『東鳩ラン#10:And so it to come pass....かくして世界は』 投稿者:水方 投稿日:5月4日(木)17時58分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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◆アバンタイトル

 その日、来栖川綾香は一日中デスクワークに追われていた。
 世間での休日に、好きで働いているわけではない。
 綾香の独断に近い状態でのダンケルザーン財団相手にさらなる増資、つまり例の、
600万新円での『ダンケル製薬』用地買収が、ダンケルザーンの現世消滅により、
来栖川の利益にならなかった事で、役員会から追求を受けたのだ。
 結局、綾香は俸給の90%を、その返済に充てる事になった。
 仕事で得た利潤部分を加算できるとはいえ、まだ完済にはほど遠い。
 そこで、綾香は休日も働いていたというわけだ。


「高いモノについたけどね」
 今でも、綾香はそのセリフを思い出す。
 まったく、人を助けるのも楽じゃない。


 ふいに、机上の電話が鳴った。
 LCDパネルに表示された相手先の情報を見て、綾香は受話器を取った。
 数分間の静かなやりとりの後、受話器を戻した綾香は、ふぅ、と大きくため息をつ
いて背筋を伸ばした。
「とうとう、お出ましか」


 2060年の初夏、レンラク・アーコロジーはなお沈黙を守っている。


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            "TO HEART" in 2060: Track #0A
               『東鳩ラン#10』
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第十話 And so it to come pass....かくして世界は


 あれから三年。
 浩之はなお生きていた。
 もちろん独りではない。
 傍らには、より高位の魔力を扱う「古鋭人」……イニシエイトの階梯を登りだした
あかりがいる。
 実戦経験を積み、さらに拳の切れ味が増した葵がいる。
 2060年代に入り、マトリクスの新基軸システムに対応し、グリッド内でその名
を轟かせる『爆裂お嬢』智子がいる。
 そして、表世界からバックアップしてくれる頼れる存在に、KSD(来栖川警備保
証)第二班長になった雅史と、仲間からも一目置かれる高機動フリーレポーター志保
がいる。

 時に反目しあい、時に助け合う仲間がいる。
 そのおかげで、浩之は今まで生き延びられた。



 学校裏の、閑散とした神社境内。
 浩之と葵は、荒っぽい組み手を続けていた。
「ありゃりゃ〜」
 タオル片手に見守るあかりが、時々顔をおおって独りごちる。
 ----後の洗濯が大変だわ。
 真っ先にそう思うあたり、あかりも精神面はあまり変わっていない。
 その動きが、ふいに止まった。
 腕を取った浩之も、取られた葵も、そろって同じ方を見ている。
「……あ」
 黒塗りのミツビシ・ナイトスカイがいつの間にか、場所を占めている。
 そして、その傍らに立つ、地上最強の執事。
「セバスチャンさん!」
「あかり様、お久しぶりです」
 駆け寄るあかりに深々と一礼したセバスチャンは、あかりが止まるのを待って、浩
之たちの方に向き直り、同じように深々と頭を下げた。
「何か用?」
「……」
 老執事は無言で、後部ドアを開け浩之たちを誘った。
「……泥だらけだぜ?」
「かまいませぬ」
 葵とあかりを乗せ、浩之は最後に後部シートに座った。
 セバスチャンは音一つ立てずに後部ドアを閉めるという芸当を見せてから、悠然と
運転席についた。
 その瞳は、老いてなお鋭さを増している。
 ナイトスカイは静かに発進した。
「仕事(ラン)だな」
 浩之のかすかなつぶやきに、老執事はごくわずかにうなずいて答えた。



 二日後、新名古屋国際空港。
 搭乗係に座る受付嬢は、いつものとおりに列に並んだ乗客を捌いていた。
 次は若い夫婦に、子供が一人。
 『さらりまん』の世帯のようだ。
「Fujitani Hiroki---藤谷 洋紀様、Fujitani Akane---同 あかね様、Fujitani
Machi---同 眞知様、三名様ですね?」
「そうですぅ」
 帽子を被った、十二、三歳くらいの女の子が、受付嬢の目を見てにこ、と微笑む。
 両手で抱えた、小振りのボストン・バッグがよく似合っている。
「ワーキングビザもお持ちですね」
「支社に異動なんだ。……あ、これがチケット」
「13時43分発のSAS、シアトル行き651便、三枚お預かりします……」
 受付嬢は端末を優美になぞり、情報をディスプレイに投影する。
「はい、ビジネス・クラス予約確認しました」
「贅沢ぅ」
 ぼそり、ともらした赤毛の妻の一言に、職業意識からつい反応してしまう。
「快適な旅をお約束いたします」
「ありがとう」
 淡灰色の三つ揃いに身を包み、色の薄いサングラスをかけた主人は、妻のほうをち
ら、と見てから、受付嬢に微笑んだ。
「……Von voyage!(良い旅を!)」
 マニュアルと化した締め文句を三人に投げ、受付嬢はまた新たな乗客相手に搭乗確
認を行っていた。



「いきなり、変なこと言うなよ」
 三百人を収容する巨大ジェット機・ボーイング979のビジネスシートに座り、離
陸上昇し、機体が水平になると、浩之はそうあかりに切り出した。
「ごめんね……だって今まで乗った事なかったんだもん。普通のシートとは桁違いに
高いんだよぉ」
「知ってるよ」
 浩之はそう言ってあかりの方に首を倒した。
「気を使ってくれたのかなぁ?」
「向こうには、これが当たり前なんだろ」
 浩之はあかりの肩に手を回した。
「ちょ、ちょっと、眞知が後ろで見てるよ」
 恥ずかしげにつぶやきながらも、拒んでいるわけではない。
「眞知なら、寝てるよ」
 浩之はあかりの耳に顔を寄せた。
『長瀬のおっさんが言ってただろ?電磁波による誤作動を防止するために、フライト
中は最低ランクにまで機能を落としてるって』
「そうだったね」
 あかりはそう言うと、後ろに座る眞知……マルチの姿を見た。
 二本の白いアンテナはカバーごと取り外してボストン・バッグに収めているため、
はた目には少女にしか見えない。
 緑色の髪の少女は、目を閉じて小首を揺らしている。
 確かに、眠っている姿である。
 その姿にくす、と小さく微笑むと、あかりは浩之の肩にもたれた。
「向こうに着いたら、忙しくなるね」
「ああ、大がかりな仕事が待っている。眞知の……マルチの力も要る」
 浩之の眼差しが、はっきりと鋭くなる。
「ま、飛行機の中くらいはのんびりしようぜ」
 浩之はあかりの髪の毛をさらさらとなでた。
 あかりも、気持ち良さそうに目を軽くつぶる。
 SAS651便は、シアトルを目指して高度一万八千フィートの空を進んでいた。



 2060年8月のある日、ニューズファクスの一面がこぞって同じネタで埋めつく
された。
"To free Arcology"……レンラク・アーコロジーの解放。
 その大騒ぎの影に、一組のランナーチームがいたことは知られていない。



 時代は2060年。
 繁栄を極めた日系メガコーポが凋落し、新たな秩序が生まれようとしている時。
 カナダ資本のクロス・アプライド・テクノロジー(ある早とちりの欧州系メディア
が『来栖川応用技術』と誤訳したために、一部の人間には今だに誤解されている)。
 旧フチのごく一部を継承する、ノヴァテク社。
 そして、華僑資本のアジア系・五行社。
 この三社が勢力を増した事で、世界は十大メガコーポを柱とした新秩序に移行しつ
つある。



「まだ破れないのか?」
 切れ目の無い弾幕をかいくぐり、浩之が無線機に向かっていらだつ。
『もうちょい待ちィ……ん、やった!』
 マトリクスの中で、警備システムを掌握した智子が、赤いボタンを押す。
「狼蹴斬!」
 ふいに開いた両開きの扉から、葵が飛び出てセキュリティを銃座から蹴り落とす。
「《衝撃破M》(スタン・ボルト・Mレベル)!」
 階下に落ちたセキュリティに、あかりの呪文が追い打ちをかける。



 シャドウランナーは止まらない。
 影を駆け共に走るために。
 そう、
 アイツと。




          "TO HEART in 2057:『東鳩ラン』
                 完




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 はい、やっと完結しました。
 はふぅ、長かった(笑)。

 ひとまずお休みして、気が向いた時に一話完結もので『東鳩ラン3rd.』でも書こう
かとは思ってます。
 んでも、それはまた当分先の話。
 次回はミステリもののSSを書こうかと思っています。


 この作品を作るにあたり、たくさんの方々に、有形無形のお力添えをいただきまし
た。
 個々に名前を挙げはしませんが、作者は非常に感謝しております。
 みなさま、ほんとうに、ありがとうございました。

 それでは、感想、文句その他、お待ちしております。



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