『東鳩ラン#7:Ripping dogs (Side A)』 投稿者:水方 投稿日:2月26日(土)09時50分
== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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◆アバンタイトル
 09:00 p.m.(PST) AUBURN, Seattle, Washington.
 ----ワシントン州シアトル、オーバーン、午後九時(太平洋標準時)
 この地の中央は、現在もフェデレーテッド・ボーイング社が開発用に広大な敷地を
占めている。
 中央を貫く滑走路は、実にシアトルが持つシー・タック国際空港を上まわる規模だ。
 今、その滑走路の端に、ずんぐりと膨れた、エイのような機体が誘導員の指示で格
納庫から出されていた。
 濃紺の機体はマーキング一つ無い。
 が、その下腹部に設けられたハッチの中身、及び機種先端の二つのスリットを見れ
ば、これが軍用機であることは一目瞭然であった。
 ラッタル(搭乗用はしご)が出されてすぐに、大小二体の影が格納庫から浮かび上
がった。
 二人とも、ヘルメットとエアコン(酸素供給機)を持ち、顔はわからない。
 ただ、大柄な方はそれとは別に、古風な革のブリーフケースを下げていた。
 二人がラッタルを上り、小さい方が前部座席、大柄な方が後部座席に乗り込む。
 それと同時に、後部から伸びたパイプやケーブルがバチバチと光を発した。
 軍用機、特に高出力の戦闘機などは、あらかじめこうやって『喝』を入れてやらな
いと、起動すらできない。
 ラッタルが外され、後ろに繋がったコンプレッサーや発電機やもろもろの装備が激
しくうなり声をあげた。
"Open bypass drive....till done."
"Contaaaaact!!"
 エンジンが始動状態まで出力を上げる。
 二人とも、管制塔に向けて親指を高々と示し、キャノピーが閉じられた。
"Good luck, Micky!!"
 管制塔からの無線を合図に、濃紺の機体は夜空へと舞い上がった。
 一路、西へと。


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            "TO HEART" in 2057: Track #8
               『東鳩ラン#7』
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第七話 Ripping dogs


★09:39 p.m.
 『志保』の頭の中に、外からの呼び声が響いた。
『アスラーダ?』
《無線発信です……発信者は「坂下好恵」》
『繋いで!』
『こちらツカモト、やっと追いついた……次のバイパスを南に降りてくれ』
『こっちは今急いでるんだけどなぁ〜』
『こっちも緊急だ。頼むよ。1分で済む』
『ほんとに〜?……アスラーダ?』
《声紋からは明白な嘘をついている確率、1.35%》
『ま、んならいいか……さっきの会話、ヒロたちにプレイバックしといて』
《了解》


「坂下が何の用だ?」
 浩之が言ってる間にダイナマイトはバイパスを降り、進路を南に曲げる。
 突然、目の前が塞がれた。
『わぁ!』
 ダイナマイトは目の前のスロープを上り、トラックの荷台に突っ込んだ。
 あわてて『志保』は体を止める。
 あと一メートル、あるかないかの所で、ようやく動きが止った。
 同時に、スロープが引き上げられ、入り口のハッチが自動で閉じられる。
「……ったく、ヒロお好みのTVアクションじゃないんだからね〜」
 ケーブルをつけたまま、志保は外に向かって怒鳴った。
「よく言うよ、お前も好きなくせに」
「あ、わたしも好きだよ。しゃべる車って格好いいよねぇ」
『……だってさ、アスラーダ』
《光栄です》
 その時、前から声がした。
「せんぱ〜い!」
 ダイナマイトのヘッドライトに照らされた舞台で、葵が手を振って立っている。
「葵ちゃん……」
「松原さん!」
 口々に名を呼び、浩之とあかりは後部座席から降りた。
「どうしたんだ、いったい……」
「用事は三つあります」
 葵は、指抜きをはめた手で可愛く三本の指を立てた。
「まず一つは、これ、忘れてきたでしょ?」
 いつの間にか、葵の左手には濃緑色のコートが抱えられていた。
「あ、……ごめん」
 ぺこりと頭を下げ、浩之はコートを受け取り、その場で袖を通した。
 葵が着るには大きすぎるそれも、浩之にはちょうど良い。
「そして次は、せんぱいを叱ります」
「?!」
「せん……うう、藤田さんは、常々、私のことを師匠だっておっしゃっておられまし
たね!」
「あ、ああ……」
 きちんと敬語を使っているせいで、怒ってるにしてはどこかホンキィトンクな感じ
である。
「私は、師匠を信じられないような弟子など、持った覚えはありません!!」
「!」
 突然の気迫に、浩之はただただ葵を見るばかりであった。
「弟子が闘いの場に出ると言うその時こそ、師も師として同じく出向くべきではあり
ませんか!」
「葵ちゃん、それは……」
「言い訳は結構です!」
 葵の眼から涙が一玉、こぼれて地に落ちた。
「何のための訓練だったんです?……普段の鍛錬もさることながら、乾坤一擲の時を
逃さぬためのものだったのでは……ないんですか?私……私は悲しいです。その時を、
弟子とともに迎えられない、半人前の師匠です!」
 言って、わんわんと泣き出した。
「あ〜あ、ヒロったらまた女を泣かせてるよ〜」
「……それは意味が少し違う気がするけど……」
 掛け合う二人を尻目に、浩之は懸命に葵の涙を止めようとした。
 いつもの浩之ならここで葵を抱きしめている所だが、今はすぐそばにあかりがいる。
 とりあえず、葵の両肩をぐっと握り締め、二、三度揺すぶった。
「葵ちゃん、よく聞いてくれ……」
 泣きやみこそしないものの、それでも葵は頭を上げた。
「今から行く所は、……法の及ばない所、企業が法であるコーポの敷地内なんだ」
「わかっています!」
「あ、志保の行き先、こっちでもチェックできるからね」
 マイク越しに好恵が言った。
『アスラーダ?』
《先ほどの改造の際に、その機能が組み込まれたものと推測されま……》
『おい、トットと気づかんかぁ!』
 志保は志保で、余計なオプションが組み込まれていた事で思わずアスラーダを叱っ
てしまう。
「ならば、なおの事」
 奇しくも浩之の前に立ちはだかった、セバスチャンの言葉とダブった。
「一人で行っても勝ち目は無いじゃないですか!」
「そりゃ、まぁ、確かに……」
「一人より二人、二人より三人です!足りない所を補って、少しでも生き延びる確率
を上げる。それがチームを組む理由じゃないんですか!!」
 葵の言うことは正論である。
 表の世界だけでなく、浩之のいる裏社会、多額の金で危険な仕事を請け負う、『影
の仕事師』シャドウランナーたちの、唯一といっていい『仲間を求める』理由だから。
「ああ、それはよく分かるさ……」
 浩之は言葉を呑んだ。
「だがな、オレも一応はヤバい端を渡っている、そう簡単には死なない……それに、
これは……仕事(ビズ)じゃない」
「やっと言いましたね!」
 いつの間にか、葵の顔から涙が消えていた。
 まるで、爆弾ワードを言わせたトリデオの司会者のように、意地悪く、小ずるく、
それでいて愛らしい顔で。
「これはビズじゃないって」
「ああそうだ……こいつはオレの問題だ」
 浩之はなおも譲らない。
 自ら墓穴へと進んでいるとも知らずに。
「そして、三つめの用事です」
 葵は服のポケットに差した、一本の鉛筆を手に取った。
「……綾香さんから、もらってきました。はいどうぞ」
 浩之はそのまま、その『鉛筆』を受け取った。
 いや、『鉛筆』ではない……クレッドスティックだ。
「この間のヤックの分だそうです」
「ヤック?ちょいまて、オレは綾香におごった事なんて無い……ぞ……」

 そこで初めて浩之は気づいた。

「へぇ、来栖川の御令嬢ともなると、金色のスティックなのねぇ〜」
 志保が横からはやし立てる。にやにやとチェシャ猫のように笑って。

 そう、ごく普通のクレッドスティックは白いプラスティックだ。

「浩之ちゃん、これ、支払い保証済みじゃないよ」
 あかりがスティックに指を添えて言った。さり気なく、わかってるよね、と。

 そう、こいつは現金代わりに使える『支払い保証済みスティック』じゃない。
 こいつを引き出すには、所有者の声紋が必要だ。

「つまり……」
「生きて戻ってこない事には、お金になりませんよねぇ?」
 葵は意地悪く浩之の顔をのぞき込んだ。
 葵のように天真爛漫、純真無垢の小娘でも、その気になればこれくらいは小悪魔な
表情を浮かべられるのだと、やっと浩之は悟った。


 みんな、わかってやがる。


 クレッドスティック横のボタンを押し、中に収められている金額を表示部に出す。
「やっぱり……」
 その額、36,870新円。
 好恵、葵、あかり、志保、そして自分。
「五人で割って……」
『六人や!』
 満を持して、好恵とは違う声がスピーカーから響いた。
「……保科さん!」
『何や何やあんたら、こないに楽しい事に、うち混ぜへんつもりかぁ?』
「いいんちょ……」
『うちがおらんで、誰が建物内のセキュリティ押さえられるツーんやぁ!』
「ほ、保科先輩っ」
『まあええ、そこにある額、そんだけもらえたら、レンラクでもアズテクでも片っ端
から押さえたる!』
 知ってか知らずか、とんでもなく大胆なセリフを吐く。
『一人6,145新円、一夜の稼ぎにしてはめっちゃワリええやん』
「おい、何処から見てる?」
『腕利きのデッカーには無意味な質問やなぁ』


 そう、ようやく浩之は悟った。
 単なる友達が、こうまでして命を張れるはずが無い。
 みんな仲間だからという、それだけで危険に赴く事も無い。
 それ以上の、繋がりが、あるから。


「そうだな……一人6,145新円、この金額で、おやっさんと、『コクーン』……
マルチを、奪還する」
 最後のセリフは、浩之が決めた。
 もちろん、みんなが待ち望んでいたセリフだから。


「契約(ビズ)成立だ!とっとと仕事(ラン)を終わらせよう!」
「「「「『《了解》!』!」!」!」!」
 狭いコンテナの中で、六種類の声が響いた。
 もちろん、六番目は言うまでもない。


(to be continued "Side B")
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 はふぅ、やっと『ラン』にまで持ってこれました。
 TRPG『シャドウラン』でも難しい所なんですが、
「PCは義理人情で仕事をこなすほど善人じゃないし、依頼を引き受けてやる仕事を
平気で裏切るほど悪人じゃない」んです。
 そのへんが今回まででちゃんと出ていたとしたら、この話は自分的には成功ですが
……はてさて。

 なお、金色のクレッドスティック、ゲーム上は1〜200,000新円まで扱え
ます。引き出す手段は『持ち主の声紋(適当な言葉を十数語言うだけ)』です。
 この辺のデータは、"The Neo Anarchist's Guide to REAL LIFE"を参考にして
います。

 あ、それと期待している方へ。
 長岡志保と松原葵、保科智子のキャラクターデータは、『シャドウラン』基本
ルールだけではできません。今後出す予定のキャラクターもそうです。

http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm