『東鳩ラン#9:Recognizing dogs (Side B)』 投稿者:水方 投稿日:5月4日(木)03時08分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
============================================================================

 二日後。
 電車とタクシーを乗り継ぎ、浩之はとある歓楽街に入る。
 店に客を惹く色っぽい女性の誘いを断りながら、浩之は裏道に入り、錆びの匂いが
こびりついた安ホテルに今宵の宿を定めた。
 右手にプレデターのグリップを握り締め、セーフティを外す。
 浩之は扉の鍵穴に、支払い保証済みクレッドスティックを差し込んだ。
 一泊分に相当する金額が差し引かれた後、電子ロックが音を立てて外れる。
 素早く部屋の中を見渡した後、扉をロックしてさらに細かく調べる。
 少なくとも、寝言を他人に聞かせる趣味はない。
 十分後、狭い部屋を全て探しきった浩之は、大きめのスポーツバッグを床に下ろし
て、粗末な簡易ベッドに倒れ込んだ。
 ひどく、疲れていた。
 瞼を閉じると、浩之は眠りに落ちた。



 気がつくと、傍らにマルチがいた。
 あの時と同じ、肩が落ちだぶだぶに近い制服を着て、芝生に座るマルチが。
 浩之は、そのマルチの膝に頭を置いていた。
「おはようございます、浩之さん」
「……おはよう」
 浩之は頭を起こした。
 いつの間にか、周りに人が集まっている。
「んもう、また浩之ちゃん、マルチちゃんにひざ枕してもらっていたの?」
 黄色いトレーナー姿のあかりが、浩之の傍に歩み寄って肩をつかむ。
「しょうのない人よね〜」
「いえ、浩之さんは悪くないですぅ〜」
「しょうがないよな、浩之ったら」
「ええ、ほんとに」
 雅史がさり気なくひどいことを言い、琴音がそれに続く。
「おいおい、そりゃないだろ?」
「藤田くんにはそれくらい突っ込まんとなぁ」
 芝生から立ち上がった浩之に、後ろから智子が声を飛ばす。
「……鈍チンやもん」
「そうそ、ヒロったら自分では気づかない癖にね〜」
「志保も気づいてねェよな」
「ン?何か言った?」
「まあまあ、せっかく先輩が目が覚めたんですから……」
「ん、葵ちゃんは優しいな」
「そ、そんなぁ……」
「そういうところが、貴方たる由縁ね」
「いきなり綾香まで、何だよ」
「……」
「ほら、先輩だって『そんな事ありません』って言ってくれてるじゃんか」
「……いいように解釈してるな」
「坂下、お前までそんなこと言うかぁ?」

 ハハハ……。
 芝生の上を、いくつもの笑い声が飛び交う。

 次の瞬間、重い銃声がそれに取って代わった。
 周りはみな、いくつもの銃弾を浴びて倒れる。
 芝生の草が、どす黒い血に染まった。
「……!」
 向こう側から、黒鎧に身を包んだサムライが、背中から伸びたアームに重機関銃を
固定し、駆け寄ってくる。
 その顔はヘルメットで隠れて見えない。
 浩之は腰からプレデターを抜いた。
 だが、トリガーを引いても、弾丸が出ない。
 乾いた撃発音が、いたずらに撃芯を叩く。
 そしてサムライがすぐ目の前にやってきた。
 黒光りする銃身から、白い煙が何筋もたなびく。
 ……。



 そこで目が覚めた。
「……!」
 簡易ベッドを跳ね起きた浩之は恐怖にかられ、部屋を駆け抜けて電子ロックを外し
た。
 そして、薄汚れた廊下に出る。
 扉を明けたままなおも駆け出し、中ほどまで来て、ようやく気持ちが落ち着いた。
「……」
 憮然とした面持ちで浩之は自分の体をきりりと抱きしめ、精神をむりやり現実世界
に引き戻す。
「……夢、か」
 浩之はゆっくりと部屋まで戻ると、人がいないのを確認してから扉をロックした。
 そして、簡易ベッドに座り込む。
 そのまま、両手で頭を抱え込もうとした時に、気配が生じた。
 即座にプレデターを抜く。
 頭をもたげたその先に、
 プレデターをポイントしたその先に、
 見慣れた姿があった。
 黄色いリボンが、揺れていた。
「あかり!……どうして、ここに……」
 あかりは無言で浩之に近づき、膝を突いて浩之と目線を合わせる。
 そして、おもむろに平手で浩之の頬を叩いた。
「……な、いきなり何しや……」
「そっちこそ!」
 珍しく、有無を言わせぬ調子であかりは浩之を射すくめた。
「いきなり姿を消すなんて、ひどいよ……」
 間を置かず、あかりの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれる。
「……ひどすぎるよ……」
 そのまま、両手に顔をうずめて泣きじゃくる。
 浩之は、何も言わずにあかりを抱き寄せた。
 力なく握られた拳を、これまた力なく、しかし何回も浩之の胸元に叩きつける。



 やっと、あかりは顔を持ち上げた。
「どうして、何も言わずに去ったの?」
「みんなに、迷惑をかけたくなかったからだ……」
 そして浩之はあかりにわけを話した。
「……てなわけだから、オレに注意がいっている限り、みんなに危害は及ばない」
「……浩之ちゃん、変わってないね」
「何がだ?」
「いつも、そう……みんなの苦しみを一身に受けて、その人のために一生懸命になる
の……」
 あかりの眼差しが、どことなく懐かしく感じる。
「『儀式』の後、芹香先輩から聞いたよ……浩之ちゃん、一人で『封印』を抱え込む
芹香先輩の支えになるために、あえて『儀式』を受けなかったんだってね……」
「あ、あぁ」
「変わってないよ、やっぱり……昔と、同じ」
「そうか?」
「でも、浩之ちゃん、一人で抱え込む事、ないよ」
 短く言葉を区切る
「一人で抱えるのには、重過ぎるよ……だから、こんどは、私の番」
 あかりの右手が、浩之の頬をなぶる。
 その瞳が、柔らかいまま、心持ち細くなる。
「二人で分け合ったら、半分で済むよ……それに」
「それに?」
「私だけじゃない。他のみんなも、同じ気持ちだよ」
「あかり……」
「みんな、浩之ちゃんに、勇気づけられたもの……きゃ!」
 なおも続けようとしたセリフは、浩之が唇で塞いで途切れさせた。



「しかし、オレの居場所がよくわかったな」
「……大変だったんだよ」
 浩之に寄り添いながら、あかりは目を閉じる。
「後を追いかけようとしても、何もマテリアルなかったんだから……」
「んじゃ、どうやって?」
「浩之ちゃん、時間潰す時はいつもスタンドカフェに行ってたよね?」
「ああ、いつも……って、そうか!」
 うかつだった。
「私が覚えていた、浩之ちゃんのアストラル指紋を《ウォッチャー》に探させたんだ
……そして、裏のゴミ袋の中で、浩之ちゃんが口をつけた紙コップを見つけたの」
 あとは、そのコップについた唾液をマテリアルに、呪文を送り込む事でオレとの
『赤い糸』を繋いだわけか。
「それにしても……」
「?」
「魔法で壁抜けが出来るとは知らなかった」
「ああ、あれは都市精霊さんに……浩之ちゃんが開けてくれなきゃ、ドアのロックな
んて外せないもの。そして、私が入った後、姿を隠すように頼んだの」
「ふ〜ん……てちょっと待て!」
「どうしたの、そんな怖い顔して」
「んじゃ、あんな夢見せたの、あかりが都市精霊に頼んだ結果か!」
「さぁ、それはどうかな……」
 浩之にすがりつき、上目づかいで見る眼差しに、さっと別の色が浮かんだ。
「私だって、伊達に浩之ちゃんと同じ世界に飛び込んだわけじゃないもの」



 ああ、やはり。
 あかりには、かなわねぇや。
 口の中でもごもごとつぶやき、浩之は染みだらけの天井をただ見つめていた。
 あかりの髪の毛を、何度も何度も撫でつつ。


 気がつくと、あかりはすうすうと寝息をたてていた。
 仔犬のように。


第九話 Recognizing dogs 終
---------------------------------------------------------------------------
 んまぁ、この二人の事ですから(笑)。
 ちょっと小ネタを思いついたので、『シャドウラン』世界のネタばらしにもう一話、
インターミッション3として挟む事にします。
 その後の第十話で、当『東鳩ラン』は完結します。
 完結するといいなぁ(笑)。

----- おまけ -----
★来栖川 芹香 [人間・女性 24歳(2057年現在)]

◆キャラクタータイプ:錬金魔術師・メイジ (Full Blood Mage)
 ある魔術結社(団員5人)に所属、グレード3のイニシエイト(Initiate)

◆能力値(現実世界)
 【強靭力】1   【敏捷力】1 【筋力】1
 【意志力】6    【知力】6 【魅力】7
 【反応力】3 【エッセンス】6 【魔力】6(9)
 【イニシアティブ】3+1d6

◆プール(現実世界)
 コンバット・プール:6
 マジック・プール:6

◆能力値(アストラル世界)
 【強靭力】6   【敏捷力】6 【筋力】7
 【意志力】6    【知力】6 【魅力】7
 【反応力】12 【エッセンス】6 【魔力】6(9)
 【イニシアティブ】27+1d6

◆プール(アストラル世界)
 アストラル・コンバット・プール:9
 アストラル・プール:3

◆技能
 [魔術]6、[魔法理論]6、[召喚]6
 [礼儀作法(企業)]3

◆コンタクト
 親友(Friend):「セバスチャン」長瀬(来栖川家執事)、藤田浩之(探偵)、他
 友人(Buddy):多数

◆生活様式
 上流(6か月払込み済み)

◆カルマ・プール
 7点

[優先度 A:魔法 B:財産 C:能力値 D:技能 E:種族]で作成してから、
追加カルマ74点で成長。
 なお、イニシエイト(上位魔術師)についての記述は、魔術サプリメント"Grimoire II"によった。


http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm