東鳩 Crew to clue 『あやまちは人の常』 投稿者:水方 投稿日:5月17日(水)23時12分
#===== はじめに ===========================================================#
 この物語で出てくる屋号や名称などの固有名詞は全て架空であり、実在の名称その
他、同一のものがあったとしても何ら関係ない事を先にお断りします。
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 東鳩 Crew to clue『あやまちは人の常』
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 まだ春なのに、風はなお冷たい。
 その日の試合は、一点差で雅史のチームが勝った。
「二人で帰るのも、久しぶりだね」
 浩之と雅史は連れ立って住宅街の中を歩いていた。
「ま、たまにはな」
 しばらく歩いて、大通りへと出る。
 すぐそばにコンビニを見つけた浩之は、右を向いて目線を下げた。
「ちょっと寄ってく?」
「いいねぇ」
 雅史も浩之の方を見上げる。
「見たいコミックもあるし」
「オレはちょっと暖まりたい」
 二人はコンビニのドアをくぐった。


 狭い店内にあまり人はいなかった。
 従業員といえば、レジを打っている四十代のおっさん一人きり。
 多分店長だろう。
 浩之は雑誌が並べてある棚にさっさと向かう。
 その後ろに、雅史の声が浮かんだ。
 「あぁ、セリオだ」
 浩之がレジカウンターの方を見ると、奥の扉を開け、コンビニ特有のエプロンをつ
けたセリオ----HM−13が、レジのほうに向かっている。
 店長の顔がぱっと輝いた。
「んじゃ、『マルキュウ』入るね」
 通りすがりにセリオの肩をぽん、と叩く。
「----はい、わかりました」
 そして店長は店の奥へと消えていった。
「『マルキュウ』?」
 コミック雑誌を両手に持ち、浩之はいぶかしんだ。
「奥で一休みしてるんじゃないかな?……もしくはトイレか」
 雅史はサッカー情報誌を同じく立ち読んでいる。
「どうして?」
「『休憩』の『休』をとって、○に休で『マルキュウ』だと思ったんだ」
 雅史は浩之のほうに顔を向けた。
「あ、なるほど」
「何でもデパートとかでは、独特の隠語が使われてるそうだよ……」
「隠語?」
「食べ物を買おうとする人を目の前に『トイレ行ってきます』って言えないだろ?」
「ふんふん」
「だから、『キザ』とか『まるわ』とか、『9番』みたいな言葉で代えるんだよ」
「何の意味があるんだ?」
「意味を類推……連想できないようにするから、隠語さ」
「雅史もよく知ってるな。そんな雑学」
「いや、ねえさんからの受け売り」
「へぇ〜」
 バイトでもしてたのだろうか。
「確かに、お前のねえさんなら似合ってそうだ」
「逆に浩之は向いてないかもね」
「どうして?」
「ぽろっと言いそうじゃないか」
「確かに、オレなら思わず『トイレ』って言うかも」
「浩之、意外とデリカシーに欠けてるから」
「……開けっぴろげと言ってくれ」
 やくたいもない掛け合いを続け、頃合いを見て二人はレジに近づいた。
 レジの左横にある保冷棚から冷えたジュースを選び、浩之、雅史の順でセリオの前
に立つ。
 そのセリオの後ろを、先ほどの店長が足早に通り抜ける。
「?」
 店長は浩之たちの後ろを通り、左に並ぶ棚のそばにしゃがみこんだ。
「何だ?」
「----1点で148円になります」
「あ……悪ぃ」
 セリオに促され、あわてて浩之はポケットから小銭を出す。
「2円のおつりです」
 受け取ろうと伸ばした手が止まった。
 店長は片腕で女の子をつかんだまま、堅い表情でセリオの後ろを通り奥へ向かう。
 その姿に見覚えがあった。
 薄手のスタジャンの下に着た寺女の制服。
 確かセリオと同じクラスの……
「田沢さん……」
 浩之の後ろから、雅史がひょこっと顔を出した。
「……!」
 女の子……田沢圭子が、息を呑んだ。
「来るんだ」
 店長の言葉も、あくまで硬い。
 その顔に驚きを張りつかせたまま、圭子は店長に手を引かれて奥に消えていった。


「万引きだってぇ!?」
 店の奥にあるレストルームの椅子に、店長と圭子が向かい合っている。
 遅れて駆け込んだ浩之の第一声が、それだった。
「そうだ」
 店長は煙草に火をつけ、深く吸いこんだ。
 かなりのヘビースモーカーだろう。そう言えばここに来るまでの通路も煙草の匂い
がきつかった。
「わ、わたしは何もしてません!」
 圭子がどん、と机を叩いた。
「ただ『きれいな色』って口紅を眺めていて……それだけです」
 ライターを仕舞う店長の手が止まる。
「じゃ、これは何だ!」
 言うが早いか、店長は圭子のスタジャンの左ポケットに手を突っ込んだ。
 そして、素早く引き出す。
「……嘘!」
 店長の手には、最近はやりの『春先色』口紅が握られていた。
「店番のセリオが見ていたよ。君がこの口紅を取るのをね」
「そ、そんな……なにかの、間違いです」
 圭子はわなわなと震え、手のひらで顔をおおう。
 あまりにも、痛ましい。
「こうやって証拠があるのに、まだ逃げるのかね?」
「セリオが見ていたって?」
 重ねて、浩之が尋ねる。
「そうだ。最近この手の万引きが多くてね」
「……じゃ、呼んでくれないかな」
 雅史の第一声は、浩之がいままで聞いたこともない、静かなものだった。


 店長に連れられて、セリオが入ってきた。
「いいかセリオ、この女の子は何をしてた?」
 店長のセリフに、セリオは間を置かずしゃべった。
「----並べてある『春先色』の口紅を手にとって眺めてから……」
「それから?」
「----ジャンパーのポケットに入れました」
 淡々とした口調で、絶望が紡ぎだされた。
「本当に見たのか!?」
 驚く浩之に、なお淡々とセリオが続けた。
「----確かにこの眼で見ました」


「嘘よ!私、そんな事、絶対にしていない!」
 圭子は涙を流して抗議するが、店長は全く受けつけない。
「ロボットが嘘をつくもんかね……」
 店長は吸い殻を灰皿に残し、また新たにもう一本くわえた。
「……警察でも、立派に証拠として通用するんだよ」
「確かに、な」
「浩之……」
 雅史が、不安げに浩之の顔を仰ぐ。
「うぅ……うぅ……」
 圭子は突っ伏したまま、涙を流している。
「まぁ、私もいたずらに騒ぎを大きくするつもりはない」
 店長はそう言って、引きだしから紙とボールペンを取り出した。
「これは……?」
 圭子は頭をもたげた。
「念書を書いてもらおうか。『今後二度とこのような万引きはいたしません』と」
 もはや抗う気力もなくなった圭子にボールペンを握らせ、店長はやさしく微笑んだ。
「それさえ書いて、今した行為を二度としない、と誓うのなら、私は今回のことには
目をつぶろうと思う」
「わたし……私、やってないのに……」
「ここだけの話だが、女性の万引きは意外に多くてね……」
 店長はとうとうと話しだした。
「スリルが目的というのが多数だが、生理が近づいて心身が不安になるとき、衝動的
に万引きをすることがある。専門家も認めた現象だ」
「わたし……わた……」
「未来ある若者が、こんなアクシデントで道を踏み外す事もない。私はそういう姿を
何度もこの目で見ている。……『もう二度としない』と紙に書いて誓う、それだけで
私は十分なのだよ」
 圭子の肩に手を置き、ぽんぽんと軽く叩く。
「じゃ、気分が落ち着いたら書きなさい。時間はまだたっぷりある」
 店長はそう言って、席を立った。
「君たちも、そんなところに突っ立っていては、彼女が可愛そうだよ」
 店長はセリオを連れてカウンターに向かった。


「……」
「……」
 圭子のぐずる声だけが響くレストルーム。
 その入り口に二人はなお立っていた。
「浩之……浩之は、何を信じる?」
「オレは……セリオのセリフかな」
 びくっ、と圭子の背が跳ねる。
「そういう雅史は?」
「……田沢さん」
「えっ?」
 名前を呼ばれ、圭子は涙目のまま雅史を見上げる。
「僕は、田沢さんを信じるよ」
「……雅史さん……」
 雅史はゆっくりと圭子に近づいた。
「ひどい目にあったね」
 そして、圭子の手を取る。
「でも大丈夫、安心して」
 圭子を見る雅史の目は、あくまでも静かで、
「……そんなもの、書く必要ない」
 そしてきつかった。
 怒っているのが、圭子にもわかる。
「ね、浩之」
「ああ」
 浩之はくる、ときびすを返して、店のほうに消えた。

「大丈夫。浩之の奴、わかっているから」

 雅史に連れられ、圭子はカウンターに向かった。
 途中で雅史が立ち止まり、暗い通路に膝を突いたころには、もう圭子の涙は止まっ
ていた。





 驚く店長と無表情なセリオを等分に眺め、雅史は浩之の姿を探した。
 浩之は自分の右斜めの、化粧品棚の前に座っていた。
 先ほどの『春先色』口紅をはじめ、色とりどりの口紅が何列も並んでいる。
 その先頭だけは、色を示すサンプルが見えるように刺さっていた。
「……で、いったい何の真似だ?」
「いやぁ、こんだけあったら、出来心ってのも起きるかなって」
 いらだつ店長のほうを、浩之はちらと見た。
 どこかひょうひょうとした、いつもの眼差しである。
「出来心で犯罪を起こされてはかなわん」
 店長は口をへの字につぐみ、腕を組んで浩之を見下ろした。
 そして圭子のほうを向き、
「さっきの念書、書いたのなら持ってきなさい」
 と、いくぶん目線を和らげて言った。
「あ、そうだ……セリオ?」
 そこで浩之が軽い調子で呼びかけた。
 セリオの瞳が浩之を追う。


 浩之は化粧品棚を指差した。
「これ、ここでは何て言うんだっけ?」
「----それは、ジ」
「言うなぁ!」
 セリオの口を、店長が後ろから押さえていた。


「やはりセリオは正しく見ていた」
 浩之の声の調子が、いくぶん変わった。
「違うのは人間のほうだ……陳列棚を『ジャンパー』、ケースの穴を『ポケット』と
教えこんだ、人間のな」


「"To err is human,"----『あやまちは人の常』」
 雅史はゆっくりと店長とセリオを引き離した。
 その小柄な身体にたくわえた、鋼の筋肉でもって。
「"... to forgive, divine."----『許すは神のさが』」
 雅史は、店長を見上げて、にっこりと笑った。
 つられて、店長も顔の筋肉をほぐす。
 雅史は圭子から手を離し、先に出るように手をかざした。
 無言のまま、圭子がカウンターから店に出る。
「……でも僕は神じゃない」
 ぎょ、と店長が目を剥く。
「彼女をいたぶったあなたは……許せない」
 冷たい眼差しに射すくめられ、店長の動きが固まる。
 雅史と圭子が相次いで外に出た。
「浩之?」
「長瀬のおっさんに連絡つけた。おっつけこっちに来るだろうよ」
 携帯をポケットにつっこみ、浩之は出口へと歩いた。
「今度は、おっさんがセリオを信じる番だ……警察で、な」
 浩之の背後で自動ドアが閉まった。


「本当に、ありがとう」
 帰り道で圭子は、浩之と雅史に何度も頭を下げた。
「いや、いいって」
「気にしないで」
 さっきまでの気迫が嘘のように、二人とも優しい眼差しだった。
「……それにしても」
「?」
「よく、わかりましたね」
「謎解きは簡単」
 雅史は圭子の顔をちら、と見た。
「……田沢さんを奥に連れ込んだのが店長、あの口紅をジャンパーから取り出したの
も店長、そして『念書』を書けと有無を言わせなかったのも店長。セリオのセリフの
他は、全部店長がやった事じゃないか」
「あ……!」
「あの状況で畳み掛けられて、しかもセリオのセリフで駄目を押す。それがアイツの
狙いだったのさ」
 浩之も、雅史に続く。
「あやうく罠にハマるところだったぜ」
「浩之がセリオの謎を解いてくれるまで、確証がなかった所だよ」
「それについては、雅史、お前のおかげだ」
「僕の?」
「正確には、ねえさんかな……例の、隠語の話さ」
「……あ!」
 意味のない、隠語。
「与えられた語を正確に繰り返す。ロボットならではだな」
「それと、これ」
 雅史は煙草の吸い殻を二人に見せた。
「さっき、通路に落ちてたの、拾ったんだ」
 吸い口が唾液でべとついていた。
「多分、保冷庫のすき間から、田沢さんの行動を見てたんだよ」
「え!そんなところから覗けるんですか?」
「でないと、どうやって商品を補充するんだい?前扉からだと、先に補充したのを先
に売ることがやりにくいだろう?」
「そうなんだぁ」
「そんなとこだろうと思った」
 浩之が、それで納得したと言わんばかりにうなずく。
「オレ達が話してレジに立ってからの出来事だ。アイツのタイミングが妙に良かった
からな」


「でも、いったい、何でこんな目に……」
「『念書』を取るのが目的だったと思う」
「『念書』ですか?」
 きょとんとした顔で、雅史のほうを向く。
「そう、あのおっさんの口調、有無を言わせず『私は万引きしました』って書かせた
がってたじゃねぇか」
 その後を浩之が続けた。
「確かに、そう言われればそうですが……」
「もし書いたとしたら、あの店長、それをネタに……脅すつもりだったんだよ」
「え!」
「『言うことを聞け』ってね……」
 浩之はそう言って、圭子から目線をそらした。
「……最近の女の子はスタイルがいいから」
「い!」
 あわてて、圭子は自分の身体をあちこちと押さえ、そして、恥ずかしそうに雅史の
ほうを見た。
「どうかしたの?」
 雅史の眼差しは限りなく優しい。
「……」
 顔を真っ赤にして、圭子はうつむいた。


 それが、すべての始まりだった。
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 はふぅ、やっとミステリー物が書けました。
 感想、文句その他、お待ちしています。

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