東鳩ラン#5:『Running dog(本編)』  投稿者:水方


== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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            "To Heart" in 2057: Track #6
               『東鳩ラン#5』
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第五話 Running dog


 綾香に報告した後も、志保の心の中から引っかかりは消えなかった。
 自分を住まい近くの交差点で下ろしてから、綾香は来栖川ソフトウェアに向かった
ことはわかっている。その時の口調は、何かに気づいた時独特の、はっきりとした熱
を帯びていた。
 『浩之の様子を監視し報告する』……この依頼それ自体は、二年ほど前から定期的
に頼まれていたものだし、あの『バイト』の事もあれが初めてだったし……。
 あ、そうか。

 二年近くも調査していたのに、この間初めてわかったのが気になっているのか。

 そんなに大した事ではないのかもしれない。
 いつものように無駄足かもしれない。
 でも、ここで躊躇していたら自分じゃない。
 きっかり十分で別の仕事のヴィデオ編集を終え、マトリクスでケーブルTVネット
ワーク『CIRCUS−39』に画像データを叩き込むと、ショルダーバッグ片手に
編集スタジオを飛び出し、愛車サーブ・ダイナマイトを発進させた。



 午後二時半には、もう峠を一つ超えていた。
 局を出て、わずか二十分。
 猛烈な速さだ。
 あと十分もすれば、目的のスタンドまで辿り着けるだろうと思ったその時、
 急カーブの影から、これまた大きなトラックが勢いをつけて曲がってきた。
「……!」
 とっさにギアを落とし、ハンドブレーキを引く。
 FRモードにしていたダイナマイトのリアが綺麗に滑った。
 一気にアクセルを踏み、目の前の対向車線に鼻先を突っ込ませる。
「っぶないじゃない!」
 クラクション一発で怒りを消して、志保は元の車線に車を戻した。
 ----こっちだって、少しは速度オーバーだしね。



「今の、見たか?」
「赤いサーブか?」
 トラックに乗っていた作業服姿の二人が、顔を向き合わせる。
「運転してたのは?」
「女がひとり」
「『誰』だ?」
 その声に対し、相手の男はこめかみに光ケーブルを差して、コンソールのジャック
に繋ぐ。
 脳内メモリに貯えられた画像データが、補完処理されてジャックの上に張り出した
LCDパネルに投影される。
「『住民局』のデータにアクセスしてみる」
 複数のセキュリティを特別コードで突破し、一分も経つとLCDパネルに個人登録
情報が展開された。
「『長岡志保』……番号持ちだな。今は『CIRCUS−39』契約レポーター他…
…大手トリッドとの契約歴もあるな」
「少し、厄介になるかもしれん」
「本気か?」
 ケーブル越しに相手のミラーシェード(サングラス)を覗く。
 見えるはずもないのに、こっちを睨んでいる気がするのが少し恐い。
「……事故で死んでもらおう」
 この男にかかると、茶店でコーヒー頼むのと同じぐらい、気楽に感じてしまう。
 ケーブル男はすぐに頷き、インカムで後ろのコンテナに呼びかけた。
「障害予期。赤のサーブ・ダイナマイト。ナンバーは『三原55 TYP−OON』
……イカレた名前だ。事故らせろ」
「「了解」」
 頷く男達の足元には、これまた作業着姿の男----あの元HM7研の新田が、後ろ手
に拘束具で締めつけられ、床に蹴飛ばされていた。



「あれ?」
 つい数日前に来たばかりのスタンドは、誰も居なかった。
 車を寄せ、ショルダー片手に降りて建物の中に入る。
「こんにちわぁ……お留守ですかぁ?」
 本当に留守なら誰も応対しないはずだが、ついつい言ってしまうあたり、何処かに
いるのを密かに期待しているのかもしれない。
 洗面所のそばを通ろうとした時、泥まみれのフィールドキャップが落ちていた。
 拾ってみると、油くさい匂いとともに髪の毛が数本あった。
「今どきポマード使ってるなんて、やっぱオジサンよね」
 ぽん、と叩いてキャップを丸めながら、奥の休憩室に近づく。
 ちょっと押すと、ギィイ……と重い音とともに扉が開いた。鍵は外れているようだ。

 休憩室には誰もいなかった。
 何も無かった。
 『コクーン』さえも。

「!」
 キャップを握り締めたまま、志保は一目散に駆け出した。
 そして愛車ダイナマイトに飛び込む。
 キーをひねってから、ハンドル下に隠してある二本のケーブルを引き出した。
 赤と黒。
 二ついっぺんにひっつかみ、
「赤は、血の色、」
 言いながら、赤いケーブルを首筋に差す。
 途端に、志保の意識の一部が、自分の『体』を認識する。
 エンジン回転数1800rpm、ローレンジ、燃料68%、緊急加速用添加剤80%……
 ----あたしの足は、4つのタイヤ。あたしの体は複合材の流線型。
 ----そして、あたしは赤い『ダイナマイト』
「黒は、罪の色っ」
 同じくケーブルを差すと各電子機器のチェックがなされ、程無くして『全てOK
(オール・グリーン)』のサインが目の前に浮かび上がる。
「行くよ、相棒」
 ぽん、とハンドルを叩き、ダイナマイト、いや志保は飛び出した。



 先ほど志保がすれちがった所は、この道の中でもとびきり見通しの悪い所だった。
 そこに、黒コートの男達が高分子オイルを一面にこぼした。
 大缶一杯ぶんの高分子オイルは、上を通るもの全てを滑らせる。
 さっきと同じ速度で通れば、まず制動できず、ガードレールを突き破って谷底まで
まっ逆さまという寸法だ。
 使用後は、別の薬品を混ぜれば常温で気化してしまい、証拠も残らない。
 準備が完了してわずか五分後に、けたたましい排気音が鳴り響いた。
「来たぞ」
 二人の男は山の斜面側の木陰に隠れる。
 排気音はなおも近づいてくる。
 金切り声のようなタイヤの鳴りまで聞こえてくる。
 その音が最高潮になった時、
「「!」」
 二人の男達は驚いた。
 排気音が上から聞こえてくる。
 見上げた二人の頭上を飛び越し、赤いダイナマイトが跳ねた。
 そして、着地。
 次いで、引っかけた木々がばらばらとこぼれる。
「くそっ、なんでひっかからねぇんだ!」
「んな事はいい!追うぞ」
 中和剤のビンをオイル溜まりにぶつけてから、二人は傍らに隠してあったバイク
『スタリオン』に飛び乗り、黄色いケーブルを額に差してから相次いで発進した。



《後方から二機、接近中》
 『志保』の横で、男声が響いた。
 即座にキーを叩く。
 あのカーブに入る直前に、ダイナマイトを取り仕切る車両統括制御ユニットである
『アスラーダ』が警告を発してくれたおかげで、とっさにハンドルを切り、むりやり
林道を登ることができた。
 眼前の風景と重なって、半透明のグラフィックが並ぶ。
《カワサキ・スタリオン二機。ECM/ECCM稼働中、ウェイトバランスから見て、
後部に兵装かそれに変わる器材装備と思われます》
 黒いバイクは、後部に大きなパッケージを振り分けていた。おそらく、あの中。
『武器持ちかぁ……相対速度は?』
《現在の速度を維持している限り、あと一分二十秒で追いつかれます》
『参ったねぇ〜』
 ちっとも応えていない様子で独りごちた。
『ナヴィゲートは?』
《現在、『しんせい』『みやび』二つの低軌道衛星を捕捉中。次の峠に差しかかれば
『わかば』を捕まえられます》
『ん、しばらく様子見』
 『志保』は相対速度を維持したまま、目の前の道を駆けていく。



 二つめの峠を上りだした所で、バイクが動いた。
 先行した一台がずいと距離を詰め、後部のパッケージからFN−HAR(突撃銃) 
を迫り出させた。
 照準部分には小型のレーダーが付き、トリガー部分は結線済み。
 もちろんバイクをわが体としている男からすれば、手で持っているのと同じ感覚だ。
『うまく狙えよ』
 後ろからの通信に頷く代わりに、三発の弾丸が吐き出された。
 が、
 ダイナマイトは道をはみ出して避けた。
『くうっ!』
『下手くそ』
 揶揄する相棒を尻目に、さらに三発撃つ。
 が、また避けられた。



『っふうぅ〜』
 危ない所だった。
 低軌道衛星『わかば』の情報のおかげで、『志保』は攻撃を回避することができた。
『向こうはやる気ですか……んじゃ、お相手しないとイケナイよねぇ』
 そう言ってダイアルをひねると、目の前の仮想ウインドー上にダイナマイトの平面
図が浮かび上がり、各部位に備えつけられた特殊装備が表示される。
 各装備の上に、『異状なし』の文字が重なるまで、0.9秒。
『アス、この近くで張り出した樹、無い?』
《検索中……完了。あと十五秒後に真上を通ります》
 彼方を見やると、コンクリート壁の上に枝をいっぱいに伸ばした松の木があった。
 かなり大きい、が迷うことはない。
『んじゃ、あれ行こう。V装備スタンバイ!』
 その声とともに、ダイナマイト後方のリアウィンドー右端が割れ、可動型ファーム
ポイントに据えつけられたV装備--イングラム・ヴァリアント(軽機関銃)が跳ね起
きた。
 『アスラーダ』の補助の下、十分に引きつけてから一連射。
 狙いは松の幹。
 たっぷり三十発は使ったかと思う頃、ようやく幹の周りがぶち抜かれ、ゆっくりと
した速度で松の木が道路へと落ちていく。
『いっけー!』
 『志保』は最大限に加速して、松の樹を間一髪ですり抜けた。



「「!」」
 先行車は松の樹を避けそこなった。
 とっさに急ブレーキを踏むが、間に合わない。
 そのまま、横ざまにぶつかる。
「ぐえぇっ」
 道へと落ちた際に折れた枝が死の杭となり、黒服の男は絶命した。



『まず、一つ』
 志保は冷静だった。
 人を殺した衝撃は四年前に受けている。その衝撃を乗り越えた所に今の自分がある。
 いずれ一人になった時にまた喚き散らすのかもしれないが、今はまだそんな意識は
無い。
 ダイナマイトは峠を登り切った。



『くそったれがァ!』
 今まで数々の仕事をこなした相棒を殺されたことで、一気に男は逆上した。
 後部パッケージから二機のAVM--対車両ミサイルが迫り出し、セットされる。
 ヘルメットに投影された連動照準器の画像が、一つに重なった時。
『くたばれ−!』
 二本のミサイルは、黒い排気炎の尾を引きながら、赤い目標目がけて刻々と近づい
た。



《熱源二機接近中》
『ミサイル!正気かい……タイプは?』
《レーダー・アクティブ。不規則な電波発信が熱源からあります》
『ジャマー・チャフ同時射出。タイミングは……』
 躊躇は一瞬で消えた。
『アンタに任せた!』
《----了解》
 数瞬の間は、命令の解釈によるものか、それともアスラーダのため息か。
 どっちでもいいが、後で必ず聞いてやる。



 後もう少しで、ダイナマイトのケツにぶつけられると踏んだその時。
 目の前に黒と銀の細片が広がった。
『チャフまで持ってやがるとは、いったい何者だ!』
 二機のミサイルは機動を反らされ、一騎は彼方へと飛び去ったが、
 もう一機が眼前に迫ってきた。
『うううううぅぅぅあぁぁぁぁぁぁー!』
 雄叫びは紅蓮の炎でかき消された。



《追跡車、消えました》
 リグ状態を外してもよかったが、今ここで泣き叫ぶわけにはいかない。
『何にせよ、あたしはまた、厄介事に首を突っ込んだみたいね』
 独りごちても、アスラーダは応対しない。昔のテレビドラマだったら、『いつもの
事です』とか言ってくれるものなのに。
《……88.88%》
『ん?何?』
《あなたがそのセリフを言ってから、わたしのボディに傷がついた確率です》
 途端に、志保は吹き出した。
『今回は傷つけなかったじゃない』
《過去8回中全部、わたしのボディは何らかの傷を負いました。今回が初めてです》
『言ってくれるわねぇ』
 こんなのも、悪くはない。
 あるいはこれが、アスラーダ流の慰めなのかもしれない。
『さあって、厄介事は即座に追求するのが志保ちゃん流よ。急いであかりの家にやっ
て……その前に、来栖川のお嬢に連絡とらなきゃね』
 峠から市街へと入る道を、ダイナマイトは法定速度ぎりぎりで突っ切った。


                          (エピローグに続く)
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 はい、こういうわけです。
 志保ちゃん、職業こそレポーターですが、実は車両を己が体とし大地を駆ける
『リガー』だったんですねぇ(笑)。
 愛車に積んだ特殊装備も(スポンサーこそいますが)自前で揃えたものです。
 さて恒例の文中の補足ですが、車両戦闘ルールや改造については『シャドウラン』
及び"Shadowrun 3rd.EDITION" 対応のサプリメント"Rigger II" から取ってきました。
 また、『CIRCUS』及び前回の『神名院化学』については、日本で作られた
ソースブック『東京ソースブック』(富士見書房)から着想を拝借しています。
 ちなみに、わかってる方へ一言だけ。
 日本語版『シャドウラン』ルールブックには、「システム照合番号」の略号として
SIN とされています。(System Identification Numberの略)が、当「東鳩ラン」で
は Scot Insurance Number,『納税者保証番号』の略としています。
 これは、SINを導入しているのがUCASのみであるという事実と、日本でも類似
した制度を導入しているであろうという自分の読みからなります。
 いわば原版の独自解釈な訳ですが、知らずにでっち上げたわけでないことだけは申
しておきたいと思います。

 レスです。
>『東鳩ラン』水方様
> 去年の12月にこちらにお邪魔したばかりの新人のDEEPBLUEと申します。
>よろしくお願いします。同期な人が増えて嬉しいです。
 こちらこそ、よろしくお願いします。
>サイバーパンクなネタっていうのは珍しいと思うので
>(中略)
>ここの新風、というかそちら系の好きな人を引っ張ってこれる目玉になり得るSS
>なのではないでしょうか。
 過分なお言葉、ありがとうございます。
 本人は楽しんで書いておりますので、どうか最後までお付き合いをばよろしくお願
いします。

> 管理人様
タイトル:『東鳩ラン#5:Running dog(本編)』
ジャンル:TH/アクション/志保
コメント:風雲急を告げる事態、走れ志保!
 で、お願いします。