『東鳩ラン#8:Redeeming dogs (Side C)』 投稿者:水方 投稿日:4月23日(日)04時14分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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★11:00 p.m.

 XDラボの火事騒ぎを聞いた保安主任は、電源管理棟の方は当直の者と『レッド・
サム』に任せ、待機状態にある保安員を叩き起こし、敷地内の異状をチェックした。
 果たして、マトリクス内では侵入者がIC相手に戦っており、下水溝のマンホール
の向きが微妙にずれていた。
 セキュリティ・デッカーに侵入者の現在位置探知を指示した後、保安主任は保安員
の一群を引き連れ、マンホール近くの裏手に潜んだ。
 そして、現れた侵入者達。
 直ちに保安員を展開させ、投光器のスイッチを入れる。
『そこまでだ!』
 6体の影が、灰色の壁をバックに浮かび上がった。
 保安主任は、自分の読みが当たった事に満足した。


★11:07 p.m.

 慌ただしく進路変更を繰り返し、かなりな速度でランプを下りる黒い『ダイナマイ
ト』
 その中で、志保は自分の顔に手のひらを被せていた。
『あっちゃ〜!』
《……囲まれていますね》
 上空からの映像で、浩之たちであろう一群が、煌々と白い明かりに照らされている
のがわかった。
 そして、その周りを十名近くの黒い人影が囲んでいるのも。
『1、2、……5いや6』
 『志保』は、監視ドローンのCCD画像から影の数を読み取った。
 同時に、スキャナーの設定を変えて別角度から画像を検証する。
《ターゲットの奪取には成功したみたいですが……どうしますか?》
『『ホッパー』が着くのには、まだ時間かかるよね?』
《11:15に合流できます。……が、その前にかたがつくでしょう》
 志保は歯噛みして口惜しんだ。
『こんなことだったら、監視用ドローン『ヴューワ』にミニガンでも積んどくんだっ
たよ』
《そんな事したら、一発で気づかれます! 敷地内に入った途端に撃墜されます!》
『わかってるってアスラーダ……』
 珍しく強い調子で警告するアスラーダをなだめ、志保はふと、申し分けなさそうに
付け足した。
『……ゴメン』
《何がです?》
『アスラーダとの約束……守れそうに無いから』
 言って、『志保』はアクセルを最大限に吹かした。
 いつにない調子に『サーブ・ダイナマイト』統括ユニットであるアスラーダは数秒
考え込んだ後、いつものように穏やかな調子で、たった一言だけ言った。
《気にしません》
 黒い『ダイナマイト』の後方からおびただしい噴射炎が上がった。
 速度計のデジタルは、実に 328km/h を記録した。


 浩之たちを押さえようと、一歩前に出た保安員達は、浩之たちの左手から爆音が響
いたのに気づいた。
『な、何だ?』
 その直後、フェロクリート製の壁の一角が粉々に砕け、同時に黒いスポーツカーが
飛び込んで保安員と浩之たちとの間に割って入った。
 あわてて、保安員たちはSMGを乱射する。
 が、黒いヤツにの外装に、弾丸はやすやすと弾かれ、火花だけが散った。
 逆に、浩之たちのほうから放たれた銃弾が、確実に投光器のレンズを割り、あたり
を元の暗闇に還そうとする。
 浩之たちと数人の保安員が車へと駆け寄った時、黒い車の右後部から濃青色の煙が
吹き出し、保安員たちを包んだ。
 あっという間に、周りが煙りに巻かれる。
「うっ!」
 その煙を吸い込んだ者は、全身から力が抜けて崩れ落ちた。
『早く乗って!』
 ばたばたと扉を開く音がする。
 かろうじて立っていた主任をはじめ、三人がSMGを撃ちつつ後方に下がった。
 が、煙のせいで視界が確保できず、手応えがない。
 そして、煙が晴れる頃には、黒い車は姿を消していた。
 後には、よだれを流しながら倒れている保安員たちの姿と、灰色の壁にぽっかり空
いた黒い穴だけ。
 冥界へと通じる入り口を連想させ、保安主任は呆然と立ちつくしたままだった。


★11:08 p.m.

「今の、何?」
 あかりが不安げに後ろを向いている。
《p−オイトロキシン134……暴徒鎮圧用ガスです》
「だったら、数時間もすればまた起き上がるヨ……非致死性だシ」
「そうなんですかぁ。お詳しいですね宮内センパイ」
『はいはい、なごんでいるのも今のうちよ……早いとこ安全圏まで逃げなくちゃ』
「そうよね……」
 あかりはそこで前を向き、はじめて気づいた。
 横にいるのは葵とレミィ、前の助手席では新田がマルチを後ろから抱きかかえてい
る格好でぐったりとシートを埋めている。
「ブラウン……浩之ちゃんは、どこ?」
 あかりの顔に、不安の影が張りつく。
『……あいつは……別行動だよ』
「な、何でよ志保!」
 ケーブルを引きずりつつ後ろを向く志保に、何か別の影が張りついている。
『これも計画のうち……とりあえず、あたしの役目はみんなを運ぶ事……それに』
「ソレに?」
 レミィが続きを促す。
『今6人載せてるのよ----定員オーバーなんだから』
「じゃぁ、わたし降りる!」
『わがまま言うんじゃないの!』
 志保はきっ、と今までにないきつい目をあかりに向けた。


★11:10 p.m.

 黄金色のハリセンが、大きな蜘蛛の頭をぶっ叩く。
 それで、決まりだった。
 ハリセンの当たった場所からテクステャが無数の細片に分解し、致死性IC「ブラ
ック・ウィドウ」は電子の大海にかき消えた。
「ふぅ……」
 一息ついた智子は、そのままログアウトしようと、攻撃ユーティリティ『どついた
る!』を仕舞った。
 そこで、はじめて自身が怪我をしていることに気づいた。
「かすり傷やな」
 傷口を見て、またログアウトしようと顔を上げ……そして、再び智子は傷口を見た。
 自分のアイコンの一部が、血が落ちるかのようにマトリクスの大地にぽたり、ぽた
りと雫を滴らせている。
「……しまった!」
 自分の居場所が逆探知されている!
 あわててログアウトを試みたが、予想どおり自分の意識がマトリクスを離れること
はなかった。
 そして智子はホスト内を駆け巡った。
 出口を求めて。


★11:11 p.m.
「ふふ、もう遅いよ小鳥ちゃん」
 保安室の北側中央にあるコンソールの片隅で、『リーチ(蛭)』の異名を持つデッ
カーが歯医者を思わせるシートに寝そべっている。
 もちろん、デッカーの意識はマトリクスの中にある。
 探知ユーティリティの助けを借り、デッカーはやすやすと小鳥の姿をした侵入者の
居場所を突き止めた。
「場所は……旧市街だな」
 デッカーはカンパニーマン(企業工作員)に連絡をとり、後の始末を依頼した。
『任せておけ。うまくやっておく』
 デヴィッドと名乗ったカンパニーマン班長は、そう意気込むと回線を切った。
「あとは、見てるだけさ」
 デッカーはログアウトした後も、コンソールのモニターを見つめていた。


★11:12 p.m.

 その時、ニシムラ一尉は自室で本を読んでいた。
 ポロリロピロリ〜ン……!!
「わっ!」
 電子音のチャイムの音にびっくりし、ニシムラは本を床に落とす。
 次いでインターコムのスイッチを入れ、そこに浮かび上がった画像に二度びっくり
する。
「……来栖川綾香様!」
「『様』づけはいいって言ってるでしょ……」
 スクリーン中の画像が、ふ、と溜め息をつく。
「すぐに準備しなさい。出ます」
「で、出ますって、どこに? なんで僕が……」
「必要があるから呼んだのよ」
 綾香の声は冷静でよどみがない。
「3分後に、玄関の前で……セバスが連れてってくれるわ」
 そして通話が切れた。
 ニシムラ一尉は、頭を掻きかき、本を机の上に置いて濃紺のジャンパーを羽織った。
「僕の助けね……」
 つぶやいて、二十秒後にはもう部屋を出ていた。
 JIS(日本帝国)の軍人のできる事など、そう多くないと考えながら。
 しかし、妙齢の女性の頼みとあれば、断れない。
 相手が綾香ならなおさらだ。


★11:18 p.m.

 XDラボは、まだ煙がうっすらと残っていた。
 その煙をものともせず、葉山と柳川の二人は中央の『コクーン』に駆け寄る。
「いったい何だって言うんだ?柳川」
 コクーンを前に屈み込む柳川に、二歩遅れた葉山が声を飛ばす。
「……もうあのロボット、『マルチ』は奪われてしまったんだぞ?」
 解析データの先頭にあった識別子"MULTI"から、葉山はあのロボットのことを『マ
ルチ』と呼んでいた。同じ名前であったのは、もはや必然であろう。
「ああ、あった」
 柳川はそう言うと、コクーンの中央から新書大のブロックを引き抜いた。
「なんだ?」
「いや、あのロボットと外部記憶ディスクの間に挟まっていたものさ」
 右手を差し出し、葉山にそのブロックを見せる。
「これは……メモリーブロックか!」
「あのディスクが外部へと情報を伝えるための物であるならば、おそらく、この中に
加工前の生データが眠っているはずだ……いざとなればSQUID(メモリ情報表示
出現機器)で洗う」
「ああ、なるほど」
 葉山は大きくうなずくと、そのブロックを手に取り、ひっくり返した。
「独立電源でバックアップされてる……インターフェイスは光……」
 ためつすがめつ見てから、葉山は柳川に向けて顔を上げた。
「これがマルチの秘密か……」
 柳川はにやり、と笑うと、そのブロックに手を置いた。
 あたかも、聖書に対して宣誓する証人のように。
「うちのAIに、全部吸い出してやる」

 その瞬間、二人の背後に気配が生まれた。
「「!」」
 驚く暇もあらばこそ、白い放電が二人を包み、相前後して葉山と柳川はリノリウム
の床に崩れ落ちた。
「……そうは、させねぇ」
 メモリーブロックを片手に、浩之が立っていた。


★11:20 p.m.

 電源管理棟が、故意に過負荷状態になってから十五分後。
 レッド・サムの部隊を巻き込んで、一帯が派手に爆発した。
 その割に、驚くほど被害半径が少なかった。
 まるで、エネルギーがどこかに吸い取られたかのように。
 そして後には、手負いのサムライたちだけが残っていた。


★11:21 p.m.

 XDラボにも停電が訪れた。
 非常用の、うっすらと赤いミニランプの中を、ゆっくりとした足取りでコンソール
に近づき、そこかしこをいじった。
「やっぱ反応ねぇな」
 つぶやいて、浩之はコンソールから離れた。
 マルチの「こころ」を癒した結果……浩之だけでなく、あかりや智子、他のみんな
に対しても『会いたい』と言った時のデータ。
 それを取り戻すために、浩之は危険を冒してここまで戻ってきたのだ。
 次いで入ってきた研究員らしき人間が、手際よく『ブロック』を抜いてくれたのは
幸いだった。
 自分だったら、さらに時間を食っていた事だろう。
 あわよくば解析データも奪うつもりだったが、停電で機械が死んでいてはさすがに
何もできない。
 ため息一つ残し、浩之はラボを出ようとした。
 その直後。
 『嫌な予感』を感じ、浩之は傍らの機械の影に隠れた。


 まず、ハンド・ライトを肩に背負い、血まみれのアーマーを着た大振りな男が入っ
てきた。
 次いで、アサルト・ライフルを腰だめに構えた、同じアーマー姿の男。
 そして、杖をついたごつい女性の腕を取りながら、ひときわ眼光の鋭い男が最後に
ラボに入った。
 その顔には見覚えがある。
 マルチを追いかけた自分を揶揄した男。
 あの時、自分の腕を真っ二つに薙いだ男。
 ジン・ヤナガワ。
 怪我を負っているとはいえ、それでも手練れの『レッド・サム』が4名。
 浩之一人に勝てる相手では無い。


 その時、杖を持った女性がその杖を浩之のほうに向けた。
 数秒後、部屋の中に炎が宿る。
 人の形をした炎……ファイア・エレメンタルが現実世界に実体化した。
「隠れてても無駄だぜ」
 死の宣告のように冷徹なジンの声が、浩之の耳朶を打つ。
「……しゃぁねぇなぁ」
 ジンが合図すると、ファイア・エレメンタルが浩之の方に飛び掛かってきた。
 あわてて、浩之は横ざまに飛びだす。
 女性と目が合った。
 軽く口の端を歪め、その女性は杖と指を大きくうねらせた。
 ----呪文が来る!
 とっさに腕でかばう浩之。
 だが、アストラル空間を通じ現実世界にグラウンドする呪文に対し、そのような防
御行動など無力に過ぎない。
 女性の呪文が完成し、七色にきらめく光の刃……《魔力破》(マナボルト)がアス
トラル空間を切り裂いた。
 数瞬の後、浩之の体に光の刃が突き刺さり、浅からぬ手傷を負う。

 そのはずだった。
 しかし、いつかな、効果が無い。

「呪文が消えた?」
 そのつぶやきの後で、待機していたサムライ二人がアサルト・ライフルを斉射した。
 浩之は転がりながら回避した。
 それでも何発かは確実に命中していた。
 しかし、浩之の動きは止らない。
「馬鹿な!なぜ効かない!!」


 殺られる!
 そう思った刹那、自分の腕に、ほんのわずか、温もりが生まれた。
 そして軽い衝撃。
 足元には、衝撃でマッシュルームのようになった銃弾が、三発落ちている。
 そして、自分の腕に添えられた、白くほっそりとした手。
 その手は、ローブらしき布をまとい、その頭は大きな鍔のついた帽子をかぶってい
た。
 その鍔が、自分の体に溶け込んでいる。
「先輩!」
「……」
 遅く、なりました。
 アストラル空間から現実世界に顕現(マニフェスト)した来栖川芹香は、ちょっと
はにかんだ様子で浩之と目を合わせた。


「あの腕輪……輝いている!」
「けっ、マジック・アイテムかよ」
 吐き捨てるように、ジンがつぶやいた。


(to be continued "Side D")
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 いや、前回の "Side B" が、「ぜんぜん『東鳩SS』じゃねぇ!」というきついお
しかりを受けたもんで、これではまずい、と、あわててつづきを書きました。
 前回の部分が、『東鳩ラン』設定面での卑怯技(浩之たちと全然別の存在が電源管
理棟を襲ったこと)に対し、今回の卑怯技は、『シャドウラン』のルール上の卑怯技
です。たぶん、ゲーム上は、芹香がやったみたいに、『他人の持っている(自分の)
フォーカスを活性化させる』ことはできません。

 やっと、芹香先輩が出てきました。
 さあ、あと一回でこの第8話は終わりです。
 自分の考えている所まで話が進むといいんですが。
 なお、『東鳩ラン』自体はインターミッション:2と、第9話で完結します。

>vladさま
 図書館にある分は全部読みました。
 いや、やっぱり、流れを書くのがうまい。
 『修羅の門』しか読んでない自分にも、どんな感じなのかが手に取るようにわかります。

>R/Dさま『伝説2』
 この場所に矢島がいたとしたら、『死の橋』の老人に「好きな色は?」と問われ、「あかり……いや青だ!」と答えて飛ばされるんですかね(笑)。
//この間、衛星放送でやっていました。<「モンティ・パイソン&ホーリー・グレイル」


 みなさま、感想ありがとうございます。
 ここでレスをあげられませんが、みなさまの作品はきちんと読んでおります。
 みなさまの力量には到底及びませんが、なんとか『東鳩ラン』を完結させるべく
頑張りますです。


>まさた館長(管理人)様
 今回の話ですが、
タイトル:『東鳩ラン#8:Redeeming dogs (Side C)』
コメント:浩之の闘い、いよいよ正念場。
 で、お願いします。

http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm