== はじめに ============================================================== この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく 思います。 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他 同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。 ============================================================================ ★11:30 p.m. 浩之たちが、レッド・サムとの死闘をようやく終えた頃。 デヴィッド率いるカンパニーマン達は、旧市街の住宅地……デッカーの『リーチ』 から教えられたポイント目がけて、GMC『グランダー』を走らせていた。 「今度こそは……!」 力むデヴィッドの顔を、運転者が横目に冷ややかに見ていた。 『そう、今度こそ、後がないぜ』 やがて、『グランダー』が目的地に着く。 うらぶれたアパートだ。 黒いヴァンは漆黒のコートに身を包んだ男を三人吐き出した。 みな、手に手にHK227・Sバージョン(消音器組込型SMG)を持っている。 目的地は、そこの二階、一番奥の部屋。 隣近所に気づかれぬように、細心の注意を払って玄関のロックを解く。 ★11:31 p.m. 『……あかんわぁ』 智子は思わずへたり込んだ。 ここを統括するホストを制圧できれば、悠々とログオフできるものを。 いや、せめて、デッカー相手に戦えれば。 こんなに、ぶざまな姿をさらさなくても良かった。 『深入りしすぎや』 マトリクス内を動き回ると、次第にホストに気づかれやすくなり、ついには外に出 られなくなる。 自分の腕なら、何とかなると嵩をくくっていたのが、口惜しかった。 その時、智子を形作るペルソナが、ぐずぐずと崩れだした。 『……!』 声をあげる暇もあらばこそ、智子の姿はマトリクスの大海にかき消えた。 『……終ったな』 遠く離れた所からその姿を見ていた『リーチ』は、ホストをログオフして自身の意 識を現実世界に戻した。 それでなくても、デッキングは頭と集中力を使う。 お気に入りのシムセンス(体感型メディア)をケースから引き抜き、首のスロット に差す。 ケースを床に落としたままにまかせ、『リーチ』は傍の簡易ベッドに倒れ込んだ。 『闘人伝説エリスン・Vol.3』と描かれたケースが、かさ、と揺れた。 ★11:31 p.m. 扉を開け、二人が突っ込む。 その直後、青白い放電が二人を襲った。 「「うぐぅうあぁ!」」 一人の持つHK227が天井に向かって放たれ、プスプスと小さい穴が穿たれる。 「何だ!?」 銃を向けるデヴィッドに、大柄な影が駆け寄る。 ----女! その認識のすぐ後で、銃を逆手にねじり上げられ、そのままデヴィッドは前に倒さ れる。 その腕を取る暇もあらばこそ。 頭に強烈な電撃を受け、デヴィッドの意識は吹っ飛んだ。 「ふぅ……」 一息ついて、坂下好恵は電撃棒……スーパー・スタンバトンを腰に戻した。 そして、奥の部屋にいる智子を見る。 「げほっ、げほっ……」 デッキングケーブルを無理に引っこ抜いたおかげで、智子の身体は無理に現実世界 に引き戻され、ダンプ・ショックと呼ばれるショック状態に襲われている。 ただ、そのおかげで智子が現実世界に戻れたのも、また事実である。 「……無茶、するなぁ」 「無茶はどっちだよ」 好恵は智子の身体を抱きかかえた。 「用事さえ終ったら、さっさとマトリクスから離れろ、って言ってなかったか?藤田 のヤツ」 「んなこと……言うたかて……」 「ま、ぎりぎりまで待ったんだから、感謝しろよな」 好恵の脳裏に、浩之との別れ際の会話がよぎる。 『いいんちょのことだから、きっとぎりぎりまで粘って無茶しやがるだろう。だから、 お前がついて、いいんちょを護ってやってくれ』 ……うらやましい奴。 好恵は智子の身体を抱いたまま、開け放たれた窓めがけて助走をつける。 「ちょ、ちょっと、うちのデッキ〜」 先ほどまで智子と一心同体であったサイバーデッキ『フチ・サイバー9』と、智子 カスタマイズ済みのユーティリティ群をかろうじて引っつかむ。 好恵は裏に停めてあったトラックの荷台に着地し、二歩進んで地面まで飛ぶ。 「ぐずぐずしてると、命を落としかねねぇぞ」 渋る智子を助手席に押し込み、好恵はトラックを発進させた。 ★11:35 p.m. XDラボは壊滅状態にあった。 浩之は、プレデターを片手に、次々とラボ内にある監視カメラを壊している。 そして残り一台になった時、腕を下ろしてあかりと葵のほうを向いた。 「……ほい、コレ」 浩之はあかりに四角い機械の塊……メモリー・ブロックを渡した。 既に、光学迷彩に身を包んだレミィを含め、四人ともラボの入り口を出ている。 「早く外に出ろ」 「ブラウン……」 「オレはまだやることがある」 「でも……っ」 「いいから、行け!」 結局、その気迫に押されたまま、あかりたちは一歩、二歩とラボの外へと進む。 浩之は一息つくと、首を振りながらラボの中に舞い戻った。 ジンが気がつくと、浩之が背を向けたまま、たった一台残った監視カメラを凝視し ている。 幸いにも、こっちには気づいていないようだ。 ----最後に勝つのは、この俺さ。 ジンは左手親指に仕込んだモノフィラメント・ウィップのリリースを外した。 そして、ゆっくりと左腕を後ろに反らせる。 後少しで浩之に振りかぶろうとしたその直後。 浩之がジンの方に向き直った。 プレデターがジンの頭に当たる。 パン、パン! 重く乾いた音がラボの中に響くや、モノフィラメント・ウィップを親指から伸ばし たまま、ジンは命を落とした。 「……!」 突然の音に、あかりたち一同は思わず立ち止まる。 浩之はジンの顔を最後まで見て、絶命しているのを確かめてから、監視カメラのほ うに顔を向けた。 「いいか、レッド・サムを倒したのはこのオレだ……」 一語一語、噛み締めるように言いながら、浩之は監視カメラのほうを睨む。 「かたきを取りたきゃ、オレだけを狙え!」 そして、プレデターを一発撃った。 監視カメラのレンズが粉々に砕ける。 それから、浩之は出口へと駆けだした。 ★11:40 p.m. 「おい、しっかりしろ」 首筋に覚醒パッチを当てられ、ようやくデヴィッドは目が覚めた。 「ざまぁねぇな」 尻餅をついたまま見回すと、既に先行の二人とも、頭を振りながら目を覚ましてい た。 「……追うぞ」 デヴィッドはふらつきながらも立った。 「何分経ってると思ってるんだ……」 冷笑を浮かべる部下の顔を、さらに冷たい視線で射すくめる。 「あの女のポケットに、バグ(発振機)を投げ込んだ」 一、二歩玄関まで進むと、いつもの調子が戻ってきた。 「借りは返す」 デヴィッドのその口調に、さすがに従わないわけにはいかない。 そう、俺達もプロだ。 ★11:42 p.m. セバスチャンの運転するリムジン『ミツビシ・ナイトスカイ』は、よどみなく静か に停まった。 「着いたわ」 流れるような動作でセバスチャンが後部ドアを開けるや、綾香が優美に外に出た。 それにニシムラ一尉が続く。 「ここは……」 ほの暗く油まみれの臭いが立ちこめる中に、体育館を何倍にも大きくしたような、 カマボコ型の建物が整然と列をなしている。 倉庫街だろうか。 その中を、綾香とセバスチャンはハンド・ライトすら使わず、ずんずんと進む。 置いていかれては、かなわない。 ニシムラは遅れないようについて行くのがやっとである。 やがて、目の前に合金製のシャッターが見えた。 一歩前に出たセバスチャンが正面のパネルを開け、十何文字かのコードを打ち込む。 低い音とともに、シャッター脇の壁が左に向けてスライドした。 綾香は無言でその入り口をくぐる。 「どうぞ」 「……どうも」 セバスチャンがニシムラを促すので、ニシムラも仕方なく頭を下げ、入り口から中 に入る。 部屋の照明が灯った。 「おおっ!」 その照明の中央では、蒼と白に塗り分けられた、いかにも速そうなジェットヘリが 埃一つなく安置されている。 「時間がないわ。フライトプランは中で話す」 綾香が放ったヘルメットを、ニシムラは左手だけで器用に受け取る。 「こいつを飛ばしてちょうだい」 言いつつ、綾香は濃紺の気密服を装着した。 機体下にふくらむ二つのバルジを見、ただの高速ヘリではないと確信したニシムラ はヘルメットをかぶり、名も知らぬその機のコクピットに駆け寄った。 ★11:45 p.m. 『綾香さんとニシムラ一尉、『エール・カッツェ』で出ました』 「向こうの首尾はどうなっている?」 『浩之さんたちは、既に当該ポイントから離脱……『いもうと』たちのホスト妨害も 順次プロセスを消しています』 その報告を聞いて、長瀬はひときわ大きく反り返り、椅子を軋ませた。 「しかしまぁ、まさか智子君が《追跡》されるとはね……坂下君を送り込んだ浩之の 奴に感謝せにゃな」 『智子さんの方にもプロセス振り分けたほうがよかったですね……済みません』 「おまえが謝ることはないさ」 長瀬はふ、と眼差しを和らげて、現 MULTI 唯一の入力源である監視カメラの方を 見る。 「最小限で効率の良いサポートを……と言ったのは自分だ。おまえの解釈は間違って いない……」 ----次にもう少し良い判断ができればいいんだ。 そう言おうとして、長瀬は言葉を飲み込んだ。 良い・悪いの条件づけがあいまいだな。 ★11:54 p.m. 幹線道路をひた走り、『シックス』へと向かう斜路を降りようと、好恵はトラック の車線をゆっくりと左に変える。 「あれ?」 バックミラーを覗き込む智子が、いぶかしげに首をひねる。 「どうした、保科?」 「いや、エラいスピードでかっ飛ばす車がいるんや……乱暴なすり抜けしよるわぁ」 好恵はリアヴュー・カメラの視点を遠くに合わせた。 そこで初めて、後ろから猛スピードで突き進む黒いヴァンに気づいた。 『あいつ----!』 「勘」が告げた。 危険だ、と。 ここで追いつかれるわけにはいかない。 『シックス』に連れていくわけにもいかない。 好恵は車線を右に戻し、アクセルを踏み込んだ。 「あのトラック、急に進路を戻したな」 「……誘いに乗ってくれたか」 中央パネルに投影した発振機の位置を確認し、デヴィッドはつぶやいた。 「恐怖にかられて、どこへ行くのやら……」 運転者のつぶやきに、 「いずれは天国さ」 と返し、デヴィッドは後ろを向いた。 「適当な場所に出たら、そいつを使え」 「了解」 復誦する黒コートの男は、80センチほどある緑色のパイプ……AVM(対車両ミ サイル)のラッチを外し、いつでも使えるように照準器を起こした。 ★11:56 p.m. 蒼い『エール・カッツェ』は、夜空を切り裂いて北西に針路を取る。 操縦するはJIS(日本帝国)空軍技官・ニシムラ一尉。 その右隣でマイクを握るは、長い黒髪をメットに押し込んだ綾香。 『こちら綾香。……好恵、聞こえてる?』 三重にスクランブル(暗号変換)をかけた特定周波で、地上を走る好恵のトラック を呼び出した。 既に長瀬から、好恵が智子といっしょに行動している事を聞き出している。 『あ、綾香!』 電波の向こうの好恵は、硬い調子のまま言葉を繋げた。 『今、追われている……あいつらの仲間だ、きっと』 ちら、と目線をサイドパネルに落とすと、『エール・カッツェ』と好恵のトラック との位置情報がロードマップに展開されていた。 『二つめの斜路を下って、山の手に向かって! チャンネルはそのままフィクスして おいてね』 『……わ、わかった』 ★11:58 p.m. トラックが斜路を折れたのに、ヴァンが距離を置いて続く。 「この先は?」 運転手の問いに、デヴィッドがカーナビのロードマップを展開する。 「ふむ……ダンクル製薬の研究所脇をかすめて……新市街に出るな」 「人ごみの中でドンパチを押さえる策か?」 「確かに、今の速度なら三分もあれば抜けられるがな」 デヴィッドは肩をすくめた。 「あのトラックを『事故』らせるのも、それだけあれば充分だ」 黒コートの男が、天井のウィンドウを開けた。 そして、AVMランチャーを迫り出させ、天板に二脚で固定する。 「一発でキメてやるさ」 つぶやいて、照準器の緑色がかった画像にサイトを合わせる。 数十秒後、サイトの十字線が赤く燈った。 トリガーを引く。 軽い音と、オレンジ色の後方排気炎を残し、白い噴煙をたなびかせてミサイルがト ラックの後部に吸い込まれた。 車線を変え、かわそうとするが、ミサイルはきっちりと後を追い掛ける。 そして、命中。 派手な音と黒い煙がトラックの後部を包みこんだ。 ★11:59 p.m. 「くっ!食らった!」 トラックはかろうじて走れてはいるが、元の半分のスピードがやっとである。 『次の別れ道を左に曲がって、突っ切りなさい!』 綾香の指示が、スピーカーから飛ぶ。 「それで何とかなるんか!」 たまらず、智子がマイクを引っつかんで怒鳴る。 『……任せなさい』 綾香は一言だけ告げた。 「やるしかないな」 好恵はトレーラー状態の後部荷台を切り離すと、ハンドルを心持ち左にきった。 そして、アクセルを目一杯踏み込む。 ほどなくして、鋼鉄製のゲートが、目の前を塞いでいるのが見えた。 「ちょ、ちょっと、本気かぁ!」 「本気さ」 だって、綾香が『任せなさい』って言うんだもんな。 トラックは『ダンケル製薬研究所第8日本支所』のゲートを突き破った。 ★12:00 a.m. トラックは自分たちの目の前まで迫ってきている。 綾香はサイドパネルについたダイアルを目一杯ひねった。 そして、右手にあるスティックを握る。 「あ、綾香さん!それってひょっとして……」 『そ、30ミリチェーン・ガンよ。……あのトラックを狙えるように動きなさい』 「い!」 ニシムラの背筋を冷や汗が駆け抜けた。 マジか、この女。 あのトラック、さっきまで話していた仲間が乗っているのじゃないのか! 『いいこと、あと10カウント以内につけるのよ!10、9、……』 人の命を取るか、綾香の命令を取るか。 ニシムラはサイドパネルをちらと見て、覚悟を決めた。 『エール・カッツェ』の機動を横滑りさせ、トラックの後部から撃ち下ろせるよう に背後につける。 『……3、2、1、ファイアー!』 綾香はスティックの赤いトリガーを引き絞った。 ズンズンと響く重い音とともに、口径30ミリの炸裂弾が数十発吐き出される。 あっという間に、トラックは轟炎を上げ爆発した。 ★12:01 a.m. 「な、なんだ?」 後を付いてきたGMC『グランダー』は、目の前で炎の塊と化したトラックの残骸 に、思わず門の前で車を停める。 その上から、ジェットヘリが舞い降りた。 『貴官の所属を明らかにせよ。正当な所属無く当地に侵入するものは、企業法により 無条件で撃破する』 外部スピーカーから、強い調子で声が響く。 ----くっ、ダンケル財団のセキュリティか! デヴィッドのサイバーアイは、放熱しきれていない二門の銃口を見逃さなかった。 あれを食らったら、ヴァンなどひとたまりもない。 デヴィッドたちは一言も答えず、Uターンの後で大急ぎで元来た道を駆け下りた。 「こんな感じでいいですかね?」 「上出来よ、一尉」 綾香はニシムラの目を見て微笑んだ。 「ちゃんとカウント内に撃てるようにしてくれたわね」 「無線のスイッチが、入ったままなのに気づいたんで」 ニシムラは操縦桿を動かし、トラックの傍に近寄らせた。 案の定、建物の影から二体、ヘリに向かって近づいてくる。 「それで、わざわざカウントしたんですね。あの二人が飛び出せるように」 「んー」 綾香は口に人差し指を当て、そして答えた。 「……ま、好恵の技量を信じてるから」 「ところで……」 「何?」 「ここ、別企業の敷地じゃないんですか?セキュリティの名前をかたって、大丈夫な んすかね?」 「……今、何時?」 「は……○○○三(まるまるまるさん)時ですが」 「じゃ、うちの敷地よ」 綾香はそう言うと、にんまりと極上の笑みを浮かべた。 『エール・カッツェ』は二人乗りである。 後部に若干の余裕はあれど、それでも狭いコクピット内に四人は、かなりきつい。 「ところでどっちに行きます?」 「もう、首動かさんといて!」 智子の平手がニシムラの肩を打つ。 「いててて……すんません」 左肩と首筋に感じる、柔らかくも甘い感触に、心の中で快哉を叫ぶニシムラ一尉で あった。 ★09:05 a.m.(PST) 執行済みの契約書の束をファイルにまとめ、ジョシュアは革張りの椅子に座った。 そして、ページを繰る。 つい先ほど、ジョシュア自身が物言いをつけた、その場所に目が移る。 確かに、元の契約書には明記してなかった。 契約を持ちかけた側の時間帯に属するのが常識だったから。 そのおかげで、600万新円も契約額をつり上げることができたから、まあ良しと せねばなるまい。 ジョシュアは眼鏡をごくわずかに直すと、ファイルをキャビネットにしまい込んだ。 『第16条二項 当該契約は×月×日 0:00a.m.(JST)をもって有効と なる』 PST(太平洋標準時)→JST(日本標準時) 後にこれは『600万新円の一文字』として、弁理士の間で有名になる。 第八話 Redeeming dogs 終 --------------------------------------------------------------------------- はふぅ、やっと後始末ができた。 次は、短めのインターミッションを挟みます。 ついでに、今まで出てきたキャラクターも公開できればいいなぁ。 レスです。 ○『露出』R/Dさま いつも楽しい作品、ありがとうございます。 バカ歩き省と『恐怖のかくれんぼ』が好きだったりします(笑)。 ○『この世で一番愛しいあなたへ』ミヤコ屋さま いや初音ちゃんのが、痛い。 こういうの書けるんですね。尊敬します。 >まさた館長(管理人)様 今回の話ですが、 タイトル:『東鳩ラン#8:Redeeming dogs (Side E)』 コメント:闘いの後始末……。 で、お願いします。http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm