『東鳩ラン#4:折り重なる世界の中で』  投稿者:水方


== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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◆アバンタイトル


 生きるもの全てが、その命の炎を灯火として煌めく空間。
 それがここ、アストラル界。
 『フル・ブラッド・マジシャン』……魔法に《覚醒》し、魔法の全側面を使いこな
す者が訪れることができる、現実世界と折れ重なりながらも異なる場所である。
 その中を、優美な白いドレス姿で舞う妖精がいた。
 来栖川芹香である。
 緑色のオーラが燦然と輝き、白い光が飛び交う青い大地を、芹香は悠然と進む。現
実世界では、さしずめ山脈に囲まれた湖のほとりといったところか。
 そこに、芹香を待つものがいる。
「おお、よう来たの」
 光が集まり、いっそう輝いて塊と化す。
 芹香は光に向かって深々と頭を下げた。
「いつもながらに、眩しいお姿です」
 妹の綾香が現実世界で話すのと、まったく同じ声質が、青い大地を打つ。
 アストラル界では、言葉に自らの意志が乗る。意志さえしっかりとしていれば相手
に伝わらぬ言葉など無い。
「おお、そうだったな」
 声を放ったまばゆい光は、シルクハットに片眼鏡をかけた紳士のいでたちをとって、
芹香の前に現れた。
「……今日で66回目。いくら一時間で七千キロを走破できる身とはいえ、辛くはな
いのか?」
「辛くはございません」
 凛とした声が、木々のオーラに響く。
「それが、あなた様との約束でしたから」
「そなたを見ていると、ついつい『ある御方』を思い浮かべてしまう」
 尊大さの中にも優しさのただよう調子である。
「今だから言うが、わしもあまり強くは出られなかったのだ」
「初めて御会いした時、地の底から響くような声で『一万年早いわ!』と言われたと
きは、とてもそのようには見受けられませんでしたが?」
「言ったな、小娘」
「これは口が過ぎました」
 芹香は顔を真っ赤にしてうつむいた。そのしぐさが、何ともいえず可愛らしい。
「……まあよい、約束を律義に守るものが、第六世界にいるとわかったのだ。この世
界も捨てたものではないな」
「いろいろな世界を歩んでこられたのですね」
「ああ、ゲシュタッテ教授、サン・ジェルマン伯、クフラーシュ、ヴェルン卿……い
ろいろな名前で呼ばれた」
 遠い目をする紳士の輝きが、またいっそう明るくなった。
「さあ、今日も時の許す限り、いろいろな話をしよう」
「光栄です」
「だが、その前に……」
 紳士は芹香の顔をのぞき込むと、いたずらっぽく囁いた。
「わしのことは、Dと呼べ」
 謹厳な紳士の顔が崩れ、地を圧倒する龍の姿が垣間見得る。
「はい、D様」



 数時間後、アストラル界から現実世界に戻ってきた芹香の腕に、赤銅色に輝く龍鱗
が抱えられて居るのに気づくや、芹香はベッドに正座し、東のほうに向かって三たび
頭を下げた。



         "To Heart" in 2057: Track #4
            『東鳩ラン #4』



第四話 折り重なる世界の中で

「そう、わたしは……この世界を変える者、『盟約人』の戦士エリスン!」
 6年前には絶対聞けなかったであろう凛と響く声で、マイクに囲まれ赤いコードと
結ばれた姫川琴音は言い放った。
「オッケー!気合い入ってたよ。S担!レヴェルはどうだ?」
 琴音の真っ正面で『スタートレック52』のウィンドブレーカを引っかけたオーク
が胴間声を飛ばす。
「最高っす!!レッドびんびんはいってましたぁ!!」
 ひょろひょろのエルフが、枯れ木のような腕で大きく輪を作る。
「よぉ〜し、んじゃこれで上がりにしよう。お疲れさま!」
「あ、ありがとうございましたぁ」
 うなじと左腕、右足に張りつけられたコード端を、ぺりぺりと剥く。
 実際に体を動かしている時も楽しいが、こうやってアフレコでシムセンス・デッキ
に入力しているのも、また別の楽しさがある。
 琴音が台本を小脇にブースを出るや、浩之はさっとタオルとジュースを差し出した。
「ありがとう、浩……う、マネージャ」
「いい演技だったよ」
 ジュースと引き換えに台本を受け取る。ぱらぱらとめくりながら二言三言話す姿は、
『闘神伝説エリスン』のノベルティ・ジャンパーを着ているせいもあって、違和感が
全く無い。
 後片づけのためにブースに駆け込むトロールをやり過ごし、裏口で待つ子どもの差
し出す色紙にサインを数枚書くのを後ろで眺めてから、浩之はくたびれたフォード・
アメリカーに乗り込む。
「ごめんなさいね」
 琴音が後ろに乗り込むや、両手を合わせて謝った。
「今日は後輩のオーディションなのよ、日高マネージャは付き添いで」
「いいって。おかげで琴音ちゃんに会えるし」
「まぁお上手」
 言って、助手席のヘッドレストに腕を回す。
 三年前、アクションもののシムセンスに端役として使われて以来、琴音は本格的に
芸能界を目指しだした。
 もともと努力家だったこともあるのと、センスリンク・シンパシーが驚異的なほど
高かったことが重なり、ヤング向けのアクション・シムを中心に出演作が増え、徐々
に人気をあげている。
 そして、今日演じたタイトル・ロール『闘神伝説エリスン』で一気にブレイクした
のが、新進気鋭のシムスター・姫川琴音というわけだ。
 もっとも、まだまだメジャーどころではない。
 予算の制約から日本帝国では二級市民扱いのメタヒューマンたちがスタッフなのも
それを示している。
 彼女にメタ差別の思いなどこれっぱかりも無いが、これもまた、2050年代の日本の
現実であった。
「お茶でもしようか」
 ふいに現実に引き戻され、一瞬あせる琴音だが、すぐに極上の微笑みで返す。
「じゃ、ケーキのおいしい所、案内します」
 アメリカーのがさつなエンジン音がさらに高まり、車は大通りに向けてひた走った。



 現実よりもリアルな電気の流れが、現実とは違った騒ぎに浮かれるところ。
 それがここ、マトリクス。
 広大なネットをただよう、マトリクスの闇であり、かつ肝であるエリア『シャドウ
ランド』……SINless 達の社交場であるこの地を、一羽の鳥が飛んだ。
 鈍い藍色に、なぜか眼鏡をかけているキツツキ……智子のアイコンだ。
 夜の闇を彩る毒々しいネオンサインの間を飛びすさり、ある倉庫を目指す。
 ロックされている入り口を一動作で全開にし、奥に入るやまた一動作で扉を閉め鍵
を下ろす。
 二、三度羽ばたいて、近くのコンテナに下りた。
「来たで〜」
 その声に応じて、別のコンテナの影から、青い髪が跳ねた。
『いらっしゃい、トモコ』
 丸顔の愛くるしい顔に大きなトンボ眼鏡の女の子が、鳥姿の智子にあいさつする。
 アストラル界と同様、マトリクスの中も、マトリクス世界に潜り込むためのシステ
ム・MPCP(マスター・ペルソナ・コントロール・プログラム)のおかげで、言語
の違いによるコミュニケーションをある程度埋め合わせることができる。
 しかし智子に対しては、エコーをかけたような感じでしか伝わらない。
 ----ほんとに、『別世界』から来たんやろか?
《ええ、本当のことなの》
 ついつい口が動いたようだ。智子は一息つくと、足を投げ出してコンテナに座った
 これがシムセンスなら、コンテナの冷たさに思わず足をすくめるところだろうが、
あいにくこのエリアはそこまでテクスチャーに凝っていない。
「あ、ごめんなぁ。【眼鏡っ娘】」
 彼女たちの名乗る名前は、真に翻訳されたとしたらどのように聞こえるのだろう。
一度発音を聞いたのだが、やはりザーザーとぼやけて聞こえたので、その姿から智子
は彼女のことを【眼鏡っ娘】と呼んでいた。
 もちろん《彼女》で無い可能性もあったが、柔らかい曲線で形作られた体と、なか
んずく智子(の実体)並みにその存在を主張する胸のふくらみを見れば《彼》と断定
する気にはならない。
《なんか楽しそうだねっ》
「ん……代金払えんて言ってきよった奴をな、荷物持ちとかで一日中引っ張り回して
たんや。ちょっと優越感、てとこかな」
《それだけ?》
「な、なんやいったい」
《それにしては、ほっぺたが柔らかいよ》
 ぷに、と人差し指で智子の頬を突く。
「わ、そんなことあるかい!」
 言いつつ、何故かドキン、と心臓がコンマ3秒ほどせり上がる。
《好きなんだね……その人》
 トンボ眼鏡の奥の眼差しに、ふと寂しさがよぎった気がした。
《でも、その人は多分別の人も好きなんだよね》
「なんや、新手の恋占いか?」
 智子の軽口も、いまいち気迫が足りない。
《んー、わたしも、おんなじだから》
 【眼鏡っ娘】の顔が、もう一度寂しさで曇る。
「そんなん、気にしんとき!オトコなんて、この世界に星の数ほどいるんや!アンタ
みたいな可愛い子、他の男が放っとかへんわ!!」
 【眼鏡っ娘】の体を掴むと、アイコンが一瞬揺らめくが、そんなことを構わずにま
くしたてる姿に、相手も元気を取り戻したようだ。
《ん……そうだね》
「それよりも、アンタ、元の世界に戻れるメドついたんやって?」
 主導権を握ってるうちに、早いこと話の流れを変えた方が得策だと、智子は一瞬で
結論づけた。
 あるいは、自分と【眼鏡っ娘】が同じというそのセリフに、予想外にやられたせい
かもしれない。
《【サイレントフレア】が言うには、この世界で生じたエネルギーを使って、一瞬の
うちに空間の位相差を拡大できれば、元の世界へと続く《ゲート》があくんだって》
「どれくらいのエネルギーがいるんや?」
《どれくらいかなぁ……【フレア】の持ってる、水晶の玉が砕け散るくらいのエネル
ギー……以前の経験では、建物が吹っ飛ぶくらいか》
「……ぶっそうやな」
《その話を聞いて【鬼畜】がいきり立っていてね。所構わずぶっ壊そうとしてるんで、
【死神】がそれ止めるのにおおわらわよ》
「おお恐わ」
 言いながらも、智子の顔は満更でもなかった。



 夢。
 夢を見ています。
 最初は、何もない、暗いところに、独りぽつんといました。
 確か、楽しい思い出が、たくさんあったはずなのに。
 思い出せない、というか、覚えていないのが、とてもとても悲しかったです。


 そんな時、あの人がやってきました。
 目つきは悪いし、わたしよりも大きいし、とても恐い人に見えました。


 怯えていたでしょう。
 恐がっていたでしょう。
 そんなわたしに、あの人はゆっくりと近づき、
『もう、恐くないぞ。オレがついているからな』
 そう言って、わたしの頭を優しく撫でてくれました。


 その人は、浩之さんという方でした。
 昔から、わたしのことを知っているようでした。
 いっぱい、いっぱい話をしました。
 いろんな、いろんな話をしました。
 そうすると、わたしの周りが、次第に色を帯びて見えるようになってきました。
 いまでは、わたしは草原の、小高い丘の上にいます。
 おおきな木に寄りかかって、わたしと浩之さんは話しを続けるのです。


 浩之さんは、時々顔を曇らせます。
 昔のことを思い出した時に。
 その時はとても辛そうな顔をしています。
 だから、その時はわたしが頭を撫でる番です。
 ずっと撫でている時もあれば、頭を抱きかかえられて途中で止る時もあります。
 抱きかかえる浩之さんは、とっても温かいです。


 はやく、夢が覚めて、現実になるといいなぁ……。



第四話 折り重なる世界の中で 終
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 え〜、今回は『シャドウラン』世界のいろいろな層(界面)に関するお話しです。
 相変わらず伏線の山ですが、最後のほうで、ちょっと「ほろっ」とくるようなら、
このお話しは自分的に成功です。

 え?【眼鏡っ娘】?聞かなくてもわかってるでしょうに(笑)。
 そのうちまた出てきますので、覚えておいてね。

 なお前回、志保のデータを上げていませんが、次回活躍させるためです。

 では、また次回をお楽しみに。
 感想、文句その他、お待ちしています。


 レスです。

>U.W.O様
>>東鳩ラン
>ざっと見たところ、明かりは犬のシャーマンのようですが、
>そうするとやはりヘッドコンピューターに爆弾を…失礼しました(判る?)
  S−NES版『シャドウラン』ですか(笑)。
  いや、NIFTYは今も覗いてますので。
>やはり、セバスちゃんはストリートサムライかな?
  違います。登場時に笑ってやってください。


>日々野 英次様
> ところで浩之ちゃんは?
> SINを剥奪って事は…んでも改造してる訳でもなし。
  己が肉体と精神のみでエッジ社会を生きる「ディテクティブ」(探偵)です。
  SIN捨てた経緯は……書けるかなぁ?
>  ところで、サムライは出るんでしょうか?
  続編をお楽しみにしてください。
  後半から、ちゃんと『シャドウラン』になる(予定)でし。