『東鳩ラン#8:Redeeming dogs (Side A)』 投稿者:水方 投稿日:4月4日(火)01時22分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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◆アバンタイトル

 2040年を迎えてすぐ、来栖川中央研究所に新しく第7研究室がつくられた。
 その時から、新田大悟郎は主任研究員として籍を置いている。
 初代の室長よりも年上でしかも実務肌の彼を、口さがない者は『がみがみオヤジ』
と悪戯小僧のように呼び、そうでない者は『おやっさん』として親しんでいる。
 1月の半ばを過ぎ、いつものように残業でただ一人研究室に残っていた新田は、休
憩のために建物の外に出た。
 そして、ゴールデンバットに火をつけ一服吸い込む。
 ほおひげにまとわりつく紫煙に心地よくなっていると、肌寒い風が吹き抜けた。
 新田は思わず首を縮め、空を仰ぎ見る。
 鼓の形をしたオリオン座がきれいに並んでいた。
 獅子のたてがみを構えた姿で星図に描かれている左手の先は、新田の居た研究棟に
隠れている。
 その屋上で、何かが動いた。
「……気のせいか?」
 言いつつも、たばこを揉み消し建物に戻るあたりが新田らしい。
 エレベータで最上階まで上り、左突き当たりの階段を上って、踊り場に出る。
 扉がかすかに開いていた。
「保安部の奴ら、寝てるのか?」
 ドアノブに手をかけたまま、しばらくその姿のまま考えをめぐらせた。
 結局、新田はゆっくりと鉄扉を開ける。
 音を立てぬように静かに扉を戻すと、新田は月明かりに照らされる中を、これまた
ゆっくりと歩いた。
 先ほど影が動いたあたりを見やる。

 そこには、白いドレス姿の少女がいた。

 近づくと、女の子はゆっくりと新田のほうを向いた。
 一陣の風が二人に吹き抜ける。
 少女の長い黒髪と、新田のよれた白衣が、扇のように広がった。
 風が吹き止んでから、新田は膝を突いて屈み、女の子と目の高さをあわせた。
「……こんなトコで、何してるんだ?」
「星……流れ星、待ってる」
 しっかりした声で、少女が答える。
「流れ星?」
 聞きながら、新田は少女の腕を取る。
 むき出しの腕は、かなり冷たかった。
「ねがい、ごと……」
「ああ、お願いしたいことがあるのか……」
 それにしても、保安部の警備をかいくぐって屋上に出るのは凄すぎる。
「……でも、お外に長くいたら、風邪ひいちゃうぞ……一緒においで。ココアぐらい
はごちそうしよう」
 そう言って立った新田のズボンのすそを、か細くも白い少女の手が握り締めた。
「まだ、待ってる」
「おいおい……」
 苦笑いを浮かべる新田の目に、彼女の腕に巻かれた象牙色のバンドが飛び込んだ。
 それで、ようやく理解した。
「今日は……そうか……」
 彼女がこの場所にいるわけを。
 敷地内ならどこであろうとセキュリティを黙らせられる、象牙色のセキュアバンド
を持っている少女など、新田の知る限りただ二人しかいない。
 ……今日は、UCAS大使を招いてのレセプションだったな。
 新田はもう一度膝を突いた。
「じゃぁ、その願い事、聞かせてくれないかな……おじさんのほうから、天の流れ星
さんに頼んでおくからさ」
 相手がわかった以上、こう申し出る自分に半ばあきれつつ、それでも目線をそらさ
ない。
 その小さな手に、ありったけの力をこめて、
「……おともだちが、ほしい」
 言葉を紡ぐ少女の瞳に、とまどいの色は無かった。


 そう……あのあと……出会って……別れて……
 忘れてると、思ってたんだがな……
 頭を打つ痛みのラッシュが、だんだんとおさまってくる。
 ……へ、もう終わりかよ……

「おい、おっさん」

 ……なんだ?あの世にも無粋なヤツはいるな……?

「新田さん、しっかりして下さい!」

 ん……確か、この声は……。

 そこで、初めて新田は目を開けた。

 分厚い鉄の扉が、きれいに開いている。
 そして、月明かりを背に立つ、4体の影。
 起き上がろうと左手をつき、初めて怪我が直っているのに気づいた。
 そして、その肩に添えられた、柔らかい温もりにも。
「もう、大丈夫」
 赤毛の女の子がリボンを揺らす。
 彼女の視線の先をゆっくりと追うと、
「遅くなったが、助けに来たぜ」
 膝を突いた浩之が、手を差し伸べていた。


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            "TO HEART" in 2057: Track #9
               『東鳩ラン#8』
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第八話 Redeeming dogs

★10:41 p.m.
 『コクーン』の展開を終えてから、三時間が経った。
 その中央に埋もれたまま、マルチの身体のそこかしこは引き剥がされ、コクーンと
同様に何色ものケーブルを繋がれている。
「どこまで進んだ?」
 葉山がチーフ格の研究員からレポート板を受け取り、問いを返す。
「機構部の解析は60%完了。平行して進んでいるインターフェイス部分は42%、
というところです」
「ソフトウエア部分は?」
 柳川が顔を持ちあげると、研究員の顔が義眼に写り込んだ。
「データ列の吸い出しはとっくに完了しています、が……」
「が?」
「CPU、カスタムLSI共に独自アーキテクチャを用いているようです」
 つかの間、研究員の目に疲労の色が浮かぶのがわかった。
「まだとっかかりですが、既存のどのコードとも、合いません」
「ふむ……」
 柳川は腕を組み、頭を倒して左隣の葉山の顔を見る。
「組み込み系でもハイ・パラダイム系でもないのか……さすがに、一筋縄では進まん
な」
「『エクス』を使えばいい」
 数秒まぶたを閉じ、目を見開いた時に放った葉山のセリフに、さすがの柳川も驚い
た。
「おい、『エクス』は今、5研が複合流体シミュレーションでぶん回しているぞ」
「ところで聞くが」
 柳川の表情など意に介さず、葉山は研究員に再度質問を投げた。
「本当に、データ列はこれで全部なのか?
「はい……それも謎の一つです」
「どういう事だ?葉山」
「少しばかり小さすぎる。こいつにはフレーム問題など存在しないだろう」
 葉山の放ったレポート板の値を見て、柳川はさらに大きく眼を広げる。
「……確かにな」
「『エクス』の流体シミュレーションは、20分間中断させろ……」
 葉山は言いつつ立ち上がった。
「……このデータ量、『エクス』なら15分で解析できる」
「は、はい」
 研究員はあわてて傍らのコンソールに寄りかかり、インターコムの受話器を取った。
「こちらXDラボのミシマ。AI『エクス』の制御権にオーヴァーライドする……準
備を進めよ」
「5研の奴ら、怒鳴り込んでくるぞ?」
「かえって喜ばれるさ」
 葉山の顔に、笑い皺が刻まれる。
「こうやって中断してやらなきゃ、人間のほうが先にくたばってしまう……俺達は仕
事が進まない口実を与えてるんだよ」


★10:42 p.m.

 緋色のスーツを流麗に着こなし、綾香は3Dスクリーンの正面に座っている。
 傍らでは、セバスチャンが万年筆で淡黄色のパッドにメモを書き込んでいる。
 そしてスクリーンには、縁の太い眼鏡をかけ、紙を七・三に分けた縞スーツの男が
書類フォルダの中身を確認しつつまっすぐ綾香を見ている。
 綾香は今、海の彼方の取引先相手に商談を持っている所であった。
「……おおむね、来栖川の提案は理解しました。完全に、と言うわけではありません
が、クライアントはかなり満足しておられます」
 金髪碧眼の縞スーツが、流暢な日本語で綾香に言う。
 音声を切ったとしたらトリッドの有名キャスターで通じるくらい、物腰に隙が無い。
「そちらの提示はほぼ受け入れた、と思いますが?ミスター・ジョシュア」
「確かに。ただ……」
 つかの間、眼鏡がきらめいたかのように綾香には思えた。
「前回までの提示には無い部分が入っています」
「その土地の販売は、そちらから申し出られた事だと記憶していますが」
 綾香は縞スーツから視線を外さずに、ゆっくりと言葉を乗せる。
「前々回の時には買収に難色を示されたと理解していました」
 ジュシュアもまゆ一つ動かさずに言葉を押し出す。

 ……お前の領分では、無いんだよ。
 会議室の円卓越しに言われた、浩之のあのセリフ。
 いかに格闘の道を極めても、綾香は相手を殺す立場に立ったことは、無い。

「その後の考慮の結果、そちらの申し出を受け入れても来栖川にデメリットはない、
と判断しました」
 綾香は表情を崩し、目を細めて微笑んだ。
「……今回だけの付き合いにはしたくありませんもの」
「それは、確かに」
 ジョシュアの眼差しがほんの少しだけ和らいだ、かのように思えたのは穿った見方
だろうか。

 ----ならば、わたしのやり方で、わたしの領分で、闘ってみせる。

「クライアントに諮ってみます。しばらく席を外させてもらってもよろしいか?」
「どうぞ御随意に」
 ジョシュアがスクリーンから消えても、綾香は気を抜かない。
 ふと気配を感じ、左側を向くと、セバスチャンがティーカップを差し出していた。
「ありがとセバス」
「いえいえ」
 アールグレイの濃厚な香りが、綾香の鼻孔を心地よくなでる。
 一口含み、いつもの事ながらその味に満足する。

 そう、綾香とて、伊達に来栖川の名前は背負っていないのだ。


★10:48 p.m.
 新田を背負い、倒れている警備員三人を尻目に、浩之たちは建物の外に出る。
 警報装置の無い事を確認してから、裏手に新田を横たえる。
「マルチの居場所は?」
「その……建物の……地下だ。両開きで……XDとロゴがあった」
 そこで、新田の顔が急激に歪む。
「早くしないと……マルチがバラバラに展開されてしまう!」
「インディゴ?」
『あかん』
 智子の返事は簡潔だったが絶望を伴っていた。
『そこのホストは未だ押さえてない。これ以上動いたら警報出るのは間違い無いとこ
やわぁ』
「都市精霊呼ぼうか?」
「元素精霊、二体までなら潰してみせます……けど」
 あかりの提案にも、葵の申し出にも、浩之は首を縦に振らない。
 確かに、今ならまだ警報は出ていない。奇襲の条件は揃っている。
 理緒に乱暴しようとした警備主任をやっつけた後、新田の居場所を聞き出して、電
撃的に仕掛ける事で『おやっさん』は現に確保できた。
 しかし。
「いやな予感がするんだ。素直に取り戻せるは思えない」
「虫の知らせ……ディビネーションね」
 レミィが浩之の肩に手を置くが、浩之はそちらを向く事も無く、新田の背後の闇を
睨んだまま考えている。
 レッド・サム。
 浩之の思考に影を落とすのは、6年前のあの惨劇。
 正直な話、このチームではサムライ1人がやっとの所だろう。
 ……
 三十秒ほど考えただろうか。
 浩之はおもむろにあかりの方を向いた。
「レッド。さっきの精霊に頼んで、『おやっさん』を隠しておけないか?」
「うん、できるよ」
「何か閃いたネ!」
「策と呼べるほどの策じゃねぇがな」
 浩之の眼に、かすかながら煌きが灯った。


★10:52 p.m.
 中央警備室に警報が鳴り響いた。
「状況を報告せよ」
 当直の保安主任がマイクをつかんだ。
「敷地内に侵入者あり!男女四名、メインの電源管理棟を襲撃しています!」
 ラウドスピーカーから声が響く。
「何て無謀な奴らだ……」
 保安主任の隣で、部下がつぶやきつつもコンソールを叩く。
「……こいつはクレイジーだぜ」
 モニターの向こうで、紅蓮の炎が舞っていた。
 手持ちの消火器は火の勢いを増すばかりである。
「C班、D班を回す。直ちに迎撃せよ!」
 マイクを持ったまま、主任が叫んだ。
「スプリンクラーや脱酸素消火ユニットは働かんのか!」
「反応ありません!」
「ええい、E、F班は消火活動にあたれ!」
「あっちは、どうします?」
 部下の言うのは、ここに駐屯している『レッド・サム』の『三番隊』のことである。
 隊長こそ協議のために外駐しているが、副隊長の切れ者ジン・ヤナガワを筆頭に、
10数名が敷地内の一角にいる。
「責任者のヤナガワにつなげ」
 保安主任はスクリーンを見てかぶりを振った。
「何といって呼び出します?」
「決まってるだろう」
 正直、自分たちだけでは荷が重い。
「『これは訓練ではない』だ」


★10:52 p.m.
「……うむ、わかった」
 研究室がある建物とは反対側にある『駐屯地』で、ジン・ヤナガワはハンドターミ
ナルを切りながらブリーフィング・ルームに入った。
 そのまま、教卓めいた指揮官席によりかかる。
「アテンション(注目)!」
 2分隊、12名の視線が一斉にジンに注がれる。
「侵入者は男女4名。メインの電源設備を片っ端から壊しまくってるそうだ……」
 ジンの背景に、保安室から回された炎の映像を出す。
 そこで一同の顔をざっと見渡すが、腑抜けた姿などみじんもない。
「オレの勘じゃ、リーダー格は目つきの悪いやんちゃ坊主だ」
 もちろん、浩之のことを念頭においている。
 兄の孝志から、マルチ奪取のいきさつを聞いているだけに、あいつが必ず乗り込ん
でくる、と踏んでいたからだ。
「……久しぶりに、ハメ外して暴れられる……そこで」
 一同の視線が、ねっとりと熱くなる。
 理由はどうあれ相手を倒すために極限まで体を張るのが、サムライというものだ。
「俺達も出るぜ。……三番隊全員、B装備でポイント8Dに迎え!」
「敵の生死は?」
 一人が挙手の後で発言する。
「リーダーは……できれば生け捕りにしろ。そいつ以外の生死は問わん」
 いくら修行を積んでも、3倍の人数相手のレッド・サムに勝てるわけがない。
 そうジンは考えていた。
「重火器の使用も許可する。どうせ電源設備は壊れかけてるんだ。派手にやれ」
 そして一同は電源管理棟に向かった。



(to be continued "Side B")
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 当『東鳩ラン』も第8話に突入し、いよいよ後がなくなりました(笑)。
 本当にこの話で『ラン』の決着がつくんでしょうか(爆)。
 なんて戯れ言はさておき、いちおうは終わりを見据えているつもりですので、
あと3回で終る、とは踏んでいます。
 卑怯技使いますから(核爆)。

http://ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm