『東鳩ラン#8:Redeeming dogs (Side D)』 投稿者:水方 投稿日:4月29日(土)00時10分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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★11:23 p.m.

「ちっ!」
 杖を持った女メイジ・キャシーは、ジンと目線を合わせた。
 ジンはちらと見てうなずき、キャシーを浩之から隠すように立ちはだかる。
 そしてキャシーはXDラボの外に出た。
 ----まず、あの女を倒すのが先だ。
 手近な部屋に飛び込み、鍵をかけ入り口に簡単な罠を仕掛ける。
 万一外から踏み込まれた場合、テーザー(電気銃)の放電を浴びせるように。
 そして、ソファーの影に埋まるように隠れた後、キャシーはアストラル世界へと投
射した。

 アストラル世界でも、キャシーの姿はほとんど変わらない。
 プラチナ・ブロンドのくせ毛を悠然と流す、赤い鎧の戦士。
 だが、その姿は輝きに満ちている。
 なおも手に持つ短い杖を振り上げると、オーラの煌きがさらさらと後を引く。
 傍らに、炎の精霊と、風の精霊が現れた。
『行くよ』
 一声出してから、キャシーは駆け出した。
 遅れじと、精霊二体もそれに続く。
 アストラル世界にいる、自分たちの「敵」を目指して。
 数は力。
 キャシーは負ける気がしなかった。


★11:24 p.m.

 浩之対レッド・サム三人。
 まともに戦って、浩之に勝ち目はない。
 芹香が活性化したフォーカスに込められた呪文……《鎧》(アーマー)のおかげで、
銃弾を何とか無力化しているにすぎない。
 けして広いとはいえないXDラボの中を駆け回りながら、浩之はレッド・サム達の
攻撃をやり過ごしている。
 だが、それもこれまでだ。
 現実世界にほのかに現れた芹香の顔に、驚きの色が張りつく。
 その白い姿が、すっと薄くなり、そして消えた。
「……!」
「これまでだな」
 二人のレッド・サムが、アサルト・ライフルを構えたまま、じりじりと浩之との距
離を詰めた。
 その後ろにはジン・ヤナガワ。
 浩之は腕を交差させたまま、動けない。


 その瞬間、独特の風切り音と爆音が一同の耳を打った。
「この音は……!」
 ジンがライトを向けたその先に、灰色の壷のような姿と、二本のマニピュレータが
浮かび上がった。
「ローター・ドローン!」
 こんな狭いところにまで入ってくるとは、リガーがコントロールしているに違いな
い。
 新たな脅威に対しての、レッド・サムの反応は早かった。
 ライフルの弾丸を特殊徹甲弾(APDS)に取り替え、二人揃って三点射で二回。
 反撃の暇も与えられぬままローター・ドローンはコントロールを失い、浩之とレッ
ド・サム達の間を通り過ぎ、そして壁に当たって派手に爆発した。
 爆炎が浩之たちを照らし出す。


 そこに、新たな影がいた。


「はっ!」
 小柄な影が拳を繰り出す。
 思わぬところからの一撃に、レッド・サムの一人はたまらず、のけぞってしまう。
 そこに、さらに目に見えぬ衝撃が加わり、そのレッド・サムは虚空を蹴飛ばし、そ
して倒れた。
 炎に照らされたその影は、二体。
「お待たせ!」
 小柄な影が浩之に近づく。
「良かった!」
 細身の影が、対岸の物陰から垣間見える。
「レッド!ブルー!!」
 われ知らず、浩之は大きな声を吐き出していた。
「うわ!」
 浩之たちに割り込もうとしたもう一人のレッド・サムの背中に、黒い矢が当たって
いた。
「どこだ!」
 ジンがその射線を確認し、アサルト・ライフルを一斉射する。
 しかし、手応えがない。
「……ゴールドまで……!」
 浩之はほくそ笑みながら、ジンに向かって駆け出した。


★11:14 p.m.(現在より10分前)

「でも、私……私は、浩之ちゃんのこと、放っとけない!」
 『志保』の狭い室内で、あかりは目に涙を浮かべたまま、志保の目を見る。
「あかり、死ぬ気?」
「このままなら浩之ちゃんが死ぬよ!」
 操縦をアスラーダにゆだねたまま、志保はしばし意識を飛ばした。


 浩之との約束では、みんなを綾香の待つ『シックス』まで連れていく事になってい
た。
「……そうすれば『儀式』ができる」
 浩之がつぶやいたその『儀式』が何たるかは、実のところ志保にもよくはわかって
いない。
 ただ、自分にとっても大事な事である、というくらいは、おぼろげにわかっていた。


 『志保』の意識の中に、割込み信号が入った。
 あかりがドアロックを開け、扉を開けようとしている!
 あわてて、『志保』は急ブレーキをかけた。
 幹線へと通じるランプ(斜路)を手前で折れ、潅木だらけのグリーン・ベルトに
『志保』を突っ込ませる。
「……アンタ、本当に死にたいのっ!」
 激昂した志保は、思わず旧友の胸ぐらをつかんで引き寄せる。
「死には、しないよ……」
 あかりの顔は、硬い調子で志保を見ている。
 ----だめだ、こりゃ。
 こうなったら、あかりは絶対に折れない。
「ええ、死なせませんよ」
 今まで黙っていた葵が、志保の手に自分の手を優しく重ねる。
「『死中に活を求める』ってのもあるネ」
 次いで、レミィが背中のポッドを直し、中を開けた。
 ポッドの中には、精巧な複合弓(コンパウンド・ボウ)と十数本の矢、そしてきら
きらと輝く薄い服が入っていた。
「志保、先に行ってヨ……ワタシたち、後からきっと合流するネ」
《あの繊維は……ルテニウム・ポリマー(熱光学迷彩繊維)……》
『わかってるってアスラーダ……ったく、あたしだって行きたいんだからね!』
「ごめん、志保」
 その言葉と同時に、ダイナマイトのリア・ハッチが空いた。
 次いで、軽い衝撃音。
 あかり、葵、レミィの三人は、そろって潅木の上に投げ出された。
『いいこと、みんな!』
 リグを切らぬまま、志保が叫んだ。
『……あたしの分まで頑張るんだよ!』
 そして三人の頭上に、独特の風切り音とともに、丸い壷から腕が二本生えた、ロー
ター・ドローン『ホッパー』が近づいた。
「うん!」
「わかりました!」
「任せるネ!」
 『ホッパー』に三人とも抱えられるのを確認し、志保は遠隔操縦ユニットにリグを
繋ぎなおした。
「運転はしばらく任せた……あの三人を、ラボまで送り届ける」
《了解》
 志保に負けず劣らずの急加速で、ダイナマイトは発進し、先ほど上ろうとしたラン
プを駆け上がった。


★11:25 p.m.

 精霊を呼び出しておいて正解だった。
 先ほど浩之に寄り添っていた白い影……芹香の傍には、水の精霊がいた。
 しかも、かなり強力な奴だ。
 ----こいつが、アタシの呪文を叩き落としたんだね!
 現実世界では防ぎようもない呪文も、アストラル空間でしかるべく手順を踏めば、
呪文の効力を削ぎ落とし、無効化できる。
 ----上等だ!
 アストラルに入ってかなり時間が経っているのか、芹香の姿は自分とは比較になら
ぬくらい薄い。
 勝利を確信し、キャシーは杖を振り上げ、芹香目がけて叩きつけた。
 一撃めは、芹香はかろうじてかわした。
 二撃めは、空間から湧き出た砂の塊が、杖を受け止めた。
 ----地の精霊!
 後は言葉を継ぐ暇が無い。
 地、水、火、風の精霊群と、芹香、キャシーらメイジたちの、壮絶なドッグ・ファ
イトが始まった。


★11:26 p.m.

 突っ込んできた浩之に対し、ジンはアサルト・ライフルを投げ棄てた。
 次いで、左腕を下から上に薙ぐ。
 親指に仕込まれたモノフィラメント・ウィップが浩之の体を真っ二つに薙ぐ。
 はずだった。
「その手は喰わねぇ!」
 直後、浩之の体が横斜めに向かって転がる。
 先ほどまで浩之の体を占めていたところをきれいに通り過ぎ、ウィップの先端が床
にあたって跳ね返った。
 単分子の刃が、ジンのほうに向かって不規則な軌道を描いて戻る。
「ちぃ!」
 あわててウィップを引き戻すが、そのせいで体勢が少し崩れた。
 そこに、浩之が突っ込む。
「はあ……ぁ!」
 白い放電がジンの身体を走る。
 ぶすぶすと音をたてて焦げるジンの鎧。
 しかし、ジンはなおも立っている。
「カタナ振り回すだけがサムライじゃねぇぜ……参る!」
 ジンは一歩踏み込んで、重いパンチを浩之に叩き込んだ。
 身体を浮かせて衝撃を逃がし、かろうじて手傷は負わない。


「副隊長ー!」
 腰からセスカ・ブラックスコーピオン(マシン・ピストル)を抜いたレッド・サム
は、浩之に向けて銃をポイントする。
「させません!」
 葵は一声飛ばすと、傍にあったドライバーを手に取り、気合を入れて投げた。
 通常ならば何の変てつもない物体も、葵の手にかかれば痛烈な刃と化す。
「ぐはうぅ!」
 次の瞬間、サムライの手にドライバーが根本まで突き刺さり、銃は引き金が引かれ
ぬままぽろりと床に落ちる。
「こなくそー!!」
 葵目がけて駆け寄ったそのサムライの背中に、もう一本黒い矢が刺さり、サムライ
の意識は暗い闇に落ちた。


★11:27 p.m.

 水の精霊が火の精霊を飲み込んだ。
 風の精霊と地の精霊は、共にその力を削りあってアストラルの彼方にかき消えた。
 そして、芹香とキャシーはお互いに手傷を負わぬまま、一進一退の攻防を続けてい
る。
『はん……アタシは生半な事ではやられはしないよ』
 凄絶な笑みを張りつかせたまま、キャシーは芹香を睨む。
『……趨勢は我らにあります』
 しかし、その中でも、芹香はあくまでも冷静だった。
『これ以上歯向かうようなら、手加減はしません』
『ほざくんじゃないよ、小娘!』
 そのセリフに激昂したキャシーは、一気に間合いを詰めて芹香を叩きのめそうとす
る。
 二人の間に、水の精霊が割り込んだ。
『邪魔だよ!』
 キャシーが杖を振りおろすと、水の精霊の身体が無数の水滴に別れ、アストラルの
彼方に消えた。
 いかな精霊といえども、高レベルのウエポン・フォーカス(魔法の武器)には勝て
ない。
 キャシーは再度の勝利を確信し、芹香のほうを向き直った。
『キド・ピウロ・クォ・バデス・ドロ・エスト・レヴィトン……』
 ----呪文!はん、やれるものならやってみな。
 キャシーは自分の周りに呪文防御の姿勢を取った。
 アストラル空間での呪文は、自身の肉体を蝕むことになる。
 一撃さえしのげば、アタシの勝ちだ。
『……ドロン・エル・ソディス!』
 呪文が完成し、七色の光がキャシーに向けて降り注いだ。
 その光を見て、キャシーは驚いた。
 ----な、なんて魔力だよ!アタシの倍近いじゃないか!
 そして、その呪文が自分自身ではなく、先ほど水の精霊を屠ったウエポン・フォー
カスに向けられた事で、キャシーは二度驚くことになる。
『し、しまったぁ……!』
 フォーカスに込められた魔力が、芹香から放たれた魔力に抗う。
 が、力の差がありすぎる。
 数瞬後、フォーカスは粉々に砕け、なお余った魔力エネルギーがキャシーの身体を
打つ。
 現実世界のキャシーの身体に《理力破》(パワーボルト)が炸裂し、アストラル体
のキャシーを飲み込んで、そのままキャシーの意識はどちらの世界からも掻き消えた。


 アストラル爆撃、成功。
 その直後、芹香の意識がふぅ、と遠くなる。
 アストラル空間での呪文は、自身の肉体を蝕むことになる。
 身体のそこかしこに痛みを覚えつつ、芹香は浩之のアストラル体の傍に寄った。


★11:28 p.m.

 浩之とジン、互いの身体は傷つきあっていた。
 ひとつの拳が繰り出されるたびに、また一箇所、相手の体が傷つく。
「ブラウン!」
 やっと目の前のサムライを倒した葵が、駆け寄ろうとする。
「二人とも、来るんじゃねぇぞ……」
 あのレッド・サム……ジンに対し、浩之は善戦していた。
 あと一撃でかたがつくところまで、追い込むことができた。
 もっとも、それはジンのほうも同じだ。
 後一発叩き込めれば、このガキの身体は倒れる。
 必要なら、拳に埋め込んだスパーを使ってもいい。
 間合いをはかり、息を整えるために、ジンはわざと大きな動作で浩之のほうに向き
直った。

 “Why...fight...?”(何故、闘う?)

 思わず、英語で問うた。
 言い直そうかと苦笑いを浮かべるジンの目を見ながら、ぜいぜいと息をつきつつ、
浩之はふらつきがちな脚をかろうじて立たせた。

 “...to heart”(心に)

 “to hurt?”(傷つけたからか?)

 “No...!!”(いや!)

 絶叫して、浩之はジンに飛びかかった。
 チャンスとばかりに、ジンは右腕を繰り出し、一動作でサイバー・スパーを伸ばす。
 浩之の左腕を、スパーの鋭い刃がかすめる。
 しかし、浩之はその腕を両腕で抱きかかえるや、さらに脚を絡め、全体重をかけて
腕をひしいだ。
 浩之の体に、スパーの刃が食い込む。
 ぎりぎりのところで、右腕の関節を極めることができた。

 そこで、浩之は叫んだ。
 “...To heart me!”(勇気づけられたからさ!)

 浩之たちの頭の中に、あかりやマルチを始め、いろいろな顔が駆け抜ける。
 もう、失いたくはない。

 そして、浩之はありったけの力を込めた。
 チタン鋼ベースの腕関節があらぬ方向に曲がる。
 鈍い音とともに、折れた。
「ウォォォォ……!!」
 恐竜のような一声を残し、ジンの身体はリノリウムの床に叩きつけられた。
 そして、意識はしばし、虚無の彼方へと飛ばされた。


(to be continued "Side E")
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 もう一話だけ続きます。

“To heart me!”
 はふぅ、やっとこのセリフが言えた(笑)。
 いや、この話を連作にするにあたり、辞書引いて調べて、古語としての heart
(動詞)に『勇気づける』って意味があるのがわかった時から、このセリフ
使ってやろうって思っていたんです。
 ようやく、『東鳩ラン』にした甲斐がありました。

 さて、久しぶりの出典列挙ですが、志保の使ったローター・ドローン『ホッパー』
は、車両拡張ルール/ソースブック"Rigger II"から、レミィの持つコンパウンド・ボウ
"Ranger X"は、追加アイテム集"Street Samurai Catalog"から、またルテニウム・ポリマー
は、拡張アイテム集"Shadowtech"から出しました。


 レスです。

○『私は大人になった』NTTT様
○『草原の輝き』
○『雨の日のバタフライ』
 復活、まずはおめでとうございます。
 綾香モノで二本、お得意のセリフもので一本。いや、久しぶりに芸達者な所を
見せていただきました。
 いつも思うんですが、書く物によって文章の流れを自在にコントロールできるのが
心底うらやましいです。

○『光差す庭』DEEPBLUE様
 うわ〜、優しい。
 タイトルに気がつかなければ、最後の落ちはわからない所でした。

 ようやく、あと三本で『東鳩ラン』も終ります。
 よろしければ、最後までお付き合い下さいませ。

○『賑やかな朝餉』 犬丸様
○『マルチがちっちゃいって事は便利だね』
 いや、面白いです。個人的には『マルチが〜』のほうがより好み。
>僕は「シャドウラン」をやったことはないのですが、ちょっとやって
>みたくなったりしました。
 GM(ゲームマスター)があんまりいないかもしれませんが、うまいGMに出会ったら
 本当に、通常では味わえないようなサスペンスもダークな雰囲気も味わえますよ<『シャドウラン』
 ただ、『東鳩ラン』みたいなノリでやる事は少ないかも(笑)。

○『妹離れ (1)』あかすり様
 やぱし月島(妹)はこうでなくてわ(笑)

○レミィSS AIAUS様
 やはり『R その六』の乳ネタが最高(笑)。
 さりげなくあかりが修羅モードなのもさらに最高(笑)。

○『抱けないあの娘』木村 二三男様
 ありそうですよね、琴音ちゃんの場合(笑)。

○『鬼狼伝(79)』vlad様
 はい、あなた様のサイトのほうも拝見いたします。
 うちのサイトにも、ここの作品に若干の加筆訂正をしたヴァージョンを載せていますので、
よろしければ御覧くださいませ。

○『Cryptic Writings chapter 5:LiVE aND LET DIE 第5話『暴走』』日々野 英次様
>浩之の活躍よりもヤナガワの渋さの方が自分は気に入りました。
>こういう悪役は最高に好きです。
 はい、わたしも気に入って書いてます(笑)。
 というか、少数の例外を除き、『東鳩ラン』に明白な悪役っていないんですよね。
>>>>[メガコーポが悪だぁ?おい、おまえの銃やサイバー機器、どこが作ってンだ?
木の又から生まれたとでも言うのかよ?]<<<<……なんていうシャドウトーク(落書き)
もありますし。

>後は『リーチ』が東鳩のキャラだともう言うことなかったんですけれども。
 済みませんです(謝り)。
 ラスト前の展開を考えると、どうしてもキャラを増やさざるを得ませんでした。
 よろしければ、最後までお付き合い下さい。


>まさた館長(管理人)様
 今回の話ですが、
タイトル:『東鳩ラン#8:Redeeming dogs (Side D)』
コメント:サムライ vs. ランナー……決して甘くはない
 で、お願いします。

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