『東鳩ラン#8:Redeeming dogs (Side B)』 投稿者:水方 投稿日:4月21日(金)00時48分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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★10:54 p.m.

 11分42秒。
 ワカッタ・ソフトウエアの誇るAI『エクス』に、マルチの制御回路を走査させ、
そのコードのほとんどを解析させるのには、たったそれだけの時間で十分だった。
 惜しむらくは、その直後に電源が不安定になり、いま『エクス』は人間に例えれば
一休みの状態にある。
「とりあえず、わかっている範囲で聞こう」
「極めて興味深い実装です」
 研究員が、軽い驚きを浮かべながら葉山に報告した。
「複数の制御系統を、あの小さなボディに内装していました……」
「ほう?」
 そのセリフを聞き、紙コップを両手に持った柳川が二人に近づいた。
 キリマンジャロの強い香りが、三人の顔を順繰りになでる。
「あ、すみません……ふぅ」
 コップを受け取った研究員が、一口すすって一塊の息をつく。
 もう一つのほうを葉山に勧めたが、軽く手を振って「いらない」と言った。
 コップを両の手のひらで包みこみながら、柳川は研究員に続きを促した。
「ええと……固定反応を速やかに行う……便宜上A群と呼びますが……外から与えら
れた手順を正確に再現する……こちらはB群ですね。その二系統が両方実装されてい
ます……つまり……」
「反射と動作?」
「そうです。あと、これはまだ解析できてませんが、その他にもう一系統、どちらと
も判別できませんが……何か、あります」
「釈然としないようだな。で『頭の中』は覗けたのか?」
 葉山のそのセリフに、研究員は紙コップを持ちあげ、腕をすくめる。
「それが全然」
 研究員はそこでコーヒーをあおった。
「メモリはふんだんに積んでるんですけどね……データが少なすぎます……あと、」
「あと?」
「頭の両側面に、かなり大きな絶縁シールドが入っています。耳の穴のさらに奥だか
ら、ちょっと見た目にはわかりませんがね」
 『コクーン』に入っているマルチは、アンテナカバーを外していた。が、手練れの
研究員にかかれば、どのような用途でそれがあるのか容易に類推できる。
「……おそらく、ハイパワーな入力を受けるためのコネクタでしょう」
「どう見る?」
 葉山の顔に薄ら笑いが浮かんでいる。
「今はなんとも……ただ」
「ただ、何だ?」
 柳川の視線をまともに受け止め、葉山はにっ、と口をつり上げた。
「ただの人形じゃなさそうだ。それを確信した」


★10:55 p.m.

 商談も終わりに近づいていた。
 相手先の代理人・ジョシュアは、つい一分ほど前に戻ってくるや、簡潔に「了承し
ました」とだけ綾香に告げた。
 ----さて、最終ラウンド。ここが正念場よ来栖川綾香!
 満点に近い優美な笑みを浮かべながら、心の中の自分はその姿を叱咤する。
「契約はどうなさいますか?」
「今、この場で」
「結構」
 執事の傍らのスリットから、数十枚の厚い紙が吐き出される。
 セバスチャンはそれを手でまとめ、重さを感じさせず、うやうやしく綾香にさしだ
した。
 契約書に書かれた条項、違反条項、効力発生時に失効時……等々、もろもろでぎっ
しりと紙面は埋め尽くされている。
 もちろん、スクリーンの向こうの相手も同じ書面を机に出現させていた。
 互いの手元の契約書を確認する間、紙をめくる音だけが周りを支配する。
 ----気づくか……素通りするか……。
 文章を確認しつつも、綾香の心境は穏やかとは言いがたい。
「ふむ」
 契約書をのぞき込むジョシュアの顔に、一瞬しわが寄った。
 ----気づかれた!
「当初の契約書とは一部分違っていますが」
「当初の契約書では定めていなかった部分を厳密に表記したのです」
 きっ、とまなじりを上げ、綾香はジョシュアをねめつけた。
「フェアではありませんか?お互い、太平洋をはさんでの契約ですから、その部分で
誤解が生じるのは当方としても得策ではありません」
 勢いを舌の上で爆発させ、一気にまくしたてた。
「……世界を股にかけるダンケルザーン財団だからこそ、あえて厳密に、契約を執り
行なおうと、しているのです」
 スクリーンの向こう……ダンケルザーン財団の代理人は、眼鏡を光らせたまま、何
も答えない。
 しかし、その瞳に迷いの影はなかった。


★10:56 p.m.

 電源管理棟は炎に包まれた一面を見せながらも、なおも持ちこたえていた。
 黒い防熱服をかぶって消火活動にあたる保安員を尻目に、広い管理棟を二人単位で
展開するは、これまた黒い硬質鎧・セキュアアーマーに身を包んだ『レッド・サム』
三番隊、十二人。
 最初にそいつを見つけたのは、第5班の『先鋒』ハッターだった。
「うむ、目つきが悪いヤツだ」
 その男は碧緑色の時代掛かった鎧を着けていた。
「……格好だけじゃ、サムライにはなれないぜ」
 ハッターは同僚のメイジを呼び出し、気づかれぬように合図した。
『ウェポン・フォーカス(魔法の武器)じゃないな。マジシャンでもねぇ』
 数秒後、アストラルから戻ってきた同僚は、無線でハッターに答えを返す。
 同時にハッターは射撃モードを3点バーストに変え、FN社のアサルト・ライフル
HARを構えた。
 物陰に隠れ、銃身を壁に固定したまま、狙いをつける。
 炎に照らされた人の腕を狙うのに、大した苦労はない。
『29より03へ、T1(目標)インサイト(照準済み)』
 無線を飛ばしながら、ハッターはヤナガワのGoサインを待った。


★10:58 p.m.

「電源はまだ安定しないのか?」
 葉山の檄に、研究員は汗だくで声を飛ばす。
「まだ安定しません!」
 言いつつ、研究員は四度目の電源切り換え信号を送った。
 だが、コンソールに表示される値は、先ほどと大差無い。
「だめです!予備電源も同じ!」
 その時、XDラボ全体に警報が鳴り響いた。
「今度は何だ!」
 研究員がインターコムを押して保安部を呼び出す。
『電源管理棟で火災発生、予備電源も過負荷状態』
 クールな女声が、淡々と状況を説明する。


 その時、ラボの中央ドアから、つんと鼻を突く匂いとともに白煙が吹き出した。
「か、火事だぁ!」
 誰かが叫ぶ。
 それでなくても、XDラボは外光の差し込まない地下である。煙に巻かれて死ぬほ
ど嫌なものはない。
 電源の不調が、それに輪をかけていた。
 ハイテクで固めた消火設備も、電気が無ければただの飾り以下である。
 コンソールに張りついていた研究員は、あわてて多重制御の操作をし、全てのドア
を手動で解放できるようにテンションフリーにする。
 中央ドアをこじ開け、大小二体の消火作業員が足元の煙とともにラボに突入した。
「逃げてください!」
「排煙装置がうまく動きません!」
「誘導します、さあ、早く!」
 黒ずくめの防熱服に身を包んだ作業員が、素早く所員の間を駆け周っている。
 その時、反対側にいた所員が、ふいに足をすくめて机の上の器材を取り散らかした。
 ガッシャーン!!
 硬質の音がラボじゅうに響くや、所員たちは弾かれたようにラボの外に向かって駆
け出した。
「くっ……!」
 柳川も歯噛みするが、彼とても煙の中で立ち往生する趣味はない。
 途中、もう二人の消火作業員(二人ともでかい消火ボンベを背負っていた)とすれ
ちがいながら、XDラボの研究員は全員、中庭に飛びだしていた。


★11:02 p.m.

 予備電源への切り替え阻止、インターコムを横取りしてのアナウンス、そして排煙
装置の動作不良……。
 派手に動きすぎた。
 マトリクス内を警報が駆け巡り、次いで智子のペルソナの周りから、じわじわと近
づいてくるのは、蜘蛛のような形をした剣呑な黒いアイコン。
 しかも二体。
 まちがいなく、致死性IC(侵入対抗電子機器)のそれだ。
 攻撃用ユーティリティ『どついたる!』を準備した智子のそばに、ぶかっこうな赤
と緑の塊がやってきたのは、その頃だった。
 テクスチャもろくに張っていない、ごつごつとした塊。
 でも、その赤と緑の姿は、容易にあるものを連想させる。
 それを見て、智子はふ、と微笑んだ。
「間に合ったんや!----『チューリップ大好き』って言ってたもんなぁ、あの娘」
 次の瞬間、致死性IC「ブラック・ウィドウ」二体が智子に向かって飛びついた。


★11:03 p.m.

『状況を報告せよ』
 第5班に呼びかけたジン・ヤナガワの顔が、あっという間にどす黒く変わった。
 第5班のメンバーの心拍数をモニターした画像が、綺麗に二つ、絶好調とはほど遠
い折れ線を次第に小さくしている。
「……5班がまるまる全滅だと!?」
『2班クメムラ、相手は凄い魔力です!か、勝てません!』
『4班ルード、あの女、アサルト・キャノンぶっ放しています!』
『1班サイゴウジ、赤いヤツの剣先が見えやしねぇ』
 予想外のセリフが、次々にヤナガワの耳を叩く。
 5班のフォローに回らせた1班のポータカムが、敵の姿を映し出す。
 その姿を見て、ヤナガワは思わず立ち止まった。
「違う!相手はあのガキじゃねぇ!!」


★11:04 p.m.

 スクリーンの電源が落とされた。
 はじめて、綾香が肩を落とし、革張りの椅子にしなだれかかる。
「良く頑張られました」
「高いモノについたけどね」
 傍らに寄ったセバスの顔をのぞき込み、綾香は微笑みを浮かべた。
 先ほど、商談のさなかに見せた、美しくも冷たさを隠さないクールな笑みとは全く
違う、温かい微笑み。
「向こう……財団もこのところハイペースで資金調達を行っておりますな」
「そうね。何に使うか知らないけど……その姿勢に助けられたわ」
 結局、ジョシュアはまゆ一つ動かすことなく、クライアントと再度の確認のために
席を外した。
 そして一言「了承します」と述べ、契約は綾香の望むとおりに執り行われた……。


 ……ほんの数十秒、椅子にもたれて背筋を伸ばすや、綾香はすっくと席を立った。
「どちらへ?」
「ニシムラのところに」
 セバスチャンを部屋に残し、綾香は廊下に出ると、天井からぶら下がっているあり
ふれた監視カメラに視線を注いだ。
「今のセリフ聞いたでしょ?後、よろしくね」
 瞳をきらめかせながら、綾香は廊下を駆け出した。


★11:05 p.m.

「『今のセリフ聞いたでしょ?』か。……あの人も人が悪い」
「綾香様は悪い人ではありません」
「今のは比喩というものだ」
 足を投げ出した姿勢のまま、長瀬は MULTI と言葉をかわす。
「そっちの様子はどうだ?」
「保科さんの手助けで、『いもうと』たちを送っています……大丈夫です」
 MULTIの声に、どことなく誇らしげな調子がかぶさる。
「大丈夫です……ええ」


★11:06 p.m.

 2分前に、状況が変わった。
 最初は、自分が加速しているのかと思った。
 いや、周りが遅くなっているのだと、『どついたる!』のアイコンを振り下ろしざ
まに智子は気づいた。
 ホストが高負荷なのだろうか。
 IC「ブラック・ウィドウ」の動きが、目に見えて遅くなっている。
 吐き出した七色の糸を苦もなく避け、智子は黄金色のハリセンを蜘蛛に向かって叩
き込む。
 小気味良い音の後、蜘蛛を形作るテクスチャが揺れ、一瞬だけ0と1のビットスト
リームがその姿を表す。
 手応え、あり。
 智子はアイコンを握りなおした。


★11:07 p.m.

 黒い消火作業服を脱ぎ、汗だくの姿が現れる。
 浩之はその背中にマルチを背負い、四人、いや五人は元の場所に戻ってきた。
 あかりが一言つぶやくと、木陰から新田の姿が浮かび上がる。
 作戦は成功した。
 警備室にあった発煙筒と消火作業服を使った単純なトリックだったが、智子のマト
リクスからの干渉、あかりの呼んだ住居精霊の《事故》のパワーが、人間心理の狭間
を突いて、見事、研究室から人を追い出せた。
 そしてマルチを連れ、浩之たちは裏手に戻ることが出来た。
「ふぅ……」
 浩之が一息ついたその時。
『そこまでだ!』
 敷地内を警報が鳴り響き、大光量のライトが一同を照らし出した。
 周りを囲むのは、みな揃いの制服に身を包み、手に手にSMGを持った、セキュリ
ティ要員達。
 数は10名以上。
 絶望的と言えた。


(to be continued "Side C")
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 ……何も申しますまい(爆)。
 続きは来週になります。なんとか、4月中には終えたい所です。


>まさた館長(管理人)様
 今回の話ですが、
タイトル:『東鳩ラン#8:Redeeming dogs (Side B)』
コメント:卑怯のあとに危機あり。
 で、お願いします。

http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/replay/ss/index.htm