東鳩ラン#3『そして運命は紡ぎ出される』  投稿者:水方


== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
============================================================================

◆アバンタイトル

 話は、2053年に遡る。
 長かった学生生活も、この日、三月七日をもって終わりを告げた。
 卒業式である。
 型通りの式の後、浩之たちのために来栖川姉妹がパーティを主宰してくれた。
 人里離れた別荘を会場に、清楚なドレス姿の芹香と、マニッシュなスーツ姿の綾香。
 浩之、あかり、志保、雅史の四人に、智子やレミィ、下級生である琴音と葵といっ
た、おなじみのメンバーたちが久しぶりに一堂に会した。
 そして、約二年ぶりにマルチと再会し、浩之たち一同が思い出を交感しあっている
時。

 『あの事件』は起こった。

 気がついた時には、別荘は炎に包まれていた。
 そして浩之は、血へどを吐いて地面に叩きつけられていた。
 その腕にマルチを抱きながら、
 薄れゆく意識の中で、
 マルチの無事を案じて。

 十数分後、浩之が救命チームに助けだされたのを確認して、HMX−12「マル
チ」は、一切の活動を停止した。

 それからである。
 浩之が市民保証番号(SIN)を捨て、影の世界に身を投じたのは。
 あかりや葵、智子が浩之に付き従ったのは。
 そして、芹香をはじめ、他のみんなも、表の世界から浩之を助ける決意をしたのは。

 ……あの時を、取り戻すために。


         "To Heart" in 2057: Track #3
            『東鳩ラン #3』


第三話 そして運命は紡ぎ出される


「いつものように浩之の様子、見てくれる?報酬は2,000n\、期間は三日でお願い
ね」
「ふっ、この志保ちゃんにお任せあれ!」



「……最近、仕事無いのか?」
 そう言って、浩之はコンビニのサンドイッチを苦いコーヒーで流し込んだ。
「んなワケないでしょ〜!!」
 向かい合って座るは、『歩くスマートプル配信機』他数々の二つ名を持つ女、長岡
志保。
 高校以来、浩之にとっては天敵的存在である。もっとも、返り討ちにした事も何回
かは確実にあるのだが。
「この才色兼備な敏腕レポーター志保様に限ってそんな暇など弄んでないわよ!」
「……俺の目の前で淹れたてのコーヒーを奪って、朝からずっと座っていられるだけ
の暇はあるがな」
 おかげで自分は昨日の飲み残しである。飲むたびに顔をしかめるのは、コーヒーが
不味いせいだけではない。
「ヒロ、あんた昔っから毒舌にかけては天才的ね」
「おまえとは頭の出来が違うから」
「何よ!」
 思わずマグカップを叩きつけそうになるが、かろうじて踏みとどまる。
「……いけないいけない、自制しなきゃ」
「賢明だ」
 空になったパックをゴミ箱に落とし、浩之は立ち上がった。
 そのまま、壁に引っかけてあった薄茶色のコートを羽織る。
「ちょっと、ホコリが入るじゃない!向こうで着なさいよぉ」
「いちいちうるさい奴だな。オレの部屋でオレが何していようと勝手だろうが」
「したけりゃ裸踊りでもしてなさいよ。鄭重にそっぽ向いといてあげるから」
「おまえが出て行くのなら、とっくにやってるよ……」
 そして、引き出しから大型の拳銃を取り出し、スライドを引いて装弾を確認した。
「案外サマになってるじゃん」
「どういたしまして」言いつつも顔は銃にすえられている。
「……でも、プレデターが必須なんてぶっそうよね」
 珍しく真顔でつぶやく志保に、つい浩之も振り向いてしまった。
 結局、掛け合いそのものを楽しんでいるのだ。
 昔から変わらぬ証しとして。
「最近、ガタイの頑丈な奴が多いからな。これが当たったって、動きが止るかどうか
運任せだし」
 そして、腰の隠蔽型ホルスターに、アレス・プレデターをねじ込む。
「ま、居るのならずっとそこに居ろ」
 黒い手袋をはめた浩之はきびすを返し、戸口へと歩きだした。
「ちょ、ちょっと!」
 一息でマグをあおり、志保はショルダーバッグをひっつかんで立ち上がる。
「何処出かけんのよ」
 心底あきれた顔で、横目で志保を睨む。
「……バイト。生活費をかせぎに行くの」



 いつものとおり鍵を借り、いつもの車に向かう。
「はぁ?タンクローリー?」
 ついてきた志保は、目の前にでんと横たわる車に眼を回した。
「いや、オレはこっちだ」
 その影に隠れた、楕円型のタンク付きのピックアップのドアを開ける。
 もちろん、志保もちゃっかり助手席を占めている。
 ため息一つ残して、浩之はピックアップを発進させた。
「……バイトって、これ?」
「そ。来栖川のつて。スタンドに軽油の補充するの」
 既にカーナビには予定経路が青い線で入力されている。志保はLCDパネルを自分
のほうへ引き寄せ、
「ずいぶん遠くも回るのねぇ」と嘆息した。
「あそこのスタンド、『危険物取扱い免許』持ってるのが店長だけなんだよ。オレは
たまたま昔そいつを取っててね……」
「ふ〜ん。でも……4ヶ所か。積んでる量で足りる?」
「足りない」
 左手で、カーナビのLCDパネルを自分の方に戻す。
「……だから、途中で補充する。そのための『危険物』免許さ」
「さっきあったタンクローリー使えば早いじゃない」
「ナビ見たろ?あれじゃ通れない道もあるの……それに」
「それに?」
「……オレが持ってるのは普通免許だけ」
『それだって失効してるじゃない』と言いかけて、かろうじて自制する。この世の中、
何処で誰が聞いているかわかったもんじゃない。



 軽油の補充を済ませ、浩之たちは最後の場所を目指す。
 気がつくと、人家もまばらになり、うっそうと杉が立ち並ぶ中を進んでいた。
「へぇ、なかなかいい景色だね」
「そりゃ、お前はそうだろうさ」
「運転、変わろうか?……ってヒロ、恐い顔で睨まなくてもいいじゃない」
「……お前と心中は、嫌だ」
 いくら基本動作がカーナビで自動化されていても、目の前で起きた出来事に対して
とっさの判断は出来ない。
 安定タンクの中に入っているからその可能性は極めて低いものの、万一爆発すれば、
自分たちの体は一瞬で灰塵と帰してしまう。
 三十分で峠を二つ超え、だだっぴろい広場に出ると、その茶色い広場の端にやっと
目指すスタンドが見えた。
「着いた〜」
 志保は思わず両手を上げた。
「こんちわ〜」
 浩之は窓から身を乗り出し、くたびれたツナギにフィールドキャップ姿の中年にあ
いさつした。
 この人が、ここの店長だろうか。
 つなぎを彩るグリスあとと節くれだった手が持つスパナから、志保はそう推測した。
「よぉ、今日は娘さんとデートかい?」
 どうやら、それで当たりのようだ。軽口を叩く中年が、陽に焼けた肌と対照的なほ
ど白い歯をこぼす。
 浩之は中年の横に並び、ぽん、と手を載せる。並ぶと、浩之のほうが頭一つ高い。
「……やめてくれ。体に悪い」
「ちょっと、なによその言い草は?」
 今日聞いたヒロのセリフのうち、いちばん虚脱感がにじんでいるあたりが気に入ら
ない。
 だが、浩之はそんな素振りに気づいてないのか、いっそう疲れた様子で「奥の休憩
室、借りるよ」と言ったきり、すたすたと建物の中に入った。
「ちょ、ちょっとヒロぉ!」
 あわてて、志保も追いかけた。



 かちゃん、と軽い音を立てて、ドアに鍵がかかった。
「何かしたら、大声出すわよ」
「……誰がおまえなんか」
 もごもごとつぶやいて、浩之は休憩室の片隅にある、大きな寝椅子に近づいた。
 いや、むしろ『揺りかご』と言ったほうがいいかもしれない。
 緑色の恒温フォームとクッションからなる、大人サイズの揺りかご。ヘッドレスト
の後ろには何やら黒いバイザーが見える。
「これ、『リラックス・コクーン』じゃない!またどえらくハイテクな品物が」
「これでもなきゃ、何も無いところは辛いだろうよ」
 もともと、都会に住むエグゼクティブ用に、仙台のメーカーが売り出したストレス
解消グッズである。値段設定の巧みさと確かな効果のおかげで、今ではそのメーカー
は急成長を遂げている。
「……でも、あたしが知ってるシンメイイン製じゃないみたい。サイズもでっかい
し」
「来栖川が自前で福利厚生用に作ったもの、らしいよ。オレもおやっさんからの又聞
きだけど」
「おやっさんって、さっきの人?」
「そうだけど」
「う〜ん、おやっさんと言うとやっぱり白髪の小柄な人というイメージが」
「何の話だ。昔の子ども向けヒーロー物じゃあるまいし」
 しっかりついてきているあたり、浩之も人の事は言えない。
「んじゃ、オレ寝るし」
 脱いだコートを放り出し、いつの間にか浩之はコクーンにもぐりこんでいた。
「三十分したら起きる。……出るのなら今出ろ。鍵開いてるところで不意討ち食らい
たくはない」
 ちょうど目の前にあったコクーンの使用説明書に気を取られ、上の空で聞いていた
のが志保の運のつきであった。
「へ?……ちょ、ヒロ!何勝手言ってるのよ!!……もう!」
 気づいた時には、浩之の頭はすっぽりと黒いバイザーにおおわれ、静かな寝息を立
てていた。
 その姿に少し違和感を覚えつつ、結局志保は部屋を離れず、壁に寄り掛かって時間
を潰す事となった。



 いつの間にか、うとうとと寝入っていたようだ。
 志保はぱちん、と眼を開けた。寝起きの良さについては自慢じゃないが自信がある。
 浩之はバイザーを上げて、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
 ----あれ?ヒロのやつ泣いてる……?
「お、寝てたのか志保。そろそろ帰るぞ」
 それにしては、声はしっかりとしたもんだ。そう考えていると、頭を振る浩之の首
の後ろに、ぽつんと一つ、赤いふくらみが出来ているのに気づいた。
「ヒロ、首の後ろ赤いよ?」
「ん?あぁ……」
 ちょっととまどったように見えたのは、気のせいだろうか?
「虫にでも食われたかな」
 放り出したコートを一動作で着込むと、浩之はドアの鍵を外した。
 そのまま外に向かう。
「ねぇ、コクーンの電源落とさなくていいの?」
「人が離れると、勝手に切れるんだよ」
「それでも付けっぱなしは環境に悪いよ」
「いつから環境保護派に宗旨替えしたんだ?」
 ピックアップに乗り込み、エンジンを始動させる。
「どういう意味よ?」
 置いていかれてはかなわない。志保はあわてて助手席に飛び込んだ。
 車を発進させてすぐに、道の反対側から一台のRVがスタンドにやってきた。
それをバックミラー越しに見ながら、「……やぱしお客さん、いるんだ」
「観光客とかな」
 RVに乗る二人組をさばくおやっさんを尻目に、ピックアップは元来た道を走って
いった。


 その日の真夜中。
「……その後、事務所兼住まいに戻って以来、報告書まとめるのにずっとワープロ叩
いてたわ」
 依頼主である来栖川綾香の横で、バッグに忍ばせたポータカムの画像をスクリーン
に投影しながら志保は説明した。
 場所は黒塗りの専用リムジンの中、運転するは無論セバスチャン。
「御苦労様」
 一声かけてから、綾香は小さなケースを取り出した。
「はいギャラよ。500n\のクレッド4本。『シンメイイン工業』の支払い保証済み」
「サンクス」
 ひったくるように銀色のケースを受け取り、いそいそとショルダーに収める。
「……しっかしまぁ、バイト紹介したのがウチだったとはね。セバス知ってた?」
「いいえ、綾香お嬢様」
 白い手袋に仕立ての良いスーツを着こなした、地上最強の執事は簡潔に答える。
「……姉さんかしら?でもまだ大学よねぇ」
 来栖川芹香は優秀な成績で卒業後、特に請われてUCASはケンブリッジにおわす
MIT&M(the Massachusetts Institute of Technology and Magic :マサチュー
セッツ工科魔法大学)に留学していた。
 もちろん、専攻は魔術理論である。今のところ授業が忙しく、まだ日本に帰れない
との手紙……未だにe-mailには慣れないようだ……が、今朝届いたばかりだ。
「ふ〜ん」
 納得しかねる様子が、ありありと出ていた。
「セバス、志保さんを下ろした後で車を『来栖川ソフトウェア』研究分室に向けて」
「お嬢様。あまり些事に気を煩わせないほうがよろしいですぞ」
 そう言いつつも、ちゃんと車を向けるあたりがセバスチャンである。



「どう見る?」
 今では分室長である長瀬源五郎の前で、さいぜんの志保のテープを流す。
「……これが何か?」
「とぼけないで!ここのスタンドの……おやっさん、元HM7研の新田じゃないの」
「ヘマやらかして左遷されましたか」
「そのへんは明日人事部に問い合わせるわ……有能な研究者をろくでもない職場に追
いやるなんて、懲罰人事も程々にして欲しいものね」
 きつい調子で、綾香はまくしたてる。
「それよりも、私はこの二人組のほうが気にかかりますな」
「何?」
「片方は、一度だけですが……見覚えが。確かレンラク・コーポレートの葉山主査か
と」
「サイバネティックの『神様』?」
「はい」
「……どうやら、面白い話が聞けそうね。長瀬」
 にんまりと微笑む綾香の姿は、まさしく女猫そのものに見えた。



第三話 そして運命は紡ぎ出される 終
----------------------------------------------------------------------------
 え〜、今回はレポーター・長岡志保(まんまやなぁ)のお話しです。
 恒例、文中の補足ですが、『シャドウラン』世界の娯楽、メディア等は、業界もの
ソースブック"Shadowbeat"から取ってきました。

 今回は、伏線を山ほど盛り込んだつもりですが、『つまらん話だ』と思われた方、
ごめんなさいませ。
 いずれ話数が進みましたときに、「はっ」と膝を打っていただければ嬉しい限りな
のですが。

 では、また次回をお楽しみに。
 感想、文句その他、お待ちしています。

 レスです。
久々野 彰様:
>初めまして。シャドウランと言うと・・・鋼鉄の膝枕と言う単語が最初に思い出さ
れます。
 殺(シャア)ですな。そう、その殺の出ていた『シャドウラン』です。
 未訳ソースブック山ほどぶち込んで居ますので、あの雰囲気とは若干(かなり)違
うかもしれません。
 あなた様ほど流麗な文章ではありませんが、今後とも精進努力します。