『東鳩ラン#9:Recognizing dogs(Side A)』 投稿者:水方 投稿日:5月4日(木)04時18分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。

 なお、話の展開上二つに分けていますが、後半部分はすぐ下にあります(笑)。
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◆アバンタイトル

 ネオンだけが輝く、薄ら寒い夜の事。
 スタジオを出た琴音を待っていたのは、紺色のウエストウインドだった。
「佐藤さん、お久しぶりです」
 ハンドルを握る雅史にぺこり、と一礼する。
「やあ」
 雅史は煙草を灰皿で揉み消し、右手を上げる。
 琴音はウエストウインドの後ろを回って、助手席のドアに近づいた。
 軽い噴出音とともに、ドアが開き、琴音はその細い身体を滑らかに滑り込ませる。
「この近くまで来たから、ちょっと寄ってみたんだ」
 琴音に向かってしゃべるたびに、前髪が揺らぐ。
「えへっ」
 シートベルトを閉めながら、琴音はぺろり、と舌を出した。
「演出さんの期待に添えなくて、十回もリテークかかったんです……」
「ふぅん、そうだったんだ……うまいタイミングでここに来て、よかったよ」
 シートベルトがきちんと装着されているかを目で追い、雅史はウエストウインドの
パーキングモードを外した。
 しゅるしゅるという金属音が四方から聞こえ、ウエストウインドの車高が心持ち沈
む。
「じゃ、行こうか」
 ジェット機を思わせる甲高い風切り音とともに、紺色のスポーツカーは滑らかに飛
び出した。
「かなり、待たせていたんじゃないですか?」
「ん?いや、たった今来た所だよ」
 ギアチェンジのショックを感じさせないままトップにまで持って行き、ウエストウ
インドは幹線道路に乗った。
「そうですか……」
 既に琴音は、雅史のささやかな嘘を見抜いていた。
 たった今来た所なら、煙草の吸い殻がこんなに灰皿に溜まってはいないだろう。
 ----待っていてくれたんだ。
「……うれしい」
「ん?大した事じゃないよ」
 琴音を見ずに言葉だけ投げ出す。
 雅史の口元がほんのわずかつり上がるのを、見逃す琴音ではない。
 交差点でウエストウインドが停まるまで、琴音は雅史の顔を、このうえなく優しい
眼差しで見つめていた。


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            "TO HEART" in 2057: Track #10
               『東鳩ラン#9』
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第九話 Recognizing dogs


 浩之たちランナーチームが、元HM7研の主任研究員・新田大悟郎と、開発コード
HMX−12『マルチ』を取り戻してから、およそ一週間後の深夜。
 来栖川芹香は、『シックス』のシャワールームにいた。
 うんと冷たい水と、うんと熱いお湯を、交互に浴びる。
 漆黒の髪の毛は膝上近くまで伸び、リヤドロ磁器のような白く輝いた肌にまとわり
付いてくっきりと映えていた。
「……」
 芹香はシャワーを止めた。
 そして、ぽたりぽたり落ちる雫に、自分の精神を合わせる。
 自身の魔力を律し高めるのに、さほどの時間はかからなかった。


 シャワールームから出た芹香は、丹念に水滴をぬぐうと、机の上の魔法陣に載せた
服を着替えた。
 そして、黒いローブを羽織り、長い髪の毛のそこかしこを深碧色の珠で結ぶ。
 最後に鍔の広い帽子をかぶると、芹香の眼差しが鋭くなった。
 藤田浩之でなくても、その違いがわかるほどに。


 物言えぬ時も、もうすぐ終わりを迎える。



 『シックス』の地下3階、大フロア。
 三角形を二つ重ねた六芒星に接した円と、それを取り囲むように描かれた円の間に、
様々な文字が置かれている。
 部屋の外周にそって並べられたろうそくだけが、かろうじてその魔法陣を照らす。
 その外周に、一人、また一人と人が並んだ。
 松原葵を初めに、姫川琴音、佐藤雅史、長岡志保、来栖川綾香、坂下好恵、保科智
子、宮内レミィそして神岸あかり。
 最後に残った一角を通り、黒い揺り椅子に載ったマルチが、長瀬源五郎に押されて
六芒星へと進み、その中央に椅子を固定する。
 マルチの瞳は、未だ閉じられたまま。
 長瀬は無言のまま、その場を離れた。
 そして、両開きの扉を開ける。
 黒ローブに黒い帽子の来栖川芹香が、長瀬と入れ代わりに大フロアに入った。
 手には、細身の、刀身が波打った長剣を携えている。
 魔法陣の中央、マルチの横たわる傍まで進んだのを確かめてから、長瀬はその扉を
閉めた。
 儀式が、始まる。
 過ぎ去った時を経て、なお残るいにしえの恐れに立ち向かい、克服するための儀式
が。
 6年という時間と、その間の成長と。
 およそ魔術とは縁遠い世界にいる長瀬には、それが確実に成功するのかどうかは知
らない。
 だが、成功すると信じていた。
 みな、互いに助け合ってきたのだから。
 勇気づけられたのだから。



 そのころ、浩之は事務所兼住まいの一角にいた。
 いや、『元』事務所兼住まいと言うべきか。
 乱雑に積み重ねられたガラクタ、仕事用の事務用品、そして家財道具一式等々。
 全て取り除けられ、染みの浮いた壁や床があらわになっている。
「……意外と広かったんだな」
 ぼうっと立ちつくす浩之に、グレイの作業着を着たオークが近づいた。
「作業中だ」
 そして、ごわごわとした手で浩之を玄関へと押しやる。
「一時間ほどしたらまた来てくれよ」
「まだ『掃除』は終わらないのか?」
「アンタの髪の毛や汗までぬぐったわけじゃない」
 皺深い顔をくしゃくしゃにして、オークは立てかけたモップを手に取った。
 確かに、それは重要だ。



『xover wgetufu n ei ksobeiokj ruhe sie
rbgzw……』
 マルチを見下ろすように立った芹香は、数十分の長きにわたって呪文を紡いでいる。
 もちろん、声には出せない。
 アストラル空間を意識し、思念の大海の中で呪文を紡ぎだしている。
 周りを囲む者もまた目をつぶり、ろうそくの燃える音とかすかな衣擦れの中、精神
をトランス状態に導き、ゆらゆらと揺れつつも立っている。
 呪文の切れ目ごとに、両手で持った長剣の刃を返す。
 その瞬間だけ周りのろうそくを受け、芹香の手元から光が発せられる。
 その光は、葵を手始めに、琴音、雅史、志保の顔を順番によぎった。
 そして、今度は綾香の番。
 この光が一巡した時、儀式は終盤を迎える。



 浩之は近所のスタンドカフェでコーヒーを飲んでいた。

 ----今ごろは『儀式』の最中だな。

 一同の記憶の封印を解除する『儀式』
 つい二日前に日本に戻ってきた芹香から、浩之もその『儀式』の招待を受けていた。
 だが、浩之はそれを断った。
 ----潮時だな。
 仕事がら知り合った『掃除屋』……その場所から一切の痕跡を消すのをなりわいと
しているオークに連絡をつけ、今のすまいの『掃除』を頼んだ。
 もちろん、この地を去るために。

 浩之は、メガコーポの力を侮ってはいない。
 もしレンラクに色気があったら、必ずや再び、マルチを、そして来栖川を手に入れ
んと画策するはずである。
 それを阻止するためには、力がいる。
 目に見えぬ圧力がいる。
 そこまでわかっていたからこそ、浩之はあえて大立ち回りを演じた。
 幸いにも、仲間の助力を得て、何とか相手を、『レッド・サム』をねじ伏せた。
 そして、わざと残した監視カメラの前で、浩之はジン・ヤナガワの息の根を止めた。
「かたきを取りたきゃ、オレだけを狙え!」
 他のみんなに、迷惑のかからぬように。
 ----オレも甘いな。
 飲み終えた紙コップをゴミ箱に放り込み、浩之は濃緑色のコートを手にとってスタ
ンドを出た。



 刀身の光が、あかりの顔をよぎった。
『……gejhi feui oefwj iosdvytru hwtio uf
djfew fewefwxxx……』
 芹香の身振りが、順を追って大きくなる。
 そして、その動きが最高潮に達した時。
『hri hufew nfewcvh fhu yfr ezzbab!』
 芹香は長剣を魔法陣の中央に突き立てた。
 剣突から、白い光が生まれ、広がる。
 そして、一同を包み込んだ。



「……はうぅ、おはようございます……あれ、皆様取り囲んで、いったいどうなされ
たのですか?」
 ぱちんと目を開けた、緑色の髪の少女が、ぐるりと周りを見回す。
「マルチ!」
「は、はわわわわぁ〜」
 暗い部屋の中を、色とりどりの喧騒が満たした。



 一時の乱痴気騒ぎを終え、あかりはその足で浩之の事務所に立ち寄った。
 儀式は成功した、と告げたかった。
 しかし、昨日まで浩之が住んでいたその場所は、きれいにペンキが塗られた、がら
んどうの空間に変わっていた。
「……嘘……!」
 しばらく、あかりは立ちつくすしかなかった。


(To be continued "Side B")
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 展開上、第九話を二回に分けます。
 後半部分は、この下に(笑)あります。

----- おまけ -----
★来栖川 綾香 [人間・女性 23歳(2057年現在)]

◆キャラクタータイプ:武闘家 (Physical Adept)
 ある魔術結社(団員7人)に所属、グレード2のイニシエイト(Initiate)

◆能力値
 【強靭力】6   【敏捷力】7 【筋力】7
 【意志力】6    【知力】6 【魅力】6
 【反応力】6 【エッセンス】6 【魔力】6(8)
 【イニシアティブ】6+1d6(6+2d6)

◆プール
 コンバット・プール:9

◆アデプトパワー
 ・技能強化...[素手戦闘]に追加ダイス6個
 ・反射神経増強1...イニシアティブ決定時のダイスに+1d6
 ・感覚増強(低光量)
 ・飛矢払い(Extended Missile Parry)...半径3メートル以内の矢や投げナイフなど
  を払い落とすことができる
 ・殺戮の手(Mレベル)……イニシエイト・グレード1で習得
 ・【筋力】増加+2(Attribute Boost)...数秒間だけ【筋力】を+2できる。
   イニシエイト・グレード2で習得

◆技能
 [素手戦闘]6(12)
 [礼儀作法(企業)]3,[医療]3,[交渉]3

◆コンタクト
 親友(Friend):「セバスチャン」長瀬(来栖川家執事)、他
 友人(Buddy):多数

◆生活様式
 上流扱い(来栖川家のバックアップによる)

◆カルマ・プール
 6点

[優先度 A:能力値 B:魔法 C:財産 D:技能 E:種族]で作成してから、
追加カルマ65点で成長。
 なお、イニシエイト(上位魔術師)についての記述は、魔術サプリメント"Grimoire II"に、
『飛矢払い(Extended Missile Parry)』の記述は、企業保安ガイドブック"Corporate Security Handbook"によった。


http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm