『東鳩ラン#7:Ripping dogs (Side C)』 投稿者:水方 投稿日:3月16日(木)02時01分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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★09:56 p.m.
 目指す場所まで二十キロを切った頃、『志保』が呼びかけた。
『保科さんから入電よ!』
 続いて、ダイナマイトの中央ディスプレイに色分けされた線画が展開される。
「待ちくたびれたぜ」
 助手席の浩之、後部座席のあかりに葵、都合六つの目が、送られた画像に見入る。
「どこから入るの?」
「この分だと、下水道から共同溝に移れば、敷地内に行けそうですね」
 葵はそう言って、赤と青の線の交点近くを指差した。
「ほら、ここに点検用のハッチが」
「なら問題は、下水道にどう入るか、だな」
 地図を前に、しばし浩之は考え込む。
 二、三分も唸っていただろうか。突然画像の一部に蛍光色の光点がまたたいた。
 ディスプレイのボタンを操作すると、そこに広大な平地が現れる。
「これ……ジャンク・ヤード?」
「当たりだ、あかり。……さすがは志保だな」
「ここなら車を停めても大丈夫そうですね。さすがです!」
『あたしじゃないわよ。アスラーダでしょ?』
《いえ、わたしでも……》
「どっちでもいい」
 浩之は二人の掛け合いを遮った上で言葉を接いだ。
「で、ここまで何分だ?」
『十分少々』
「オレ達がここにたどり着くのが?」
《皆さんのデータを総合すると……12分から15分》
「10:30 p.m.をもって突入予定とする」
 その言葉を聞くや、後部パネルが黒く変色した。
『後ろのお二人はお色直しの時間でございま〜す』
 おどけた調子から、一転してたしなめる口調に変わる。
『覗いちゃダメよ!』
「……誰がだよ」


★09:57 p.m.
「最後に乾麺三箱……はい、以上で食材の追加は終わりです……明朝、六時に搬入で
すね。解りました。班長さんにそうお伝えしておきます」
 長い電話連絡を済ませ、厨房の調理員が受話器を置く。
「ふぅ、やっと終わった」
 額の汗を服の袖でぬぐうと、頭に被った三角巾のてっぺんからくせ毛が二本ぴょん、
と飛び出した。
「まったく、配信端末が壊れてるなんて一言も聞いてないよぉ」
 そのおかげで自分は長々と電話に向かってしゃべる羽目になったのだ。
 愚痴をこぼし、薄青い制服にエプロンと三角巾をつけた小柄な女性は傍の丸椅子に
ちょこん、と腰かけた。
 名を雛山理緒という。
 高校卒業後就職した会社が、メガコーポのM&A(敵対的吸収合併)のあおりを受
けて倒産し、人材派遣会社に名前を登録しての初仕事が、この厨房作業だった。
 それなりに給料もいいはずなのだが、派遣会社に上前をハネられていて、実入りは
さほど多くない。
 加えて、まだ学校に行く末の弟がクラブからあける前に出勤し、その弟が新聞配達
に出てから帰宅する。昼夜逆転のせいで、弟の顔を見ていないのが気がかりだった。
 だが、贅沢は言えない。
 身体に傷一つ無く、仕事にいそしんでいられるだけ、ましである。理緒はそう思い
ながら、日々の仕事をこなしていた。
 そんな中、二週間ほど前に決まった、新たな派遣場所が、この『ワカッタ・ソフト
ウエア』であった。
 初の大手ともあって、理緒は最初喜んだ。
 あわよくば、ここから始まる出会いで、素敵な人を見つけて、弟たちと幸せに暮ら
せればいい、とも思った。
 しかし、現実はそんなに甘くなかった。
 もともと、プログラマやSEには『納期』の概念はあっても『時間』の概念はない。
 午前二時にラーメンを要求する者もいれば、早朝にステーキを要求する者もいる。
 中には、ここでは扱っていない料理を要求し、理緒自ら自転車で外まで買いに行く
事もあった。
 さすがに女性として耐えられない事を要求された時は、上司である班長に助けを求
めたが、ともすれば自分だけでこの調理場を切り盛りしていかなければならない激務
の中、何処にそんな浮ついた余裕などあるのだろうか?
 何にしても、ひどく疲れる仕事である。
 疲れた時、理緒はいつも「あのひと」のことを思い出す。
 高校で、自分に優しくしてくれた、あこがれのひと。
 そう、藤田浩之。
 卒業後は一回も顔を合わせたことは無かったが、6年を経た今でも、一目見ればわ
かる自信はあった。
 ----あの時、追いかけていれば、良かったかな。
 ぼうっと考えていた時に、また電話が鳴った。
 どきんと胸を押さえて理緒は立ち、ゆっくりと電話機に近づいて受話器を取った。
「はい、第三厨房です」


★09:57 p.m.
『はい、第三厨房です』
 間違い無い。前に何度か、浩之と話していたことがある……。
「雛山理緒さんやね?」
 マトリクスの中、携帯電話のアイコンを羽根で持って、智子がしっかりした口調で
尋ねた。
『はい、そうですが……どなたですか?』
「誰でもええ。アンタのことは藤田君から聞いてる」
『え!?』
 受話器の向こう、絶句した理緒の横顔が思い浮かぶ。
 その間に、解析ユーティリティ「どこやねん」で厨房の端末機器を探る。
 瞬時に反応が返ってきた。
 監視カメラが二つ、機器コントローラが一つ。
 カメラ一台を、舌先三寸(spoof)ユーティリティ「なんでやねん」で騙し、その出
力結果をこっそりと横取りする。
 触覚のように、ぴんと立つ二筋の髪の毛が見えた。
「そこの状況を教えてくれへんか?」
『でも……』
「礼ははずむ。何やったら藤田君に持って行かせてもええ」
『え!?』
 今度は、ちょっとばかり口調が違った。
 数瞬のとまどいの後、理緒は周りをきょろきょろと見回すと、やがて受話器を握り
直したのが見えた。
『わかりました。で、何をお望みですか』


★10:00 p.m.
 警備の状況や出入り口のことなど、あらかた聞き出した智子は、いったん電話を切
ると、再び状況を『志保』宛に送信した。
 間を置かずに、光のパケットが返送される。
「……あと三十分か。じゃ、このまま待機やな」
 自身を監視の眼から隠す偽証ユーティリティ『ちゃいまんねん』を働かせたまま、
智子はゆっくりと電子の壁に寄り掛かった。


★10:01 p.m.
『保科さんの反応、消えました』
 淡々と話すMULTIに、これまた淡々と長瀬が応える。
「やられたわけじゃ、ないだろ?」
『マトリクスの監視レベルを下げるために、身を潜めているものと推測されます』
「なるほどね……浩之たちは?」
『誘導どおり、東四区の《堀田ジャンク》に向かっています。……《リンクス》にも
送信済み……あ!』
「どうした?」
『e-mailを受信しました。発信人は……』
 MULTIの声に、驚きの調子が加わった。
『serikak@m_theory.mitm.edu……せ、芹香さんです!』
「……ほっほう〜」
 これには、長瀬もあっけにとられざるをえなかった。
「ちゃんと使えたんだ。コンピュータ」


★10:10 p.m.
 定時を十分過ぎても、まだ同僚がやってこない。
 とりあえず調理器具の手順書をぱらぱらと見ていると、スチールの扉をがちゃり、
と開ける音がした。
「あ、こんば……」
 扉を見やった理緒は、同僚のおばさんではなく、ガタイのでかい警備員がいた事か
ら、思わず言葉を飲み込みかけた。
「……こんばんわ」
「おう、雛山さんってのはおまえさんかい?」
 大きい体躯にしては、以外なほどやさしい声で警備員は問いかけた。
「あ、はい」
 そのせいで理緒の緊張もあっという間に解ける。
「岡田さんって女性から連絡があってな。今日は体調が悪いので休むってよ」
「え……はい、わかりました」
 そのセリフを聞いて、理緒の疲れがいや増した。
「どうした?年ごろの娘さんがそんな疲れた顔をしてよぉ」
 警備員は理緒のそばに近づき、椅子を引き寄せて座った。
「あ、いえ……またわたし一人でココ回さなきゃいけないんで……」
「へぇ、そうか……一人でなぁ……」
 警備員は机に寄りかかって、煙草をくわえた。
「そいつは、大変だ」
「すみません」
 つい愚痴めいたセリフを言った事に気がとがめたのか、理緒はぺこん、と頭を下げ
た。
「んで、その疲れてる所、悪いんだが……」
 頭の上から足の先まで眺め下ろした警備員が、ぽんぽん、と理緒の左腕を軽く叩い
た。
「は、はい」
 びくん、と理緒のくせ毛が跳ねた。
「夜食、作ってくれないかな。何でもいい。できるだけ早く作れて腹の膨れるやつ。
頼む」
「わかりました。今すぐ作りますね」
 小走りに厨房に向かう理緒の腰を警備員が凝視していた事など、無論気づくはずも
なかった。


★10:12 p.m.
 金属やプラスティックや、色々なガラクタがうずたかく積み上げられている更地、
《堀田ジャンク》に分け入り、無人の作業場近くに車を寄せ停めた。
 まず浩之が助手席から飛びだし、防御コートの前をジッパーとベルクロでしっかり
と止めた。
 次いでデニムのジャンパーに濃紺のジーンズ姿の葵が浩之の横へと滑り出る。
 赤いTシャツの上から、防御ベストを重ねており、はた目には少年のように見える。
 最後に、焦げ茶色の防弾素材ジャンパーとレガース(すね当て)をつけたあかりが
二人に隠れるようにして下りた。
「頼んだぞ、志保」
『任しなさい!脱出手段はちゃんと確保しとくわよん』
 浩之と志保が、ウィンドー越しに親指を立てあう。
 その時、ガレキの山の一部が崩れた。
「誰!」
 葵が身構えるのと同時に、浩之は背中のホルスターからアレス・プレデターを引き
抜いた。そして最後に、あかりが左手を上げ呪文詠唱の準備に入る。
「『三人寄れば文殊の知恵』……違った」
 ジャンク山の一角から、ずい、と細身の影が飛び出した。
「『雀百まで踊り忘れず』ネ」
 片手には古びたブリーフケースを下げている。
「……レミィ!」
「ヘイ、ヒロユキ〜!」
 宮内レミィは一声飛ばすや、浩之に駆け寄り、そして思いっきり抱きついた。
「懐カシイネ!逢いたかったよォ〜!!」
 服の上からも十分過ぎるほどわかる豊かな双丘を密かに堪能しつつ、浩之はほどほ
どのところでレミィの肩を取り、身体を引き離した。
「宮内さんが出るとは、思わなかったなぁ」
 幸いにも、あかりはあっけに取られて、呪文準備を止めたまま立ちつくしてる。
「お久しぶりです!」
 先に葵が動き、レミィの手を取った。
「Oh,アオイ!相変わらず勘鋭イね。それにアカリも……変わってないネ」
「え、そ、そうかな?」
『ちょっとちょっと、旧交温めあうのもいいけどさ〜』
「Oh,ゴメンネ、志保。無視するつもりはなかったんだヨ」
『それはいいけど、何でレミィがこんな所にいるの?』
 志保に言われて、あらためて浩之はレミィを見る。
 濃い黄緑色のベルクロ止めシャツに同色のゆったりとしたズボン。長かった髪の毛
は耳横でばっさりと断たれてはいたが、相変わらず見事なプロポーションを誇ってい
た。
 そして、背中には大きな魔法瓶くらいのポッド、腰には大小様々なポーチを付けて
いる。
「ワタシ、UCAS軍の第165海兵小隊にいるネ」
《通称『A−SEALS』、クリッター(覚醒種)対抗の特殊戦術班ですね》
「ゴ明察、アスラーダ」
 そこで、レミィは額に指をやる。
「でも、今回は、デリバリーサーヴィスね」
「デリ……宅配便か?」
 ぽかんとする浩之に、レミィは手に提げたブリーフケースを突き出した。
「ハイ、これ。……レディ芹香の贈り物ネ」


(to be continued "Side D")
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