東鳩ラン#5:『Running dog(エピローグ)』  投稿者:水方


== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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第五話 Running dog(エピローグ)


「……そっちの状況はわかったわ。それじゃ直接『シックス』のほうにいってちょう
だい……神岸さんのほうはこっちで拾っておくわ」
 電子ベルの心地よいトレモロが、綾香の会話をさえぎった。
『長瀬室長がお見えになられました』
 インターコムの割り込みに、少し顔が険しくなる。
 右肩に挟んだ電話の通話口を左手で押さえながら綾香は箱のような重い机に寄りか
かった。ワインレッドのスカートすそが引っ張られ、白いひざ上が顔を出す。
「通して」
 机の上のインターコムに呼びかけると、すぐに分厚い扉が開き、真新しい白衣に身
を包んだ長瀬源五郎が部屋の中央まで歩みよった。
「……ええ、詳細は『シックス』で」
 電話を切り、長瀬の顔を見る。
「だいたい、話はわかってるつもりですが……」
 頭を掻く長瀬に対し、返事の代わりに電話の子機が飛んできた。二度ほどお手玉を
したが、それでも床に落とすことなく受け取る。
「すぐ浩之に連絡をとって」
 言いながら、綾香は机の上に腰かけ、親機を引き寄せた。
「会合場所は『シックス』」
「なぜ自分が?」
 きっ、とした視線が長瀬を突き刺す。
「私はあいつの電話番号知らないもの」
「そ、そうでしたか」
「誰かと違って」
 少しばかり拗ねた口調だった。
 今まで気圧された長瀬が、顔付きを変えた。
 その一言がスイッチであったかのように。
「ん……!」
 逆に、綾香が深い視線に貫かれた。
「そろそろ頃合いですな」
「何よ……」
 思わず、綾香は後じさってしまう。
「今朝方『シックス』から連絡を受けました」
 視線を手元に落とし、子機のブッシュボタンを押す。
 そして顔を持ち上げると、いつもの飄々とした長瀬が戻っていた。
 しかし、視線は未だに硬い。
「向こうで全てお話しします」
 ただならぬ様子を認めた綾香は、無言で親機の受話器を取った。
 そう、綾香にも連絡すべき相手はまだいるのだ。



「はっ!」
 6年前のひととき、足繁く通った学校裏手の神社前。
 《覚醒》によりうっそうと囲まれた境内の中を、一組の男女が駆け回っている。
「てぇい!」
 葵の繰り出す蹴りを、ぎりぎりでかわし、地に転がる。
 そして一度前転してから起き上がり、葵を薙ぐように蹴りを回す。
 わずかにヒットした瞬間、葵の体が浮き、後ろに跳んだ。
 迫った間合いが、また広げる。
「いい蹴りですね」
 構えを崩さぬまま、眼だけ微笑ませる。
 浩之は汗と土で全身べとべとにしている。
 単なる組み手ではなくフル・コンタクトで実戦さながらに闘っているのもあったが、
むしろ相手に一撃めを受けた後、逆に攻撃をするように機動しているせいであった。
 先手必勝の銃撃戦と違い、相手から仕掛けられても技量によってはカウンターを食
らわせられる格闘戦ならではの、荒っぽい訓練だ。
 浩之の視線をまともに受け、ちょっと葵は考えた。
「……少し、休みましょう」
 葵は構えを解き、側の樹に引っかけてあるタオルを浩之に放った。
 右腕をはらってタオルをひっつかむと、ようやく浩之の体から闘気が霧散した。
「んふぃ……」
「どうぞ」
 汗をふく浩之に、ペットボトルを差し出す。
「ありがとう」
 そのまま一気にあおり、たっぷり五秒を数えてからようやくボトルを放した。
「ぷぅはぁ〜、生き返るぜ」
 口をぬぐう浩之の前を回り、ペットボトルを受け取りながら葵は側に座った。
「腕を上げましたね」
「何、コーチが優秀だから」
「いいえ、せんぱいの実力です!」
 上気した顔をめいっぱい見あげて、葵はこぶしを握った。
 こういう姿は6年前と変わらない。
「何と言うか、今日は気合いの入りようが違いました!」
 そりゃ、そうだろう。
 『あの事件』以来、6年を経て、ようやく元の世界を取り戻せるかもしれないのだ
から。
 などと、ぼうっと飛ばす浩之の想いは、規則的な電子音で引き戻された。
 コートのポケットに突っ込んでいたリストフォンを掴み、LCDに表示された『長
瀬源五郎』の文字を確認するや、大あわてで送話スイッチを入れる。
「もしもし」
「今、体はあいているかね?」
 相変わらず、淡々とした口調である。
「え……おう、あいてるぜ」
 マルチ復活の話でも進むのかと思った浩之の気勢は、次の一言で全く別方向に向け
られた。
「ではすぐに『シックス』へ来てくれ。……『コクーン』が奪われた」
「な、なにぃ!おっさん、どういうことだよ!!」
「こっちについてから話す」
 その言葉を最後に、電話が切られた。

 五分後、葵と二人して車に乗り込んだ際も、浩之の頭の中は全然晴れなかった。



 あかりが住むあたりは、《覚醒》で異常成長したブナの樹に取り囲まれていた。
 元々魔法的な影響の濃い場所だったのかは不明だが、夜になるとブナの樹がざわめ
く錯覚さえ覚えるほど、外界と隔絶されたかのような雰囲気がある。実際は十五分も
歩けば市街地へと出られるのだが。
 ほぼ中心に、孤児院をも兼ねる私立学校『フィルス学院分校』があり、普段あかり
はそこの手伝いをしていた。
 先日、行方不明になったクバン少年もここの在籍者である。こういう子供たちが、
よそよりも魔法に目覚める率が高いあたり『自然は偏りを好む』のだろうか。
 仕事の終わりにクバンの様子をうかがい、あかりは帰路についた。
 浩之に手料理を振る舞おうと、中央公園に立つ野外市でいろいろと食材を買い込み、
家路へと急ぐあかりの前に、ずい、と茶色い三つ揃いが立ちふさがった。
「わっ……セバスチャンさん」
「お急ぎの所、誠に済みません」
 銀髪の執事は深々と頭を下げた。
「あ、いや、急に出てきたからびっくりしただけっで……」
 大きな紙袋を抱きかかえてまごつくあかりに、
「綾香様から申しつかりました」
 あくまでも淡々と用件を述べるセバスチャンであった。
「事態は急を要します。いっしょに来ていただけませんか」
「え?あ、これから浩之ちゃんの……」
 『事務所でご飯作るつもりなんだけど』という言葉は、セバスチャンの眼差しの前
にかき消えた。
 必要とされている時、あかりは絶対に申し出を断らない。
「……わかりました」
 その時、あかりの後ろから三体の影が飛び出た。
 距離、約15メートル。
「来たか」
「え?」
「失礼します」
 セバスチャンのその声があかりの耳に届く頃、男達は二人の方へ駆け出して来た。
 が、それよりも早く、セバスチャンは買い物袋もろともあかりを抱え、間髪を入れ
ずに走っていた。


「へ?え?は?」
 びっくりしたのはあかりばかりではない。男達も同様だ。
 距離を詰めようとした途端、謎の爺さんがターゲットを抱えて疾走しだし、しかも
強化反射神経を埋め込み、それなりに動作も反応も速い自分たちが、負けているのだ
から。
 そのうちへばると信じ、三人とも狂ったように走り出した。


 数秒後、角を曲がる際に後ろから走り寄る男の姿を見かけ、あかりはようやく事態
を把握した。
 セバスチャンの顔にはうっすらと汗が浮いてはいるが、疲れている様子など微塵も
ない。
 改めて、この執事を見直すあかりだった……が、
「もう下ろしてくれませんか?」
「次の角までの御辛抱を」
 少し困りつつも、結局は従ってしまうあかりだった。



 一つめの角で、男達は挟み撃ちをもくろんで二手に分かれた。
 二つめの角を曲がり、ターゲットら二人を追い込んでいる事を確信した。
 そして、三つめの角を曲がった時、
 ブッブー!!
 小型のトラックが男達の間に割って入った。
「っぶないじゃないか!!」
 運転席から顔を出したのは、意外にも青色のキャップをかぶった女性だった。
「アンタら、危うく轢いちゃうとこだったじゃねぇかよ!」
「危ないのはどっちだ……ところで、こっちに爺と娘の二人組が逃げてこなかった
か?」
「覚えが無いねぇ」
 女性はかぶりを振った。
 その時に、反対側から回り込んだ男が、再び合流する。
「このトラックは何を積んでる?」
「見りゃわかるだろ?本だよ本。それと、光ディスクが数千枚」
 クローズドタイプの荷台の横には『塚本印刷』のロゴがでかでかと書いてある。
「明日のイベントに搬入するお宝がた〜んと詰まってるんだ」
 男達は二言、三言確認すると、やにわに銃を抜いて構えた。
 御丁寧にも、銃身には太いサイレンサーがねじ込んである。
「開けろ」
 男のうち一人が、再び反対側に回り込み、同じように銃を抜いた。
「ご、強盗?」
 女性の声も心なしか上ずっている。
「何も無ければ、命までは取らん……ゆっくり扉を開けろ。荷台の方もな」
 サイレンサー付きの銃をしゃくりながら男が言うと、女性はゆっくりとドアを開け
た。
「荷台のほうも開けるからさ……頼むから、撃たないでくれよ……」
 薄手のジャンパーから覗くTシャツは、意外なほどのヴォリュームをたたえて盛り
上がっていた。スリムジーンズをつけた脚も少々太いが美しい。
 それに一瞬なりと気を取られたのがまずかった。
「ぐぅけっ!」
「うがぅぅ!」
 相前後して押しつぶすような声が聞こえたのを最後に、男はその少々太い脚で延髄
に強烈な打撃を受け、闇に落ちた。



 葵と浩之、セバスチャンが取り囲む中に、拘束具と猿轡を噛ませた件の男達がへば
っている。
「腕を上げたじゃない、藤田」
「そっちも鈍っちゃいないな」
 浩之はそう言って、運転手……坂下好恵の方を向いた。
「あ〜、びっくりしたぁ」
 荷台の後ろから、あかりが飛びだした。
「セバスさんったらいきなり跳ぶんだもん、恐かった〜」
 そう、セバスチャンはあかりを抱えたまま、坂下の運転するトラックの荷台に飛び
乗ったのだ。
 そして懸垂搬出用の上部ハッチから荷台にあかりを下ろし、入れ代わりで浩之と葵
を引き上げるまでの間、坂下は時間を稼いでいたのだった。
 あかりの様子を見て、浩之は思わず
「緊張感のない奴だなぁ」
と言ってしまう。
「そんなこと言って……もう、大変だったんだよ。後でちゃんと事情聞かなきゃ、納
得いかない」
「おう、そうだ。……こいつらどうするんだ?」
「連行します」
 汗をハンカチでぬぐいつつ、地上最強の執事は簡潔に答える。
「……訳ありですからな。さあ、急ぎましょう」
 こうして、一同はトラックに乗り込み、再び発進した。


 目の前の危機を排除した事で、浩之の心はふっきれていた。
 相手が誰であろうと関係無い。
 オレは、マルチを取り戻すと。
 それが、6年前の誓いだから。


第五話 Running dog 終
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 ふぅ、長かった(笑)。
 ようやく話を進めることができました。
 では、また次回をお楽しみに。
 感想、文句その他、お待ちしています。

----- おまけ -----
★「セバスチャン」長瀬 [人間・男性 初老(2057年現在)]

◆キャラクタータイプ アスレチック(運動)アデプト

◆能力値(現実世界)
 【強靭力】5  【敏捷力】6  【筋力】6
 【意志力】6  【知力】6   【魅力】4
 【反応力】6  【エッセンス】6【魔力】6
 【イニシアティブ】6+1d6(6+2d6)

◆プール(現実世界)
 コンバット・プール:9(10)

◆技能
 [運動]7(16),[素手戦闘]6(7),
 [交渉]4,[自動車]4,[礼儀作法(企業)]4

◆アデプトパワー
 ・技能強化([運動]に追加ダイス9個、[素手戦闘]に追加ダイス1個)
 ・反射神経増強1(イニシアティブ決定時のダイスに+1d6)
 ・戦闘感覚1(コンバット・プールに+1)
 ・感覚増強(熱映像)

◆コンタクト
 確実にいるが不明

◆生活様式
 上流扱い(来栖川財団によるバックアップ)

◆カルマ・プール
 3点

[優先度 A:能力値 B:魔法 C:技能 D:財産 E:種族]で作成してから
追加カルマ23点で成長
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> 管理人様
タイトル:『東鳩ラン#5:Running dog(エピローグ)』
ジャンル:TH/ドラマ/綾香、長瀬、葵、坂下
 で、お願いします。

http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm