東鳩ラン挿入話『去れ、いにしえの恐れよ』  投稿者:水方


== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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◆アバンタイトル

 第六世界を牛耳る巨大企業は、2050年代、『八大メガコーポ』と呼ばれた。
 武器製造で名高い北米アレス・マクロテクノロジーをはじめ中米アズテクノロジー、
欧州ゼーダー・クルップの三社以外は、全て日系企業である。
 大阪に本社を置くシアワセ・コーポレーション、身体改造のメッカ千葉を押さえる
フチ・インダストリアル・エレクトロニクス、帝国の首都京都に本社があるミツハマ・
コンピュータ・テクノロジー、ウラジオストックに本社を移転したヤマテツ・コーポ
レーションそして千葉を押さえんと躍起になるレンラク・コンピュータシステム。
 《覚醒》前、ヨーロッパ諸国が欧州大戦で疲弊しているさなか、日本のみは2006年
に太陽光発電衛星の打ち上げに成功し、少なくとも加工産業におけるエネルギー問題
から解放されたため、というのが日系企業躍進の一般的な見解になっている。
 もちろん、日本にそれ以外の勢力が無いわけではない。
 仙台に本社を置くシンメイイン----神明院化学や、二十世紀末をリードした来栖川
財閥も、国内においてはメガコーポに匹敵する力を誇る。
 その来栖川が、自律制御の人型ロボットの試作に成功した、との噂は人型ロボット
の開発に未だ成功していない国内メガコーポの注目をひととき集めた。

 二十世紀末での未来予想図とは異なり、2050年代においてなお、人型ロポットは量
産体制に乗っていない。
 理由は大きく二つに分かれる。
 一つは、製造単価に引き合うだけの需要が見込めないから。
 現に、一番の優良株と見られた高齢者介護への使用も、《覚醒》に伴う人工の激変
や日本帝国において二級市民とされるメタヒューマンの雇用のほうが安くつく事から、
2020年初頭には開発を中断している。
 そしてもう一つの理由は、人間の脳が統御している情報があまりにも多く、それに
見合うだけの能力を持つコンピュータが人型に収まらないからであった。
 銅配線技術やプロセスルールの極小化がいくら進んでも、人間の脳のエミュレート
を行い得るほど高機能なAI(人工知能)は、世界中でも五指に満たない。しかも大
半が、研究室の奥深くで鉄の扉に守られている殺風景な黒い板の塊であった。
 もっとも、この理由を対面からみると、『人間の脳に統御されれば機械の体も不都
合無く動かせる』ことになる。
 実際の運用では『中枢神経の健全さの尺度であり、生物らしさを表した値』と定義
される【エッセンス】による上限が存在するが、ともかくも人間の頭脳と機械の体を
マッチングさせるサイバネティクス工学が飛躍的に進歩する羽目になったのは、歴史
の皮肉といえよう。
『アストロ・ボーイ(鉄腕アトム)を一体作る費用で、ロボコップが十体できる』…
…アレスの技術屋がふとつぶやいたセリフが、端的にこの状況を表している。

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            "To Heart" in 2057: Track #5
           『東鳩ラン インターミッション』
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挿入話 去れ、いにしえの恐れよ


 綿密な調査の末、メガコーポの一社・レンラクが動いた。
 絶対の自信があったのだろう、自社のカンパニーマン(特殊工作要員)に作戦を指
示し、後見役として『レッドサム』を付けたぐらいだから。
 極限まで自分の身体を改造し、戦闘マシーンと化す者を、2050年代では一種敬意を
こめて『サムライ』と言う。SINless 達の中に「ストリート・サムライ」がいるのと
同様に、企業もまたお抱えの「コーポレート・サムライ」がいる。
 その中でも、レンラクのサムライは、身につけたニューメトリドック繊維の硬質鎧
を相手の血で染めて任務を果たすところから『レッド・サム』と恐れられていた。


 2053年三月七日夜、浩之たちを襲いマルチを奪取せんと迫るヘリコプターに乗って
いたのは、『レッドサム三番隊副長』ジン・ヤナガワであった。
 煙幕弾を3発飛び込ませ、スタン(気絶)弾入り重機関銃がガラスをぶち破る。
 中には来栖川の令嬢もいる。殺してしまう事による報復よりも、気絶でとどめてお
き財閥の恐怖をあおる方が、今後の企業戦略に効果的なためである。
 突入要員が二名、砕けたガラス片を踏みしだき、ぼうっと立つ目標を捕捉した。
 一人が目標を後ろから抱えると同時に、もう一人が銃を一斉射して周りの者の動き
を止める。
「は、はわわわわぁ〜!」
 もがく目標を押さえつけ、きびすを返して二人と一体はヘリまで戻る。
 目標がヘリの床をがんがんと打ち鳴らすと同時に、夜藍色の攻撃ヘリ・ナイトジャ
ンキーは虚空を切り裂いた。
 ……が、
「マルチぃーーー!」
 ヘリの下から、迫る影が見えた。
「ひ、浩之さーん!!」
 がっちりと体を押さえられている中、マルチは精一杯体を伸ばす。
『あいつ、マジシャンだったか?』
『本社からのデータでは可能性なし、と』
『どっちでもいい』
 ヘルメット内の無線機で話す突入要員の間を、ずい、とジンが割って入った。
『ホバリングしてろ。10秒でいい』
『り、了解』
 ヘリの操縦手が復唱する中、ジンは身を乗り出して、浩之とその下の別荘を見た。
 サイバー義眼の画像を拡大し、低光量状態を補正する。
『はん、お嬢様のひもつきか』
 別荘のベランダに寄りかかり、こちらを見据える芹香の姿が浮かび上がった。さし
ずめ、《浮遊》の呪文でもかけているのだろう。
 その間にも、浩之はずんずんと間を狭めている。
『邪魔だな』
 ジンはベルトに下がる鎮圧手榴弾を外すと、一動作で安全装置を外し別荘目がけて
投げた。
 浩之の右脇を抜け、ベランダに一直線に吸い込まれる。
「……!」
 着床した刹那、手榴弾に仕込まれた化学物質が反応し、一面の閃光と強烈な音がベ
ランダを被った。
 魔術師の呪文がいかに強力でも、視界を奪われては対象をコントロールできない。
ましてや集中が保てなくなれば、維持されている呪文は一瞬で消え去ってしまう。
 浩之の左手がヘリの手すりに触れるやいなや、今まで自分を支えていた《力》がか
き消えた。
 ほうほうの体で手すりを抱える浩之の目の前に、ジンがゆっくりと現れた。
『勇気は誉めてやる』
 外部スピーカーに回線を繋ぎ、ノイズ混じりの声で浩之の体を打つ。
『だが、それだけでは勝てん』
 軽い音とともに、左手の親指が伸びた。
『お人形さんゴッコは、もうおしまいだぜ。心ある若者よぉ』
 嘲笑とともに左腕を振り上げ、素早く引きおろす。
 親指に仕込まれたモノフィラメント・ウィップ(単分子鞭)が一瞬の内に刃と化し
て浩之の体を薙ぐ。
「ん……っ!」
 次の瞬間、浩之の左肩に朱線が走ると、やっとの思いで抱えていた左腕が、肩から
ばっさりと断ち切られた。
 浩之の体が地表へと落ちる。
「ひ、浩之さぁ〜ん!!」
 じたばたするマルチの縛めは、なお解かれない。


 その瞬間、横から突風が吹き、ヘリのバランスが崩れた。
 一同は各々手近な場所につかまり、落ちないように耐える。
 その時マルチは脚部のバランスコントロールをあえて外し、加速度とともに右脚を
後ろに蹴りだした。
「うぐえっ!」
 低い声が吠えたのと同時に、腕の力がゆるむ。
 そして、マルチは外に飛ぼうとしたが、マルチの右腕を押さえる力はまだゆるんで
いない。
 次いで、ヘリのバランスを直そうと別方向の慣性が働くと同時に、
 目の前に引き戻されるモノフィラメント・ウィップが突っ込んできた。
「はぁうっ!」
 とっさに体を引く突撃要員と、体を伸ばすマルチ。
 その間を、ウィップは見事に断ち切った。
『ちぃ!』
 マルチの右腕をひっつかんだまま、要員はしりもちをついた。
 ヘリの外へと体を投げ出したマルチは、未だぶら下がっている浩之の左腕を掴み、
抱きかかえながら地面へと落ちていった。
『クソっつたれがぁ!!』
 扉のへりに捕まりながら身を乗り出すジンは、二人が折り重なりながら、ゆっくり
と落ちてゆく姿を見た。
『追いかけますか!』
『バカモン!来栖川の《魔道師》がまだいる!近寄れるか!!』
 苦々しげに、ジンは言葉を吐き出す。
『ヘリごと落とされたくなかったら、さっさと撤退せんか!』
 別荘は今や炎に包まれんとしている。鎮圧型とはいえ、化学物質の反応温度はそこ
いらの物なら発火点に達してしまう。
 ジンが浩之とマルチを見据えるなか、ステルス機能を精一杯働かせて、ナイトジャ
ンキーは闇夜に消え去った。


 着地の瞬間、浩之はマルチを腕一本で抱えていた。
 マルチの瞳は未だ閉じてはいない。
 が、しかし。
「……よかった、です……」
 そう囁くのが聞こえた直後、マルチの瞳はかたん、と音を立てて閉じた。
 同時に、浩之の意識も暗い闇に叩き落とされた。
 ……無事に決まってる。マルチはロボットだもんな。電源が切れてもまた再充電す
ればいいんだ……。
 その期待が裏切られた事を知ったのは、ずっと後の話だった。


 『あの事件』は、浩之たち仲間に、堪えがたい『痕』を残した。
 『心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder)』俗にPTSDと
して知られる、一連の心の後遺症である。
 危ない世界ではあったが、それでも平穏無事に暮らしてきた浩之たちにとって突然
の生命の危機である。
 生半可な精神力では克服し得ない『痕』であった。

 その『痕』を癒すために、芹香は早いうちに儀式を行い、一同の記憶を封印した。

 儀式の代償として提供したのは、芹香自らの声。
 今の芹香は、現実世界で声を発することができない。
 それは、結局、浩之やマルチを護れなかった自分への縛め(ギアス)でもあった。
 ----いつの日か、事態が解決するまで、守り通す縛め。

「何が『心ある生き物』だってんだ!マルチだって立派に『こころ』を持ってるじゃ
んかよぉ!」


 来栖川の集中治療室で、唯一呪文をかけられなかった浩之は、いま自分の胸で涙を
流している。
 芹香はいつまでも、浩之の頭を優しく撫でつづけた。


「来栖川、ロボット研究開発を断念。訪れぬブレイク・スルー」
 その後、来栖川サイドの情報戦により、最終的には『根も葉もないデマ』として、
忘れ去られることになる。
 実際の開発に当たった来栖川電工HM研究7課は別組織に発展解消され、同課2班
の主任を勤めた長瀬源五郎も異動となった。


 つまり2053年以降、HMXの型番を持つメイドロボは、この第六世界には存在して
いない。
 HMX−12「マルチ」は、文字どおり2053年三月七日をもって永遠の眠りについ
たのである。


 しかし、みんな、あきらめたわけではなかった。


 長瀬源五郎は、現在の時間を雌伏の時と定め、考えうる諸問題を解決すべく激務の
合間を縫って作業に没頭した。
 元HM7研のメンバーも、そこかしこの部署に散らばりながらも、査察部の監視を
やり過ごして連絡を取り合う。

 そして、全ての事情を知らされ、それでも記憶の封印に応じなかった、藤田浩之も。

 来栖川の庇護の下で生きていく選択肢もあったが、芹香に記憶を封印され元の生活
へと戻ろうとする友人たちの姿を見て、浩之は決めた。
 ……友人たちに危害が及ばないように。
 ……一度は自身に襲いかかったメガコーポの追撃をかわすために。
 ……そして、いつの日か、また元の世界を取り戻すために。

 2053年8月21日、藤田浩之は交通事故で死んだと、住民局のデータベースに入力が
なされた。
 同時に浩之は「藤田浩之」である社会的な証し……『市民保証番号』を捨てた。

 その後を、祖霊の導きを受けだした神岸あかりと若き格闘家松原葵、そしてネット
上で「爆裂お嬢」の二つ名を持つ保科智子が追いかけた。



 そして、舞台は2057年。
 繁栄をほしいままにする日系メガコーポたちに、じわり、じわりと凋落のきざしが
見えはじめた時。
 やがて来る2060年代に向け、世界は大きなうねりを見せる。


 その時マルチは、揺りかごの中で目覚めのときを待っていた。


挿入話 去れ、いにしえの恐れよ 終
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 え〜『東鳩ラン』前半部分終了にあたり、インターミッションという形で『事件』
前後をまとめてみました。
 『シャドウラン』知ってる方は御存じかと思いますが、『シャドウラン』世界には
まだ人型ロボットはいません。これは、2060年の世界を取り扱った"Shadowrun 3rd."
(日本では未訳)でも同じです。

「んじゃ、『To Heart』での重要キャラ、マルチ(やセリオ)は、どうなるの?」

 その解答を思いついた時、この物語ははっきりと形をなしました。


 これから、『東鳩ラン』は怒濤の後編に突入します。
 今まで以上に、『シャドウラン』した展開を目指しています。
 拙い文章ですが、期待していてください。

 そして、ネット上でいろいろなレスポンスをいただき、誠にありがとうございます。
 あなたがたの励ましあればこそのSS書きです(笑)。

 では、また次回をお楽しみに。(次こそ、志保ちゃん大活躍!のはずです)
 感想、文句その他、お待ちしています。