間かからなかったって、おっさんの自慢
もすごかったぜ」
「でも、なぜトイレットペーパーにくるんでたんですか?」
「オレ達が触っても、大丈夫なようにさ」
「……指紋!」
 そこで、圭子はぽん、と手を打った。
「残念ながら、前科はなかったけどな」
「犯人の中に女性がいなくて、よかったね」
「そうだな……」
 浩之はそう言って、青い空を見上げた。
「もし女性がいたら、セリオがわざわざ着物を着る事もなく、雅史がおかしいと気づ
く事も、なかっただろうしな」
 そこで、浩之は雅史のほうを見た。
「んじゃ、オレとあかりはこの辺で。雅史、田沢さんをちゃんと送るんだぞ」
「え?」
 雅史が止める間もなく、浩之とあかりはさっさと角を曲がり、すたすたと向こうに
消えていく。
「……」
「……」
 しばらく、無言で向かい合う二人。
「……行こうか」
 雅史が最初に切り出した。
「はい」
 二人は手を繋ぎ、浩之たちとは別の角を曲がった。
「ところで、最後に聞きそびれたんですけど……」
「何?」
「どうして、さらわれた人の名前がわかったんですか?」
「……クレジットカードのカーボン紙、ゴミ箱に捨ててあったのを見てね」
「え!?」
 圭子は驚き、その足が止まる。
「……じゃ、わたしの後、ついてきてたんですか?」
「……これでも男だからね」
 守って、くれてたんだ。
 圭子は胸元を押さえ、ちょっとだけ目線を下げると、かすかに目をうるませて雅史
を見た。
「うれしい、です」
 いつものように、雅史は微笑んでいた。


【終】
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 ミステリーですが、ちょいと違ったタイプのお話しです。
 セリオの謎の行動を、ちゃんと論理立てて書けているようでしたら、今回のこのお
話しは成功です。

 では、感想、文句その他、お待ちしています。


http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm